超短編小説

 日本にはたくさんの文学賞が有る。先日、2020年後期の芥川賞と直木賞の受賞者が発表されたばかり。これらの賞に選ばれると一生、文章で食べていける。というわけで、作家を目指している人達はわんさといる。
 それでは私もと思い、募集中の文学賞を調べてみた。そして、面白い賞が有るのを初めて知った。「日本文学館超短編小説大賞」というものである。
 応募条件がこれまたユニークだ。締切は毎月末。原稿用紙(400字)3枚~5枚。応募資格は不問。
 「あっ、これなら書けそうだ」と思った、しかし、超短編は超短編なりの小説技術が求められる。巷間で見聞きした話を書けば、5枚くらい、すらすらと書けそうだ。とはいうものの、だらだら書いたのでは並み以下。諧謔の色が濃縮されていなければ受賞には至らないであろう。

和訳と作文

 次なるタイ文を和訳し、さらに自分で考えて応用文を書いてみよう。 (出処:『タイ小学校国語教科書3年生)

ประโยคขอร้องหรือเชิญชวนให้ทำอย่างใดอยา่งหนึ่งเป็นประโยคที่มีคำว่า
โปรด กรุณา ช่วย วาน และ ชอให้ อยู่หน้าประโยค

1.โปรดเดินเข้าไปข้างในด้วยครับ
  自由作文

2.ช่วยรดน้ำต้นไม้ด้วย
  自由作文

3.กรุณาเดินเบาๆครับ
  自由作文
 
4.วานหยิบสมุดเล่มนั้นหน่อย
  自由作文

5.ขอให้เห็นแก่ประโยชน์ของส่วนรวม
  自由作文

我が教え子の優しさ

 今年に入ってから、35年前に教えた教え子達のグループラインに招待され、快く仲間入りをした。70歳で年賀状を書くのをやめた私としては、彼らといつでも連絡が取りあえて便利だ。
 昨日、N君が次なる投稿をした。彼はもう50歳半ばである。
 「近所のおばあちゃん…. 以前はお買い物袋を持ってあげたり、ぐだぐだの立ち話をしたりしていたのに、今、難しいよね。<コロナだから…いいわよ、大丈夫> なんて言われると、どうしていいのか。 寂しい。切ない。絶対に負けない。少なくとも、俺の方が体力あるはずだから、いっぱいの人達を守る!」
 これを読んで、彼の優しさに感銘を覚えた。それに引きかえ、年寄たちは変な遠慮をする。
 私も最近、買い物袋を持って帰宅するのがつらくなった。しかし、転倒しないようにゆっくり足を進めて、我が家を目指す。N君をはじめとして、もしも教え子達が近くに住んでいたら、いろいろとお願いをする可愛いおばあさんになりたい。

清掃する老人

 昨日午前8時、私は都内の某駅の小さなトイレに入った。使用後、出口のところで清掃の方とぶつかりそうになった。見ると、80歳くらいの老人だ。
 私は明るく声をかけた。「おはようございます」 
 彼は「すみません」と言った。そして、「おはようございます」と応じてくれた。我々二人の間にはいい空気が流れた。
 私は仕事場へ向かう間、彼のことをずっと考えた。あのおじいさん、えらい! 朝から仕事をしている。雪の天気予報なんか関係ない。責任を持って公共の場所を掃除している。
 都知事は「不要不急・ステイホーム」としか言わない。だが、こうして人知れずきちんと仕事をしている高齢者を見ると、人が少ない時間帯に、人が少ない場所で、公共の場所を掃除することは、小遣い稼ぎにもなるし、健康面でもよい。コロナが長期化する中、何か工夫して毎日を過ごさないと、経済、健康、そして、精神もやられてしまう。

今日の和訳

 以下の文章は先生と生徒の問答である。すらすらと訳してみよう。出処は『タイ小学校国語教科書5年生』である。
สมยศ : สวัสดีครับอาจารย์ ผมขอกราบขอบพระคุณที่อาจารย์สละเวลาให้ผมมาสัมภาษณ์วันนี้

อาจารย์ : สวัสดีค่ะ สมยศ ครูยินดีที่เธอเป็นผู้ใฝ่หาความรู้
เธอจะสัมภาษณ์ครูเรื่องอะไร

สมยศ : ขอบคุณครับ ในฐานะที่อาจารย์เชี่ยวชาญการสอนภาษาไทย ผมจึงใคร่ขอเรียนถามอาจารย์ว่าในการอนุรักษ์ภาษาไทย เรามีทางปฏิบัติได้อย่างไรบ้างครับ

อาจารย์ : ครูมีความเห็นว่าวิธีการปฏิบัติอย่างง่ายๆในการอนุรักษ์ภาษาไทยก็คือ เราต้องใช้ภาษาไทยให้ถูกต้อง เพราะภาษาเป็นเครื่องมือในการสื่อสาร ถ้าพูดหรือเขียนผิดก็จะทำให้การสื่อความหมายคลาดเคลื่อนและเกิดความสับสนขึ้นได้

単語の使い方

 先日、或るタイ女性とお会いした。とても落ち着いた感じの中年女性であった。彼女のほうから自己紹介をしてきた。
 「〇〇と申します。旦那は日本人です」
 それを聞いて、私は彼女の日本語を直してあげたくなった。
 「旦那ではなくて、主人と言ったほうがいいですよ」、と。
 だが、やめた。余計なことはしないに限る。
 ところが、もう少し話しているうちに、彼女が「主人」という言葉に切り替えてきた。彼女のほうで、この人(=私)と話すのは「主人」のほうがいいかなと気付いたらしい。
 夫、主人、旦那、亭主、連れ合い….。いずれも同じ意味だ。だが、誰と話すかによって、やはり使い分けが要る。どの単語を頻繁に使うかによって、その人の環境、教養、そして友人関係が透けて見えるからだ。
 辞書を引くと、同じような単語がたくさん列挙されているから、使い方がわからないという生徒が多い。たくさんの文章を読んで、感覚を鍛えるしかない。

百歳の日記

 目下、『どうにもアトリエ日記』(野見山暁治 生活の友社 2020年12月17日発行)を読んでいる。画家の野見山氏は2020年12月17日にめでたく百歳を迎えられた。この本は2017年3月1日から2020年4月30日までに書かれた日記である。
 御高齢であるので文章は短い。しかし、その短いのがすばらしい。彼の人生や眼識が詰め込まれている。この本は昨年の4月までの日記だから、もちろんコロナのことも書かれている。
 「4月17日 このところコロナの強迫で、なにも手につかん。雑誌『こころ』の表紙文を書いた。(赦してくれ、見逃してくれ、どうか生かしてくれ。怖い。なに、もう生きてはいないのか)。」
 この文章が書かれてから9ヶ月が経過している。野見山氏の現在の心境が知りたい。それは2~3年先に発行されるであろう『日記』に書かれているはず……。今からが楽しみだ。

今日の語彙

 第46代バイデン新大統領の就任式のテレビ中継を見た。淡々たるスピーチであったが、安全路線として観るならば、まずは合格。アメリカの結束と平静がファーストだから。
 以下の単語をタイ語で書いてみよう。

1.バイデン大統領

2.ハリス副大統領

3.大統領就任式

4.結束・連帯(unity)

5.人種差別撤廃

6.貧富の格差縮小

7.自然環境保護

(余談)=昨日、白梅が咲いているのを見た。バイデンさんに一枝、差し上げたかった。

休むという選択肢

 再度の緊急事態宣言により、店は時短、もしくは臨時休業の貼紙ばかり。街の灯りは暗い、暗い。世の中の情勢に従わざるを得ないので、今日は「休む」ということに関して考えてみる。

1.休学=休むこともいいことだ。惰性で勉強してきたことを反省し、自分で勉強の面白さを発見しよう。

2.休業=休むことも可なり。かの利休居士だが、彼は堺の商人であった。彼の「利休」という名前の由来は、聞くところによると、「利ばかりを狙うのではなくて、一旦休め」という意味が有るらしい。

3.休日・休暇・休息=いずれの人も、のんびりと休むことができれば、それはもう幸福そのもの。

4.休止=悪いことは休止して、良いことを模索しよう。

5.「休」という漢字=人+木から成立。大樹のそばに行って、鋭気を養おう。

高田馬場のベトナム人

 高田馬場には日本語学校が数校有るので、アジア諸国から来ている若者達とはいつもすれ違っている。彼らが話す言葉のうち、ベトナム語を聞く機会が最近、極めて多くなった。
 泰日文化倶楽部が入っている雑居ビルには中国人、ミャンマー人が事務所を構えているが、去年からはベトナム人ともエレベーターで一緒になることが多くなった。
 昨日も二人の若者と一緒になったので、念のために尋ねてみた。
 「どちらのお国の方ですか?」
 「ベトナムです」とすかさず返事がかえってきた。その発音がとても明瞭で力強く、自信にあふれていた。何のビジネスをしているのかはわからないが、日本人の数倍のエネルギーが感じとれた。
 着物の縫製はかなり前からベトナムで行われている。11月に私は着物を注文したが、呉服屋の店主が「少しお時間をください」と言った。今頃、ベトナム人が縫っているのかもしれない。