龍角散の名称の由来

連日、多忙をきわめ、ついに体調ダウン。そして、のどはイガイガ。そこで、タイ人講師から頂いていた龍角散の粉缶を開け、のどに送り込む。今年に入り、タイ人講師は取材のために龍角散の本社を訪問。いろいろな製品をおみやげにいただいたそうだ。

私の関心は龍角散の名前の由来にある。調べてみると、「初期の処方に使われていた生薬の<龍骨(りゅうこつ)>、<龍脳(りゅうのう)>、<鹿角霜(ろっかくそう)>の文字をとって組み合わせたことに由来しています」と出た。

現在は異なる成分を使用しているとはいえ、龍や鹿の漢字は製品名に残された。なんだか神秘的で治りが早いような気がする。会社のロゴにも龍があしらわれているようだから、龍はまさしく盛運の守り神である。

単語を読む喜び

昨日の授業で災害に関するプリントを配布し、それを読んだ。実を言うと、今年初めにも同じものを勉強したので復習のつもりだったが、生徒達の反応は初めて接するような顔をしていた。

授業が終わる頃、次の初級クラスの生徒が2名、教室に入って来た。彼女達にも同じプリントを配ると、すぐに携帯で写真を撮り、AIで自動翻訳をした。たちどころにタイ語で書かれた文章の意味がわかってしまった。

となると、教師である私は急に教える意欲を失った。彼女達はもう教師に教わる必要がないではないか。すると二人とも口をそろえて言った。「全体の意味はすぐにわかりますが、単語の区切りがわかりません。どこまでがどういう意味なのか見当がつきませんから、一語一語をきちんと読みたいです。 それが喜びになります」 それを聞いて、私は教える意欲を取り戻した。

今日の翻訳

『ภาษาไทยวันละคำ』(チュラロンコーン大学刊 พ.ศ.๒๕๒๙)の「เงียบเป็นป่าช้า」から出題する。短文だから訳しやすいと思われる。その短文の文法や表現の仕方をタイ語作文する時に応用すると良い。

๑. สถานที่ที่เงียบสงัด ปราศจากเสียงและปราศจากผู้คนนั้น บางคนเปรียบว่าเงียบเป็นป่าช้า หรือ เงียบอย่างกับป่าช้า

๒. ทั้งนี้เพราะป่าช้าเป็นสถานที่สำหรับเอาศพไปไว้หรือไปฝัง

๓. โดยปรกติจึงมักไม่มีผู้คนเข้าไปเพราะความกลัวหรือรังเกียจ ป่าช้าจึงเป็นสถานที่ที่เงียบสงัด

๔. สถานที่อื่นๆ ที่เงียบสงัดเปรียบว่าเป็นป่าช้าด้วย เช่น

๕. ตั้งแต่โรงงานนี้ปิดกิจการไป แถวนี้เงียบเป็นป่าช้าทีเดียว

๖. โรงเรียนนี้ตอนปิดภาคเรียน เงียบอย่างกับป่าช้าดีจริง

浦賀ドック

昨日、横須賀へ花瓶を回収に行く用事が有ったので、ついでに浦賀まで足を伸ばした。黒船来航の地を見ておきたかったからである。ペルリ提督に関する資料も見たかったが、残念ながら時間が足りなかった。

印象に残ったのは、観光案内マップにも詳しく説明されている「浦賀ドック」であった。「平成15年(2003年)に閉鎖されるまでの約100年の間に、1000隻以上の艦船を造り続けてきた浦賀ドックは、<中略> 日本丸・海王丸をはじめ、青函連絡船・大型タンカー・自動車運搬船・護衛艦などの船を建造し、<中略> 咸臨丸も河口で修理した」という解説を読むと、たちまち歴史が甦ってきた。

先日、授業で「造船所=อู่ต่อเรือ」を習ったばかりである。 造船に携わった方達が、一枚の板金をつなぐ(ต่อ)姿を思い浮かべながら、 日本経済の底堅い歴史を浦賀ドックに見た。 

สำลัก むせる

タイ小学校教科書2年生向けの保健体育の本『รักสุขภาพ』の中の第9章「ป้องโรค กันภัย」に、”สุขนิสัยที่ดีในการกินอาหาร”(食事における良い習慣)という表題で、10項目の提案がなされている。そのうちの7項目目は「ไม่เล่นหรือคุยขณะกินอาหาร เพราะอาจทำให้สำลักได้」。この文章の中の単語<สำลัก むせる>に、私の目が釘付けになった。

何故ならば、この単語はこれまで一度も使ったことがなかったからである。しかしながら、高齢者の域に達している現在、いついかなる時に水や食物が気管支に飛び込むかもしれない。不安だ。

念の為、『タイ日辞典』(冨田竹次郎編纂 1987)で<สำลัก>を引いて見ると、なんと鉛筆書きがしてあった。どうやら過去に引いたことがあるらしい。まったくもって記憶にない。だが、今回は絶対に覚える自信がある。

 

今日のタイ語作文

1.年に一度、花展を見るため横須賀に行く機会がある。

2.横須賀の雰囲気はまさに基地の街である。

3.年々、アメリカ兵、及び、軍関係者が増えているような気がする。

4.横須賀市民は彼らと上手に共存しており、大きないざこざは無さそうだ。

5.金曜日の夕方、東京に遊びに行く私服姿の兵士達がたくさん電車に乗っていた。

6.英語のヒアリングを高めるためにFEN放送を聞いているが、日本でのマナーについて米兵に注意している。

割稽古(わりげいこ)

茶道に「割稽古」と呼ばれる稽古が有る。初心者の場合、最初から最後まで一気に所作を身に着けることは無理。よって、挨拶の仕方、襖の開け方、袱紗のたたみ方、というふうに、まずは部分的な稽古をするわけだ。

目下、タイ人講師の一人がタイへ帰っておられるので、私が代講している。そこで、いつもとは異なる授業をすることにした。それは生徒達に発音と声調を再確認させること。皆さん、テキストの長い文章を読むのが苦手なようなので、2~3の単語を並べた語句をたくさん発音させ、リズム感を覚えてもらいたいという願いからである。

ひるがえって考えてみるに、これは茶道の割稽古に似ている。部分部分がきれいにできるようになると、次第に全体へと波及し、通してみれば、そこそこ上手になっている。タイ語の勉強も然り。まずは単語をたくさん覚え、語句の発音の響きが良くなれば、文章全体がタイ語のリズムになってくる。

最後の同窓会

昨日、大学時代の最後の同窓会が皇居の緑が一望できるホテルで開催された。区切りのよい80歳で終わりにしようというので私も参加した。「病気と孫の話はしないこと」という条件のもと、出席者全員が2分間スピーチをした。

囲碁、ブリッジ、健康マージャン、茶道、書道、水彩画、コーラス、英会話、野菜作り、等々、いろいろな趣味の話が飛び交った。なかでも奇妙な病気を克服した後、仏像彫刻に目覚めた友の顔は真剣そのものであった。

最後の同窓会では、友情の絆を確認し合い、そして、「今日が一番若い日」という気持ちを持って、これからも前向きに生きていこうという結論になった。その背景には、「老婆と言われたくないわね」という強い拒絶反応があったからである。とはいえ、老いと病が影法師のようについてくる今後、あるがままを受け止めるしかない。

今日の語彙

1. 痰をはく        2. 玉突き衝突

3. 散り散りになる     4. チリチリパーマ

5. つっかえ棒       6. 痛烈な一言

7. 点滅する        8. 癲癇の発作

9. とんがり帽子     10. どんでん返し

11. チャイナート県   12.チュムポーン県 

アパシー(無気力・無関心)

某書を読んでいたら、「アパシー」という単語が出て来た。すぐに”apathy”という横文字が浮かんだ。サルトルやボーボワールの実存主義華やかなりし頃に大学で寮生活を送った世代なので、哲学科の先輩達が誰かの部屋に集まって、深夜まで熱弁をふるっていたのが懐かしい。だが、それも今は昔。

私には哲学的考えは乏しい。しかし、80歳近くにもなると、巷間における無気力、無関心との境目にさしかかっているような気がしないでもない。はて、この先、一体何にアンテナを張り巡らそうか? 

先日、或る哲学者が有料老人ホームに2泊3日で体験滞在をしたネット記事を読んだ。私と同年齢の彼はホームの部屋に閉じこもっていただけで帰宅。つまらなかったと感想をもらしている。哲学塾を主宰している彼は、塾が一番という結論を下した。