蕨 と タイカレー

 お茶の稽古仲間から山形産の蕨をいただいた。蕨はあく抜きが必要だ。そこで、茶道講師があく抜き用の灰をわけてくださった。
 蕨はあく抜きをしても、独特のえぐい感触が残る。それが乙なものであることはわかるが、一人で大量に食べるには飽きが来そう…..。
 そこで考えた。非常食用に買ってある「チキンとタイカレー」という缶詰を開けて、一緒に煮込んだ。タイカレーの強さが蕨を凌駕して、たちまちのうちにタイ料理になった。蕨が空心菜(ผักบุ้ง)の代用のように思われ、一気に食が進んだ。和風の材料である蕨がタイ料理にお嫁に行き、見事に調和したので、嬉しや嬉し。

新しい先生は理学療法士

 ギック先生が5月10日でお辞めになられたので、後任の先生を探していたが、昨晩、新しい先生と面接。5月31日から「タイ語中級 水曜日18:00」と、「タイ語入門 水曜日19:30」の2クラスをご担当いただくことになった。
 新人講師の愛称は「ติ้ว ティウ」。お母様が「ティウター(タイ式発音)= tutor 家庭教師」と名付けられたそうだが、長いので「ティウ」になったそうだ。
 3年前から東京医科歯科大学で理学療法(กายภาพบำบัด physical therapy)の研究をしておられるチェンマイ女性である。親しみやすい性格だ。はきはきとした発音だから、生徒の皆さんには聞きやすいと思う。

語彙力チェック

 個人レッスンを受講したいという女性が現れたので、まずは彼女の語彙力をチェックしてみた。「抽象名詞をつくる接頭辞ความを使って、単語を10語、5分以内にすらすらと書きなさい」という出題に対して、彼女は次なる単語を列挙した。
 ความรัก ความคิด ความจริง ความสุข ความหมาย ความลับ ความสะอาด ความสุภาพ ความเข้าใจ ความเรียบร้อย
実を言うと、この出題を同じく個人レッスンを受けている中年男性にしたところ、かなり時間がかかった上に、普段あまり使わない難しい単語ばかりをノートに書いた。彼いわく、「本ばかり読んでいますから。会話はしません」
 私は助言を与えた。女性にはもう少し難易度の高い単語を、そして、男性にはもう少し使用頻度の高い単語を書くように、と。
 語学の勉強には柔軟性が要る。文章はどうにでも書ける。そのためにも、語彙力強化が大切だ。

カンボジア製のブラウス

 昨日、小原流横須賀支部の花展へ出かけた。今回のテーマは「A LIFE~花」ということなので、生活雑貨を花瓶にしたものが多かった。傑作なのは、おひつ。最近、とんと見かけなくなったものだ。漁師の家へ行って借りて来たとのこと。だから大きさが大ぶり。花材は野菜と果物。使い方によっては素敵なオブジェになることを知った。
 花展の後、横須賀の街を歩いた。この街はいつ来ても雰囲気が特殊だ。不動産屋の窓ガラスに貼られた物件は英語だけという店も有った。昨日は諏訪神社の大祭ということで屋台がいっぱい並んでいた。水兵さんの白い制服がまぶしい。
 婦人物の店に入ってブラウスを買った。タグを確かめるとカンボジア製。丁寧な縫製に感心しつつ、カンボジアの女性達の顔を思い浮かべた。

蕎麦屋で通訳

 昨夜、泰日文化倶楽部の近くにある蕎麦屋でじゃこ天そばを食べていると、「ハロー」と言って2人の女性が店に入って来た。タイ女性かなあと思ったが、彼女達の会話は英語だ。香港から来たのだろう。
 彼女達は何を注文していいかわからず、近くの客が食べているものを指差した。天婦羅そばが出て来ると、一人の女性が「卵のごはんも食べたい」と言い出した。店の人は、「まずは天婦羅そばを食べてください。それだけでお腹がいっぱいになりますよ」と言った。しかし、彼女はわからない。そこで私が通訳に入った。“Please eat Tempura Soba first. Then you ask your stomach.” 
 卵丼が大好きだという女性はシンガポール人であった。もう一人はニューヨークから来た中国系カナダ人。「あなたは?」と聞かれたので、思わずタイ人と答えそうになった。英語の発音がものすごくすばらしいと褒められた。英語の先生を再開しようかしら。

ブログは今日から16年目に

 私はこのブログを2002年5月19日から書き始めました。したがって、今日から16年目に入ります。旅行中を除き、徒然なるままにほとんど毎日書いてまいりました。テーマはタイとタイ語、そして、アジア。しかし、最近はなんだかいろいろな話題にまで広げ過ぎ…..。
 何故、書くか? それは私の情熱を持続させるためです。喧噪の日々、私は感覚を研ぎ澄ませて世の中の動向をつかもうと懸命です。小さな事柄でも焦点を絞ります。点と点を線にし、線と線を面にし、面と面を立体化して、事象を感じ取って行く訓練、そして、言葉と言葉を綴り、紬の如く織って行く作業。健康が許す限り続けたい。
 昭和63年から開塾した泰日文化倶楽部は平成29年まで生き延びてまいりました。平成もあと1年と7ヶ月余。新しい元号に入ってもまだ存続しているとするならば、三代の御代に亘るタイ語塾になります。よし、頑張ろう!

一泰一路

 先日、北京で「一帯一路」という会議が行われたが、私にはそれがどうしても「一泰一路」というふうにしか聞こえてこなかった。もちろん、私の勝手な思い込みであるから聞き捨てにしてくださって一向にかまわない。「一帯一路」の大テーマを目指したい方達は、遠い将来、政治的野望はさておき、文化的なつながりにおいて、どうかそれを具現化してほしい。
 今年もかなり時間が経過した。新緑から深緑に代わり、緑陰が嬉しい季節を迎えている。タイが好きな方達は「一泰一路」を再認識し、タイ語の勉強を通じて、タイのことをいろいろと知り、考察を新たにしようではないか。
 タイ語を勉強し始めた方達は勉強が楽しそうである。しかし、学習歴が5年以上経過した方達は学習態度が静かになりつつある。教室は声を出す道場である。思いきり発声して、自分の音感を弾みがあるものにしていこう!

ボタン探し

 先週、ブラウスについているボタン(กระดุม)をどこかで1個落としてしまった。替えボタンはない。気に入っているブラウスなので、何としてもボタンを新しくつけかえたい。そこで、昨日、日暮里の生地問屋街へ行った。
 最初の店には私が求めているボタンと同じサイズのものがなかった。
 2軒目の店に行くと、今度はヴィンテージものだということで、ボタン1個の値段が800円以上。5個必要であったが、ボタンに4000円も出したくはない。
 3軒目の店へと足を進める。そこにはバーゲン用のボタンが有った。小さなビニール袋に入った6個入りのボタンがわずかに300円。色もぴったり。
 たかがボタン。だが、探し求めていたものが見つかった喜びはひとしおだ。絶対に見つけ出すという私の気迫は我ながらすごかった。念じれば通じる…..。

景色とは気色なり

 『一色一生』(志村ふくみ著 文春文庫 1987年)の中に、次なる文章が書かれてあった。
 「けしきとは景色–気色のことで自然界の景と気と色とをうまくとりいれることだという。日本の芸術、ことに工芸には一寸言葉では説明のつかない景と気と色があって、外国であったら、調子がくずれたとか、失敗したということになるものを、日本人はほんの少しのずれ、ゆがみ、はみだし、むら、しみ、くずれなど概して均一でないものに対して、鋭い美意識が働き、全体の微妙な均衡の揺れをすばやく美の範疇にとりこむことを心得ている」
 茶道で取り扱う茶碗に対しても、<これは景色がいい>ということをよく聞くが、なるほど、景色とは気色であったのか………。一椀の茶を喫することにより、<気>をしかと躰に浸透させよう。
 

鼠の耳? 豚の耳?

 黄金週間後、授業が再開してから1週間が経過した。生徒の皆さんは、果たして元気溌剌で授業に臨んでいるであろうか? 
 「タイ語中級 土曜日12:15」のクラスで、タイ人講師がタイ料理の話のついでとして、キクラゲを話題にした。キクラゲなら中華料理の定番の食材であるが、彼女はヤムウンセン(ยำวุ้นเส้น)にも入れるそうだ。
 「キクラゲは、タイ語でเห็ดหูหนู 鼠の耳のキノコと言います」と生徒に教えた。生徒は分かった顔をしたが、その5分後に、「เห็ดหูหมู 豚の耳のキノコ」と言ってしまった。それを聞いて、タイ人講師は笑いがとまらないようであった。
 日本人がよく間違える動物は、犬(หมา)と馬(ม้า)だ。声調がどうしてもわからないという生徒が多すぎる。早く音感を磨いてほしい。