街頭インタビュー

 昨日、霞が関界隈を歩いていると、テレビ制作者がマイクを私に向けてきた。私は無視してその場を急ぎ足に立ち去った。
 テレビを見ていると、街頭インタビューに気軽に応じてしゃべっている方達が多いが、顔や姿まで全国に流されるわけだから、誰が見ているかわからない。よほど容姿に自信がないと、そして、ちゃんとした服装でないと…..。そう思うのは私だけかも。
 断った第一の理由は、霞が関という場所柄、そして、たまたま財務省前であったから、政治的、経済的な意見を求められると思った。ほんの30秒程度でまとまった意見を言えるはずはない。「えーと」、「あ~」、「ウーン」と言っているうちに、終ってしまいそう。
 街頭インタビューをテレビで見たり聞いたりしていると、賛成派と反対派を必ず登場させている。なるほど、どちらの意見ももっともだなあと思っているうちに、結局はわからなくなる。
 

牛舌餅

 台湾の土産といえば、パイナップルの入ったお菓子が通常だが、先日、「牛舌餅」というお菓子をいただいた。餅と書いているがクッキーだ。「猫の舌」という名前のクッキーなら昔からよく知っているが、「牛の舌」は初めて。大きな形をしていて、ややグロテスク。やはり、猫の舌のほうが可愛くていい。
 タイの動物園で、キリンに餌を上げたことがある。キリンの舌はこれまた巨大。長い舌を出してきて餌をねだられると、手まで巻き込まれそうで少々怖かった。
 舌の話ばかりしているが、ここらで本題を。実は発声するにあたっては、舌の動かし方、そして、舌の位置が重要である。L音とR音の相違は舌の動かし方で決まる。末子音の~t音、~k音、~n音、~ng音は、舌の位置によって明瞭に発音できるわけだから、舌の使い方はまことに重要である。

言葉のとらえ方

 昨日、信号待ちをしていたら、子犬を連れて散歩するご高齢の女性がやって来た。子犬は私を見ると、私に近づきたそうにして、しっぽを振りながらぐるぐると動きまわった。私は飼い主に「さわってもいいですか?」と許可を得てさわった。子犬は興奮して、じっとしていない。よほど私のことが気に入ったとみえる。
 すると、飼い主が言った。「この子、勘違いしているんですよ。知り合いの方だと思ってるのだわ」
 私はあらあらと思い、「どうしてかしら?」とたずねると、「体型がそっくりだから」と、彼女は答えた。
 なになに、体型? 太っているってこと? 犬は臭覚で人を見分けると思っていたが、体型とは! だが、聞きようによっては、むかつく人もいるのではなかろうか?
 昨今、たった一言の言葉で人間関係がぎすぎすして、裁判沙汰にまで発展している。私は笑って済ませる訓練をしよう…..。

天職

 昨晩、NHKの番組で、岐阜市内の駐車場で行われている「夜市」のことが放映された。客達から<やっさん>と呼ばれている80歳のおじいさんが取り上げられていたが、彼の言葉、そして、行動に感銘を覚えた。
 やっさんは50年間の長きにわたり、その駐車場で野菜を売り続けて来たそうだ。父親の残した畑で野菜を栽培し、それを軽トラで運んで来ては売り続けること50年。健康でないと、そうそう続けられるものではない。背中は曲がっているものの、客との応対はしっかりとした口調で通している。
 「天職です。ですから、まだまだ頑張りますよ」
 自分で作ったものを、仲介業者を通さずに、待ちわびている客のもとに運んで来て、そして、対面販売をする。客それぞれに優しい。
 彼の口から出た「天職」という言葉は、まさしく本物である。

もみじ(鶏足)

 昨日、ひょんなことで、鶏足のことを業界用語では「もみじ」ということを知った。なるほど、形状から見て紅葉の形をしている。日本人のネーミングの絶妙さ! ひどく感心した。
 鶏を使っての料理と言えば、アジア・アフリカ語学院で中国語を教えておられた李先生という中国女性をいつも思い出す。
 彼女は中華料理の先生でもいらしたので、私が研修生達と一緒にタイ料理を作っている時に、鶏の胸肉の皮をはいで、それを捨てていると、きつく言った。
 「あら、一番おいしいところを捨てるの? 捨てちゃだめよ。ゼラチンがいっぱいあるんだから」、と。
 日本人は鶏足をあまり食べない。いや、それは私だけかもしれない。40年前にバンコクで、タイ人から鶏足が入った水たきをごちそうになったことがあるが、気持ち悪くて敬遠した。
 しかし、大分県日田市のほうでは昔から食べており、今は通販していることをネットで知った。
 まだまだその道の業界用語はたくさん有りそうだ。必要性が無ければ知らなくてもいい。だが、新しい単語を知るということは、それはそれで面白い。
 

今日は目白駅130周年

 山手線目白駅構内には、「めじろ mejiro news 第14号」が置かれている。<目白駅は130周年をむかえました>という赤字の見出しが目に飛び込んできた。
 タブロイド版の新聞を読むと、目白駅の開業が1886年3月16日であることを初めて知った。そして、「本来の山手線は品川駅から渋谷新宿を通り、板橋から赤羽までだ。品川線ともよばれた。ほぼ直線にできている」、「目白駅は、品川から赤羽の開通後2週間たってから開業している。しかも目黒駅とおなじ日に開業している。不動の語呂合わせなのだろうか。目白駅開業時は品川赤羽間は一日四往復だった。汽車がひっぱって、一日八回停車したことになる」
 目白は作家や画家がたくさん住んだ町である。目白三平という小説の主人公(作家は中村武志氏)も目白生まれ。昔の人々が目白駅を乗降した日々を諸本から探し出すのも、これまた楽し。

アイス先生、有難う!

 昨日、アイス先生の送別会が新宿で行われた。アイス先生のご希望により、メニューは温野菜。みんなで色紙を書いて、先生の前途を祝した。
 アイス先生の留学期間は5年に及ぶ。泰日文化倶楽部でタイ語を教えてくださった期間は約2年半。
 この3月、晴れて博士号を取得され、タイへ本帰国となったことは、まことにおめでたい。そして、8月には結婚式! 二重三重の喜びで満ち溢れておられる。
 アイス先生には、土曜日3コマの授業をご担当いただいた。そして、水曜日や木曜日の夜にもピンチ・ヒッターとして出講。生徒達は全員、アイス先生が大好きである。
 留学を終えられ、たくさんの思い出を持ってお帰りになるアイス先生、どうか幸多からんことを!

職人魂の姿勢

 昨日、銀座へ行った。丸の内線から銀座線へ向かう地下道を歩いていると、タイ人8名からなる御一行様とすれちがった。皆さん、なんだか東京に慣れている感じ。リピーターかもしれない。
 昼食は天ぷら店。ご招待にあずかった。大将はこの道50年。客の前で天ぷらをあげている姿がとても魅力的であった。視線は天ぷらを揚げる鍋の中に集中。少し離れたところから見ていると、首がいささか傾いている。なるほど、これぞ50年の歴史。大将の上半身の姿勢にそれを見た。
 今朝6時、金沢駅での北陸新幹線のスタートの模様がテレビ中継された。金沢駅長が天に向かって右手をまっすぐ伸ばし続けている姿がとても印象的であった。
 職業に応じていろいろな姿勢が見られる。いずれもその道、何十年という時間が作り上げた職人魂の姿勢であろう。

歳月

 今月上旬、元生徒さんが出張で上京された。そこで夕食を共にしたが、彼は次のように話された。
 「私は今年、50歳になります。私がタイ語を習った時は26歳。先生が私を教えてくださった時の先生の年齢よりも、すでに越しましたよ」
 それを聞いて、感慨深く思った。
 一昨日、仕事で出かけると、お会いした方が、私のことをよく覚えているとおっしゃった。
 彼は言った。「一緒に仕事をした当時、私は20歳後半。あと2年で定年なんですよ」
 私は歳月が過ぎたことを思い知らされた。人生は短い…….。

美しい毛糸

 ここ数日、東日本大震災に関連する報道がたくさんなされた。昨日(3月11日)、学習院大学の正門の前を通ると、半旗がかかげられ、哀悼の意を目白から発していた。
 数種類の新聞を読んだので、何新聞であったかメモするのを忘れたが、京都在住のドイツ女性が震災後、毎月1回、夜行バスで気仙沼まで行き、被災した女性を編物で激励し続けてきたことを知った。彼女は大学でドイツ語を教えておられるが、現地で起業した編物関連の会社をもっと軌道に乗せるために、今春からは大学を辞して、本格的に気仙沼で頑張るとのこと。
 この活動を素敵だなあと思った点は、カラー写真で紹介されたドイツの毛糸の色がそれはそれはカラフルで、人々の気持ちを明るくさせてくれるものであったことだ。
 聞いた話だが、ジム・トンプソンのシルクの染料はドイツのものが使われているそうだ。美しい色に囲まれた生活はなんとすばらしいことか。