繙く(ひもとく)

 読書をしていると、『万葉集』を繙く、という表現が出てきた。私は翻訳の仕事もしているので、翻訳の「翻」という漢字に興味があるが、「繙く」という漢字もなかなかに面白い。
 「繙く」は、もともとは「紐解く」と書いていたそうだ。何故ならば、昔の書物は巻物になっており、紐をほどくことが、即ち、本を読むという意味になっているからとのこと。
 日本列島、黄金週間に突入している。どこかへお出かけの方は大いに旅を楽しんでもらいたい。
 東京に居残り組は、果てさて何をしようか? 新宿中央公園で焼肉大会が行われているから、出かけて行ってみてはと言われた。それはそれでいいが、やはり書物を繙くことが心おだやかに過ごせて、思考力を鍛えることになる。

田舎紳士(country gentleman)

『遊鬼』(白洲正子著 新潮文庫 平成11年)の中に、彼女の御主人でる白洲次郎のことが書かれており、英国で身につけてきた「田舎紳士」を実践したことが書かれている。
 「鶴川にひっこんだのも、疎開のためとはいえ、実は英国式の教養の致すところで、彼らはそういう種類の人間を<カントリー・ジェントルマン>と呼ぶ。よく<田舎紳士>と訳されているが、そうではなく、地方に住んでいて、中央の政治に目を光らせている。遠くから眺めているために、渦中にある政治家には見えないことがよくわかる。そして、いざ鎌倉という時は、中央へ出て行って、彼らの姿勢を正す」
 この文章を読んで、白洲正子にとっては、<田舎>という訳し方に疑問をいだいたことが暗黙のうちにわかる。翻訳の仕方に問題があるとつい思ってしまう。
地方の大地主、素封家、と訳している辞書もあるので、そのほうがいいと思う。
 田舎という単語は、とかく馬鹿にした意味合いで使われることが多かった。田舎侍、いなかっぺ、等々。 しかし、今は違う。都会よりも田舎暮らしのほうが、はるかによさそうだ。

我が寮友

 大学時代の寮友達が集まって、当時の寮監先生(90歳)に会いに行くことになり、目下、私が幹事をつとめている。今思えば、個性的な乙女達ばかりであった。コマーシャルで、「昔は乙女、今は太め」というのを見るにつけ、つい苦笑しているが、とにかく元気であればよい。
 R子さんは歴史学者だ。過去の同窓会の期日に関しては、彼女がすべて覚えてくれている。民生委員としても社会の奥深くを観察中。
 A子さんは調停委員を30年やっている。「先日、最後(定年70歳)の辞令をもらったばかりよ」と、彼女は言った。
 M子さんはコーラス・グループで、近々、オペラの聖地であるイタリアへ遠征するそうだ。
 S子さんは謡と能。能舞台での発表会には50万円の参加費がいるそうだ。
 寮友はまだまだたくさんいるが、今、列挙した寮友達の共通点は、社会の中で、頭を使ってしゃべったり、歌ったり、あるいは、うなること。即ち、大いに発声することである。認知症になる危惧は全くない。

ด(子供) 対 ต(亀)

 中国語専攻の生徒さんから、ด(ดอ เด็ก 子ども)と、ต(ตอ เต่า 亀)の発音の違いがあまりよくわからないと言われた。たまたま美容院へ行って髪をカットしてきたばかりであったので、次なる単語を例に挙げた。  ①「パーマをかける ดัดผม dat phom」 ②「散髪する ตัดผม tat phom」
 中国語の発音表記の「d」が、タイ語の無気音である「ต」に相当するから、彼の悩みは理解できる。
 「ดี 良い」が「ตี 打つ」と聞こえると大変だ。「ตัก 膝」が「ดัก 待ち伏せする」に聞こえてもおかしい。「ดอน 丘」が「ตอน ~頃」に聞こえても、意味をなさない。
 自分にとって弱いと思う発音が有るならば、矯正のための発音訓練を早めにしたほうがいい。タイ人にとって、これらの音は全く異なる音として、自然に身についている。したがって、発音はできるが、発声の仕方(調音)を説明することは難しいと思われる。タイ人講師に何回も発音してもらった上で、最後は自分の耳で納得するしかない。

中華料理店の生け花

 高田馬場3丁目に気に入った中華料理店がある。そこへ行くと、いつも入口付近に生け花を活けている。その花をしっかりと見ている客はいないと思う。だが、私はいつも見る。何故ならば、生け花を習っているので、知らず知らずのうちに批評の眼が出来上がってしまっているからである。
 中国女性の女将さんが活けていることは間違いないが、日本の華道から観ると、バランスが全くとれていない。色の配置もバラバラ。
 だが、生け花を習ったことがなくても、花を活けることに意義有り、と、私は思っている。したがって、心の内でその女将さんを讃えている。
 泰日文化倶楽部では、「アジア女性のための生け花教室」を月に1回の割りで開催しているが、最近、ミャンマーの女性達が来なくなった。ミャンマーから来る親族や友人達が多くなり、皆さん、観光案内で多忙だと聞く。
 何の稽古事でもいいが、我流は我流。やはり師匠について、こつこつと学ぶことをお勧めしたい。

ゴールデン・ウィーク中のお休み

 すでにゴールデン・ウィークが始まった方々もおられるかもしれませんが、泰日文化倶楽部は4月28日(火曜日)までは授業を実施いたします。
 そして、4月29日(水曜日)から5月6日(水曜日)まで、お休みをいただきます。
 毎年、2~3人の生徒さんが、お休みであることを忘れて教室にやって来られますので、このブログであらかじめお知らせする次第です。
 ご見学の方もこの休暇期間ははずしてくださいね。
 タイへ旅行される方はタイでたくさんタイ語をしゃべってください。日本残留組は、浅草、銀座、そして、鎌倉へ行ってみてはいかが? タイ人がいっぱいですよ。

さかえ通りの青果店

 昨晩、高田馬場駅近くのさかえ通りにある回転寿司屋へ行った。ところが4月19日で閉店したという貼り紙が貼ってあった。ものすごく流行っていたから、まさか閉店するとは思ってもみなかった。
 何故、閉店したのか理由が知りたくて、すぐ近くの青果店へ行く。果物を買いながら、店主に尋ねてみた。
 「天下寿司、どうして閉店したんですか?」
 「消費税8%がきつかったらしいよ。みんな、安いものばかり食べるからね。15年間、頑張ったけど….。でも、また新しい寿司屋が入るみたい」
 青果店はさかえ通りの主(ぬし)である。周辺の店舗に関してならかなりの情報をつかんでいるから、時々、果物を買ってはおしゃべりをしている。
 「ところで、猫ちゃんは?」と訊くと、「遊びに行ってばかりよ。どこへ行くんだか知らないけど」
 そう言ってからほんの数分で、黒猫が現れた。我々の会話を聞きつけて存在感を示したかったらしい。だが、すぐに店から出て行ってしまった。雌猫とのデートだ。猫は気楽でいいにゃあ。
 

タイ人からの呼ばれ方

 初めて会ったタイ人は私のことを、「พี่ ピー 年上」と呼ぶ。年上の人を呼びかけるには無難な呼び方だ。だが、私が先生をしていることを知っているタイ人からは、もちろん「อาจารย์ アージャーン 先生」と呼ばれる。
 ところが、数年前から、「ป้า パー 伯母さん」と呼ばれるようになった。私の年齢から言って、これまた受け入れざるを得ないのは当然なことであろう。
 そして、最近は、「แม่ メー お母さん」と呼ばれることのほうが多くなった。何の血縁関係も無いタイ人から「お母さん」と呼ばれるのはいやではない。むしろ、親しみがわいていい。ああ、このくらいの息子や娘がいるといいなあと思っている。
 そのうち、「ยาย ヤーイ おばあさん」と呼ばれることになろうが、願わくばそういう日が来るのは、どうかあと10年後であってほしい。

Fons Gtatiae ~恵の泉~

 昨日、大学の食堂に入ってみた。12時前だったのですいていたからである。春野菜が乗ったアサリ・ピラフ ¥400を注文。だが、一口食べただけで塩分過多が感じられた。若い学生にはいいかもしれないが、高齢者にはやはり気になる味だ。
 12時半、午前の授業が終わった学生が次から次にやって来て食券を買う列が長くなった。早く退散しないといけないなあと思いながらも、私は若者のパワーの中にひたっていた。ランチはまあまあでも、それ以上のパワーをもらったことに満足。
 食堂の横に、小さな庭が有った。庭の名前は、Fons Gratiae 恵の泉。立札の説明に拠ると、「自然と歴史に想いを馳せる空間として創出されたものです」と書いてあった。夏にはホタルが飛ぶらしい。こういう庭の空間はすばらしい。ほんの少しだけ佇んで、何かを想う。時々、そのような時間が欲しいものだ。

7年前の雑誌から

 収納ケースを整理していたら、7年前の雑誌が出てきた。『週刊ダイヤモンド 特大号』(2008年4月12日号)の特集は、「後悔しない老後」。おそらくこの見出しに惹きつけられて購入したものと思われる。
 その他の見出しは何かとチェックしてみると、①ベビーパウダーも危ない! アスベスト被害急増の恐怖。②スタンド淘汰を加速させる列島ガソリン値下げ競争。③格安航空に参入するANAが日本を‟バッシング”するとき。④三洋電機 業績V字回復の裏側で進む経営失速と士気低下の深刻、等々。
 わずか7年前の雑誌だが、いずれの話題も遠い過去の話みたいに思われる。何故ならば、毎日、次から次に新しいニュースが更新されているから、数年前のことはもう忘れている。三洋電機はもう無い。
 雑誌の中で取り上げられた「時の人」は、ゴルファーの石川遼君だ。プロになってから3ヶ月。16歳の顔はとてもういういしい。しかし、今は苦戦中。
 一般的には10年単位で過去を振り返り、現在と比較するものだが、それよりも短い7年ですら、世の中の動きは予想以上に激変している。