『もの食う人びと』

 『もの食う人びと』(辺見庸 角川文庫 1997)の冒頭部分である「旅立つ前に」の最初の文章を引用させていただく。
 「人びとはいま、どこで、なにを、どんな顔をして食っているのか。あるいは、どれほど食えないのか。ひもじさをどうしのぎ、耐えているのであろうか。日々ものを食べるという当たり前を、果たして人はどう意識しているのか、いないのか。食べる営みをめぐり、世界にどんな変化が兆しているのか。うちつづく地域紛争は、食べるという行為をどう押しつぶしているか….それらに触れるために、私はこれから長旅に出ようと思う。」
 巻末に、執筆当時の期間は1992年末から1994年3月であったと書かれてある。ということは、まだインターネットが流行る以前の時代だ。作者はジャーナリストだから、単なる料理の話を書いたわけではない。
 2020年、コロナで、世界中の人達があえいでいる。「食べる」ということは、まず、「口探し」から始めないといけない。働いて収入を得、スーパーで買い物をし、料理を作って、家族で食べる。この繰り返しが、この先、果たして確実にできるのか否か?

今日の作文

 「問(とい)」という漢字には「口」が入っている。そして、「答(こたえ)」にも同じく「口」が入っている。
 今年、我々はコロナによりマスク生活を強いられているが、来年もまたマスク、マスク、の毎日であろう。よくよく考えれば、食べるという行為以外に於いて、果たして我々は「口」という器官を思いっきり使ったであろうか? 「問」や「答」の漢字から考えるに、「口」は食べる以外に、自分の考えや意見を発する器官でなければならない。
 いささか、理屈っぽいことを言ったが、では、以下の日本語をタイ語に訳してみよう。

(1)問:会社人間とは何か?  答:(自分の考えを述べよ)

(2)問:結婚生活とは何か?  答:(自分の考えを述べよ)

(3)問:人間関係とは何か?  答:(自分の考えを述べよ)

(4)問:語学を学ぶ利点は何か? 答:(自分の考えを述べよ)

日本語の清音・濁音

 昨日、生徒さんの翻訳を添削していると、「通りかかる」という動詞が出てきた。私はふと、「通りがかる」ではないかと思い、ネットで調べてみた。ネットではNHKが採用している「日本語発音アクセント辞典」から、次のように説明していた。
 動詞は、「通りかかる」と発音し、名詞では、「通りががり」と濁音になる。
 他にも例が上がっていた。「帰りかける」vs 「帰りがけ」、「着替える(キカエル/ キカ゜エル」vs 「着替え(キガエ)。
 興味深く思ったのは、「着替える」の読み方で、「キカ゜エル」と書いてある部分だ。「カ」の右上に小さな〇をつけて、「カ゜」と表記しているが、こんな発音表記を見たことがない。これって、タイ語で言うところの「無気音」だ。
 翻って思うに、我々日本人も、日常、「濁音」の一歩手前の「無気音」を発音している。それは方言によく見られることだ。悪い言い方をすれば、なまっているとも言われるが、「清音」ばかりを発音していると、音がカチカチになって、発声上、疲れてくる。「濁音」や「無気音」も必須の音なのである。
 

シンガポール便り

 シンガポールの歯科医院に勤務しているY子さん(元生徒)から、このところ、「仕事がくたくた」というラインがよく届く。その理由はこうである。
 「日本で夫婦別姓が議論されていますが、クリニックの客はいろんな民族や国籍で、夫婦も親子も別姓が当たり前。名前が5つや6つの単語で構成されており、どれが姓やら、そして順番もめちゃくちゃ。そういう人達が家族3~5人で、同時に2~3人の歯科医師を予約して、連れ立って歯のクリーニングに来ます。発音不可能な子音の羅列とかもいっぱい。みんな、名前が長すぎ。こういう人達を次々とさばいていると頭が疲れます」
 外国人の名前は難しい。だが、外国人にとっても、同じく日本人の名前は難しいはず。いずれにせよ、人の名前は正しく発音できないことが多い。カタカナに書いた場合も、書く人によって統一が見られない。

今日の翻訳

 今朝(5時)の東京の温度は零下2.6度。とても寒いが、気合いを入れて勉強しよう。
 以下の2つの段落を翻訳しなさい。その際、タイ語の構文をそのまま直訳するのではなくて、訳文を3回くらい練り直し、こなれた日本語にしてくみてださい。(出処=タイ国小学校国語教科書5年生)

ผู้ใหญ่จะต้องมีหน้าที่แนะนำ สั่งสอน ช่วยเหลือเกื้อกูล และมีความเมตตาต่อเด็ก พร้อมที่จะให้อภัยเมื่อเด็กทำผิด ดังพระราชดำรัสในพระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัวที่ได้พระราชทานได้ว่า

“ผู้ที่เกิดมา ผ่านชีวิตมาก่อน จะต้องสงเคราะห์ผู้เกิดตามมาภายหลัง ด้วยการถ่ายทอดความรู้ ความดี และประสบการณ์อันมีค่าทั้งปวงให้ด้วยความเมตตา เอ็นดูและด้วยความบริสุทธิ์ใจ ให้เด็กได้ทราบได้เข้าใจ และที่สำคัญที่สุดให้รู้จักคิดด้วยเหตุผลที่ถูกต้อง จนสามารถเห็นจริงด้วยตนเองได้ในความเจริญและความเสื่อมทั้งปวง

無事是貴人(ぶじこれきにん)

 茶道教室では12月に入ると、「無事是貴人」の軸がかけられる。これを見ると、一年の反省をしなければという気になる。
 ネットで調べてみると、禅語でいうところの「無事」とは、「平穏無事の無事ではなく、何事も無いということでもありません」と書いてある。また、「貴人」とは、「貴族の貴ではなく、貴ぶべき人、すなわち悟りを指しているのです」とある。
 すなわち、禅宗で目指すところの悟りは、「心の平安」、「安心」と解釈されるとのこと。
 他の解説によると、「為すべきことが最早無い者こそ、貴い人であるということ」と書いてあった。
 とかく禅語は難しい。短い漢字表現をにらみつつ、いかようにも解釈ができそうだ。
 さて、この「無事是貴人」をタイ人にタイ語で説明するならば、どのように言えばいいのであろうか?

全米女子オープンゴルフ

 渋野日向子選手を応援したが、残念ながら4位に終わった。第一日目と最終日の天候の違いには驚いた。摂氏6度でゴルフをするのはつらい。身体が動かないからだ。そういえば、3日目も悪天候により試合が中止された。ゴルフはつくづく自然との闘いだ。
 興味深かったことは、最終日の最終組で、渋野選手がタイ人と一緒にプレイしたことだ。他にアメリカ人選手がいたが、私は渋野とタイ人を応援した。そのタイ人の名はモリヤ・ジュタヌガーン。彼女は妹のアリヤ(米国ツアーで優勝経験有り)と同じ組で第3日目を回った。タイ人パワーに乾杯!
 そのほかに、アメリカへ移住したラオス人を両親(モン族)に持つメーガン選手が第5位になったことも素晴らしい。
 優勝者は韓国女性。第2位も韓国女性。彼女達の勝負魂は抜群。いずれにせよ、アジアの女性がアメリカのゴルフ場を席捲している。来年も楽しみだ。

今日の作文

 次の文章をタイ語に訳し、更に自分の考えをタイ語で書きなさい。ただし、同じ答え方は避けること。

(1)① 医者になるための条件は何ですか?
   ②

(2)① 弁護士になるための条件は何ですか?
   ②

(3)① 建築家になるための条件は何ですか?
   ②

(4)① 漫画家になるための条件は何ですか?
   ② 

(5)① 役者になるための条件は何ですか?
   ②

(6)① 実業家になるための条件は何ですか?
   ②

ライン電話で英会話

 昨日、「英会話 土曜日14:30」のクラスを実施している時、アメリカ在住の姪から美しく飾られたクリスマスツリーの写真がラインで送信されて来た。そこで、彼女の都合を尋ねた上でOKをもらったので、ライン電話をした。
 理由は二人の生徒さんに英会話の実践をさせたかったからである。顔も知らない人と電話で話すのは躊躇するものだ。だが私の姪ということで、生徒達にも安堵感が有ったらしく、意外や意外、結構、会話がはずんだ。
 内容は、まさしく初心者レベルのもの、即ち、年齢、職業、そして旅行の話などであったが、ハワイやラスベガスの話まで出て、姪も快く喋ってくれた。
 生徒の一人が、「僕の名前はしんちゃんです」と最初に言った時、姪が「あら、私の親戚にもしんちゃんがいます」とすかさず呼応した。こういう偶然の一致こそが、会話に妙味を添える。
 ライン電話は15分で切り上げた。しかし、その後、とてもいい雰囲気が流れた。本場の発音をするアメリカ人(姪)と話をして、我れらがしんちゃんはとてもいい表情になった。とかく日本人は謙遜ばかりしがちだ。だが、英語を喋る時、謙遜は不要。どんどん喋ればいい。そして、自分に自信をつけていくことだ。

讃岐弁

 岡山県出身の元生徒さんから、「おにやんまという店の讃岐うどんは合格点ですよ!」と言われていたので、昨日、仕事帰りに日暮里支店の<おにやんま>へ行ってみた。
 たしかに麺は合格点。しかし、出汁は塩気が強すぎ。東京の出汁はどこの店へ行っても塩辛い。これだけはやむを得ない。
 ところで、店内に「讃岐弁」のいくつかが立派な板に列挙されて飾られていた。それにはびっくり。嬉しかった。だが、方言というのは、文字に書かれただけでは読みにくい。その土地の人同士が勢いよく喋ってこそ生きる。地方から東京に来ている人は方言を喋らない。というか、喋る相手がいない。標準語に切り替えて都会人顔をする。
 泰日文化倶楽部に私と同じ丸亀出身の生徒さんがおられるので、他の方から、「二人で讃岐弁を喋って聞かせてください」と言われたことがある。私はすぐに喋ったが、生徒さんは恥ずかしがって応じなかった。
  讃岐弁の例:(1)しゃんしゃんしなよ  (2)うまげにいうの  (3)しょうたれげにせんの  (4)ごじゃやないか (5)なんがでっきょんな  (6)おとろっしゃー (7)はらおきた?