雪男

 先日、雑司ヶ谷の鬼子母神近くにある店へ食事に行った。カウンターには男性が一人、美味しい肴と一緒に日本酒を楽しんでおられた。彼は店の人とも楽しく語らっていた。店の人が調理場へ行った隙をねらって、私は彼に尋ねた。
 「失礼ですが、今、呑んでおられる珍しいお酒の名前は?」
 「雪男です。悪い言い方をすると、水みたいな酒ですがね……。雪女のほうがよかったかも、名前は」
 彼はカウンターの上部に置いてある一升瓶を指さした。私はその瓶のラベルを見た。新潟県南魚沼市塩沢の青木酒造と書いてあった。さらに目に入って来たのは、『北越雪譜』を表した鈴木牧之の名前であった。あとで調べると、鈴木牧之は現蔵元の先祖に当たる人物であることがわかった。
 私は昨年5月に新潟在住の親友と塩沢へ旅行し、彼女から鈴木牧之の偉大さを教わった。そして、彼が、『北越雪譜』の中に、毛むくじゃらの異獣、すなわち、<雪男>を登場させていることを知った。
 旅はその場限りで終わってはつまらない。こうして、1年余を経て、東京の片隅で、新潟県が誇りとする鈴木牧之の<雪男>に出逢えて、旅先での感銘が甦ってきた。

英語探鳥会

 昨日、日本野鳥の会東京(Since 1947)から「ユリカモメ 9月号」の冊子が送られて来た。その中に「英語探鳥会」のことが書かれてあった。
 —- 前回、「Loving birds, no boundary (鳥好きに国境はない)というテーマで3月に開催したところ、外国人の参加者以外に多数の日本人の方も参加されました。今回もラムサール条約に登録された葛西海浜公園の水鳥と、秋の渡りの季節に見られる野鳥を、外国人の参加者とともに「英語」で観察したいと思います。英語でのコミュニケーションになりますが、「野鳥の英語名を覚えたい」、「外国人バーダーの方と交流してみたい」という日本人参加者の方も歓迎です。—-
 タイ語でもこのような試みが有ればいいと思う。タイ語であれば、タイ料理をつくって交流するのが一番楽しい。
*今日の宿題=長い引用になったが、上記の文章をタイ語で訳してみよう。

入門クラスのMさん

 今年2月から開講した「タイ語入門 土曜日18:00」のクラスは、丁度、半年が経過した。生徒はわずかに2名。そのうちの生徒であるMさんから、「24日は都合が悪いので、23日の金曜日の夜に授業を変更してほしいのですが」という要望が夏休み前から出されていたので、もう一人の生徒さんである中国人女性とも話し合いの上、昨晩、振替え授業をした。
 3週間ぶりに教室に現れたMさんを見て、中国人女性が大きな声で言った。「あら、すごく痩せた!」
 Mさんは溝の口から自転車で高田馬場まで来られる。その距離たるや20キロ。タイ式ボクサーとして、タイのリングに上がっても誰も日本人とはわからない容貌。昨晩は、つい、こう言ってしまった。「タイで出家をしてみてはいかが? 剃髪したお顔がとても素敵だと思うわ」
 彼は逆らわずに答えた。「やってみたいですね」
 昨夜、私が教えていて気がついたこと、それは、減量とともに、彼のタイ語も引き締まって来たことだ。

紙一重

 昨日、個人レッスンを受講されているM子さんから、「紙一重って、タイ語で何と言いますか?」という質問がラインで寄せられた。
 彼女はまだタイ語の授業を3回しか受講していない。タイ人講師の発音をものまねすることに四苦八苦している。したがって、私は次のように答えた。
 「文脈によって、いろいろな表現が有りますが、一番簡単な表現を教えますね。ต่างกันนิดหน่อย です。ต่างกันは、<異なる>、そして、นิดหน่อยは、<少し>という意味です」
 もっと難しく言おうと思えば言えるが、それはやめておくとして、ネットでは果たしてどのように書いているのかと思って調べてみると、 「กระดาษแผ่นเดียว」と書いていた。กระดาษは、<紙>、そして、แผ่นเดียวは、<一枚だけ>という意味である。これはおかしい。何故ならば、紙一重は僅差という意味で使われる表現だからだ。
 以前、交番のことを、英語のpolice box から翻訳したらしく、กล่องตำรวจ と訳している本を見たことがある。これまた、直訳すぎて、意味をなさない。

幸運な生徒さん

 泰日文化倶楽部は今日から授業再開いたします。年末年始の休みまで、4ヶ月間、タイ語を勉強して、タイ語の学力を向上させましょう!

 昨日、教室へ行き、掃除をして新しい空気を入れた。そろそろ帰ろうとしていると、教室のドアが開いた。「タイ語中級 水曜日14:40」のクラスの生徒さんであった。私はあれあれっと思った。やはり夏休みの日にちを間違えて来る生徒さんがいたか、と。
 彼は学習意欲がものすごく高い生徒だ。そこで、私は彼に2時間ばかり、好意で特別に教えてあげることにした。日頃はタイ人講師から習っている彼だが、いろいろな質問を抱えているであろうことを想定し、彼のもやもや感を一掃してあげようと思ったからである。
 彼はタイ語を話したくてたまらない。しかし、その機会は少ない。そこで、彼は次なる試みをしているそうだ。英語が話せないタイの友人がタイから来ると、英語ができない自分の友人を招き、3人で食事をし、二人の間に座って通訳をしているとのこと。
 いずれにせよ、間違って教室にやって来た彼は、たまたま居合わせた私の授業を受けて、幸運な生徒さんであった。

マルチン病院

 今年の夏は全く予定を立てていなかったが、従兄(92歳)の娘から、「父がマルチン病院に入院しています」という一報が入って来たので、先祖の墓参も兼ねて、急遽、日帰りのつもりで瀬戸大橋を渡った。
 マルチン病院? あまり聞き慣れない名前だなあと思いつつ、ネットで調べると、正しくは「坂出聖マルチン病院」と言い、聖ドミニコ宣教修道女会が昭和24年(1949年)から運営している病院であることを知った。空海が生まれた香川県。したがって、真言宗のイメージが強い環境の中にあって、カトリック系の病院が70年間も地域医療に頑張っているとは!
 病院は2年前に建てなおされたばかり。とても清潔で、廊下も広々。7階からは瀬戸内海が見える。
 何よりもよかったのは、のんびり感。仕事の関係で都内の病院へはよく行くが、形容しがたい緊張感と圧迫感が嫌いである。そして、人が多すぎる。もしも長期療養に入るようなことになれば、田舎の病院のほうがいいな。

モロッコの女性

 泰日文化倶楽部は8月21日(水曜日)まで休みですが、ブログのほうはそろそろ書き始めます。
 8月10日午前7時5分、東京駅からひかり号で岡山へ。自由席はJRパスで旅行する外国人観光客であふれかえっていた。まるで私が外国旅行しているかのような錯覚を覚えた。
 私は必死で席を探した。3席側の真ん中が空いていたので、なだれ込むようにして座った。隣りの外国人は南米から来た女性に思われた。
 名古屋あたりで、私から彼女に話しかけた。彼女はパリの大学の大学院で美術を専攻しているモロッコ女性であることがわかった。得意とする言語は、アラビア語、ポルトガル語、フランス語、そして、英語。東京に在る某建築事務所でインターン(3ヶ月)をしており、お盆休みを利用して、直島の「瀬戸内国際芸術祭2019」を観に行くとのこと。
 彼女の小さなノートには、ひらがな、カタカナがびっしりと書かれてあった。私は彼女の名前をひらがなとカタカナで書いてあげた。彼女は言った。「来年も必ず日本に来ます!」

31年間、走り続けるタクシー運転手

 昨日、赤坂7丁目にある草月会館でランチをした。窓越しに見える高橋是清翁記念公園の大木の緑が目にさわやかであった。1936年2月26日にこの地で暗殺事件が有ったとは……。
 食後、外に出てみると、246号線にはタクシーがいっぱい停車していた。だが、客待ちではなくて、どうやら運転手達が午後の休憩をしているようであった。昨日の東京は今年一番の暑さ。無理もない。
 私は信濃町駅までタクシーで行くことにした。そこで遠くから走って来たタクシーに手で合図した。タクシーは急停車して20m先で止まった。運転手は饒舌であった。
 「いやあー、すみません。気がつくのが遅くて。31年、やっている自分が恥ずかしい。お客さん、31年、私は東京の隅から隅まで走っています。こんなに続いているタクシーの運転手はいませんよ」
 それを聞いて、私は心の中で言い返した。「私だって、約31年、タイ語教室をやっていますよ。あなたに負けてません」
 年齢を尋ねると、彼は71歳。タクシーを降りる時、「私は72歳。あなたよりもお姉さんですね」と、言って別れた。

今日一日、マイペースで!

 泰日文化倶楽部は明日8月8日(木曜日)から2週間の夏期休暇に入ります。授業再開日は8月22日(木曜日)です。生徒の皆さん、どうかお間違いなきよう、お願いいたします。
 猛暑日の連続。体力消耗。したがって、「頑張りましょう!」とは言いません。「今日一日、マイペースで!」ということにしましょう。
 先日、「พยายาม 努力する、頑張る」という単語について、タイ人講師がこう言ってました。
 「たびたび言われると、タイ人は違和感を覚えます。ไม่เป็นไร(大丈夫)と言われるほうがいいです」
 横で聞いていた私は、「やはりそうか」と思いました。日本人の発想を無理にタイ語にしようとすると、タイ人にはそれを受け入れる許容度が低下するということがわかりました。ですから、励ます場合は、タイ人側に寄り添って、タイ人がよく使っている表現でなぐさめてあげるのが一番。