2015年における泰日文化倶楽部の総括

 2015年の泰日文化倶楽部の総括をします。
 前半(1月~6月)は入会と退会の生徒数にいろいろと動きが有りましたが、後半(7月~12月)はゆるやかな波で推移しました。男女比は男性55%、女性45%。
 オリンピックに向けてタイ語を勉強し、タイ人観光客のお役に立ちたいという方達が増えるかなあと期待していましたが、まだその動きは見られません。唯一、昔の生徒さん1名がガイドになりたいということで5年ぶりに復学されました。
 タイ人講師について言えば、留学を終えてタイへ本帰国されたのがアイス先生とトン先生の2名。その替わりに、ピカピカ先生とミカン先生が着任されました。
 すべてのクラスにタイ人講師を配置していますから、ネイティブの発音を聞くことができる最高の環境を提供しております。しかし、厳しい批評を下すならば、皆さん、やっぱり、どこまでも日本人ですね。もう少し、タイ人チックになって、タイ語をたくさん喋ってほしいです。2016年は、もっともっとタイの全てに近づいて行きましょう!

フランス人とお茶会

 昨日、広島で一泊し、元生徒さん御夫妻と一緒に牡蠣の土手鍋をいただいた。そして、来年の幸福を願って、河豚の「フク刺し」も注文した。昼間は一人でカキフライを食べたので、来年はいろいろなものを掻き出してみることにしよう!
 今朝は瀬戸大橋を渡って郷里の丸亀へ。私の家の斜め向かいの家がお宝屋敷なので、開いていれば見学させていただこうと思って行ってみると、何と開いていた。快く迎えてくださり、折詰のお弁当まで食べてくださいと言われて遠慮なく頂戴した。
 この日、パリからのフランス人と日本人妻、及び、丸亀在住のフランス人と日本人妻のお客様を御招きしてお茶会をするので、どうぞご参加くださいと言われ、これまた遠慮なく末席に坐らせていただいた。
 丸亀でフランス人? これまで聞いたことがなかった。フランス人達は日本家屋の鴨居の低さに、頭を打ってばかりであった。
 昨年6月までフランス語を習ったはずだが、全く出てこない。緊張ばかりしている私。「もう一服、いかがですか?」を、「encore?」とだけ言った。

ボランティア活動を続ける美容師さん

 昨日、美容院(ร้านเสริมสวย)へ行くと、新しい美容師さんが私を担当した。お近づきを兼ねて、いろいろと話をした。というよりも、彼女が一方的に喋った感が有る。そして、私は珍しく聞き役に回った。
 「母も美容師です。これまで母の美容院で働いていたのですが、お給料(เงินเดือน)が出なくなりました。母は9月に倒れて以来、弱気になり、店を続けるかどうか、様子見をしていますので、私はこうしてチェーン店に勤務することを決めたわけです。高田馬場はやはりお客さん、多いですね」
 彼女は西武新宿線の小平市に住んでいるので、馬場までの通勤はらくそうだ。
 「私、三陸の方へボランティア(อาสาสมัคร)へ行ってます。もう4年になります。仮設住宅にいる女性が落ち込んでいたので、髪を染める(ย้อมผม)と気分が明るくなりますよと言って、染めてあげると、その女性は急に元気になりました。交通費も含めて全て自腹でやっているので、だんだんきつくなってきました。でも、このお店も、主人も、母も、皆、私のボランティア活動を認め、支えてくれています。三陸に行くと、80人の女性が私を待ってるの。しかし、一日80人はとても無理」
 年末に素敵なお話を聞くことができて、私は彼女に感謝した。彼女の旧姓は吉川だという。祖父から先祖は四国の出だと聞いているとのこと。もしかして、彼女と私は先祖でつながっているかもしれない。

ラッキョウ(辣韭)

 今日は御用納めの日である。ゴミの収集も今年は今日が最後だ。そこで冷蔵庫の中にある古くなった食べ物を一掃することにした。
 すると、今年10月末に、鳥取県在住の元生徒さんから頂戴していたラッキョウが目に止まった。いつか食べようと思いつつ、まだ食べていなかった。
 ラッキョウ(辣韭)は「カレーライスのつま」という印象しかない。しかし、いろいろな効能があることを知り、あわてて食べ始めた。
 タイ語で、ラッキョウはหอมบัว(ホーム・ブア)。ブアは蓮のことだから、タイ人にはラッキョウが蓮に見えるようだ。
 今月初め、個人レッスンを受けているSさんがタイ料理のレシピを勉強している時、ニンニク(大蒜)の数え方についてタイ人講師に質問すると、先生は次のように答えられた。
 「หัว フア です。地中にある根菜は、玉ねぎもジャガイモも、皆、หัว で数えます。地上で実をつけるものは、ลูก ルーク で数えます」
 หัวのもう一つの意味は、言わずもがな「頭」だ。なるほど、野菜の根菜、即ち、頭は地中に在って、しっかりと栄養を吸収し、野菜それぞれのかたちを形成していくのであろう。
 個人レッスンの場合は、深いところまで聞けて面白い。

90歳の老人 と PC

 昨日、元生徒であるミセス・トシコと電話で話をした。彼女は84歳。年が明ければ、すぐに85歳になられる方だ。東日本震災直後、タイ語の勉強はおやめになられたから、彼女とはもう約5年近くお会いしていないが、年に2回位、お声を聞いて、お元気であることを確認している。彼女はたくさんお話をしてくださった。
 「2週間前に兄が亡くなりました。90歳でした。認知症でしたから、私のこともわかってもらえませんでした。病室に行くと、ベッドの上に大きなコンピューターが置いてあるのにはびっくり。姪に聞くと、お父さんに経理の仕事を手伝ってもらっていたので、コンピューターの前に坐るのが好きなんです。病院側からもう何にも処置することがありませんので、退院してくださいと言われ、兄は自宅に帰らざるを得ませんでした。兄のベッドの前にはまたしても大きなコンピューターが。やがて兄はコンピューターにお辞儀するような姿で息を引き取りました。妹である私は見舞いに行くたびに、トシコよ、トシコ、私はトシコと、連呼。何度も言っているうちに、兄はかすかに私を認識したかの如く、おお、トシコか…..と言いました。こんなことがありましたので、娘に言いました。お母さんが認知症になっても、とにかく名前を呼んでね、あきらめずに」

5歳の坊や と 英語

 3日ほど前、テレビで、沖縄に住む5歳の坊やが嫌いな英語を話すようになったいきさつを取り上げていたので、興味を持って見た。
 坊やの父親はアメリカ人で海兵隊。母は日本人。坊やは日本の幼稚園に通っているので日本語で教育を受けている。家でも日本語しか話さず、そのため日本語ができない父親が心の交流ができないということで、とても残念がっている。坊やには兄がいて、兄から英語の単語を教えてもらっているが、根っから英語が好きではなさそうであった。
 ところが、父親がアメリカへ本帰国することになり、坊やはいやいや沖縄を離れることになった。帰国前の2ヶ月は米軍の幼稚園に移って英語の世界へ。
 テレビ局は坊やがアメリカでどのように暮らしているかを離日後、2ヶ月を経て取材に行くと、坊やはもう完全に英語使いになっていた。
 周囲が英語の環境だ。日本語は一切、聞こえてこない。甘えている場合ではなくなった。英語をしゃべるしかないのである。
 語学は環境だ。つくづくそう思う。今度は、母親が淋しい思いをし始めた。坊やとの意思疎通がだんだん遠ざかり始めたからだ。

生徒さん、1級合格!

 今朝、メールを開くと、個人レッスンを受けていたMさんからメールが届いていた。タイ語検定1級の合格通知が届いたこと、そして、泰日文化倶楽部のD先生と私に感謝しますという内容であった。
 筆記試験の学力は十分にお持ちであったが、第2次の面接試験となると、面接官をうならせるテクニックが必要だ。40分間の面接で、ミスは許されない。それが減点対象になるからだ。
 タイ人講師には徹底的に発音矯正をさせた。そして、私は彼女に勇気と自信を植えつけた。結果は合格!
 そもそもMさんの実力と学力が花開いたわけだが、我々の助言を素直に聞き入れる彼女の態度がとても印象的であった。
 私の大学の後輩よ、お見事! 1級を取得されたわけだから、もう個人レッスンには来る必要がないと思うのだが、彼女は来年も受講されるとのこと。その持続力にも乾杯!
 

逆打ち

 来年は閏年だ。四国遍路では、閏年には、「逆打ち」のお参りをする習わしが有るとのこと。
 調べてみると、「逆打ち」とは、香川県にある第88番札所の大窪寺からスタートして、第87番札所、第86番札所…..と、遍路コースを反対に回ることである、そして、第1番札所から出発する「順打ち」よりも、3倍の功徳が得られるのである、と書いてあった。
 何故、3倍かというと、遍路コースは順打ちをするお遍路さん向けの道路標識や道路事情になっているので、逆コースを行くには、やや難易度が高くなるからだそうだ。
 この逆打ちが4年に一度、即ち、閏年のたびに実施されるのは、なかなかに興味深い。まるでオリンピックだ。
 そう言えば、毎年、真面目に頑張っているつもりでも、いつしかパワー・ダウンをしている。4年に一度、方向転換することにより、新たなる発見と飛躍があることを期待しよう。
 

楽しい忘年会

 昨晩(12月22日)、2015年におけるトリを取ったクラス、それは「タイ語中級 火曜日19:00」であった。
 このクラスの生徒達の要望で、授業後、教室で忘年会を開くことが3週間前から決まっていたので、皆さん、それぞれ食べ物や飲み物を教室に持参しての宴会となった。過去27年間の泰日文化倶楽部の歴史の中で、忘年会を教室で開いたのは初めてである。
 いやはや、とても楽しいパーティーとなった。何故だろうかと思ったが、集まった人数が7名(男性3名、女性4名)で、男女比のバランスがよかったこと、そして、皆さん、日頃から仲がいいのが起因しているからであろう。
 12月26日には、最後の忘年会が待っている。最古参である「タイ語上級 土曜日12:45」の生徒達がOBとOGを呼んで、高田馬場に在る「タイ・ベトナム料理店」に集結する。皆さん、タイ語歴は20年に及ぶから、いろいろな意味でとても濃いクラスだ。彼らと共に、泰日文化倶楽部は歴史を刻んでいるような感じがする。

レシピ(สูตรอาหาร)

 昨日、個人レッスンを受講しておられるSさんがHPからダウンロードしたタイ料理のレシピを持って来られた。材料のページだけはすでにきちんと訳しておられ、それを音読しながら、タイ人講師に確認をしている姿に、私は「優」の成績を上げたくなった。
 タイ語でレシピは「สูตรอาหาร」。สูตร の文字を見ると、語源がサンスクリットであることがすぐに分かる。法則、公式という意味だが、元来は、「経」である。したがって、料理の作り方も、「経」を唱えるつもりで、一つ一つ丁寧に作っていかなければならないような気がする。
 ついでに、สูตร が使われている単語を列挙しておこう。掛算の九九はสูตรคูณ、算式はสูตรเลข、化学式はสูตรเคมี、そして、授業のシラバスも、สูตรを使う。
泰日文化倶楽部の今年2015年における授業は、今日が最後である。果たして、生徒の皆さん一人一人がどのくらいの「経 สูตร」を唱えられたことであろうか…..。