ขอโทษ と ยกโทษ

 昨晩から、「タイ語中級 金曜日19:00」のクラスは新人講師である指輪先生に担当していただくことにした。彼女はタマサート大学助教授であるが、日本の社会福祉を研究するために今年7月に来日したばかりなので日本語があまりわからない。したがって、今のうちだ。生徒の皆さん、大いにタイ語でしゃべり、日本の事情をタイ語だけで説明しよう。
 「何か質問が有りますか?」と授業の最後に先生が言うと、生徒の一人が「ขอโทษとยกโทษの違いがわかりません」と言った。
 「両方とも同じ意味ですが、ยกโทษのほうが、もっと意味が深いです。タイのテレビドラマを見ていると、この言葉はいつも使われていますよ。浮気がばれた時、旦那さんが奥さんに向かってยกโทษด้วย(赦してくれ)と言ってます。 ขอโทษ(ごめんなさい)では、奥さんの気持ちはおさまりません」
 横で聞いていた私は面白い事例だと思った。やはり結婚しておられる先生の話題は違うなあ。

タクシーの運転手達

 昨晩、タクシーに乗る必要性が生じたので、自宅から新宿まで乗った。運転手さんは見るからにプロ。安心して乗っていられると思った。ところが、私が指示した道は知らないという。「こんな細い道、通ったことがありません」
 それを聞いて、彼のプロ歴を疑った。もしかすれば、脱サラの運転手であったのかもしれない。
 いずれにせよ、車を運転する人達は目的地の住所をすぐにナビに入れ、それに頼って走る。しかし、都内には裏道というものが有り、その裏道を知っていると、目的地に早く到着するのである。
 先日、乗車したタクシーでは、運転手さんが年寄りで、ナビの入れ方が下手であった。その上、「東浅草」と言っているのに、「西浅草」と打とうとする。これは聴力の問題だ。

劣化する毛糸

 編物教室へ通って10年が経過した。通うペースもしっかりと板についている。突然の仕事や用事が入らない限りは、リラックスした気分で編物の先生のお宅にうかがう。
 今年の2月から編みだしたベストが、先日、最高の出来栄えで編み上がった。そこへ知人の来訪。思わず彼女にプレゼントした。また編めば作品はいくらでもできるから….。
 ところで、私のところに毛糸がいっぱいたまっている話を編物の先生に言うと、「早く使ったほうがいいですよ。毛糸は長く置いておくと、いつのまにか劣化しますから」と言われた。いけない。安売りの時に買っておいた毛糸が段ボール箱2箱に入ったままだ。
 「置いておくだけで劣化する」という話は他のものにも通用する。使うのがもったいない。そう思って箱の中に眠らせたままにしておくのは、結局のところ、もったいない結末になる。大いに活用して、その品々に息をさせ、存在価値を認めてあげることが大切なのである。

消えゆく日本語の動詞

 先日、タイ人が「屋根の上に上がって、瓦を敷き詰めています ขึ้นหลังคาปูกระเบื้อง」と言ったので、私は「屋根を葺いています」と訳すと、聞いている若い日本人が「屋根の掃除をしている」と勘違いした。何故、そんなことが起きたかというと、「屋根を拭く」と思ったからである。「屋根の場合は、屋根を葺く、と言うんですよ」と繰り返し説明したが駄目であった。
 ひるがえって考えてみると、たしかに都会ではヘーベルハウスみたいなものが多くなって、瓦を一枚一枚敷き詰めている光景がみられなくなって久しい。
 スーパーで魚の切り身をパックで買う若い奥さんたちの多くは、「魚を下ろす」という表現を知らないらしい。無洗米が出て来ているから、「米を研ぐ」ももう通じないかもしれない。「風呂を立てる」は完全に死語であろう。「茶を淹れる」が死語になる日が来ないことを祈る。

「秋=飽き」ではありません

 最近、浅草を紹介する番組を立て続けに見た。その中に、或る店の看板に興味を覚えた。「春、夏、冬」と書いてあり、「秋」はなかった。「秋=飽き」を連想させるからだそうだ。商売は人に飽きられるとおしまい。なるほど、なるほど。「秋=空き」であっても困る。しかし、「秋=開き」という考え方もあるのだがなあ? いずれにせよ、漢字を入れ替えながら、言葉遊びができるから、日本語は面白い。
 タイ語を習う生徒さん達は絶対に「秋=飽き」であってはなりませぬ。「秋=開き」の精神で勉強を続けること。
 昨日は敬老の日で祝日であった。しかし、問合せの電話が数本。「タイで2年、タイ語を勉強しました。帰国してから1年が経ちました。タイ語を忘れたくないので、またタイ語を勉強したいです」という女性には、初級か中級のクラスの見学をお勧めした。「秋=スタート」の精神で頑張ってほしい。
 タイ女性からも電話が有った。講師希望かと思いきや、御主人にタイ語を習わせたいそうだ。入門クラスが開講できるならば、是非とも勉強していただきたい。
 

着物レンタル店

 10月に挙行される結婚式にご招待を受けているので、先週、着物レンタル店へ行った。ところが、若いママと5才(๕ขวบ)の坊やのための七五三の着物選びに時間がかかり、私は1時間も待たされた。夕方からの授業が有ったので、その日はあきらめて店を出た。
 昨日は台風ですべての予定がキャンセルになったので、あらかじめ着物レンタル店に電話を入れて、営業しているかどうかを確認の上、雨の中を出かけた。
 私が入店した2分後に、若いカップルが入って来た。来年の成人式のための振袖を選びに来ていた。レンタル料が聞こえてきたが、振袖とあって、ものすごく高い。でも、人生最初の晴れ姿! 
 帰路、古本屋に寄って、寺山修司の本を4冊購入。店主はいつもの落ち着いた顔で座っていた。レンタル着物屋も古本屋も、台風など我れ関せずとばかり、普通の営業をしているのに感心した。

勉強日和(勉強びより)

 昨日、「タイ語入門 土曜日16:10」のクラスで講義すると、一人の生徒さんが次のように言った。
 「水曜日の授業も出席していいですか? これからは水曜日は絶対に早く退社しなくてはならなくなりましたので」
 水曜日を「ノー残業デー」と決めている会社が多いのは知っていたが、おそらく徹底していなかったのであろう。今後は会社に居残ってはいけないとなると、勉強かスポーツをするのが一番。
 泰日文化倶楽部では、水曜日に6クラスを開講している。そして、土曜日も同じく6クラスを開講中だ。新しく開いたばかりの中国語クラスを加えると7クラスになる。
 要するに、水曜日と土曜日が「勉強日和」なのである。習い事は、体力と気力の両方が備わっていないと持続しない。自己をコントロールできる人、そういう人こそが学びに適した人であると思う。

ラーマ9世の御葬儀とドレスコード

 昨晩、バンコク在住の太陽君のお母さんからラインが来た。
 「先生、御葬儀に着ていく喪服、もう用意してますか? チットラルダー・スタイルのタイドレスを着用しなければなりません」 
 そして、モデルが着ている写真も送信してきた。見ると、襟が立っていて、背中にファスナーがついている。胸がきれいに見えてすばらしいのだが、私には持ち合わせがない。スカート丈は勿論、ロング。
 「先生、買っておきますよ。私のサイズは42。先生なら40か38でしょうね」、と太陽ママ。
 「それじゃあ、40でお願いします」と、私。
 「私が買ったブランドものはいかが? 50%引きで買いましたよ」と、写真が追加送信されてきた。
 とにかく買っておいてもらわないと、バンコクに行っても御葬儀に参列できない。黒色の服なら何でもいいのかと思ったら違った。正式ืのタイドレス(ชุดไทย)でないとだめだそうである。しかも、チットラルダー式(ขุดไทยฉิตรลดา)に決まっているそうだ。後ろファスナーは厳しいなあと思っていたら、前開きボタンの服もあるそうだから、安心した。

日本蕎麦店とベトナム人

 我が家に泊まった知人御夫妻は昨年から浜松に在る日本蕎麦店を任されて、鋭意、頑張っておられる。8月上旬には私が彼らの家に泊めてもらったばかりである。その時は店の前を車で通っただけなので、店の中の様子はわからなかった。
 しかしながら、アルバイトとしてベトナム人を雇っていることは聞いた。そして、今回、再会した時も、彼らはベトナム人のことを話題にした。
 「宜しくお願いします。がんばります、と丁寧にお辞儀をしながら言われると、とても可愛く思われ、家に招き一緒にご飯を食べたくなります。しかし、辞めて行くのも早くて困っています。店の近くに日本語学校が有り、そこで勉強しているベトナム人を雇っているけど、突然、メールが来て、今、どこ?、と尋ねると、空港でした」
 ご多聞にもれず、蕎麦屋も人手不足に困っているらしい。ベトナム人同士で時給の情報交換をし、少しでも高いところに平気で移って行くという彼らの話を聞きながら、「タイでも同じですよ。アジアはそんなものです」と、私はアジア通ではない彼らをなぐさめた。

母心

 昨晩、知人御夫妻が我が家に泊まった。奥さんであるH子さんは双子の姉で、妹のM子さんも一緒に泊めてと頼まれていたので二つ返事でOKを出した。そして、我々4人は午前1時まで(ถึงตี๑)大いに語り合った。M子さんが次なる話をして聞かせてくれた。
 「息子は今年3月、上智大学博士課程を卒業しました。息子は来なくてもいいよと言っていたのですが、どうしても行きたくて、こっそり会場に行きました。すると、息子が総代として答辞を読んだんです! もうびっくり。そして、上智大学新聞を読むと、今年の退職者の中に、吉川先生のお名前を見つけました」
 彼女の話を聞きながら、立派に育った息子の晴れ姿を見て、その日が彼女自身にとっても「母親の卒業式」となったわけである。
 思いがけずも素敵な話を聞きながら、大学の教職から去って早くも半年になる自分を静かにふり返った。