タイ人に日本語を教えること、昨日で第19回目。生徒は少しづつやる気が出てきたらしく、会社でも日本人の同僚に、英語ではなくて、日本語で話しかけてくださいとお願いしているそうだ。
教えていると、日本人には思ってもみなかった質問が有って、なかなかに面白い。
「聞いてください」と、「来てください」の発音の違いがわからないと言われた。どうやら、「聞いて」の「い」が聞きとれないようだ。
そうだとすると、「着てください」、「切ってください」、「切手ください」もわからないのではなかろうか。日本語には声調ではなくて、高低の差があるが、単語が連結されると、その高低差が消されてしまうことがある。たとえば、「早稲田 わせだ」は、最初の「わ」が高いが、「早稲田大学」になると、すべてが平らな発音になってしまう。
もう一つ、追加すると、昨日の自由会話で「替える、変える」が出てきたが、生徒は「帰る」しか知らなかったので、不思議そうな顔をした。要は、たくさんの文章を聞いて、それを反復するように暗誦し、実際の場面で使って覚えていくしかない。
アート(art) & アース(earth)
『思うままに生きて 工藤和彦回想録』(工藤和彦著 せんだん書房 2014年)を読む。工藤和彦氏は、泰日文化倶楽部に生け花を教えに来られている華道講師が心酔してこの上ない大師匠である。その工藤氏が米寿を記念してお書きになったのがこの本だ。
本の帯を引用すると、こうである。「昭和の激動期を生き抜いた花道家の波瀾万丈のドキュメント。第二次大戦中に中国に留学、戦後は炭鉱技術者として青春を謳歌した著者を、いけばなの世界が待っていた。現代いけばな界の重鎮が回想する半生の記」
私は工藤氏の作品を何度も拝見したことがある。そして、80歳を過ぎても、使われている花の色が益々華やいでおり、枯れるところを知らないのが不思議でならなかった。だが、御著書を読んで、その疑問が解けた。彼は若い時、中国で暮らし、中国文明を肌で感じ取っている。そして、炭鉱という墨色の世界で働いた後、いけばな界にデビューするわけだが、エジプト、南米諸国、そして、インドを旅行し、それぞれの文明、かつ、諸文明が放つ独特の色を深く吸収しておられる。
工藤氏の芸術(アート)は、地球(アース)規模である。よくよく見ると、”art” という文字は、”earth”→ ”e-art-h”の中に見え隠れしているではないか! アート(芸術)はアース(地球)の中にあってこそ、花開く。
職・住・学の隣接
映画「戦場にかける橋」で有名なタイのカンチャナブリー県。カンチャナ(กาญจน)の意味は<金>、ブリー(บุรี)は<町>。したがって、訳せば「金町」となる。
金町と言えば、東京にもある。その金町へ、昨日、仕事で言った。西日暮里から千代田線に乗って我孫子方面に向かうと、亀有と金町の間に中高層のマンション群が見えてきた。一つのマンションには東京理科大学という名前がつけられている。そういえば、大学が移って来て、町が活性化されたという記事を思い出した。
昔であれば、住宅は住宅として、たくさんの団地が何棟にもわたって造られたものだが、今の時代は、なるほど、マンションと大学が同じ敷地にある設計だ。
これは実に便利だと思う。マンションに住んでいる人が大学の講座を聴きに行く。知的刺激があっていい。大学関係者も通勤があって無きが如し。アルバイトをしたい人は大学で何らかの仕事にありつける。
昨日、聞いた話だが、都内に建てられている駅周辺のタワーマンションは、オリンピックを目指して、富裕なる中国人が買いまくっているとのこと。オリンピックが終われば、多額の利ザヤを稼いで売り飛ばすという考えだそうだ。
そういう話はあまりうれしくないが、職・住・学の隣接はまことにすばらしい構想である。
ボタン探し
タイで洋服を仕立てると、私が行きつけの洋裁店は、ほとんどの場合、共布で作ったくるみボタンを使う。田舎っぽくて好きではない。
この間、日暮里の用品具店界隈を歩いた。ボタン屋が見つかったので早速、入ってみた。ところが仕事帰りであったため、肝心の洋服を持参していなかった。
店主は言った。「洋服を持って来ないとだめ、だめ。生地の色やボタンホールの大きさって、覚えているようでも、案外、はずれが多いのよ」
そう言われると、退却するほかなかった。理由は、ボタン1個の値段が予想以上に高く、買ったボタンが不適切であれば、大損をするからだ。
日を改めて、今度は手芸品販売で有名な新宿の大型店へ行ってみた。ここにはボタンが有り過ぎて、選ぶのが大変であった。はずれても諦めのつく値段のボタンを購入。
たかがボタン探し。だが、最適なるボタンを探すのは難儀なことであると、つくづく思った。
<今日の教訓> 語学の勉強にはいろいろなやり方がある。したがって、早く最適なる学習方法を探すことが肝心なり。
作家の心
昨日はオフ。自宅で昼のニュースを見た後、BS放送で韓国ドラマを見ながら韓国語の耳ならしをしていたら、ドドーンという地響きがして、強烈に揺れた。すかさず3.11の大震災の時の揺れを思い出した。
それからしばらくNHKの地震関連の報道を聞く。どこにも大きな被害が出ていないということで一安心。その後は読書。
読んだ本は、『娘に語る祖国』(つかこうへい著 トレンドシェア発行 2011年)。この本はエッセイ集であり、①娘に語る祖国 ②人は幸せになるために生まれてきたのです ③『満州駅伝』- 従軍慰安婦編 の三部作である。
つかこうへい氏の筆致は真実味に富んでいて、とても暖かく、ユーモアがいっぱい。一人娘に語りかける形で書かれているが、次なる文章が気に入った。
「パパは作家として、国としての歴史的事実よりも、一人の人間の小さな事実、そのときのその人の心の動きに興味があるのです。そして、この本の冒頭に言ったように、何かそこに希望を見つけないと、書いてはいけないと思っています」
藍染の中国服
中国人2名が今年の6月から泰日文化倶楽部に入会されてから3ヶ月が過ぎた。彼女達はとても熱心に勉強している。その熱意たるや、日本人の生徒よりも2倍、いや、4倍だ。
昨晩、彼女達が勉強に来ることがわかっていたので、10年前に上海で買って来た藍染の中国服(上着だけ)を着て教室に出かけた。案の定、二人は私の服を見て、すかさず反応した。
その服の襟元、及び、裾には漢字が書かれている。だが、その字体が行書体のような形をとっていたので(*中国での正しい書体の名称を何と称するかは知らない)、若い中国人達には読めなかった。
藍染の服は、上海に在る中国藍印花布館という専門店までわざわざ行って買ったものである。家内工業的な工場も併設されていたので、藍染の工程も見学できた。非常に高価なものであったが、本物の藍染だから納得。あと30年は十分に着られると思う。
音読しよう!
今日は「敬老の日」。長寿といえば、銀さんの四姉妹がいつも話題になる。今朝も、長女(100歳)を除いた妹達(95歳、93歳、91歳)が東京のテレビ・スタジオに来て生出演。いやはやお元気だ。
皆さんの元気の素は、とにかくよく喋ること。喋るにはパワーが要る。だから肉も大好き。とにかく話題が多い。話題を切らさないためには、新聞をよく読む。目で新聞を斜め読みするだけだと、頭に入らない。だから、音読を心がけているそうだ。
音読は語学の勉強にも必須だ。特に、難しい単語は何度も音読して頭に叩き込まないと….。
昨日の授業で、生徒さんが、「先生、薬剤師って、なんて言いましたか? 何回訊いても、覚えられません」と言った。確かに馴染みにくい単語ではある、特に、医学関係は難しい。いや、専門に入って行くたびに、単語は難しくなり、頭に入らない。
そのためには、大きな声で発音することが肝心。タイ語の授業でも、タイ人講師達にお願いして、皆で音読する時間を増やしてもらおう。
日本語がとても上手なタイ男性
昨日、生徒有志による恒例のお茶会の時、N子さんが知り合いのタイ男性を連れて来られた。日本語がめちゃくちゃに上手だ。
二人が知り合った場所を尋ねると、仙台であった。N子さんは仙台生まれの仙台育ち。タイ男性は東北大学を卒業。在学時代に仙台の人達にタイ語を教えており、その生徒の一人がN子さんであった。
彼は17歳で来日し、まずは愛媛県にある工専で学び、それから東北大学に進んだそうだ。仙台へ行った時、四国の方言をしゃべっていたので、仙台の人達に笑われたとか….。
仙台と聞いて、私も口をはさんだ。「2年間、仙台に在る女子大学にタイ語を教えに行ったことがありますよ。そこで教えておらるタイ人講師の代講として」
すると、彼はその先生の名前をすかさず言って、二人が懇意であることを教えてくれた。
初めて会った日本語ぺらぺらのタイ男性。だが、その先生を介して、急速につながった。
新規開講クラス 「タイ語入門 土曜日11:00」
今日から、「タイ語入門 土曜日11:00」のクラスを新規に開講する。2週間前に、「絶対に通じる旅のタイ語」を受講された女性から、「タイ語、面白いです! 是非、習ってみたいわ」と言われたので、彼女の要望に応えてさしあげることにした。
たまたま、現役の生徒さんから紹介された男性がいらっしゃるので、その方にもこの新規クラスをご案内したところ、快諾していただいた。
そのほかに、平日の夜間クラスを無料見学された方がおられ、土曜日のご都合を伺うと、大丈夫とのこと。
というわけで、3名での船出となった。
気候がよくなってきた。新たなる意欲を持ってタイ語に挑戦する絶好の機会である。今から頑張れば、年末までには、単語の発音に馴染み、単語数も増やせる。年末のタイ旅行を計画して、大いに励んでもらいたい。
片手落ち
昨日、西日暮里のホームに立って池袋方面行きの山手線を待っていた時、ふと気づいたことがある。それは、山手線側にはホーム・ドアがついているのに、同じホームの反対側である大宮行きの京浜東北線の側にはホーム・ドアが無く、昔のままであった。
それは一体、何故であろうか? ホーム・ドアが自殺防止を目的としているのであれば、ホームの両側に備えつけておかないと、全く意味が無い。飛び込みたい人はいつでも飛び込める。こうしたことは、「片手落ち」、いや、電車のホームだから、「片側落ち」と言いたくなる。
鉄道と泰日文化倶楽部とはあまり関係無いので、話を語学に戻そう。1週間に90分の授業だと、単語、及び、短文を教えること、そして、発音を矯正することだけしかできない。文字をじっくりと教える時間がとれない。仮にもし週に3回、通って来てくださるのであれば、そのうちの1回は「タイ語文字クラス」として、丁寧に指導できると思うのだが…..。
やさしい会話を目指すと、タイ文字がおろそかになる。タイ文字に集中して、読むことだけに力を入れると、今度は全くしゃべることができない。いずれも片手落ちだ。足りないもう片側をどのように埋め合わせてバランスのある語学力をつけるかは、学習者の意欲にかかっている。タイ人講師達は、おそらくタイ語を習う日本人の悩みがわかっていないと思う。その点、日本人講師である私は分かる、初心者の悩みが。