完乗列車

 鉄道作家の種村直樹氏が亡くなられた。私は鉄道ファンではないが、彼のお名前だけは何度も目にして覚えている。
 昨日、古本屋で『乗ったで降りたで完乗列車』(種村直樹著 創隆社 1983年)を買って読んだ。新聞記者をやめて鉄道作家になった10年目の心境を、彼は次のように書いておられる。
 「37歳で本格的に書き出し、47歳の今も、10代の読者が喜んでくれている若さ、新鮮さを、50歳、57歳、60歳、70歳になっても保ち続けることができるのか」
 しかし、その心配は全く無く、彼は見事に初志貫徹を果たし、日本列島を数回にわたり完乗された。しかも鈍行列車で….。享年78歳。
 加速化の時代に入って久しい。スピードや高速という言葉に縛られてしまった現代の都会人。<鈍行>という言葉がまるでいぶし銀のよう….。
 外国もいいが、日本列島を隅々までのんびりと周遊するのもいいものだ。日本の味、日本の情緒に触れる旅は鈍行にかぎる。
 
 

N先生を囲んでの食事会

 かつて泰日文化倶楽部で教えてくださっていたN先生が、現在、都内の大学に客員教授として半年間、滞在しておられるという情報から、当時の生徒達が食事会を企画した。私にも声がかかったので、昨日、その食事会に参加した。
 N先生は一橋大学で博士号を取得された方だから頭脳明晰であることはわかっているが、久々にお会いした先生の印象を列挙するならば、しっとりとした女性らしさをそなえておられること、会話の中に見られる先生の品格、そして、家族を大切にしておられるご様子がよくわかったことである。
 日本を離れる間際まで泰日文化倶楽部に教えに来ていただいていたので、離日した年を尋ねると、2004年だったとのこと。ということは、10年ぶりの再会であったわけだ。あの時、たしか35歳。だから、当然、今は45歳。中年の魅力をそなえた先生は、韓国の大学で2年半、教えた後、タイ帰国後はタマサート大学で教鞭を取っておられるそうだ。
 外国で博士号を得た後、タイへ帰って、タイのために働くという生き方を選ぶタイ人。そういうタイ人を私はこよなく尊敬する。

旧き寮友のよしみ

 NHK朝の連続ドラマ「マッサン」の視聴率が好調だそうだ。マッサンの孫が書いた『ウイスキーとダンディズム ~祖父・竹鶴政孝の美意識と暮らし方~』(竹鶴孝太郎著・角川oneテーマ21 2014年)を読んだ。最初から最後までとても面白かった。なかでも人間関係が….。
 マッサン、こと、竹鶴政孝氏は広島県の旧制中学時代、<所得倍増論>の池田勇人元首相と寮で一緒に住んでいたことがわかった。
 「十代で出会い、寮生活を共にしたふたりの親交は、池田元首相が亡くなるまで続いた。池田元首相は、外国の高官が来日した際はスーパーニッカを薦めて日本のウイスキーの自慢をするなど、終生、祖父が造ったウイスキーのファンであり続け、IMF総会で各国の代表者など三千人が集まってパーティーが開かれた際には、出席者に供するのは国産ウイスキーをとの意味で、[スコッチは一本も使うな]と指示を出したという」
 著者はこのようなことは今では考えられないことだと、きちんと明記しておられる。だが、同じ釜の飯を食べた者達は生涯の友なりけり。

好きなことは苦にならない

 昨日、「タイ語入門 木曜日17:30」のクラスを見学した。生徒は女性3名だけ。一番若いIさんが、教室に入って来るなり、「お菓子が有ります。パイ 八ヶ岳」と言った。それを聞いた私は、八ヶ岳というパイのお菓子だと思った。何故ならば、パイの発音がそのように聞こえたからである。ところが、その「パイ」は、タイ語の「パイ 行く」であった。私は何度も声調をなおしてあげた。
 授業後、生徒のOさん(=私の後輩)に尋ねてみた。「ストレスがたまった時、ストレス解消のために何をしますか?」
 彼女はすかさず答えた。「ビールを飲みます。500mlを2缶ね。1ℓになるわけだけど、ぐいぐい飲みます。水や牛乳を1ℓ飲むことはとても無理だけど、ビールは大好きだから….」
 それを聞いて、私はなるほどと思った。好きなことならいくらでもOKということがわかった。好きなことをどんどんやり続けていると、ノー・ストレス、すなわち、ストレスレスになる。

モン・シャム(タイの焼酎)

 昨晩、元生徒が福岡から上京して来たので、東京駅で待ち合わせ、そして丸ビルへ行った。私としてはフランス料理を考えていたが、彼はタイ料理がいいと言ったので、かの有名なマンゴー・ツリーへ。
 一品の値段が普通のタイ料理店の4倍くらいしたので、何を選んでいいか面倒になってしまい、コースにした。
 「私はタイに住んでいましたから、辛くしてください」と、彼が店の女性に注文した。
 「タイ料理といっても創作料理ですから、辛くはありません」と、彼女は言った。
 出てきたコース料理は、盛り付けも味も、まるでフランス料理の如くであった。
 生徒はビア・チャーンとビア・シンを飲んだ。そして、まだ何か飲んでみたいということで、メニューを見ると、「モン・シャム」というタイの焼酎が目にとまった。飲んでみての感想は沖縄の泡盛に近いということであった。
 タイ米でつくる泡盛。その製法がタイに里帰りして、ジャスミン米で造っているとのこと。名前の「モン・シャム」だが、瓶のラベルには、「มนต์สยาม」と書いてあった。訳すと、「サイアムの呪文」となる。ネットで調べると、「輝かしきタイ」という意味に訳していたが、それは違うような気がする。
 いずれにせよ、丸ビル35階でいただく高級タイ料理は、まるで呪文をかけられたような不思議な料理であった。

冒険というタイ語

 昨日、「タイ語中級 火曜日11:30」のクラスに見学者がみえたので、私も教室に行ってみた。
 授業中、生徒の一人がタイ人講師に向かって、「タイ語で<冒険>は何と言いますか?」と質問した。このクラスは教科書とは別に、いろいろな単語をたずねるのが好きなクラスらしく、ノートにたくさん単語を書いているとのこと。
 タイ人講師は<冒険>という日本語を知らなかったので、私が横から”adventure”と言うと、彼女はすかさず ผจญภัย とホワイト・ボードに書いた。
 ผจญ は「闘う」「打ち負かす」という意味。 ภัย は危害。したがって、「危害と闘う」という意味になる。
 日常生活には危険がいっぱい。危険や危害から逃れようと、日々、神経をとがらせている我々は、毎日、冒険をしていることになる。北極や南極、そして、秘境へ行くことだけが冒険ではない。それらは冒険家(นักผจญภัย)にまかせるとして、一般市民は一日が無駄に終わらないよう、新しい気分で、身の周りの危害と闘って行くしかない。

~秋奏で~

 昨日、横須賀へ出かけた。「小原流横須賀支部花展 ~秋奏で~」を鑑賞するためであった。横須賀の街には制服を着た防大生が多く歩いており、いかにも軍港の街だという印象がぬぐえない。
 泰日文化倶楽部で実施されている「アジア女性のための華道教室」の講師は小原流の横須賀支部長の要職にあられる。会場でお会いした講師はご自分の出品作品に関して、次なる説明をしてくださった。
 「花瓶はタイから持ち帰ったものです。バンコクで教えていた時の韓国人の教え子がくれた瓶です。お花は、今年8月にマチュピチュへ出かけた時にたくさん見かけたエア・プランツです。やはりタイの花瓶には豪快な花が似合いますね」
 華道講師は海外旅行がお好きだ。花材探しの旅をなさっておられることが、講師の説明を通してよくわかった。海外で見かけた花を日本の生け花に採り入れる。世界の花を日本の伝統文化に活かしながら、楽しい空間とアートを創造していく。芸術家にとって、旅こそはヒントがいっぱい。

珈琲の香り

 このところ、毎日のように喫茶店に行っている。喫茶店でコーヒーを飲みながらその日の疲れを軽減できればと思って…..。
 いろいろな店に入っているが、それぞれに長所短所があり、それはそれで面白い。
 昨日は中年夫婦が経営する目立たない店に寄った。珈琲専門店だから、主だったコーヒーは揃っていた。迷った末、イエメンのモカを注文。カウンター奥で豆を挽いて、お湯を注いで抽出する時に、それはそれは何とも言えない馥郁たる香りが店中にただよった。その香りをかいだだけで、疲労が飛んでいく気がした。
 奥さんに尋ねてみた。「このお店はもう何年ですか?」「15年になりました」と彼女は答えた。どうやらそこは中年仲間が集まって来る店のようであった。
 海外へ行く時間が無いので、しばらくは世界のコーヒーを飲みながら、南米、アフリカ、アジア等を旅した気分になろう。

珊瑚

 昨夕、台湾青年が個人レッスンを受けに来た時に、<เ-าะ>という母音が出てきたので、「島 เกาะ」という単語を例に挙げて教えた。
 「1時間半近く、一人で勉強して疲れた」と彼は正直に言ったので、「最近、中国の船団が大挙して小笠原諸島にやって来て、サンゴを密漁しているのよ。英語のcoralね。」という話題を彼に向けてみた。
 しかし、サンゴもcoralも彼には通じなかったので、漢字を書くことにしたが、サンゴの漢字が思い浮かばず、スマホでチェック。漢字を見せると彼は一発で理解した。
 それにしても、先日、書いた「篝火」と同じく、珊瑚もまた、漢字を見ると、なかなかがっしりとしている。ネットで調べると、「珊瑚には、常に形成される骨格、すべての生体の基本構造という意味が有り、それがやがては、地道な継続、継続は力なりととらえられるとのこと。血流の刺激、強壮を表わし、ひいてはそれが実行力、推進力となる」とのこと。
 珊瑚の宝石言葉は「長寿・幸運」。昔、高知で珊瑚店をたくさん見かけたが、そんなにすばらしい宝石であるとは知らなかった。

仰光

 先日、NHKの中国語テレビ講座を見ていると、ヤンゴンにあるチャイナ・タウンが紹介された。6年前にそのチャイナ・タウンを歩いたことがあるので、よく思い出しながら映像をじっくりと見た。そして気がついたことは、ヤンゴンのことを「仰光」と書いてあったことである。「光を仰ぐ」とは、なんと美しい漢字であることか!
 何故、このようなことを書くかというと、タイ語ではヤンゴンのことを「ย่างกุ้ง」と言い、それを訳すと「エビを焼く」になるからである。
 かつてはミャンマーの首都であったヤンゴン。一国の首都のことを「エビを焼く」というのはいささか失礼ではないかと私は前々から思っていた。したがって、「仰光」の漢字に魅了されたわけである。
 泰日文化倶楽部で8年近くにわたって実施されている「アジア女性のための華道教室」には、最初から現在に至るまで、ミャンマー女性がずっと参加しておられる。お子さんができた女性は高田馬場に在るミャンマー料理店に子どもを預けてから参加される。理由はミャンマー料理店の女性経営者がミャンマーの子供達に、空いた時間を利用してミャンマー語を教えているからだ。異国にあって、母国語を子供達に教えるということは、非常に大切なことであり、すばらしいボランティア精神だと思う。