高田馬場4丁目の郵便局

 昨日、速達を出すため泰日文化倶楽部の近くにある郵便局へ行った。正面ドアの前に韓国人2名が立っていた。並んでいるのかと思ったが、そうではなかった。用事が終わって談笑しているにすぎなかった。
 次に目にしたのは中国人カップル。二人は大きな段ボール3箱にひたすらテープを貼り続けている。どんなに貼っても、中国に着くまでには破けそうだ。それにしても、郵便物を出すスペースを占領しており、これまた迷惑。
 やっと速達を出し終わると、ソファーにタイ人らしきグループが7人ほど腰かけている。少し離れたところから彼らの会話を聞こうとしたが、あまり聞こえない。そこで傍に寄って行って耳を傾けたが、タイ語ではなかった。ミャンマー人であった。
 一人の女性に尋ねてみた。「どうしてこんなに大勢、並んで座っているの?」
 すると彼女は答えた。「ATMのカードをつくりに来ています」
 どうやら4月に来日したミャンマー人に付き添ってきているらしい。
 それにしても、高田馬場4丁目の郵便局は完全にアジア人に占拠された感を呈していた。

先生との相性が肝心

 生徒達と話していると、「A先生は教え方がうまいが、B先生は….」ということを聞く。しかし、私から言わせてもらうと、そんなにすばらしい先生に習っているのであれば、もっと上手になってもいいと思うが、結果はそれほどでもない。
 私は思う。どの先生からも、先生である限り、教わるものがあるということ。生徒のほうから求めるものが少なければ、先生の知識の袋は開かない。そして、90分があっというまに経過してしまう。
 授業にのぞむ際、ただ単に受身で教わるのではなくて、もっとタイ人講師を面白おかしく、ワイワイと乗せなくては。タイ人にとって、おとなしすぎるクラスはどうも苦手のようである。なんでこんなに日本人は無口なんだろうかと思っているはずだ。
 特に語学の場合、楽しくしゃべらないと、自分自身が高揚しない。自分のテンションを意図的に上げると、授業後、爽快感、満足感を覚える。
 タイ語は楽しいと思うだけで、先生達との相性もよくなり、授業風景が明るくなる。

タイ語で「~させたくない」という表現は?

 タイ語を何年も勉強しておられる生徒達には、少しでもてきぱきと自分の意見をタイ語で話してもらいたい。それには訓練が要る。
 昨日、「~させたくない ไม่อยากให้」という表現を使った文例を次から次に挙げて、タイ語でどんどん言ってもらった。
 ① 息子を機長にはさせたくない ไม่อยากให้ลูกชายเป็นนักบิน
② 娘には外国人と結婚させたくない ไม่อยากให้ลูกสาวแต่งงานกับชาวต่างชาติ
「~させたい อยากให้」はすらすら言えるのに、「~させたくない」という否定文になると、ひねりが入っているだけに、生徒達は言いよどむ。「~ない ไม่」という否定語をどこに置いていいのか迷うのがわかった。
 そういう時には、単語の並べ方をもう一度、丁寧に、かつ、印象的に説明し、生徒達に文章や表現をどんどん発音させることだ。こういう訓練を90分繰り返していると、頭の中が活性化してくるのがわかるらしく、生徒達から大いに喜ばれた。
 

宇野千代の「書くということ」

 泰日文化倶楽部のすぐ近くに小さな古本屋が有る。この店に気づく人はそう多くはいるまい。先日、ここで『神さまは雲の中』(宇野千代 角川春樹事務所発行 1997年)を買った。定価480円だが、古本だから210円。しかし本自体に汚れは全く無かった。
 宇野は交流した作家達や詩人、そして、評論家との思い出を書いているが、谷崎潤一郎、川端康成、小林秀雄、のところを読んだだけでも非常に読み応えがあった。そして、最後の項目には自分自身のことを書いている。
 「私は他にも一つ仕事を持っていることで、自分に人を面白がらせる才能がなくても平気になった。五十を過ぎた頃になって、私は始めて(注:ママ)、考えることをし始めた。何を書くのか。何を書かなければならないのか。言い替えると、文学者としての、初歩的な段階にやっと辿りついた。私には書きたいと思うことがはっきりして来た。いま、七十を過ぎているが、格別、急ぎはしない。書きたいと思うことがみつかると書く」
 宇野千代は98歳まで生きた。死ぬまで、現役作家として、ゆっくり書いた。

つばさ橋

 カンボジアとベトナムの間を流れるメコン川に、今日、「つばさ橋」、カンボジア語で言うと、「スピエン・ツバサ」が開通するそうだ。全長2215m。おお、長い! 南部経済回廊の道路の役割を果たし、ベトナム、カンボジア、タイの3ヶ国が流通面で一気に近づいたことになる。2001年には、「きずな橋」というのがすでに建設されているとのこと。
 おめでたい話に少しばかり水を差すのは失礼だが、橋の命名の仕方にもう少し一考の余地はなかったのであろうか?
 何故ならば、タイ人もカンボジア人も、そして、おそらくベトナム人も、日本語の「つ」、「ず」の発音が難しく、「つばさ橋」は、「すばさ橋」、もしくは、「ちゅばさ橋」、そして、「きずな橋」は、「きすな橋」にしか発音できないからである。
 「あつし」という男性、そして、「ちずこ」という女性から、悩みをうちあけられたことがある。理由はタイ人からきちんと自分の名前を呼んでくれないというわけだ。母国語に無い音を発音するのはどんなに頑張っても苦しい。

何を着たらいいのかわからない

 花寒の日が続いている。タイ人講師の口から、「ใส่เสื้อไม่ถูก サイ スア マイ トゥーク 何を着ていいかわからない」という言葉を聞く。
 なるほど、悩みは同じなんだ。四季がある日本、天気がはっきりしない日本で暮らす外国人も、洋服には頭を悩ましているようだ。
 ところで、「ใส่เสื้อไม่ถูก」という構文だが、タイ語を習っている人にはなかなか馴染めないみたい。タイ語では、「着る+洋服+ない+正しい」の語順。即ち、「洋服を着ることが、正しくない」という流れ。
 この構文は、「บอกไม่ถูก うまく言えない」、「ไปไม่ถูก (その場所に)ちゃんと行けない」という表現にも使われる。
 このような表現はとにかく使ってみることだ。日本語と異なる語順の場合、何も考えずに覚えてしまい、さっさと連発することが一番。

50年x8名=400年間の人生

 昨日、大学時代に一緒に学寮で過ごした寮友8名が集まった。地方から出て来た者同士が初めて会ってから50年。新幹線が開業し、東京オリンピックが開催されてから半年後のことである。
 互いに50年間の人生を語り合った。50年x8名=400年間の人生は、それぞれに聞くに値するものであった。
 一番嬉しかったこと、それはすぐに昔の気分に戻れたことだ。顔は老けたかもしれないが、声、そして、話し方は全く変わらない。
 8名の中で、現役で働いているのは私ともう一人だけ。彼女は結婚して吉川さんになった。彼女の仕事は7ヶ国語で書かれた膨大なる資料を読み、某業界に関する分析結果を毎月、まとめているそうだ。
 語学を専攻したわけではないので、彼女はこう言い放った。「7ヶ国語全部、独学なのよ」
 7ヶ国語の中にタイ語は入っていなかった。
 

元生徒さん達の近況

 4月に入り、元生徒さん達から嬉しいメールが入った。
 M氏の報告=日本語教師の免状が取れました。4月からは日本語教師になります。余裕ができましたら、タイ語の勉強を再開いたすつもりです。
 H氏の報告=按摩マッサージ指圧師、はり師、灸師の国家試験に合格しました。
 T氏の報告=現在、タイと東京を往復しております。タイ語は現地で勉強しております。発音と声調、むずかしいですね。
 皆さん、春爛漫の境地であられることであろう。地道に努力をして、初志貫徹することはなんと楽しく、嬉しいことか!

世界最高齢者

 昨日、世界最高齢者であった大川ミサオさん(注:オは、旧カタカナ)がお亡くなりになった。1898年(明治31年)3月5日に誕生されたので、117歳になったばかり。
 私の関心は、19世紀に生まれた日本人として、彼女が最後の日本人であったということ。理由は、私の父も同じ1898年生まれであったから。
 大川さんの長生きの秘訣は、「美味しいものを食べること」、「ゆっくり暮らすこと」、「よく寝ること」、だそうだ。
 そう言えば、先日、未承認ではあったが、127歳で亡くなったメキシコ女性のモットーをネットで読んだことがある。それは、「よく寝ること」、「チョコレートを食べること」、そして、「結婚はしないこと」、であった。
 二人の女性のモットーを真似すれば、90歳~100歳まで生きていけるにちがいない。
 そうだ、あと一つ、追加させていただこう。「言葉を学ぶこと」!
 

新学期・新年度

 今日から4月! 桜も満開! 新学期、新年度の始まりだ。新入生達のウキウキ感は実にうらやましい。
 ところで、会計年度のことを、タイ語では、「ปีงบประมาณ ピー(年)+ゴッププラマーン(予算)」という。今日から生活必需品、すなわち、インスタント・コーヒー、牛乳、チーズ、ケチャップ、等々の値段が上がるそうだ。これは大変。家計簿をしっかりとつけて、予算配分を常に考慮に入れないといけない。
 タイ語の「ゴッププラマーン」は、ゴップ=合計する、プラマーン=見積る、という意味から成立しているが、プラマーンには、もう一つの意味が有る。
 それは、<およそ、だいたい、約>という意味である。
 どんなに緻密に数字をはじき出しても、計算通りにうまくいかないのが予算であり経理だ。あまり深刻に考えるとつらくなる。そこは、アバウトな態度で向かうのも一考。
 昔から言われていることだが、タイ人は「ゆるやかな生き方」を備え持っている。そこに我々日本人は魅力を感じる。