お運びさんは東大生

 今日はとても忙しくて朝食と昼食を取り損ねた。どうにかオフになったのが夕方の5時半。疲れとストレスを解消するために、いつも行く割烹へ向かった。メニューを見ると、さしみ定食がおいしそうであったので、いつもの通りに注文した。
 ところが、お通しを持って来た人の話し方、及び、声がいつもの仲居さんとは違う。声は男!
 女将に尋ねてみた。「新人ですか?」
 女将は答えた。「そうなの。駒場の大学に行ってる子よ。頭がいいから、教えたこと、全部覚えてくれるの。いつものあのネパール女性は、子供に会いにネパールへ帰ったわ、3ヶ月も。帰る日が近づいて来ると、彼女、もう仕事どころではなくなってしまって….。
彼は弁護士志望の学生さんなの。知らない世界を見て、経験を増やしたいそうよ」
 ネパール女性の代行が東大生とは! 彼の客に対する応対は極めてすばらしく、話し方も丁寧であった。
 私はつい興奮して、「あら、すばらしい! 毎日、食べに来たいわ」と、ついつい言ってしまった。
 

へんないきもの展

 昨日、サンシャイン水族館へ行った。特別企画として、「へんないきもの展」をやっていたので、どんなに変なのかを知りたくて、覗いてみることにした。
 ところが、予想外に混雑しており、「へんないきもの」とゆっくりご対面することができなかった。彼らは確かに「へんないきもの」ではあったが、うらやましいことに余裕のある面構えをしていた。そして、無駄な動きがなく、この世の時間を存分に呼吸している。その姿を見て、あれもこれも欲張る人間のほうが…….。
 そうだ、彼らから見ると、人間さまのほうが、よほど変な生き物であることよ。そういう感じが彼らの目から感じ取れた。
 時間に追われない彼ら。荷物を持たない彼ら。余分な食べ物を求めない彼ら。ひるがえって人間の行動、そして、欲望たるや、エンドレスだ。
 「へんないきもの」を見て、あらためて教えられた。人間のほうがはるかにおかしな生き物であることを。

6月の企画 「絶対に通じる旅のタイ語」

 早いもので、5月も半ばを迎えた。タイが大好きな方達は、すでに夏休みの切符を取っておられるが、タイ語をもっとたくさんしゃべりたいと思うのは誰しも同じである。
 そこで、6月の土曜日11時から12時半まで2週間にわたって、「絶対に通じる旅のタイ語」という企画を組んだ。タイ旅行を楽しく、思い出深いものにするには、タイ語が重要な役割を果たす。タイ語をタイ人と話すということ自体が楽しい。そういう方達は、ぜひともこの企画に参加し、タイ語を少しでも覚えてから出かけてもらいたい。
 5年ほど前に「ワンコイン講座」を開催したことがあるが、その時に受講された方が、その後、泰日文化倶楽部に入会され、こつこつ勉強された結果、3年でかなりのタイ語力をつけられた。
 習い事は、何かのきっかけが肝心である。是非、やる気を起こして、刺激を求めて、まずは、「絶対に通じる旅のタイ語」に参加しよう!

救世主のトン君

 昨日は一日中、大変な思いをした。心臓がつぶれそうであった。いきさつを言うと、こうである。
 午前9時半過ぎ、H先生からSMSが入った。内容は、「他のアルバイトが見つかったから、今日からもう教えに行きません」、というものであった。この先生にはいつも振り回されてきたが、ついに堪忍袋の緒が切れた。しかし、相手はすでに離れて行ってしまっているわけだから、とにかく夜の授業の講師を探さなければならない。幸いにも、27年ぶりに再会したS先生が急場を救ってくださることになった。
 だが、もう一つのクラスが有る。私が教えればいいのだが、見学者の対応でいつも忙しい。ゆっくりと授業をしていることができないのである。
 ところが非常に不思議なことが起きた。夕方5時前に、私の窮状を全く知らない生徒のR子さんから、「あのー、私の友人がタイ語を教えたいと言っているのですが….。先生のところで雇ってくれませんか?」と言われた。私はすぐにOKを出した。そして、その彼と何とか連絡がつき、19時きっかりに彼は706号教室に現れた。 
 名前はトン君。「木」かと思ったら、そうではなくて、もう一つの意味である「元」とか、「始め」という意味であった。
 トン君はとても利発な顔をしており、英語も得意だ。4月に来日したばかりなのに、日本語も上手である。彼は誠実な態度で、夜10時まで、しっかりとタイ語を教えてくださった。

ホーチミンからカード

 「4月からベトナムへ取材に行きますので、しばらくお休みさせてください」と言っていたアナウンサーのE子さん。その彼女から、先日、泰日文化倶楽部に可愛いカードが届いた。
 「お元気ですか?ベトナム生活もあとわずかです。毎日、元気に施設を回って取材をしています。あの時教わったベトナム語ですが、やはり値段交渉での使用頻度が非常に高く、日々<値切り>に精進しています(笑)。帰国して仕事が落ち着いたら、お土産を持って教室に伺いますね。6月からタイ語も復活しますので。Mさんにもよろしくお伝えください」
 とても活発なE子さん!彼女の奮闘ぶりが十分に想像できる。
 ところで、カードの最後に書いてあるMさんであるが、彼は泰日文化倶楽部のベトナム語クラスでめきめきと学力をつけた優等生である。E子さんがベトナムへ行く前に、2回にわたり、ベトナム語の特訓を彼女にしていただいた。それがとても役に立ったようで、私も嬉しく思う。

母の日の光景

 昨日は「母の日」であった。元韓国語講師のY氏は、数日前に私にサプライズを与えようとして教室にプレゼントを持って来てくださったが、あいにく私は外出中であった。韓国の方の律義な態度には毎年、感銘を覚えている。
 福岡在住のI氏からも電話が有った。「先生、母の日なので電話をしました」 声を聞いただけでもう十分と思っていると、「娘と話してください」と言うではないか。その娘さんは小学校3年生。ものすごくはきはきとした話し方に、語学教師である私も負けじと頑張って話した。
 そのあと、教室の前にある定食屋へ行った。隣りに座っているのは、若いお母さんと小学1年生らしき娘。ところが、そのお母さんは娘と全く話すこともなく、スマホとIパッドの両方をいじりながら、何かを入力することに没頭している。時間にして、20分。私が食べ終わっても母子の間に会話はなかった。
 娘が一言、言った。「食べ過ぎて、お腹が苦しい」。だが、その母は娘の言葉に反応することもなく、スマホとIパッドに夢中であった。

現在と記憶のあわい

 高田馬場駅前にあるFIビルには芳林堂書店が入っている。その芳林堂の4階の隅っこには「古本横丁」というコーナーが設けられている。新刊専門の書店が古本も、とは! とても懐かしい装丁の本が並んでいるので、私にとってはタイムスリップした気分を味わわせてくれる一角だ。
 先日、『書庫の母』(辻井喬著・講談社 2007年)を買ったが、帯の文句にこう書いてあった。<生と死、現在と記憶のあわいを描いた珠玉の作品集>
 この中で、<あわい>という言葉に惹かれた。これは、形容詞の<淡い>ではなくて、名詞形で使われている。なんだか分かったようで分からない単語だ。そこで、ネットで調べると、次なる意味が書かれていた。
 「物と物、時間と時間、人と人など、それらの距離や時間的な相互の関係性や隔たりを、<あわい>という」
 どうやら、仏教的なとらえ方のようであるが、殺伐とした昨今、あふれかえる情報に振り回されるのをやめて、少々、この単語の深さを味わってみたい。

阿里山高山茶

 黄金週間に台湾へ遊びに行くという生徒さんがいらしたので、「それじゃあ、お茶を買って来てください! お金は払いますから、高級茶をお願いします」と、頼んだ。
 昨晩、その生徒さんにお会いすると、約束通り、お茶を買って来て下さった。名前は「阿里山高山茶 烏龍」。
 彼はお金を取らなかった。申し訳ないと思ったが、彼の御厚意に甘えて、有難くお土産としていただくことにした。お返しは、またいつか…….。
 ところで、高山茶を買ったお店のパッケージに興味を覚えた。何故ならば、「台北老店 SINCE 1949 台香商店」と書いてあったからである。さらには、漢字がずらずらと並んでいた。
 「本行創業迄今六十餘年 誠信経営・特選各式茗茶・精心焙製・品質自然純真・茶香濃郁・値得悠細細品味」
 創業して65年のお店とは! 67歳の私は2年だけ、ピー(พี่)だ。私も頑張ろう。
 

ブータンの子供の絵画展

 昨日、六本木にある国立新美術館へ行った。大学時代の友人で、国画会に所属している画家が「第88回国展」に出品しており、招待状を頂いたからである。彼女は毎年、出品しているので、この季節になると、毎年、私は必ず見に行くことにしている。上野の都美術館から六本木に移った時は少し違和感があったが、今はもう慣れた。会場が広いので見やすい感じがする。
 ところが、施設はよくなったのに、年々、これはという作品、即ち、共感を覚える作品に出合うことが少なくなっているのは何故であろうか。皆さん、プロの画家だから上手だ。だが、きれいにまとまり過ぎていて、訴えかけてくるものが感じられない。
 そそくさと美術館をあとにし、新宿西口まで帰ってきた。すると、西口地下のビルにあるプロムナードに、「ブータンの子供の絵画展」という企画を見つけた。7歳から12歳位までの子供の絵は、実に純朴だ。山を背景にして、小さなパゴダを描いている絵は、そこの場所の空気感までが伝わってきてすがすがしい。<一年のできごと>と題された絵をよく見ると、合掌して感謝を表わす農民達がたくさん描かれている。大地の恵みに感謝するブータンの人々の自然な姿が絵画を生き生きとしたものにしている。
 六本木で見たプロ集団の絵画と、新宿西口で見たブータンの子供の絵。絵には描く環境や心が如実に表わされる。一体、どちらが幸せかな?

鉛筆のお助け棒

 どこの家庭でも、いつのまにか文房具がいっぱいたまってしまってはいないだろうか? 私の場合、小学校から使っている定規や筆箱、そして、鉛筆を削るための小さな刃、さらには、寒暖計まで取ってある。いわゆる、思い出として….。
 先日、短くなってしまった鉛筆を、残り5センチまで使うための、鉛筆補助棒がみつかった。昔は鉛筆が主流であったので、いかに最後まで使い切るかに腐心した。そのためのお助け棒だ。いまどき、果たして売っているのであろうか?
 大学生に答案用紙を書かせると、皆が皆、シャープペンシルを使うので、文字が非常に薄い。鉛筆を使って力強く書いてくれたほうが有難いのだが、時代だから致し方ない。
 いずれにせよ、鉛筆の補助棒を見ながら、ひとつの教訓を得た。それは、語学教師としての心得である。タイ語を習う生徒の皆さんは何とかして上手になりたいと思っているはずだが、途中から自分の学力が伸びないことに気づき、勉強の継続がだんだん怪しくなる。それに気づいた教師は、彼らの補助役に徹し、少しでもタイ語を続けるように方向づけをしてあげる必要があると思う。ちょっとヒントを与えるだけで、発音が上手になる方達を見ると、とても嬉しい。
 黄金週間が終わり、昨日から泰日文化倶楽部は再開した。お盆休みまで毎日、授業を実施する。皆さんの補助役に徹して、皆さんのタイ語力が向上するよう、お手伝いしたい。