銀座のママ

 昨日、30年前の教え子さんから、グループラインに書き込みが有った。「お知らせですが、コロナ終息を見据えて、銀座で小さなBARを来月からオープンします。みなさん新米ママに会いに来てくださいね」

 これには驚いた。学生時代はおとなしそうに見えていた彼女が銀座のママになるとは! 一緒にチャイヤプーム県(東北タイ)へ行き、大雨に叩きつけられる田舎の家で一晩、恐々と過ごした思い出がすぐに浮かんできた。

 社会人になってから紆余曲折を経て、彼女は肝っ玉がすわったのかもしれない。人間関係も増えたのであろう。彼女ならきっと成功する。開店祝いを兼ねて、その店を訪ねてみよう。その際には、私も着物を着て、ビッグママの顔つきで行こうかな……。

会話とひらめき

 コロナ禍、親戚や友人との会話が激減している。このまま付き合いが消え入りそうな気がしないでもない今日この頃である。『ひらめき脳』(茂木健一郎 新潮社 2006年)の中に、次なる文章を見つけた。

 <会話はひらめきの連続> また、普段の何気ない会話も、「ひらめき」にとって非常に重要な要素です。確かに何かを伝えたいという気持ちがないと、人間の脳は本気を出さないようになっています。普通の人が経験する最も身近なひらめきというのは会話です。もっと言えば、会話というのは、ひらめきが連続して起こっている状態ともいえます。その場その場で言葉が次々と出るわけですから。

 とにかく、意識して声を出そう。そして、友人と話をして、ああでもない、こうでもないと喋り、萎縮している自分の脳を活性化させよう。喋る意欲こそが外国語の勉強に欠かせない要素そのものである。

今日の翻訳

前回に引き続き、『การละเล่นเด็กไทย』から出題する。

1. การเล่นกระโดดเชือก นอกจากเป็นการละเล่นอย่างหนึ่งของเด็กไทยแล้ว ยังเป็นการออกกำลังกายที่ดีอีกด้วย

2. อุปกรณ์ก็มีเพียงเชือกเส้นเดียวเท่านั้น เด็กๆจะเลือกสถานที่ที่เป็นลานกว้างและเรียบ ก่อนเล่นทุกคนจะช่วยกันเก็บเศษไม้ กวาดใบหญ้าออกก่อน

3. เปียกับน้องพลอยเป็นคู่เหวี่ยงเชือกก่อน เจ้าจุกและแกละเป็นผู้กระโดด อาจกระโดดครั้งละคนหรือครั้งละ๒คนก็ได้ ระยะเวลาของการเล่นตามที่ตกลงกัน จากนั้นจึงเปลี่ยนคู่สลับกันกระโดด

創作する歓び

 今朝のNHKニュースで、長野県在住の女性(80歳)が65歳から紙芝居を作成し始め、集会所で皆さんに披露している様子が紹介された。とても生きがいを覚えておられ、好ましく思われた。

 先日、第68回日本伝統工芸展を鑑賞しに行った。第一線のプロの方達の作品だから、精緻で素晴らしいのは当たり前。だが、とにもかくにも心打たれたのは、ここまでの道のりをいかなる精神的葛藤と共に忍耐強く邁進して来られたのであろうかという点だ。

 総裁賞を受賞された女性は私と同い年であった。彼女の創造力に圧倒された。まだまだこの先、気迫のこもった作品を創造して行く力が渦巻いていることが作品から見て取れた。プロの工芸家達には到底及ばなくても、自分なりに創作行為を継続すれば、自分なりの歓びが得られると信じる。

茶道の新仲間

 昨日、茶道教室に参加した。新しい生徒さんが入って来られるという前情報が有ったので、茶道講師も生徒達も、皆、とても楽しみにしていた。そして、実際にその方にお会いしてみたところ、期待を裏切らないとても素敵で個性的な男性であった。

 茶道講師が私のことを「タイ語の先生です」と紹介すると、彼はすかさず言った。「私も語学が好きです」、と。そう聞くや否や、彼への質問が矢継ぎ早に出て来た。大学での専攻が韓国語であったということがわかると、語学の勉強の仕方を徹底的に習得しておられる方として、尊敬の念がわいた。

 さらに彼と話を進めていくうちに、タイ料理が大好きで、タイ人シェフの友人がおり、タイフェスに出店したその友人の店を10年間、ボランティアでお手伝いしたとのこと。タイに関する話だけでも尽きなかった。茶道教室ではなくて、まるで泰日文化倶楽部で会話している錯覚にとらわれた。

今日の作文

1. 昨日土曜日の午後6時過ぎ、副都心線新宿三丁目駅で人身事故が発生した。

2. 副都心線での人身事故は初めてだそうだ。

3. 救護活動のため、副都心線と有楽町線がいずれも運転停止となった。

4. 大勢の人が困ったが、私もそのうちの一人であった。

5. 諸問題を抱えて、自殺したい人がどんどん増えて来ている。

6. 生き抜く気力を持つにはどうすればいいか、皆で考えてみよう。

小さな発見

 俳人が吟行するが如く、染色家は題材を求めてスケッチ旅行をすることが某染色家が書いた文章を読んで知った。彼女は京都の寺院へ行き、お目当ての花の絵を描こうとしたが、まだ咲いておらずがっかり。しかし、ふと石の裏側に目を向けると、知らない花が咲いており、惹きつけられた彼女は急いでスケッチ。そして、作品に結実させた。

 タイ語の勉強にも小さな発見が欲しい。発見が有れば一人で楽しむことができる。自分で発見ノートを書き続けていけば、それはいつ読み返しても楽しいものとなるであろう。

 発見には、自由なる感覚のアンテナが必要だ。巣ごもり状態であろうとも、自分のそば近くにいくらでも埋もれたヒントが有る。タイ語の勉強のために買い集めたテキストや参考書をもう一度、見直し、再確認と新たなる発見をするのもいいことだ。

テレパシー → タイパシー

 そろそろ衣更えの季節を迎えようとしている。そこで、昨日の午前中、秋冬用の服を出して来て袖を通してみた。その中には編物講師の作品もある。ウール用の洗剤もすでに用意済み。日本の生活は四季に追い立てまくられるが、これを面倒くさがっていては駄目だ。季節と共にどんどん進んで行くしかない。

 午後、不思議なことが有った。編物教室の講師から偶然にもラインが入って来たのである。実は、仕事が多忙で体力がついて行かなくなったために、2019年3月から休学している。1年くらいで復帰しようと思っていたらコロナ禍で、自粛。そうこうしているうちに2年半が経過してしまった。講師の作品に袖を通すことで、講師にテレパシーが伝わった! そうとしか思われない。

 そこで、次なるメッセージを送ることにする。泰日文化倶楽部に通って来て下さった元生徒さん達、また勉強にいらしてください。高田馬場からテレパシー、いや、タイパシーを送ります。

 

今日の翻訳

 『การละเล่นเด็กไทย』(สำราญ ผลดี 著 สำนักพิมพ์วาดศิลป์社 2003年)    から引用するが、この本は、大人が幼稚園児に読み聞かせる、または、小学生が自分で読むために書かれた本であるとのこと。

1.ปิดตาตีหม้อ เป็นการละเล่นของเด็กไทยอย่างหนึ่งที่สร้างความสนุกสนานให้กับเด็กๆ จากการวนไปวนมาของผู้ที่ถูกปิดตา วิธีการเล่นนั้น ไม่ยุ่งยากแต่อย่างใดดังเช่นที่ทั้งเปีย แกละ จุก และน้องพลอยกำลังเล่นอยู่วันนี้

2. เปียเป็นคนที่ถูกปิดตา ถือไม้ขนาดพอมือ เมื่อปิดตาแล้ว เพื่อนๆ จะจับตัวของเปียหมุนไปรอบๆ จนทำให้เปียรู้สึกงง

3. แล้วให้เปียเดินไปตีหม้อที่วางอยู่บนตอไม้ข้างหน้า ด้วยความงงทำให้เปียตีผิดตีถูก โดยที่จุกเป็นคนคอยบอกทางให้ เป็นที่สนุกสนานของเด็กๆ ทุกคน

同窓会費と維持金

 母校の同窓会から会報が送られて来た。封筒の中には次なる<ご案内とお願い>が同封されていた。「あなたは50年間分の同窓会費をすでにお納めいただき、完納となっております。長年にわたり、ありがとうございました。完納後も、ご協力いただける方には、SS会費としてご寄付をお願い申し上げております」

 社会人になって52年半が経過。有難いことに今でも現役だ。母校である東京女子大学のスローガンは、キリスト教精神にのっとって、「S=Sacrifice 犠牲」&「S=Service 奉仕」。

 封筒の中には、大学維持金の寄付のお願いもあった。後輩の大学生に対する奨学金として主として使われるものだ。一人の寄付には限界がある。しかし、たとえ少額でも、人数がたくさん集まれば有益な結果を出す。母校のSS精神への遵奉は死ぬまで続きそうだ。