古き良き喫茶店

 昨日、仕事で練馬方面へ出かけたが、ランチの時間はわずかに30分。かつて行ったことがある喫茶店へ飛び込む。フランチャイズの店ではないので、とてもゆったりしている。まさしく古き良き喫茶店の趣を醸し出している。音楽が流れていれば、音楽喫茶といえよう。
 客層は中年。皆さん、落ち着いて構想を練っている感じ。なかには眠っている人もいた。どんなに長く座っていても、追い出される気配はない。テナント料が高額な都心ではとてもやっていけないなあと思う。それだけに、そういう場所が長く存在することに有難味を感じなくては……。
 電車に乗って移動するだけの毎日。それだけでは寂しい。構想を練ったり思索にふけったりする場所が欲しいものだ。かつて泰日文化倶楽部の近くに手塚治虫が愛した喫茶店が有ったが、4年位前に閉店。そのあとは焼鳥屋になった。
 

友人と水彩画

 昨日、中学時代の友人に電話をした。「吉川さんが年賀状をやめたことは知っていますが、私はどうしても出したいの」という賀状を頂いたので、声の便りをしてみた。
 開口一番、彼女は言った。「私、今年、年女なの。母もよ」
 ということは、お母様は近々96歳におなりになる。一人暮らしを選び、歩いて2分のところに住む娘さんが運んで来られる食事を楽しみにしておられる。「老老介護なのよ」と彼女。でもその声は明るい。
 友人は水彩画を得意とする。プロ級である。「最近、描いてる?」と私が尋ねると、「描いてます。2ヶ所に習いに行ってます。ただし、1ヶ所は授業料が無いところ。絵っていうものは、やめたらだめなの。いつも描いてないと…….」
 それを聞いて、どんなことにも通じる話だと思った。やめたらおしまい。

スイーツのお店

 昨夏、泰日文化倶楽部の近くに台湾系のスイーツの店が開店した。内装をしている時から楽しみにしていたが、白を基調としたメルヘンチックな店として誕生。猛暑も手伝って、最初は盛況であった。一度は入ってみようと思いつつ入らずじまいでいたところ、今年から店の灯りが消えた。そして、一昨日、店の中は解体され、元のスケルトンに戻ってしまった。
 商売は難しい。リピーター客がいないと続かない。唯一、大成功をおさめているのはベトナムのサンドイッチ店だ。テークアウトだから、店舗は狭くていい。
 早稲田通りをはさんで反対側には和菓子屋があり、喫茶もやっている。ここは長く続いている。やはり日本人にとっては流行に関係ない和菓子やぜんざい、安倍川餅、そして、餡みつや蜜豆がいいのかもしれない。
 昨日の午後、長く勉強して来られた生徒さんが仕事の都合で長期休学を伝えて来られた。「仕事ファーストですよ」と私はすかさず返信し、彼を応援した。それから5時間後、教室に一人の男性がふらりと現れた。タイ語を正式にきちんと勉強したいとのこと。一人減ったが、一人増えそう…..。こうして、泰日文化倶楽部はプラマイ0で、山手線をぐるぐると回っている。

柑橘類の晩白柚(ばんぺいゆ)

 昨夜、「タイ語中級 火曜日19:00」のクラスに、生徒さんであるH氏が大きなビニール袋を持って来られた。「お菓子ですか?」と尋ねると、「晩白柚です」と答えられた。
 晩白柚は熊本県の八代で生産されているので、東京の生徒達は全く知らないようであった。大きさは赤ちゃんの頭よりも大きい。
「九州の人は柑橘類が好きです。柑橘の柑は<喚(呼ぶ)>、そして、橘は<吉>に通じるので、吉を呼ぶと解釈し、実に目出度いと思っています」とH氏は説明を加えた。
 それを聞いて、漢字の音を<吉祥の意>に替える日本人はすばらしいと思った。ただし、逆も有り。即ち、<凶>に替えることも…..。例えば、四→死、九→苦、等々。
 いずれにせよ、インフルエンザにかかったから欠席したいという生徒達が出てきた。柑橘類をたくさん食べて、早く元気になってもらいたい。
 

35年前の生徒さん

 この連休はのんびりと過ごすことができた。そこで、郡山在住の元生徒さんに新年の挨拶がてら電話をかけて20分ばかりおしゃべりをした。
T氏:「25年前に始めたタイ語の勉強ですが、今になって面白みがわかってきました」
私: 「あなたに初めて教えたのは1984年でしたから、25年前ではなくて、35年前ですよ」
T氏:「吉川先生とタイ人のペアで教えるスタイルがとてもよかったです」
私: 「今は生徒が1クラス平均3名だから、二人の先生で教えることは無理なの」
T氏:「我ながら驚いております。今になってタイ語が面白いと思うのですから」
私: 「それはまたなんと嬉しいお話ですこと! 35年にしてタイ語の面白さに気づいたとは!」
 地方在住者にとって、タイ語教室を探すことはなかなか難しい。そこで現役の生徒さんに言いたい。「タイ語の勉強に励むのは、今ですよ!」

市原悦子さんを「私は見た」

昨日の夕方のニュースで、市原悦子さんの訃報を知った。私は彼女が主演する「家政婦は見た!」というドラマを一度も見たことがない。しかし、私は彼女を見たことがある。
 1997年に「うなぎ」(今村昌平監督)がカンヌ国際映画祭でパルムドール賞を獲得したが、その映画のロケが私が以前住んでいたマンションで行われたので、私は市原悦子さんをこっそりと見た。そして、彼女が化粧している姿も見た。
 ロケは一日かけて行われ、彼女は同じシーンを何度も演技した。今村監督の厳しさに応えて、彼女は耐えに耐えた。役者魂を見た。
 撮影が終わって帰宅する市原悦子さんはすがすがしそうであった。
 私は彼女の背中を見た。「女優」という文字が見えた。
 「うなぎ」が公開上映された時、私はさっそく観に行った。市原悦子さんの出番はほんの少しであった。「えっ、あれだけ時間をかけて撮影したのに?」というのが映画を観ての感想であった。

名字のランキング

 仕事上、私は多くの方達にお会いする機会があるが、珍しい名字をお持ちになる方にお会いすると、「まあ、珍しい!」と、つい感嘆の声を上げてしまう。しかし、個人情報が関係するので、その方の出身地までは聞きにくい。「名字の由来ネット」を検索すると、ある程度のことはわかる。だが、それで満足するわけにもいかず、もっと知りたくなる。
 自分の名字である<吉川>を調べると、「よしかわ、きちかわ、きつかわ、きっかわ、きかわ、という読みがあり、全国で第109位/171,000人」と出ていた。
 最近、<魚原>という方と初めてお会いしたが、全国第36,900位で、70人。「この名字を持つのは親戚しかいません」と、その方は補足した。
 囲碁の世界で一躍有名になった9歳の少女の名字は<仲邑>さん。この組み合わせの漢字が珍しい。全国第26,709位で、140人。
 今日と明日は連休だ。珍しい名字のことは、NHKの番組でもやっているが、自分で調べてみることにより、休みの時間が楽しく過ごせるかもしれない。

<親孝行な>というタイ語

 昨晩の「タイ語中級 金曜日19:00」のクラスは盛況であった。正規の生徒は4名だが、そのほかに別の曜日の生徒達4名がサービス生徒として参加したものだから、計8名。正月明けで皆さん、勉強する気が満々。
 ベテランのタイ人講師は30分ばかり、一人一人に年末年始の過ごし方を尋ねた。ウボンラーチャタニへ行った女性が、イサーン料理を食べ過ぎて体調不良を起こし入院した話を聞いてびっくり。現地の友人達のもてなしを次から次に受けて、ついに胃炎を起こしたらしい。タイで入院するのはいい経験だと思う。何故ならタイ語を使うことにおいて必死になるから。
 ところで、授業中、タイ人講師は「กตัญญู 親孝行」というタイ語を白板に書き、「これをしないタイ人は、อกตัญญู(親不孝)と呼ばれ、ものすごく軽蔑されます。タイ人にとって親孝行は大切です。日本人にはおそらくわからないでしょう」と語った。
 そして、さらに説明を付け加えた。「ญの文字は、母音の ูが付くと、ญู となり、ญの文字の下についているものは消えます」
そこで、実際にタイプで印字してみると、なるほどญの文字が変形した。不思議だ。

新しい生徒さん & 元生徒さん

 一昨日、「タイ語中級 14:40」のクラスに見学者が有った。まずは1コマだけ無料体験をしていただき、授業後、泰日文化倶楽部に入会するか否かを決めていただきたいと伝えたところ、90分後、彼女の回答は、「勿論、入ります!」であった。 
 私は尋ねた。「泰日文化倶楽部のことをどうやって知りましたか? HPですか?」
 すると彼女は答えた。「ここで習っていた方が紹介してくれました」
 それだけならよく有ることだが、さらに尋ねると、その元生徒さんとは福岡のタイ語教室で一緒に勉強していたとのこと。「東京に行くなら、泰日文化倶楽部で習うといいよ。安いから」と勧められたそうだ。
 その元生徒さんが5年前に福岡へ転勤したことは知っていたが、福岡でもタイ語を継続学習していたとは! なんと勤勉であることよ(ขยันเรียนจังเลย)!

お菓子のオンパレード

 年末にもたくさんお菓子を頂いたが、授業が再開されてからも、お菓子のおみやげや御年賀を頂戴し大変うれしく思っている。長く取っておき、毎日、一個ずつ食べればとも思うが、賞味期限があることを幸いに、次から次ににこにこしながら口に入れ、精神を安定させている。
 バンコクに帰省していたタイ人講師は、「おばあちゃんが作りました」という自家製の練りマンゴー菓子(มะม่วงกวน)を生徒達に配った。手作りだけに風味があった。難点は歯にくっつくこと。私の場合は、食道(หลอดอาหาร)にくっついた。なかなか胃(กระเพาะอาหาร)のほうに落ちていかない。
 いずれにせよ、他に頂いたタイのスナック菓子に次のように書いてあった。「ชีวิตขาดหวานไม่ได้」 直訳すれば、「人生は甘いものを欠くことができない」。 この訳文では面白くない。皆さん、意訳してみてください。