休むという選択肢

 再度の緊急事態宣言により、店は時短、もしくは臨時休業の貼紙ばかり。街の灯りは暗い、暗い。世の中の情勢に従わざるを得ないので、今日は「休む」ということに関して考えてみる。

1.休学=休むこともいいことだ。惰性で勉強してきたことを反省し、自分で勉強の面白さを発見しよう。

2.休業=休むことも可なり。かの利休居士だが、彼は堺の商人であった。彼の「利休」という名前の由来は、聞くところによると、「利ばかりを狙うのではなくて、一旦休め」という意味が有るらしい。

3.休日・休暇・休息=いずれの人も、のんびりと休むことができれば、それはもう幸福そのもの。

4.休止=悪いことは休止して、良いことを模索しよう。

5.「休」という漢字=人+木から成立。大樹のそばに行って、鋭気を養おう。

高田馬場のベトナム人

 高田馬場には日本語学校が数校有るので、アジア諸国から来ている若者達とはいつもすれ違っている。彼らが話す言葉のうち、ベトナム語を聞く機会が最近、極めて多くなった。
 泰日文化倶楽部が入っている雑居ビルには中国人、ミャンマー人が事務所を構えているが、去年からはベトナム人ともエレベーターで一緒になることが多くなった。
 昨日も二人の若者と一緒になったので、念のために尋ねてみた。
 「どちらのお国の方ですか?」
 「ベトナムです」とすかさず返事がかえってきた。その発音がとても明瞭で力強く、自信にあふれていた。何のビジネスをしているのかはわからないが、日本人の数倍のエネルギーが感じとれた。
 着物の縫製はかなり前からベトナムで行われている。11月に私は着物を注文したが、呉服屋の店主が「少しお時間をください」と言った。今頃、ベトナム人が縫っているのかもしれない。

今日の翻訳

 次の文章をすらすらとと翻訳しなさい。出典はいつもの『タイ国語教科書3年生』である。

1. การเขียนรายงานเป็นการศึกษาค้นคว้าเรื่องใดเรื่องหนึ่งเพื่อเสนอต่อครูหรือนักเรียนในชั้น ทำให้ผู้ค้นคว้ามีความรู้กว้างขวางขึ้น

2. การเขียนรายงาน ผู้เขียนอาจเขียนคนเดียวหรือเขียนเป็นกลุ่มก็ได้

3. รายงานอาจเป็นรายงานสั้นๆ หรือรายงานที่ยาวก็ได้ แล้วแต่จุดหมุ่งหมายของการเขียนแต่ละตรั้ง

4. การเขียนรายงานได้ดี ผู้เขียนต้องอ่านหนังสือหลายๆเล่ม แล้วนำเรื่องราวที่เลือกแล้วเรียบเรียงด้วยถ้อยคำของผู้เขียนเอง

5. ไม่ควรลอกข้อความจากหนังสือ ถ้าจะลอกข้อความควรลอกข้อความสำคัญๆโดยเขียนบอกไว้ด้วยว่าลอกจากหนังสือใด หน้าใด

6. ผู้เขียนรายงานอาจเขียนแผนที่ หรือ มีรูปภาพประกอบด้วยก็ได้

授業再開

 昨日(1月16日)からグループレッスンの授業を再開した。といっても、土曜日の5クラスと、火曜日1クラス、そして、水曜日1クラスだけである。あとのクラスは生徒達の要望を考慮して、2月7日まで休講にした。

1.「タイ語入門 土曜日10:30」=いつもの元気いっぱいの大学生4名がクラスの雰囲気を、去年以上に明るくしてくれた。

2.「タイ語中級 土曜日12:15」=足掛け20年余、二人の中年男性が営々と勉強している。今年も全く変わりがなさそうだ。

3.「タイ語上級 土曜日12:45」=最長であるこのクラスは、なにやら難しいタイ語作文をしている。日本語のニュアンスをタイ語にどう表現しきるか、それが葛藤であり、格闘だ。

4.「英会話 土曜日14:30」=語彙数が勝負。かつて習ったことがある英単語をどのように生かして話せるか?

5.「タイ語初級 土曜日18:00」=まだまだ基礎の段階。基本文型をたくさん覚えよう。

「間」という漢字

 「間」という漢字は実にいろいろな表現に出て来る。

1.時間=昼間、夜間、束の間、間髪いれず。

2.空間=物と物の間に広がる物理的間隔。華道でいう「間(ま)」とは花と花との間隔であり、バランスの美。

3.間(ま)=上手い役者は台詞(せりふ)と台詞の間に流れる一呼吸の置き方が見事。

4.間柄(あいだがら)=人間と人間との関係や繋がり。

5.手間(てま)=何事を為すにも、あと一つの手間が有れば好ましい。

6.間諜=まわしもの、スパイ。

7.世間=世間知らず、世間が狭い、世間体が悪い

8.人間=human,   human-kind,  human beings

銀座の画廊主

 3日間、どこにも出かけないと足腰が硬直してきた。そこで、昨日は、日本橋へ出かけ、高島屋で開催されている「野見山暁治のいま展 100歳記念」を鑑賞。彼の文章は非常にすばらしいので、ついでに本を3冊購入した。
 その後、銀座みゆき通りの画廊「向日葵」へ。友人(画家)がお世話している「九州・山口グループ展」を観るためである。
 画廊の中に入ると誰もいなかった。しばらくして、上品な女性が現れた。画廊の店主であった。彼女は私の友人をよく知っていた。何故ならば、友人がよく利用しているから。彼女と5分くらい話したが、この大変な情勢にもかかわらず、おだやかな物言いであった。そのことに私は感銘を覚えた。
 上記のグループ展は近くの画廊でも開催されていた。あづま通りにあるから「ギャラリー あづま」。そちらへ回ると、今度は先ほどの女性のご主人が現れた。彼もとても感じが良い方であった。
 「不要不急」という言葉に縛られていると、芸術は沈没する。画廊主は縁の下の力持ちだ。
 

今日の作文

 タイ語で書いて、タイ文字を忘れないようにしよう。

1. 2回目の緊急事態宣言が出されたため、景気はますます冷え込んで来ている。

2. 海外からの入国者は「原則として禁止」と政府は言う。

3. しかし、<原則として>というこの言葉には、曖昧さが有る。

4. 訪問介護の仕事は多くの人に会うので、濃厚接触者になる可能性が高い。

5. したがって、介護士は言う。仕事以外、なるべく人と会わないようにしている、と。

6. 2月7日にコロナが収束するはずがない。

7. 疲弊していく国民を政府は心底からは救ってくれない。

吉川神社

 東京に住んで56年。多くの人達との出会いが有った。いや、今も現在進行形である。最近、次のように言われるようになった。
 「泰日文化倶楽部でタイ語を勉強して本当に楽しいです。ほっとします。まるで神社に来たみたい。吉川神社!」
 それを聞いて、つい調子に乗った。それでは賽銭箱を用意しないと…..。
 私は独身。だから家庭内の問題や悩みは一切無い。フリーで働いているから組織内の葛藤も無い。ないない尽くしの私が神社の神主? それは無理そうだが、神主ではなくて、「人主」として、皆さんの四方山話に耳を傾けることならできる。
 或る人がこうも言った。「吉川財団、もしくは、吉川基金」、と。
 財は無いが、「才」は有る。人生を生き抜く才についてなら助言できる。基金は無いが、「基」なら教えられる。大切なのは基本。だから、「基」に戻れ!
 
 

茶の湯の力

 『白河・会津の道/赤坂散歩=街道をゆく33』(司馬遼太郎 朝日文庫 1994)の中に、蒲生氏郷(がもう うじさと 1556-1595)が登場する。会津の産業奨励にとって重要人物だからだ。会津若松と命名したのもこの人。
 近江の生まれ。聡明さを見込まれて、織田信長の娘婿になった。伊勢松坂に報じられ、そこで松阪を商業の町へと発展させた。その後、秀吉から奥州行きを命じられ、会津若松で3年間、お役目を果たした。
 歴史の話を孫引きすれば切りがないが、私が言いたいことは以下の通りである。
 7年前に会津若松の城を散策した時、庭園の片隅に「麟閣」という茶室が有り、それが千利休の息子である小庵ゆかりのものであることに不思議さを覚えた。蒲生氏郷が千利休の七哲(優れた弟子)のトップであり、千利休亡き後、その息子を匿って、会津若松に連れて来ていたこと、そして、やがて頃合いを見て秀吉にお伺いを立て、許しを得た後、小庵を京に返すことができた。という流れを知って、納得。
 小庵の子孫が今日の茶道界を継いでいる。茶の湯は道楽と言えば道楽である。しかし、茶の湯の力は強い。

アジア食品店 新規開店

 昨日、今年初めて教室へ行った。2021年のカレンダーを掛け、教室繁栄を願った。
 近所に「熊猫中華物産」という店が新規開店準備に追われていた。ここは去年までは不動産会社であった。仮オープンという掲示に誘われ、店内へ。
 アジア食品がいろいろと陳列されていた。中国、ベトナムの食品だけではなくて、タイの缶詰も売っていた。もちろん、パックチーもだ。冷凍庫にはルークチン(=練り製品のミートボール)も見えた。
 私にとっては重宝な店だ。教室から1分もかからない距離に在るので、買物がしやすい。早々に泰日文化倶楽部の御用達になるかも…..。
 昨日は日本の野菜を買った。中国人の店主が「うちはビニール袋、サービスしますよ」と言ったが、「お互いに節約しましょう」と私は答えた。しかし、その代わりに中国語を教えてもらおうと思い、「節約は中国語で何と言いますか?」と尋ねると、「jie-yue」と教えてくれた。なんだ、「節約」そのものだ。(注:簡体字が打てないので、繁体字です)