プック先生 チェンマイへ

 4年前まで(จนถึง ๔ ปีที่แล้ว)タイ語を教えてくださっていたプック先生から、昨夕、お電話が有った。そろそろタイ語講師として復帰していただこうと思っていただけに、これは幸いと思った。
 ところが、プック先生は日本語とタイ語で用件を早口で伝えた。
 内容は、日本人の御主人がランプーン県にある日系企業に再度、赴任することになったため、5年ばかり(ประมาณ๕ปี)チェンマイへ帰ることになったこと、東京の生活に慣れているので、出来ることなら東京に残りたいこと、しかし、そうもいかないので、1月中旬(กลางเดือนมกราคม)に離日されるというお知らせであった。
 彼女は「แฟนโดนย้าย 主人は転勤させられる」というふうに、迷惑受身形で何度も喋った。おそらく工場長として行かれるわけだから、ご栄転なのだが、東京が大好きなプック先生は予想外の出来事のように、残念がって話された。
仲間のボン先生、ノーン先生はさぞかし淋しく感じていることであろう。

神様(เจ้า)と 朝(เช้า)

 泰日文化倶楽部の今年における授業は12月22日(火曜日)までである。
 冬季休暇を前にして、初詣の話をタイ語でするクラスがとても多かった。タイ人講師が「神社へ行くんでしょ?(ไปศาลเจ้าใช่ไหม)」と尋ねたが、เจ้า(ヂャオ=神様)が、生徒さんにはเช้า(チャーオ=朝)に聞こえるらしく、その違いが分からないと言われてしまった。
 「เจ้าพระยาのเจ้าですよ」と、私はバンコクのヂャオプラヤー河を例に挙げて助け舟を出すと、生徒達はそこで初めて音の違いが分かったようである。
 今、NHKの朝のドラマで「あさが来た」が視聴率をかせぎ出している。私も見ているが、ヒロインの「あさ子」の行動力が面白い。
 神様の御加護を得て、毎日、朝から気持良いスタートが切れれば、人生、言うことなし。

還暦過ぎたら大学生

 昨日、元生徒(นักเรียนเก่า)のTさんから泰日文化倶楽部に美しいお花(ดอกไม้สวยๆ)が送られて来た。彼女の声が聞きたくて、御礼の電話をかけてみた。
 私:「毎年、有難うございます」
 Tさん:「私、いよいよ最後です」
 私:「えっ、最後ですって? それ、どういう意味ですか?(หมายความว่าอะไรนะคะ)」
 Tさん:「思いきって来春、大学に入ることにしました。すでに学位は持っているので、学位が欲しいというわけではありません」
 その後、話を続けている中で、彼女が音楽大学に編入して、大好きな声楽を極める決心をされたことが判明。
 還暦を過ぎてからの新たなる挑戦。Tさんの頭と心はすでに来春の入学でいっぱいに膨らんでおられる!
 
 

惑星「タコダナ」

 今日12月18日から「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」が上映される。上映に際して、エイブラムス監督がひとつだけ明かしたこと、それは映画に出て来る惑星の名前「タコダナ」の由来についてだ。
 監督は「タコダナは、高田馬場をヒントにしています。日本に初めて来た時、高田馬場に泊まり、何ともいえないくらい面白い街だと思いました」と、舞台挨拶で明かしたそうである。
 タカダノババが、縮小するとタコダナ? いやはや傑作だ。これからこの「タコダナ」が定着するといいなあ。
 私は上京以来50年間、高田馬場をうろうろしているが、街の風景はそれほど変わってはいないと思う。しかし、最近はアジア系の人々がものすごく多くなった。日本ではないような気がしている。アジア系の彼らは元気そのもの。うかうかすると彼らの存在に気圧される。
 泰日文化倶楽部が入っている雑居ビルは、元々は税理士ビルであった。ところが、最近は部屋が売りに出されると、中国人が買って入って来るようになった。聞くところによると、タイ人も投資用に購入し、日本人に住まわせているとのこと。高田馬場の街だけではなくて、小さな雑居ビルでもアジア・ウォーズは始まっている。

新宿御苑散策

 昨日は散歩するにはもってこいの日和であった。高田馬場から山手線で代々木まで行き、あとはこれまで一度も歩いたことがない道を無目的に歩くことにした。
 そうすると、新宿御苑の千駄ヶ谷門が見えて来た。こちらの門から入るのは初めて。入場料は200円。
 芝生の上で幼子を遊ばせているママ友達。欧米人一家も2人の子供とくつろいでいた。中国人である若い女性達は一人がカメラマン、一人が被写体となって、写真を撮りまくり。
 日本庭園ではっきりしない言語が聞こえてきた。アジア系の若者2人だ。
 ‟Excuse me. Where are you from?”と尋ねると、‟We are from Canada. And you?”、と反対に聞かれてしまった。
 ‟Japan”と答えると、信じないような顔をされた。
 その後、タイの方言をしゃべるような親子が紅葉を写真におさめていたので、タイ語で話しかけたが、通じなかった。すかさず英語に切り替えると、‟Hong Kong”と言われた。
 暑かったので、カラスが何度も行水をしていた。行水が終わったカラスに向かって、ガーガー(กา กา)とタイ語の無気音で話しかけると、カラスはじっと聞き入ってくれた。

タイ産もち粉

 昨日で今年の上智大学での授業はすべて終わった。休講もせず、遅刻もせず、模範の教師である私。授業後、学生食堂に寄ってジュースと菓子を買い、緊張感と疲れを取ることにした。
 買った菓子は「チーズあられ」。秋田市の米菓会社が造ったものである。袋の裏面に書かれてある原材料名の表記に目がとまった。
 最初に書かれている材料が「もち粉(タイ)」。いやはや驚いた。タイ語の授業が終わってまでも、タイとご縁があるとは!
 もち粉はタイから輸入され、秋田へ。そこでうるち粉(国内産)と仲良く混ぜ合わされ、<あられ>になった。北海道産チーズ・パウダーも練り込められている。そして、出荷後、東京へ。
 もち粉の長旅は私の口中に入ることで終わった。タイのどこで生産されたもち米の粉(แป้งข้าวเหนียว)なのであろうか? 授業が終わったので、タイから解放されたかったのに、タイの原材料(วัสดุของไทย)が私の体に入って来た。学生食堂の片隅で、逃れられない運命に、一人、苦笑せざるを得なかった。

エルニーニョ現象

 先週の土曜日、タイ語検定試験1級の面接試験を受ける方の個人レッスンをした。面接時間は40分。その間、一体、どんな質問が浴びせられるのか、全く見当もつかない。
 そこで、必然的に、ニュース性の高い話題をいろいろと話すことにした。経済問題としては、TPP(環太平洋地域経済連携協定)、そして、環境問題としては、cop21(温暖化対策)を話したが、その中で、エルニーニョ現象という単語は、タイ人は果たしてどういうのであろうかと思い、タイ人講師に尋ねてみると、「ปรากฏการณ์เอลนีโญ プラーゴットガーン エルニーヨー」であった。
 タイ語には、拗音(ニャ・ニュ・ニョ)が無いので、エルニーヨーになるようだ。ただし、タイ文字を見ると、โญ(ヨー)と書いてあるので、サンスクリット系統に戻れば、発音は「ニョー」である。
 1級の面接試験を受けられる女性はものすごく優秀な女性であった。彼女は私の大学の後輩であることが判明。なるほど、なるほど….。
 「もうレッスンに来なくてもいいですよ。次回、いらっしゃるとするならば、私と、タイ人講師に授業をしに来てください。私達が生徒になりますから」と言って、彼女を見送った。

猿の手習い

 タイ人は長野県へ行って猿が温泉に入っている様子を見るのがとても好きである。泰日文化倶楽部のS先生も最近(เมื่อเร็วๆนี้)、興味津々で行って来られた。
「どうでしたか?」と尋ねると、「温泉に入っている猿はわずか1匹だけでした」と、残念そうに答えた。
 猿達は観光客(นักท่องเที่ยว)に飽きてしまって、じろじろと見られるのがいやになったのであろうか? しかし、それではわざわざやって来てくれた観光客に悪い。そう思った責任感の強い猿が頑張って歓迎したようである。猿が温泉に入っていなかったということは、暖冬が影響していることも考えられる。
 今朝のNHKニュースでは、日光猿軍団の猿達がもうすぐやって来る正月(ปีใหม่)に備えて、いろいろな芸を練習させられていた。特に来年は申年だから、猿回し達も緊張し、猿達とともに猛特訓に入っている。習字を練習している猿もいた。「猿」という漢字はとても難しいが、「申」なら簡単。猿回しの手綱にうまくあやつられながら、大きな筆を白紙の上にすいすいと運んでいる。何事も訓練、訓練。そう思った。

ขี้ร้อน(暑がり) ขี้หนาว(寒がり)

昨日、個人レッスンのご指導を16時半からD先生にお願いしていた。先生が来られる前に教室を暖かくしておこうと思い、706号教室に行くと、D先生はすでにホワイト・ボードの前に坐っておられた。
 「寒いでしょうから、ヒーターをつけてください。そして、足元にも電気ストーブをつけてくださいね」と、言うと、彼女は、すかさず言った。
 「ฉันเป็นคนขี้ร้อน พ่อก็ขี้ร้อนค่ะ 私、暑がりなんです。父もそうです」
 したがって、ヒーターはつけず、足元用のストーブだけ、生徒さんの方に向けて勉強した。
 その他のタイ人講師達の中には、極端に寒がり(ขี้หนาว)がいる。その先生はいつもストーブが離せない。同じタイ人でも、皮膚感覚が違うわけだ。
 そう言えば、タイ人であっても、タイ料理に郷愁を示さない先生がおられる。
「タイ料理、食べたいと思わないの?」とたずねると、「辛いもの、好きじゃないんです」、という返事であった。
 なるほど、タイ人すべてが辛い料理を食べているわけではないんだ。「日本料理が好きです。卒業後は日本で働きたい」と言われると、不思議な気分ではあるが、応援したくなった。

親孝行なタイ人女性

 昨日は滅茶苦茶な天候であった。江東区まで仕事に行くことになっていたが、風が強くて(ลมพัดแรง)、非常に歩きにくい(เดินลำบาก)。したがって、地下鉄を利用して行くことにした。新宿三丁目で都営新宿線に乗り換えると、ホームからタイ語が聞こえてきた。老父、老母、そして、娘さんの3人であった。
 老父も老母も杖(ไม้เท้า)をついている。娘さんがガイドしているのはすぐに分かったが、彼らは果たしてどこへ行くのであろうかと思ったら、九段下で降りた。九段下から半蔵門線に乗り換えて、東京スカイツリーへ行くのかもしれない。
 娘さんは日本人と結婚して東京に住んでいるみたいだ。てきぱきとした行動から、それが感じとれた。娘に会いに来た老夫婦が東京見物をしている。だが、お二人とも杖に頼らなければならないのが痛々しい。おそらく来日できるのはこれが最後になるかも….。 娘さんの内心や、いかに?