骨密度

 昨日、区の健康診断(無料)へ行った。「4年ぶりに骨密度を計ってみましょう」と言われたので、指示に従った。結果は骨粗鬆症ではなかった。若い人にはかなわないが、まあまあの数値で、背中や腰が曲がる心配はないと聞き、一安心。
 骨密度が分かると、今度は<脳密度>を計りたくなった。CTを撮れば、脳の様子は一目瞭然だ。脳の中がぼんやりしてきているのを知ると、心配が増えそう……。やはり、やめておこう。
 いずれにせよ、自分の身体の調子は自分が一番知っている。NHKの身体に関係する番組を見ていると、身体の内臓や部位はそれぞれに会話をし合っているそうだ。脳からの指令だけではないということが現代医学で解明されつつあるとか。とすると、全ての臓器が調子良く動くことを願って、身体をいたわってあげなくてはならない。今日から3連休。骨休めだ!

カズオ・イシグロ氏の顔

 昨晩8時頃、帰宅してすぐにテレビをつけると速報を知らせる合図の音が聞こえた。画面の上方を見ると、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したことを伝えるテロップであった。正直なところ、意外な気がした。しかし、彼が立派な作家であり、世界的なレベルの作家に到達していることを知り、すばらしいと思った。
 その後、彼に関する映像を1時間近く見た。特に、彼の顔に関心を持った。沈思黙考する顔、深淵なる心を浸透させた顔….。久々に文学者の顔を見た気がした。今年4月に86歳で亡くなった大岡信氏(詩人・評論家)の顔に通じるものが有る。70歳代、80歳代のイシグロ氏の顔を見たい。
 大学時代に英文学を専攻した私は、文学と評論をたくさん読まされた。「夏目漱石と英文学」を講義する教授の顔が今でも思い浮かぶ。覚えているのは、<意識の流れ>というテーマである。これはなかなかに複雑な心理であり、人間社会において縦横無尽に張り巡らされている糸である。

英語を教えて下さった恩師達

 先日、美容院へ行くと新人の美容師が担当してくれた。私が教師であることを明かすと、「僕には思い出に残る先生が一人もいません」と言ったので、「それはまた、淋しいことね」と言うしかなかった。
 ひるがえって考えてみると、私は英語の先生に恵まれていた。中学時代も高校時代も、先生達はとても熱心に教えてくださった。生徒が文法的なことを質問すると、「それは習慣じゃ。そのまま覚えなさい」という先生がおられたが、その先生の顔はいつもにこにこして、「深く悩むな」と言わんばかりであった。
 いずれの外国語も難しい。日本の方言も然り。習ってすぐに話せるようになるものではない。おでん種(おでんだね)のように、鍋の中に入れられて、ぐつぐつ煮込まれて、汁を吸って、それから、味をしみ込ませる必要がある。語学の勉強は料理の勉強に通じるような気がして来た。
 

寺山修司と高田馬場

 昨日、高田馬場駅前のビルの中に有る古本屋で、『母の蛍 寺山修司のいる風景』(寺山はつ著 新書館 1985年)を購入。文章が自然体で書かれており、一気に読めた。寺山の奥さんが書いた本は読んだことがあるが、彼をはさんで対極にある母親が書いた本はそもそも彼を産むところから始まっているから、どう見ても奥さんはかないっこない。
 それにしても文章が上手い。彼女の苦労を縦糸に、そして一人息子を愛する母親の心理を横糸にして、文章がうまく織り込まれ、必死で生きて来た<女の一生>が浮かび上がっている。
 「まもなく修ちゃんから高田馬場にいい下宿を見つけたという連絡がありました。そこで私は引越しの日、そこに駆けつけました。石川さんといって福祉事務所の所長さんのお宅で、夫婦二人にネコが一匹の家庭で、学校を通して紹介されたのです」という文章が有った。寺山修司が早稲田大学へ通っていたのは知っていたが(注:演劇の仕事が忙しくて中退)、高田馬場に住んでいたことがあるのを知り、親近感が湧いた。

祈る(อธิษฐาน)

昨晩、ピカピカ先生が風邪のため休むことになったので、急遽、指輪(แหวน)先生に代講していただいた。指輪先生は、「学問か、子供か」の二者択一の中から学問を選ばれたそうだが、結婚しておられるので、ご主人が毎月、バンコクから東京に飛んで来て、二人仲良くサイクリングをしているそうである。
 「毎月の飛行機代、馬鹿になりませんね」と、私がゲスな質問を投げかけると、彼女は次のように答えた。
 「大丈夫。主人は宝くじが3回も当たったんです!だから、飛行機代は気にしておりません。彼は宝くじを買う時、どうか当たりますようにと必死でお祈りします。当たると、必ずお供えを持ってお礼参りをしています」
 生徒が質問した。「日本人も宝くじ買えますか?」
 「買えますとも。でも当たった時は、バンコクへお礼参りをしに行かなくてはなりませんから、飛行機代が大変ですね」
 <祈る、願をかける>というタイ語は、<อธิษฐาน アティッターン>、そして、<お礼参り>は、<แก้บน ゲェーボン>と言う。

腎臓(ไต)

 昨晩、NHKで人体に関する番組の第1回目として「腎臓」の機能に関する話が取り上げられた。最新の映像により、腎臓の奥の奥までが紹介され、非常に分かりやすかった。解説者の山中伸弥先生(ノーベル賞受賞者)は、「昔は肝心という言葉は、肝腎と書いていたくらいですから、腎臓は大切な臓器なんです」と付け加えられた。それを聞くと、腎臓が愛しくなった。
 ところで、腎臓のことはタイ語で「ไต タイ tai」と言う。日本人の多くが、タイの名称を「ไทย タイ thai」とは発音せず、腎臓の「タイ tai」で発音している。つまり、有気音ではなくて、無気音になってしまっている。
 したがって、せっかく発音しても、タイ国が腎臓国、タイ料理が腎臓料理、タイ語が腎臓語、タイ米が腎臓米に聞こえてしまう。生徒の皆さん、日本人が弱い有気音と無気音の発声の仕方を、今一度、訓練して矯正しよう。

泰日文化倶楽部、祝29周年!

1.泰日文化倶楽部は1988年(昭和63年)10月からスタートした。今月、満29周年を迎えた。まことにめでたい!
2.今日から30周年を目指して、地道に歩んで行きたい。
3.御縁が有ったすべての講師達と生徒さん達に感謝の気持ちを表したい。
4.私は裏方で頑張っているが、これからも飄々と教室を開講し続けて行きたい。
5.泰日文化倶楽部が大都会の中の小さなオアシスであることを望みたい。
6.現在、生徒の男女比は、男性2対女性1である。女性の生徒さんにもっと勉強に来てもらいたい。
7.泰日文化倶楽部は29年間、授業料の値上げをしたことがない。今後もそれを守りたい。
8.語学の勉強は情熱が要求される。今一度、御自身の情熱を問い直していただきたい。
9.タイ人、タイ語、タイ料理、タイの歌、タイの踊り、タイの動物、タイのビール、何でもいい。タイづくしで暮らしたい。

季節の変わり目

 今年の夏はなんだかよくわからない夏であった。毎日、雨が続いたせいであろうか?
 しかし、さすがに昨日あたりから空気感が変わった。天気予報の色にもオレンジから白い部分が増えてきた。鍋パーティーを開き、みんなと談笑したくなった。
 今日で2017年度の上半期が終わる。気持ちの切り替えとして、前半戦を振り返ることはいいことだ。可も不可もなく、パーで来ていればいいとしよう。
 しかし、それでは何となく満足感を覚えることができない。美味しいものを食し、刺激的なものを見たり聞いたりし、かつ、読書もして、総合力を高めていく後半戦にしようではないか。もちろん、タイ語の勉強にも拍車を!

人を思えば……..その人が…….

 私は1965年4月から東京に住んでいるから、もう52年半になる。私にとって、標準語はいまだに外国語であり、ペラペラと喋ることができる母国語はあくまでも讃岐弁だ。そして、1969年4月から働いているから、社会人歴48年半。多くの出会いが有り、かつ、別れが有った。しかし、一コマ一コマのシーンはよく覚えている。
 不思議なことは、ふとしたことで誰かを思い出すと、その人が何らかのかたちで私にコンタクトして来ることだ。
 昨日、メールボックスに封書が入っていたのでドキリ。元生徒さんの奥様からであった。彼女のことを数日前に思い出したばかり…..。私のインスピレーションの強さに驚いた。
 元生徒さんは7年前にお亡くなりになったが、奥様は数年に1回、私に封書を送って来られる。はてさて今回はどんなご要望かと思って封を切ると、「タイ女性にタイ語で手紙を書いてくださいませんか」というものであった。奥様には一度もお会いしたことがないが、頼まれると彼女の要望に快く応じる私。こういうわけだから、交友関係が狭まる日は来ない。

ウズベク語の通訳

 先日、仕事先で、「ウズベク語の通訳ができる方、知りませんか? 日本人で出来る人、いないみたいなんです」と言われた。
 「それじゃあ、ウズベキスタン人に頼るしかないですね」、と私。
 相手はさらに続けた。「通訳と言っても、翻訳してもらう書類もいろいろと有りますから、日本語の文章が書けないと困るんです」
 それを聞いて、通訳は話したり、答えたりする能力だけでは足りず、日本語の学力が必要とされることを改めて思い知った。
 仕事先で翻訳する場合、漢字を忘れたからと言って、スマホでチェックすることはできない。何故ならば、スマホの使用が禁止されているからである。
 日本人でも日本語の文章を書くのに四苦八苦する。ましてや、外国人をや。いずれにせよ、語学力を向上させるには、話す、聞く、読む、書く、の能力を相互に高め、かつ、スピード感を求められるということだ。