ร้อยというタイ語

 昨日の授業で、怪我をした指に止血のための布を巻き付ける話が出て来たが、それはタイ語では「พันนิ้ว」。このพันという動詞だが、名詞では数字の桁である「千」である。即ち、同音異義語だ。

 そこで、私はさらに補足した。「では、百(ร้อย)という名詞ですが、動詞としてはどんな意味が有るでしょうか?」 生徒達の反応はいまいちであった。「タイの街角に女性達が座り込んで花に糸(又は細い針金)を通す姿を見たことがあるでしょう?」

 タイ人講師が白板に「ร้อยมาลัย」と書いた。意味は「花を通す=レイをつくる」。すると生徒の一人が「ああ、ジャスミンの花を通してますよね」と言った。もう4年もバンコクへ行っていないから、エラワンの神様の祠堂のところで花輪作りをしている光景がなつかしい。一方、私はといえば、「ร้อยเข็ม 針に糸を通すこと」にイライラしながら老いを感じている。

今日の作文

1. 大量解雇すべきか否か、社長は決断を迫られている。

2. 賃上げをすべきか否か、経営者は頭をかかえている。

3. 郷里の家の解体かレノベーションか、目下、考慮中。

4. 相続か放棄か、弁護士に相談中。

5. 減刑か否か、判決が待たれる。

6. 投資するか否か、それはあくまでも自己責任です。

干支送り

 昨日、茶道教室に参加した。掛け軸は「『無事是貴人』。その意味するところは、「どんな境遇にあっても、あたりまえのようにこなしていける人こそが貴ぶべき人である。臨済禅師が説くところの<無事>とは、やみくもに外に向かって求める心を捨てきったさわやかな境遇なのである」、とのこと。

 私が興味を覚えたのは香合の絵柄であった。今年の干支である牛の堂々たる姿に魅せられた。茶道講師から「干支送りですよ」と言われ、今年一年が残り少なくなったことに、あらためて気づかされた。そして、来年に向けての緊張が体の中から湧いて来た。

 来年のことを言うと鬼に笑われそうなので控えるが、いずれにせよ虎はのっしのっしとやって来る。年末になると各所で動物の干支送りの光景がテレビで報道される。牛と虎。さあ見物だ。といっても、虎の赤ちゃんが起用されるのであろう。

 

タンバイ(タガログ語)

 足掛け20年以上、泰日文化倶楽部に通って来ているS氏は道路関係の仕事をしておられる公務員である。台風や大雪の警戒情報が出ると、スタンバイして待つようにという指令が上から下りて来るそうだ。仕事の大変さを聞くにつけ、社会を下から支えてくださっていることに感謝。

 このスタンバイという言葉であるが、フィリピンで生活をされたことがある生徒さんから、「タガログ語で<tambay>という単語があります」と、ほんの2日前に聞いたばかりであった。「語源は英語のstand byです。よく使われています」

 そこでネットで調べてみた。仕事をもらうためにスタンバイしている男には実質上の収入が無い。従って、無職。さらには、お金が無いからヒモ、あるいは、ジゴロ、と言う意味になるとのこと。

今日の翻訳

 11月28日に出題した民話の第2回目である。

1. ระหว่างทางปลาดุกก็ไปพบกับตะขาบและแมงป่อง ตะขาบสงสัยจึงถามว่า “พวกเจ้ามากันเยอะแยะนี่จะไปที่ไหนกัน” ปลาดุกก็เล่าเรื่องทั้งหมดให้ฟัง

2. เมื่อตะขาบและแมงป่องทราบว่าปลาดุกจะไปปราบยักษ์ก็อาสาจะไปช่วยด้วยอีกแรง แล้วตะขาบกับแมงป่องก็ร่วมออกเดินทางไปกับปลาดุกด้วย

3. ครั้นเมื่อมาถึงบ้านของยักษ์ก็เป็นเวลาค่ำพอดี คณะปราบยักษ์ทั้งหมดได้แยกย้ายกันไปทำตามแผนการที่ว้างไว้ พอยักษ์กลับมาถึง เจ้าตะขาบออกมาก่อน มากัดยักษ์ซึ่งนอนอยู่ที่นอน ยักษ์โดนตะขาบกัด ปวดมากจึงร้องเสียงดังลั่น

検定試験対策

 12月12日に実施されるタイ語検定試験に向けて、特訓を希望する生徒さんが2名おられた。過去問をやりながら、如何に早く解答できるかを指導したところ、授業後、かなりの自信がついたようなので、私としても一安心。

 A子さんは言った。「私は発音表記ではなくて、最初からタイ文字を主眼に勉強したので4級を受けます。発音表記だけで出題される5級はかえってわかりません」 初心者レベルの方がタイ文字に早くから馴染んでおられるということは大きな強みである。

 B子さんはタイ文字で書かれた長文が読めるようになっていた。この一年間、彼女が頑張って来た努力が実りつつあり、私も嬉しかった。「合格か否かはあまり気にしなくてもいいですよ。試験に向かって集中して勉強することが肝心」、と、慰めと励ましの両方を含んだ言葉を私はA子さんにもB子さんにも伝えた。

紬ちゃん

 今年の女子の命名において、「紬(つむぎ)」が第1位に選ばれた。それを聞いてもピンと来なかったので、命名の由来と根拠をネットで調べてみた。

 ①賢さ=糸をつむぐと言う行動は、物事の糸口をつかんでたぐり寄せ、問題の解決をはかる。 ②努力家・根気強さ=紬を織るには手間と時間がかかる。 ③夢を叶える=夢をつむぐ。 ④健康=紬には耐久性がある。 ⑤質実剛健=虚飾を廃し、内面が充実した人生を送る。自分らしい美徳を大切に。 ⑥末永い幸福と繁栄。

 この由来を知って納得。いい名前だ。しかし、外国人にとっては呼びにくそう…..。何故ならば、<つ>という発音が難しいから。いずれにせよ、この名前に因んで、「美徳 คุณสมบัติ」が備わった女性がたくさん誕生することを願う。

今日の作文

1. いずれの政党にも全く期待しない。

2. 彼は正当防衛だと言った。

3. 「正答」という言葉が有るが、一般的には「正解」が使われている。

4. 製陶業の将来はどうなるのであろう。

5. スプーン印の三井製糖会社はタイで生産を始めてからすでに長い歴史を有する。

6. 「正統派」と「伝統的」の意味はほぼ同じですよね?

ダルニー基金の子供達

 最近、公益財団法人「民際センター」から私が支援している奨学生の写真が送られて来た。東北タイのマハーサーラカーム県在住の中学生2名だが、いずれも素直な表情をしている少年達だ。そのまま伸び伸びと成長して行ってほしい。

 ただし、気になった点がある。それは、両親の年代が30代前半であること。A少年の場合は彼を含めて、きょうだいが4人もいる。B少年は2人。まだまだ弟や妹が生まれて来そうだ。彼らの両親が、私にとっては孫(หลาน)のようなもの。とすると、少年達はひ孫(เหลน)?

 マハーサーラカーム県は5つの県と隣接している。民際センターの説明書きによると、「ここはイサーンの文教都市。大学が多くあります。農業以外に養蚕と綿織物も盛んです。名物はアヒル料理。10世紀に建立されたナードゥン寺(พระธาตุนาดูน)では例年2月にお祭りがあります」、とのこと。なかなかに興味深い。

クリスマスリース

 生徒さんがご自宅の庭から調達された種々の植物でクリスマスリースを作られ、その写真をラインで送信してくださった。私はすぐに返信した。「まるで貴族の館にお招きいただいたみたいです」、と。

 クリスマスリースには、魔除け、幸福祈願、そして、五穀豊穣の願いが込められているそうだ。この考え方は日本人の心にもすんなり来る。蔓性のもので輪を作っているから、切れることが無く、永遠のシンボルにもなっているとのこと。

 リース(wreath)を作るならば、材料も自分の身の回りの自然から調達したいものだ。門松の如く業者からレンタルしたり、観葉植物をリースする(lease)ことも有りだが、せめて一年の締めくくりくらいはお手製のものに願いを込めたい。