さあいくなら なやみゼロ

 昨日(1月10日)は「110番の日」。目白駅前にパトカーと白バイが停められていた。男の子の孫を連れたおばあちゃんが孫と並んで写真を撮っていた。その光景がほのぼのとしていたので、私も少し離れたところから、スマホでパチリ。
 すると、警察官が私に近づいて来た。ドキリ。何か悪いことでも? 
 ところが警察官は私に小さなグッズをプレゼントしてくれた。「あなたもお孫さんを連れて、もう一度、ここにいらっしゃい」と言われているように思われた。
 帰宅後、ビニールからグッズを取り出すと、それは折りたたんだトート・バッグであった。そして、それには、「犯罪被害によるこころの悩み相談 犯罪被害者ホットライン ☏03-3597(さあいくなら)-7830(なやみゼロ)」と書いてあった。
 若い警察官は私を見て、悩みをかかえている女性と見たようだ。はい、悩みは有る、有る。だが、それは生徒達の発音が一向に向上しない悩み。犯罪とは関係ないから、この電話番号に電話しても埒(らち)が明かない。

気仙沼から年賀状

 「お元気ですか? ようやく仮設住宅から出ることが出来ました。今度こそタイへ行きたいです」という年賀状(ส.ค.ส.)を頂いたが、お名前を見ても、一体どなたなのか思い出すことができない。女性の場合、旧姓を併記しておいてくださればわかりやすいが、それも結婚後1~2年以内。お名前の漢字から思い出せるかしらと思ったが、やはり思い出せない。困った。
 いずれにせよ、年賀状には新居の写真が印刷されていた。アメリカのカントリーハウスみたいでおしゃれだ。2階のベランダからは太平洋が見渡せる。穏やかそのもの。2011年の津波が嘘のよう….。
 災害(ภัยพิบัติ)が多すぎる日本。そして、復興が遅い様々な事情。そうした中から人間は謙虚に学んで行かなければならないが、なるべくであれば平穏が一番。今年も地震(แผ่นดินไหว)、台風(ไต้ฝุ่น)、火事(ไฟไหม้)、交通事故(อุบัติเหตุจราจร)に賢く対処しながら、時間を有効に使おう。

今年の歌会始の勅題「野」

 昨日、目白庭園で初釜が有った。茶道講師から絵懐紙を頂いたが、それにはニ種類あり、一つは今年の干支である「酉」の絵、そして、もう一つは今年の歌会始の勅題(お題)である「野」に因んで、どこにでも見られる山野の絵であった。
 「野」というお題で、果たして歌が詠めるのかしらと思ったが、「野」という漢字が入っていれば大丈夫だと聞くと一安心。それならいくらでもテーマは見つけられそうだ。
[例] 野望、野心、野性、野原、野草、野暮、野郎、野党、下野、粗野、枯野、原野、等々。
[地名] 上野、中野、野田、下野(しもつけ=栃木県、群馬県にまたがる旧国名)等々。
 [名字] 野村、野々村、野口、天野、飯野、大野、今野、川野、山野…..等々。
 小寒の候、思い出の土地や旧友に思いを馳せながら、「野」について考える静かな一日を持ちたい。願わくば、与謝野晶子のように情熱的な歌が……。無理、無理。

象の置物

 昨晩、鎌倉在住のミセス・U(元生徒)から電話を頂いた。
 「私、来月、86歳になります。元気なうちに家の中にあるものを処分していますが、年末にはタイに関係するものを業者に引き取ってもらいました。子供が乗って遊んでいた象の置物は引取り料金が1800円でした。業者はまだ有りませんか? 有ったらご連絡ください。すぐに飛んで参りますから、と言って帰って行きました。タイ語のノートだけはまだ取ってあります」
 私はミセス・Uの邸宅に遊びに行ったことがある。玄関に置いてあったあのチーク製の立派な象の置物が業者に連れられてどこかへ行ってしまったことを聞き、残念な気がした。年越しは倉庫の中であったにちがいない。
 だが、どこかの骨董市に出て来る可能性が有るような気がする。これからは、骨董市に出かけて、あの象を探そう。
 

泰日文化倶楽部 今日から始動!

 泰日文化倶楽部は今日から2017年度の授業が開始されます。どうか大志を懐いて教室にいらしてください!
 皆さんそれぞれマイ・ペースで勉強なさるに限ります。しかし、先生や級友から刺激をもらうのも必要。
 そして一番必要なことは、やはり明確なる目標をかかげることですね。たとえば……..
  ①すらすら文章が思い浮かんで、ペラペラしゃべることができるようになりたい。②タイ語の単語を正しく表記して、誤字を少なくするようになりたい。③タイへ行く回数を増やして、日本語がわからないタイ人としゃべり、発音が通じるか否かを確認したい。
 今年もタイへ行きましょう。そして、タイ語を大いにしゃべりましょう。

SHAN JAPANESE CENTER

公益財団法人アジア・アフリカ文化財団から頂いた年賀状にはとても嬉しいニュースが書かれてあった。
 「ミャンマー・シャン州の州都タウンジーで、日本語教育普及を目的とする SHAN JAPANESE CENTER を2017年1月に開設します。タウンジーは標高1400mの山裾にひろがる美しい州都です」
 そして、タウンジー山から望む街の中心部の写真が賀状一面に展開していた。
 なんと美しい街であり、高原であることか! そこで学ぶシャンの人々は、あっというまに日本語を習得するであろう。何故ならば、日本語とミャンマー語は語順が同じで、文法が似ているから。
 若い生徒であれば、日本への憧れを強く持って、心躍らせながら、日本語を学ぶことであろう。
 ひるがえってタイ語を学ぶ生徒に問うてみたい。果たして彼らのように強烈な学習意欲と新鮮な好奇心を有しているや否や?

初買いはメイドイン・タイランド

 初買いとは、正月2日にその年初めての買い物をすることだそうだが、私の場合は昨日4日に池袋に出て、いろいろと買い物をした。池袋のシンボルは「フクロウ」。フクロウ(タイ語は ฮูกフーク)は「不苦労」にかけて、幸せ印である。
 買った物のひとつは、パナソニックのヘア・ドライアー(เครื่องเป่าผม)。かつて3回ほど買ったことがあるが、タイ人が「これはいい!」というものだから、その場でプレゼントした。
 昨日買ったヘア・ドライアーを箱から出す時、製造国はどこかしらと思って箱の下のほうを見ると、なんと「MADE IN THAILAND」。とすると、これまでのものも、おそらくタイで製造されたと思っても間違いない。
 タイ生まれのヘア・ドライアーは、生まれ故郷が恋しくて、タイへ帰って行った。キャノンのコピーもタイ製だが、こちらは私がしっかりと使っているから、私の机で鎮座ましましている。

恩師の恩

 昨晩、私の郷里における英語の恩師の娘さんに電話をして長話をした。恩師は他界してもう15年余。娘さんは私より3歳上で、丸亀で一人で暮らしておられる。
 話しながら、小学校6年から高校3年まで恩師の家にせっせと通い、英語を学んでいた時の思い出が沸々とわいてきた。小さなテーブルを二つ並べ、生徒達は正座して勉強した。高校3年の時、東京オリンピックがあった。東洋の魔女達のバレーボール決勝戦の日も、テレビ中継を見ることなく、私は恩師の家へ行き英語を勉強した。
 恩師はスパルタ教育はしなかった。生徒に基礎をきちんと習得させながら、英語に親しむような指導をされた。その指導法は今でもよく覚えている。そして、現在にも役に立っている。
 最近はいろいろなツールが市販されているが、「ツールの恩」というのは果たして有りや否や? 「恩師の恩」に勝るものは無し。

คิดเงิน ขอให้ได้เงิน

タイ人からラインでいろいろなメッセージが送られて来る。昨日は月曜日であったので、月曜日のシンボル・カラーである黄色にちなんで、金塊の絵と次なるタイ文が書かれていた。
 คิดเงิน ขอให้ได้เงิน คิดทอง ขอให้ได้ทอง คิดอยากได้ความสุข ขอให้ได้ความสุข
 正月早々からお金の話をするつもりはないが、何故、これらの文章を引用したかと言うと、「คิด+目的語 ขอให้ได้+目的語」の文型を是非とも応用して、自由自在な思いをタイ語で表現してもらいたいからだ。
 一つの文型に強くなるには、同じ文型を使った文章をたくさん作文することである。もう飽きた、と自分がいやになるくらい作り続けると、その文型はもうあなたの頭に入り込んでおり、忘れることはない。
 独身の生徒さん、今年こそは、คิดแฟน ขอให้ได้แฟน ですよ!

K氏からの年賀状

 今年もK氏からの年賀状が一番冴えていた。ご本人は目下、マレーシアへご旅行中なので、許可を取らないまま、以下に抜粋を掲載させていただく非礼をお許しいただきたい。
 ーー 私、順調な発育の結果、昨年末ついに後期高齢者に合格しました。半年前の6月、グアム島での太平洋芸術祭で連続7時間起立したままでのビデオ撮影を敢行しましたが、地元テレビ局のスタッフから年齢を尋ねられた上、「自分も将来貴方のようになりたい」と言われました。何よりの勲章と心得、許される限り今後とも「好奇心と同行二人」で歩みたいと思っております。ーー
 K氏は元生徒さんである。民放テレビ局を定年後、彼の行動力は活火山の如く噴火し続けている。世界各地に友人を持つ彼。来年の年賀状が今から楽しみだ。