虚しい言葉

 政治家達が発する、「安心・安全」、「真摯に」、「~に優しい」、「寄り添う」、「身を切る」、等々、の言葉は虚しさばかりが残り、辟易している。総裁選に向けて立候補している人達もまた同じ言葉を連発しているので、誰が首相になろうとも、国民の不信と不満はまだまだ続くであろう。

 つらつら考えるに、我々国民は、安心飴、安全飴、真摯飴、優しい飴、寄り添い飴、身を切る飴、という名前の金太郎飴を配られ、それらを舐めさせ続けられている。その飴の大きさはあまりにも小さく、口の中に入れるとあっという間に溶けてなくなってしまう…….。

 本当の飴ならば、口の中で美味しさが味わえ、喉元にも潤いを与えてくれる。しかし政治家が電波を通して間接的に配る「金太郎飴」からは、何の味わいも感じられず、潤いもない。この際、考えを変えて、自分自身が飴工房をつくり、自分に相応しい飴、虚しく溶けない飴の製造を創意工夫したいものだ。

 

今日の作文

1. 何でもかんでも捨てるのはやめなさい。

2. 何だかんだ言われても、私は承服しない。

3. くそみそに貶されても、彼は我れ関せずだ。

4. 商売がにっちもさっちも思うように行かない。

5. つべこべ言わずに黙ってついてこい。

6. 彼女はハンドバッグをとっかえひっかえする。

土曜日10:30の初級クラス

 昨年10月から開講した土曜日10:30~12:00のクラスは、『タイ語入門』のテキストが終わり、現在は『タイ語初級』の半ばに達している。このクラスは誰一人辞めることが無く、もうすぐ1年を迎えようとしている。

A男さん=タマサート大学に半年間、留学。仕事でもタイと関わっている。

B男さん=諸言語ができる。従って、タイ語の勉強の仕方も地道。

C子さん&D子さん=大学生。大学はオンライン。だから対面授業に積極的。

E子さん&F子さん=今年4月から社会人。受講態度は学生時代と同じで真面目。

 用事や仕事ができてこのクラスに出席できない場合は、代替クラスとして、「土曜日18:00」のクラスをお勧めしている。最近、その夕方のクラスの生徒さんである中国人のT子さんが午前のクラスに参加。彼女はこの午前のクラスが気に入ったそうだ。理由は自分と同世代の人がいっぱいいるから。

自分史

 昨日はオフだったので、雑誌『文芸思潮』をまとめて読んだ。この雑誌は、発行所が「アジア文化社有限会社」、そして、編集・発行人は五十嵐勉氏である。五十嵐氏のご厚意で、長年にわたり贈呈本として私のもとに届く。何故ならば、彼は泰日文化倶楽部の元生徒であったから……。

 この雑誌にはいつも圧倒されている。理由は、老若男女を問わず大勢の方達が小説や詩を書き、積極的に文学賞に応募しているからである。なかでも、退職後に小説を書く人が多いことがわかった。ということは、小説は小説だが、「自分史」と言っても差し支えないであろう。

 「自分史」は、書こうと思えば、誰でも一度は書ける。だが、どんなに情熱をかけて書いた作品であれ、自分の領域におさまっている限り、他者には興ざめな点も多い。いかに自分から脱し、小説の世界に持って行くかが肝心。いずれにせよ、このコロナ禍に於いて、晴耕雨読の方達が、毎日、文章を練っている。時代の転換点における小説が今から待たれる。

今日の翻訳

 今日も元タイ人講師からのラインの文章である。前回と似た内容だが、コロナ禍に於ける人生観の変容が描写されていて興味深い。

1.ฉันไปอยู่ชลบุรี๒เดือน ช่วงโควิดติดกันหนัก นอน๒,๓ทุ่ม ตื่น๖โมงเช้า อาบน้ำล้างหน้าแปรงฟัน กินสลัด ผลไม้อโวคาโด นมอัลมอนด์ โยเกิร์ตถั่วเหลือง

2.แล้วใช้แค่โลชั่นกับครีมกันแดดทาผิว ใส่หมวก หน้ากาก แว่นกันแดด แล้วรีบไปสวนดูเรื่องปลูกต้นไม้ มีหมา๔ตัวเป็นเพื่อนเดินตามตลอด อยู่ไปนานๆเริ่มสนิทกับหมาพวกนี้ มันชอบเอามือมาเกาะและกอด รู้สึกดีมาก อย่างที่เรียกว่าสัตว์บำบัดนี่เอง วันๆหนึ่งเดินดูต้นไม้ สั่งปลูกต้นไม้ จนถึงค่ำดู

3.พระอาทิตย์ตกดิน ก้อนเมฆสวยๆ กินข้าวก็กินข้าวเช้าง่ายๆ ตอนเที่ยงก็กินของง่ายๆ เอาผักที่ปลูกเองมากิน ข้าวเย็นก็ไม่กิน ไม่ต้องใช้เวลามากกับการกินถึง๓มื้อ มีเวลาไปทำอะไรแยะเลย ตอนนอนก็หลับดีเพราะเดินทั้งวัน อยากตื่นนอนทุกเช้าเพื่อไปดูต้นไม้และเล่นกับหมา

4.คุณภาพชีวิตดีมาก จึงอยากแชร์ถึงการมีความสุขในแบบของฉัน และก็เริ่มชอบวิถีชีวิตแบบนี้แล้ว ความสุขอยู่ที่ตัวเราจริงๆ ไม่ต้องไปหวังพึ่งพาหรือแคร์คนอื่นว่าเขาจะคิดอะไรค่ะ

ミョウガ(茗荷)

 昨晩、惣菜店でミョウガ入りのご飯を買った。9月になるとミョウガが恋しくなる。今から25年前、群馬県の草津温泉へ行った時、大量のミョウガを頂いたからだ。だが、その方はもうこの世にいない。

 ミョウガは漢字で書くと、「茗荷」。調べてみると、江戸時代、早稲田鶴巻町から小石川までミョウガ畑が続き、文京区茗荷谷の地名はこれに由来するものであることがわかった。鶴巻町ならバスで帰る通り道だが、今はマンションだらけである。

 昔、中国からショウガが日本に入って来た時、香りの強いほうを「兄香 せのか→しょうが)、弱いほうを「妹香 めのか→みょうが)と言ったとネットに書いてあった。ミョウガを食べると物忘れがひどくなると言われているが、それは中国の故事に由来するもの。ミョウガを食べて、「冥加(神の御加護)」を戴きたいものだ。

書・六人展

 一昨日、上野の森美術館で「書・六人展」を鑑賞した。入館料千円と書いてあったので入り口で支払おうとすると、係の女性がこう言った。「このコロナ禍にわざわざいらしてくださり有難うございます。入館料は結構です」

 六人の書家は日本の書道界を牽引し、多くの弟子をお持ちである。1940年生まれ(80歳)を筆頭に、1947年生まれ(74歳)までの方々であったので、私は同じ世代として親近感を覚えた。それと同時に大作に向けられた彼らのエネルギーに圧倒された。パンフレットの中の挨拶の一部を紹介する。

 「それぞれのジャンルで、それぞれの個性で、それぞれの思い入れで、それぞれの意気込みで、年輪を重ね培った<今>の姿を曝け出し、それぞれの世界を表出させます。人類が、神様に試されているのかもしれないコロナ禍というこのときにこそ、六人の書家の独自の書ワールドに浸っていただき、心豊かな時間を味わってくだされば、この上ない幸せです」

今日の作文

1. 2024年のパリ・オリンピックに向けて、フランス語を勉強する人がきっと増えるであろう。

2. タイ語は動詞が活用しないから、勉強がらくである。

3. フランス語は時制がたくさん有り、難しい。

4. 男性名詞と女性名詞を覚えるのも面倒だ。

5. ルーブル美術館の芸術を堪能するには、少なくとも1ヶ月の滞在が必要だ。

6. 公園を散策後、カフェでコーヒーを飲みながら、パリジャンを観察するのも、パリ観光の楽しみの一つである。

貫入と金継ぎ

 昨日、茶道教室に参加した。使われた茶碗は赤楽。見込み(茶碗の内側全体)には貫入(かんにゅう)が見られた。貫入はひびのように思われるがひびではない。「釉と素地の収縮率の差により、焼成後の冷却時に生じた釉のひび模様のことで、割れる時のひびや傷とは異なる」とのこと。

 赤楽茶碗の見込みに見られる貫入はその茶碗にだけしか見られないものである。他の茶碗はその茶碗独自の貫入を有する。使い込んだ茶碗であればあるほど、抹茶の渋が染み込んでいき、さらなる景色を生み出していく。

 昨夜のパラリンピック閉会式で、IPC(国際パラリンピック委員会)の会長が、陶器の「金継ぎ」を取り上げ、それを喩えに使っていた。我々はいつなんどき事故に遭うかもしれない。しかし、「金継ぎ」という手法により、再度、元気を取り戻せると会長は示唆した。

10倍の努力を!

 

  泰日文化倶楽部の授業は、夏休み後、すでに2週間が過ぎた。12月下旬から始まる冬休みまでの授業回数は15週、すなわち、15コマである。これを時間に換算すると、15コマx90分=22時間30分という時間になる。ということは、約1日分にしかすぎない。

  約1日分で、タイ語の発音、会話、読解、ヒアリング、作文、等々をすべて向上させようとするのは不可能である。

  従って、自分で10倍の時間を捻出し、ひたすら自分で勉強するしかない。教室では自己の理解力をチェック。そのような意識を持つことが望ましい。グループレッスンではどうしてもマンネリ化しがちである。年末までの時間の使い方をあらためて見直そう。