今日から「タイ語入門 土曜日16:10」開講

 今日から「タイ語入門 土曜日16:10」を新規に開講いたします!
 今から8回(12時間)ばかり勉強すれば、夏休みのタイ旅行に少しは使えるかもしれません。いや、絶対に間に合わせてください。買物と数字くらいは大丈夫。
 一昨日、小田原でお会いした方はタイが大好きな方でした。ユーチューブで独学しておられるとのこと。
 毎回、同じことを言ってますが、タイ語は独学よりも語学学校で習うのが断然いいです。東京、神奈川、埼玉在住の方でタイ語を基礎から勉強したいのであれば、是非とも高田馬場の泰日文化倶楽部へ。今日からですよ!

金目鯛のあげたい

 昨日、仕事で小田原へ行った。小田原駅の構内に大きな提灯がぶら下がっていた。それを見た途端、童謡の「お猿のかごや」を思い出した。小さい頃に歌った童謡はやはりよく覚えているものだ。
 バスに乗ろうと思って東口に進むと、二宮尊徳(金次郎)の銅像が有った。これまたなんとなつかしい。現代では、二宮金次郎の銅像を学校に置いてはいけないという風潮があるそうだが、昔の偉大な人物と故事を知るという意味において、それはそれでいいことではなかろうか。
 城下町小田原はとても住みやすそうなところだ。海の幸、山の幸、箱根の温泉….。新幹線に乗ると東京まで30分。
 友人へのお土産にと思って、蒲鉾で有名な鈴廣へ寄った。選んだ商品は、「金目鯛のあげたい」。私は友達にあげたいという気持ちで買ったのだが、帰宅後、箱をよく見ると、「金目鯛の鯛」と「あげたいのたい」に2つの「たい」が! やはり私の頭の中は、いつも「たいづくし」、なのである。

ミシン(จักร)の話

 先日、手芸店へ行くと、一人の女性が店の人に向かって、「あのー、ミシンを買ったばかりなのですが….」と話しかけていた。店の人は「何が御入用ですか?」とすかさず応じたが、客のほうが全く要領が得ない感じであった。「何をお縫いになりたいのですか? 生地はもう買ってありますか?」と、店の人が続けた。客は答えた。「まだ箱からミシンを出していません」
 この話を友人に聞かせると、彼女は言った。「私はミシンを持っているけど、雑巾しか縫ったことがないわ」
 ミシンは、タイ語で「จักร ヂャック」と言う。由来は「จักร ヂャクラ 輪」。個人レッスンを受けている生徒さんから、「天皇のことを จักรพรรดิ ヂャクラパットと言うのは知っていますが、何故、จักรという単語が入っているんですか?」という質問を受けた。『タイ日辞典』(冨田竹二郎先生)を引くと、「転輪聖王」と書いてあった。転輪の「輪」から由来しているのであろう。

梵字 と 熊野筆

 昨日の午後、或る単語を探すため、『梵字入門』(黒木良次 翻訳・編纂 エイト社 1990年)を最初から最後までめくった。めくっていくうちに、タイ語の初級段階で出て来るサンスクリット、パーリ語起源の単語が次から次に目にとまる。
 ルーパ(色・もの・色彩 รูป)、ラサ(味 รส)、ダラマー(法 ธรรม)、カーヤ(身 กาย)、ドッキャ(苦 ทุกข์)、ビージャー(智慧 วิชา)、等々。
 この本は、梵字の書き方を説明した本であるから、梵字を学びたい者にはとてもいい。僧侶が筆ですらすらとお札や卒塔婆に書いている姿を見て、いつもすごいなあと思っていたが、なに、学べば書けるというわけだ。
 昨夜、NHKで広島県の熊野筆が紹介された。美しく仕上がった筆を見ながら、この筆を使って梵字を書いてみてはどうかと思った。単に梵字を書き写すだけではなくて、その梵字の意味を知れば、精神修養にもなる。

漆器の話

 『漆 うるわしのアジア』(大西長利著 NECクリエイティブ 1995年)は、第1章 漆文化の源流をもとめて、第2章 漆を育んだ大河・長江、第3章 漆・うるわしアジア探訪、第4章 日本の漆文化、第5章 漆との対話、から構成されている。私は第3章の中に書かれているタイの漆から読み始めた。
 著者の大西氏は、ミャンマーとタイの漆器が製造過程に於いて、歴史的にはほぼ同一であることを言及しながらも、タイは観光客目当ての製品を乱造している傾向にあるため、ミャンマーのほうに軍配を上げている。伝統技法を丁寧に残すには、製品の価格をある程度、高めにとどめておかないといけないとも指摘している。
 タイの漆器(เครื่องเขิน)のレベルを上げて、美しい製品を末代まで残すことは急務だ。参考までに、「漆」は、タイ語で、「รัก ラック」という。「รัก 愛する」と同音異義語である。

コールラビという野菜

 先週、長崎県から送られて来た野菜の中に、「コールラビ」という野菜が入っていた。生まれて初めて見る野菜だ。佐世保の八百屋さんの添え書きは、「コールラビ(無甘藍)という野菜を入れてみました。サラダや酢漬け、バター炒めやスープにもいいらしいです。どうぞご賞味下さいませ」
 玉ねぎくらいの大きさをしているが、実に固い。念のためにネットで調べてみると、「地中海北側産で、キャベツの仲間。蕪甘藍と書き、日本には明治時代(สมัยเมจิ)にすでに入っている」とのこと。「無甘藍」ではなくて、「蕪甘藍」であった。八百屋さんの書き間違えだ。「蕪」という漢字から、確かに蕪にも見えてきた。堅物の蕪という印象である。
 ネットで紹介しているレシピの中に、グリーンカレー(แกงเขียวหวาน)との相性がいいと書いてあった。早速、作ってみよう!

秀吉・利休・右近

 3日前、佐世保の八百屋さんから野菜と果物の荷が届いた。段ボールには野菜が傷まないようにという配慮で、くしゃくしゃに丸めた新聞がたくさん入っていた。それは西日本新聞(5月27日)であった。数ページの中の或るページに眼がとまった。「博多 モノ語り(このシリーズは、風土が生んで、歴史が育てた博多のカタチ・地域の誇りを紹介するものです。物言わぬモノたちの声を聞いてください)」という文化欄だ。
 取り上げているのは、「南方録」(=わび茶を記す唯一の秘伝書)で、見出しには、「めくれば迫る利休の神髄」と書いてあった。豊臣秀吉と利休が九州箱崎茶会を開いたことを初めて知った。
 それはさておき、昨日は、『キリシタン史の新発見』(岸野久・村井早苗編 雄山閣 1995年)を読んだ。「高山右近の改易について」の中に、<利休と右近>という文章が有った。右近が利休の七哲(秀でた弟子)の一人であり、秀吉が右近の棄教を命じた際、仲介役として利休が動いたことが書かれてある。
 秀吉と利休と右近のつながり、そして、三者には茶の湯が介在していることが興味深かった。

ป(ปอ ปลา) の発音を会得して!

 タイ語学習者の中で、ป(ปอ ปลา)の発音が不得手な方が多い。この文字を使ったタイ語は使用頻度が高い単語に多く見られるから、早く会得してもらいたいといつも思っている。
 例)ปลา(魚)เป็น(です) ปี(年) ไป(行く) แปด(8) ปาก(口) ปู(蟹) ปู่(父方の祖父) ป้า(伯母) ปาก(口) แป้ง(粉) ปวด(痛む) เปลี่ยน(変える) ประเทศ(国) ประชาชน(国民) ประชาธิปไตย(民主主義)
 先週、中級の授業を見学していたら、「ปวด 痛い puat 低声」と言うべきところ、発音が明瞭ではなくて、「บวช 出家する buat 低声」と発音する生徒さんがいた。タイ人が聞いたら、「この日本人はいつ出家するのかな?」と思うかもしれないから、「痛い」時は、ป ปลาの発音を意識して、明瞭な音を調音しよう。

高潔な人

 『生き方の美学』(中野孝次著 文藝春秋 平成10年)は全部で13話から構成されている。話題を列挙すると、高潔、滋味、理想、名人、矜持、誠実、自足、清廉、使命感、無私、出処進退、友情、そして、パブリック・サービス、である。
 第1話の「高潔」の中には、小島祐馬(1881-1966)という元京都大学文学部教授のことが紹介されている。在任中、持前の高邁なる精神で、陸軍大将までこてんぱんにやっつけたものの、60歳の定年を機に潔く故郷の土佐に戻り、<南海の隠逸>として、晴耕雨読の毎日を送ったそうだ。吉田茂首相から是非とも文部大臣にと打診されても一顧だにしなかったとのこと。
 中野氏は最後にこう書いている。「それにしてもこういう人物がつい先頃までこの国にいたかと思うと、救われる気がする。それくらい昨今の政治家の行状は人間としてあまりにだらしないものが多すぎるのだ」

水曜日は6クラス開講中

 泰日文化倶楽部では、水曜日の午後(13:00~16:30)に2クラス、そして、夕方から夜にかけて(18:00~21:30)、4クラスを開講している。合計すると6クラスになるが、このうちの5クラスまでが中級クラスだ。残る1クラスは、初級クラス。この初級クラスは昨日、入門クラスから昇格したばかり。
 中級クラスが多いということは、生徒の皆さんが3年以上、頑張って通って来られていることの証でもある。声調言語であるタイ語は難しい。タイ人講師の発音を真似すればいいだけの話だが、日本語の母音が5つ(あいうえお)しか無いこと、そして、末子音の~k,~t,~pが無いため、タイ語の音が耳で聞き分けできない。
 いずれにせよ、熱心に、楽しそうに勉強している光景を見ると、私はそれだけで嬉しい。