日曜日の授業から

 日曜日は2クラスを実施しているが、タイ人講師の出講は無い。吉川に習いたいという生徒達の要望を受けての個人レッスンのみである。
 その個人レッスンに昨日、見学者が有った。そこで、授業の組み立てとして、①自由会話(30分)②即時通訳(30分)③講読(30分)の3本立てで授業をした。私自身はとても楽しかったが、果てさて見学者の満足度はわからない。だが、間違ったまま発音している発音の矯正、タイ人講師が直してくれない発音を矯正してくださり勉強になったという感想をもらして帰られた。
 最近、通訳になりたい、ガイド試験を受験したいという方達が見学に見える。そういう方達はすでにかなりのタイ語の学力を有しておられる。グループレッスンに入って、のんびり勉強することはしたくない。となると、個人レッスンしかない。だが、個人レッスンは学費が馬鹿にならない。かくして、独学で受験勉強なさることを助言している。

消防訓練

 昨日、自宅のマンションで消防訓練が有った。私は環境理事なので参加をして、消防署から来た消防士4名の実演と説明を聞いた。簡単に終わるのかと思いきや、2時間も要した。
 やはりベテランの消防士の説明は非常にうまい。4名くらいの人数で各マンションを訪問し、消防訓練を行っているようだが、同じことをしゃべって飽きはしないのであろうか。
 いつも思う。保険外交の方達、はとバスのガイドさん達、その他、いろいろな職業に従事している方々は、同じ説明ばかり繰り返さなくてはならない。
 そんなこと言うならば、各種教師達も全く同じ。1年間のサークルで動いていると、しゃべる内容がそうそう変わるものではない。
 飽きを感じないように本人の工夫もいるが、何よりも相手が変わるから毎年、毎回、仕事として励むことができるのであろう。

流れる花

 『美と破局』(辺見庸著 毎日新聞社刊 2009年)の中に「名残の桜、流れる花」という随筆が所収されている。一部を抜粋すると、こうである。
 「散り残った花がなま暖かい風にのり、いままさに最期の舞を舞っていた。いっときは見わたすかぎり白んだであろう桜吹雪のすごみはすでになく、ほろほろとまばらに散る花弁は、むしろうら寂しい里の風花を思わせた。息を整えつつ落花の軌跡をぼんやり眼で追っていると、花びらが<いま>と<昔>をひとすじの白い残像でつないでいる気がしてくる。花が枝を離れ、細かく旋回して、ひたりと川面に着水するまでの、ひどく緩い数秒間。それが何年もの時の移ろいにそのまま重なってくる」
 美しい描写である。桜は悠久。幾年を重ねようとも、日本人はまた来る年の桜を待ちこがれ、そして、淡い色合いの花びらに己が心を鎮める。

タイ料理店「เป็นไท 自由である」

 昨日、仕事で押上の方へ出かけた。仕事が終わったのが5時過ぎ。街を歩いていると、タイ国旗がひらひら。それに誘われるがごとく店の中へ。店は小奇麗であった。
 店の名前は「ペンタイเป็นไท 自由である」。なかなかに粋な名前だ。注文したのはパッタイ(ผัดไท)。語呂合わせのために頼んだわけではない。あくまでも偶然の一致。
 しかし、値段が消費税込みで¥1,188。高い。会計を済ませたあと、大通りに出ると、東京スカイツリーがそびえている。近くで見ると、高い、高い! なるほど、パッタイが高いわけがわかった。
 「ペンタイเป็นไท pen-thai」の発音だが、「ペンタイเป็นไต pen-tai」になってしまうと、「自由である」が、「腎臓である」という意味になるから、くれぐれも気をつけよう。

番号の押し間違え

 今朝7時過ぎに自宅の固定電話が鳴った。何事であろうと思いながら受話器を取ると、FAX音であった。コピーしてから見ると、都内の某会社が大企業の東京支社に宛てた確認書であった。
 私の固定電話はその大企業の東京支社の電話番号と、番号が一つだけ異なるだけなので、こうした間違いFAXはたびたび有る。そのたびに送信元の会社に電話をかけて、送信ミスを知らせてあげている。無視してもいいのだが、ビッグなビジネスだから、子会社の損失を考えると気の毒だと、つい同情してしまうのである。
 世の中はすでにメールの時代。今朝のFAXの内容も、「注文は、<注文書の書面>ではなくて、これからは電子データーにて確認する」というものであったが、その用件がFAX送信ミスにより全く伝わらないということになっているのだから、どうにもならない。番号の押し間違えはくれぐれも要注意だ。

帰国子弟多し

 長い長い春休みが終わり、昨日から上智大学での講義が始まった。一番に心配していたのは体調。風邪をひいては大変。語学講師は声が商売道具だから。あとは精神的安定度。だが、体調も気力も万全な条件で教壇に立つことができた。
 初級クラスの受講生は32名。それに公開講座から参加している大人が4名。計36名なり。いやあ、多いなあ。だが、そこは私。45年間の実績を持っている。学生の人数が多かろうが少なかろうが、なんとでもなる。その証拠に、教室では笑いがよく聞こえてきた。覚えがいいのは上智大生だから当然だが、とても明るいのには救われる。
 「タイからの帰国子弟の方、手を挙げてください」と言うと、10名位の学生が挙手した。一番前に坐っていた女子大生に「何年間?」と訊くと、「15年間」と答えた。それにはびっくり。だが日本人社会の中だけで暮らしていたようだ。だから、タイ語の勉強はこれから。体の中にしみついているタイ語の音を目覚めさせてあげるのが私の役目。2015年度の授業が楽しみになった。

お客様は7歳のタイ坊や

 タイは昨日からソンクラーン(タイ正月)。山手線に乗ると、タイ人御一行様を見かける。
 タイ人講師のY先生に頼まれて、目下、タイ人家族が我が家にホームステイしている。羽田に着いたのが12日の夜9時過ぎ。タクシーで家まで来てもらったが、10時10分に到着。何と便利で近いことか。
 40代のご夫婦と7歳の男の子の3人とは初対面なのに全く違和感がなかった。特に7歳の坊やは部屋の中で跳んだりはねたり。興奮しているようだ。坊やにとって日本は2回目。
 「どこへ行きたいの?」とたずねると、「おだいば。あおみ」と答えた。「電車は何線?」とさらにたずねると、「ゆりかもめ」とちゃんと答えた。バンコクでいる時に、東京のマップを見ながら、固有名詞を覚えたのであろうが、それが私にはすごいなあと思った。行きたいところをはっきりと言えるということは、旅行者にとってはとても大切なことだから。坊やは毎年、東京に来そうだ。

第79回 マスターズ

 今日の零時過ぎから始まった第79回マスターズの中継を見た。優勝者は21歳8ケ月のジョーダン・スピース。4日間にわたって首位に立ち、完全優勝だ。しっかりした面構えとすばらしい肉体。精神力たるや想像以上であった。
 私はマスターズの中継を見るのが好きだ。オープニングに流れる歌がとても好き。そして、花々と樹木が美しい。池はまるで鏡の如し。1100人のスタッフがコースをケアしているとのこと。
 松山秀樹も最終日は66で回り、結果は5位。彼には野性味が感じられる。復帰したタイガーの赤の勝負服も見ることができた。タイガーはもうすぐ40歳になるという。1997年の華々しい優勝の時の映像は瞼にやきついている。
 そして、今回、とても嬉しかったことは、タイ人選手のトンチャイ・ジャイディー氏が最終ラウンドでプレイしたことだ。もちろん応援した。

50歳からのタイ語

 昨日、三鷹ネットワーク大学でお会いした生徒達12名の平均年齢は52.2歳。23歳から70歳までの幅があったが、皆さん、興味を示しながら授業を聞いてくださった。
 全員にたずねたわけではないが、かなりの方がまだタイへは一度も行ったことがないとのこと。それを聞いて、私のほうが新鮮な気持ちを覚えた。そして、楽しく教えなくてはと、自分に号令をかけた。
 知らない国の言葉を習うということは興味深々。体験授業だけで嫌いになってもらってはいけない。2時間の授業を、私は私なりにうまくフィニッシュできたと思う。
 50歳という年齢は、若いようでもあり、若くもない。微妙な年齢だ。50歳を契機に、さて何を始めるか。
 何を選ぼうと自由だが、体力的にも資金的にも継続できるものを選ばないともったいない。タイ語の勉強はそれほど高くない。時間がたっぷり有る方にはお勧めの趣味である。

アジア・アフリカ語学祭り

 今日は、三鷹駅前に在る三鷹ネットワーク大学で、アジア・アフリカ語学院主催のアジア・アフリカ語学祭りが行われる。受講料は1コインの¥500.
 事務局からの情報だと、今年はかなりの受講者が集まっているそうだ。なかでも断トツなのは、アラビア語で18名。おお、すごい。やはり中東でいろいろな事件が発生しているからであろうか。旅行で行くにしても、現地の言葉が少しでもできたほうがいいにこしたことはない。
 我がタイ語は8名。今日、新しい出会いがある。その出会いをはずみにして、タイ語指導に邁進したい。