シンガポールのゆかりさん

 昨日、シンガポール在住のゆかりさんから誕生日プレゼントが送られて来た。最近、彼女は休暇を利用してバンコクへ行ったので、タイ製のペンケースが封筒に入れられ、象と森が書かれたカードにはこう書かれてあった。
 「今日がバンコク最終日です。物価が上がって以前の金銭感覚が全く通用しなくなりました。シンガポールドルに換算しないと高いのか安いのかわかりません。友人の車であちこち連れてってもらって見覚えのある建物や通りの景色を見ると、なつかしいような悲しいような気分になりました。住んでたのはもう20年前です。いろんなとこ行ってたんだなあ~と思ったりして」
 彼女はバンコク週報の記者としてバンコクで6年間頑張ったのち、より飛躍を求めてシンガポールへ。時々バンコクへ息抜きに行っているようだが、今回の彼女の文章はいつになく本音が出ていたので、引用させていただいた。

アジア女性交流史の研究家 山崎朋子さん

 アジア女性交流史の研究家である山崎朋子さんの訃報(享年86歳)をニュースで知った。彼女が書いた『サンダカン八番娼館』(1972年)は、翌年、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。熊井啓監督による映画『サンダカン八番娼館望郷』(栗原小巻、田中絹代 出演)も見た。衝撃的であった。<からゆきさん>という言葉が耳について離れなかった。
 15年ほど前、マレーシアへ旅行した時、思い切ってボルネオ島まで飛んだ。現在の州都はコタキナバル。だが、1947年までの州都はサンダカン。サンダカンまで行く時間が無かったので断念したが、キナバル山へ行くためにチャーターしたタクシーの年老いた運転手が教えてくれた。
 「ほら、あそこ! 日本から来た女性の墓だ。みんな日本を向いてるよ」
 そのように教えてもらわないと車で通り過ぎてしまいそうな場所であった。コタキナバル(昔の呼称はジェッセルトン)でも日本女性は働かされていたというわけだ。何故ならば、1942年から1945年まで日本軍の占領下に置かれていたから……。

今日の出題

 今年もあと1ヶ月半となった。12月に入ると気ぜわしくなるから、出来得るならば、今日から少しずつ掃除や片付けを始めたいものだ。しかし、ちょっとした「ちょい勉強」は気分転換になると思うので、次なる文章をタイ語で書いてみよう。今日は「二」に関する出題である。
1)今年の授業は12月22日までです。
2)あなたの家は平屋ですか、それとも、二階建てですか?
3)新しく任命された社長には二面性があります。
4)両者とも優秀なので、甲乙つけがたいです。
5)二者択一しろと言われても、私にはできません。
6)試合の結果は2対2でした。
7)後輩が双子のパパになりました。
8)教え子が警察中尉になりました。
9)タイの旧暦2月という単語はもうほとんど使われておりません。

雅叙園の百段階段

 昨日、目黒の雅叙園へ行った。「いけばな 百段階段 2018」の招待券をもらっていたからである。招待券には<過去最大、いけばな57流派が集う、花の祭典>と書かれてあった。
 3年前にも百段階段を上がったことがあるので部屋の配置状況は覚えていたが、90年前に建てられた和風のお屋敷は風情があって実にいい。戦後の建築資材で出来上がったビルとは雲泥の差だ。
 階段には一段ごとに数字がつけられている。50段までなんなく上がれた。あと半分だと思って、残りの階段を見上げた。そして、最上階まで上がったが99段しかなかった。
 最上階の広間に説明書きが有った。1)日本人は昔から奇数を縁起がいい数字と思っている。2)1月1日(正月)、3月3日(雛祭り)、5月5日(こどもの日)、7月7日(七夕)というように、同じ数字を重ねることがめでたい。3)百まで達すると、あとは終わり。したがって、欠けているほうがいいのである」

凡人 & 聖人

  生徒さんが毎週、翻訳して来られる文章の添削をしていたら、「ปุถุชน 凡人」と「พระอริยบุคคล 聖人」という単語が出て来た。小学校2年生の教科書に書かれた釈迦に関する話だが、使われている単語が極めて難しい。教師に教わりながらタイの小学生は小さい時から仏教の言葉に自然に触れていることになる。さすがは仏教国タイだ。
 「ปุถุชน」を辞書(『タイ日辞典』冨田竹次郎 1987)で引くと、「まだ多くの煩悩を棄て切れぬ人、まだ悟り切れぬ人、凡人、凡夫、普通の人」と書かれてあった。
 『Thai English Dictionary』(Bertha B. McFARLAND 1944)で「ปุถุชน」を引くと、「บุถุชน」へと誘導され、「a man of the lower classes or of low character; a common or ordinary man; one who is yet unconverted, as opposed to one who has entered the Eight-fold Path; a worldly, natural or unsanctioned man; a sinner」と説明されてあった。
 英語によるこの説明をキリスト教徒である多くの欧米人は果たして如何ように理解するのであろうか?

「一」という数字

 昨日は11月11日。「一」が4つも並び、気持ちがよかった。茶道教室では「炉開き」が開かれ、いよいよ冬の季節を迎えた。掛け軸は「無心帰大道」。
 タイ語では、「一」を表わす単語がいくつか有る。一番よく使われるのはหนึ่งだが、เอ็ด、เอก、เดียว、เดี่ยว もある。そのほかにอ้ายもある。今日の出題は、これらの単語を使った表現をタイ語で書きなさい。
1)11月11日
2)或る日
3)1階
4)ビール1本
5)1ヶ月だけ
6)シングルベッド
7)博士号
8)タイの旧暦1月
9)いつの日か
10)同一の

国際教育支援社会貢献賞

 昨日、公益財団法人 民際センターより、「国際教育支援社会貢献賞 ダルニー奨学金永年支援」という表彰状が届いた。
 「貴殿は永年にわたり教育支援を通して世界の平和と貧困削減を目指す民際センターの活動に積極的に参加し国際社会に貢献されました よってその功績を称え国際教育支援社会貢献賞を贈り経済的に恵まれない生徒 その家族 村人及び奨学金制度を支える教師に成り代わり深甚なる敬意と感謝の意を表します
 国家ではなく地球の一市民による地球の次世代を担う若者のための教育支援こそが民による民のための平和構築の礎となる民際です
 貴殿の貢献により末永く魅力ある豊かな地球社会が成就されることを願います 理事長 秋尾 晃正」
 私は警察通訳を36年やっている。その間、北タイや東北タイからやって来たタイ人とそれはそれはたくさん会った。そして思った。子供達の教育こそが大切だと。直接会ったことはないが、タイには多くの教育養子がいて嬉しい。

サイアム高島屋 オープン

 今日(11月10日)、「サイアム高島屋」がチャオプラヤー河トンブリー側にオープンする。祝開店!
 高島屋がバンコクに進出するのは2年前から知っていた。何故ならば、出店準備をするトップの方が泰日文化倶楽部にタイ語を習いに来られていたからである。超多忙な方であったので、個人レッスンを選んでタイ語の基礎を修められた。今度、バンコクへ行った折りには、是非とも彼にお会いしたい。
 バンコクに伊勢丹が出店する時にも、3名ばかりの社員達が泰日文化倶楽部に習いにみえた。もうかれこれ25年くらい前の話になる。
 聞くところによると、高島屋の中には日本の店が80店舗も入るとか。資生堂パーラーもそのひとつ。となると、新しい日本人がバンコクへ行って商売することになる。皆さん、是非、タイ語を習ってほしいものだ。

百年牛丼

 泰日文化倶楽部では、月に1回、生け花教室を開催している。教えに来られる華道講師は横須賀でも教室をお持ちだが、東京に教えに来られることがとても楽しいとのこと。
 「皆さん、11月も第4土曜日で大丈夫ですね」と、先月のお稽古の終わりに講師が確認をされた。
 すると、山梨県猿橋から通って来られている生徒がこう言った。
 「あのー、実母が百歳の誕生日を迎えます。ですから、ちょっと…..」
 華道教師がすかさず応じた。「私の母は101歳です。一度も骨折したことがありません」
 横で聞いていた私は、お二人の御母堂が元気にお過ごしであることを知り、うらやましく思った。
 そこで、先日、東京駅八重洲口地下街に行った折り、今半に入って「百年牛丼」を食べた。牛のようにゆっくりと歩み、百歳を目指そう!
 

魚島(うをじま)

 『光のくだもの』(大岡信著 小学館 1992年)の中に「うをじま」という詩が紹介され、何故、書いたか、そのいきさつが述べられている。瀬戸大橋開通(1988年)を記念して刊行される瀬戸大橋写真集『未来架橋』に共著者として書くため、備讃瀬戸の本島を取材するうちに、次なる詩が出来上がったとのことだ。

  魚島どきの海どりは いつにもまして 目を張って翔ぶ
  はれぼったい 寝ぼけまなこは 一羽もゐない
  玉藻よし讃岐の国の 海どりは 目の高気圧だ

 大岡氏は「魚島とは、晩春・初夏のころ、産卵をひかえて外海の魚が沿岸付近に大挙して集まるのを形容して言う」と説明を加えている。「この海域が大小三千といわれる多島海であり、必然的に海底が複雑に起伏して魚類の棲息に絶好の条件を与えている」と、関東人である彼は我が故郷を絶賛。某政治家が「四国は離れ小島」と言ったそうだが、詩人に言わせれば、「四国は魚島」。昔の景観をそのまま残し、幸多き島である。