10年前の生徒からの電話

 昨日、ある女性から電話が有った。「10年前に泰日文化倶楽部で勉強していたことがあります。また、タイ語を勉強したくなりました。きちんと習いたく思っております」
 お名前を尋ねると、確かにそのような名前の女性がいらしたことを思い出した。私はすぐに快諾し、是非とも見学に来ることをお勧めした。10年ぶりにお会いすることができるかと思うと、今から楽しみである。
 今朝、10年前に他校で習っていたという男性からメールが入った。この方もタイ語を習いなおしたいらしい。早速、早めの見学を勧めておいた。
 タイ語を習った方はものすごく多い。しかし、何らかの理由で辞めて行かれた。やがて10年が経過し、タイ語を習う気力と環境が充実してきたので、また勉強を再開したい。それでいいのだ。大いに歓迎する。

ミルフィーユ凝り

 2週続きの3連休が終わった。朝晩、かなり冷え込んできた。今朝の東京は19度。猛暑から解放されて嬉しいが、衣替えの準備をしなければならないので忙しくなる。
 今朝、NHKのニュースで、「ミルフィーユ凝り」を取り上げていた。いつのまにか肩が凝って、なかなかすっきりしない状態を言うらしい。フランス菓子の「ミルフィーユ」から採った命名だそうだが、言い得て妙だ。
 「ミル(千)+フィーユ(葉)」。実際のお菓子が千枚の層になっているわけではなくて、この場合は、「ミル(千)」という意味合いが「たくさん」と拡大解釈されているとのこと。
 そういえば、タイ語の「セェーン แสน」も、本来の意味は「十万」だが、「多数」というように比喩的に使われている。
 これから冷え込んでくると、筋肉が固くなる。だが、うまくほぐして爽快さを取り戻し、タイ語の勉強に励もうではないか。年末までに新しい単語を1千語、増やそう!

割烹で働くネパール女性

 シンガポール在住のY子さんが久々に東京に遊びにみえたので、日本料理を味わっていただこうと思い、近所の割烹にご案内した。その割烹にはずっと長くネパールの女性が働いている。私は彼女と「ナマステ!」というだけの間柄であるが、Y子さんがシンガポールから来たことを言うと、急に英語をしゃべり始めた。彼女の英語はとてもきれいな発音であった。
 私が「ご主人は日本人ですか?」と尋ねると、「ネパール人です。東京駅の近くのインド・ネパール料理店で働いております。子供が2人います。15歳の娘と13歳の息子です。カトマンズーにある学校の寄宿舎に入れております」と、彼女はたくさん喋った。
 「それじゃあ、将来が楽しみですね」と言うと、彼女の目が輝いた。
 夫婦二人で一生懸命、働いている。子供たちはしっかり勉強している。私はまたしても付け加えた。
 「いずれ、ネパールに帰られることでしょうが、もしかして、日本料理店を開くんじゃないの?」
 彼女は、「いいえ」と、謙虚に答えた。

台湾青年の友人の財布

 ものすごく語学センスのある台湾青年のことはすでに書いたが、今日は彼の友人の話を書こう。
 前回の授業が終わる頃、台湾青年の携帯が鳴った。友人からであった。話し終わった後、台湾青年は困った顔をしながら、事情を話し始めた。「今日、台湾から友人がやって来たのですが、電車を降りた時、財布がなくなっているのに気がついたそうです。現金とクレジットカードが数枚入っているので、彼、困ってます」
 それを聞いた私は、友人が電車の中でスリに遭ったものと思い、早く警察に行って被害届を出すようにと勧めた。台湾青年の日本語なら警察でも十分に理解してくれるから大丈夫だ。彼もそうするようであったが、「これも人生ですから」と、やけに落ち着いている。台湾の人はものに動じないのであろうか。
 昨日、彼が個人レッスンを受けに来られたので、早速、友人の財布の後日談を訊いた。なんと、電車の中で車掌が見つけ、現金もクレジットカードもすべて有ったそうだ。台湾青年達に日本人のすばらしさを知ってもらうことができて、やれやれである。

プラチュアップキリカン県の猿親子

 泰日文化倶楽部の元講師であり、太陽君のお母さんでもあるK先生(弁護士)が、プラチュアップキリカン県の海岸で撮った写真をメール送信してきた。メールには、「退職後、この地で住みたい」ということが書かれてあった。
 リゾート地として有名なホアヒンはプラチュアップキリカン県にある。海岸が美しいところだ。彼女の撮影した場所は陸軍が管理しているところなので、一般人はおいそれと入れない。
 彼女の被写体になっているのは猿の親子であった。スピード感が速すぎるコンピュータ社会にあって疲労困憊している我々。それに比べると、猿親子の表情のほうがはるかに人間的だ。青い海を眺めながら彼らは本当に憩っている。人間が人間性を失いかけている現代、猿は生き方をちゃんと心得て、非常におだやかな顔をしている。

タイ語を習いたい理由

 昨日、見学に見えて、即、入会手続きをされた男性がおられる。習いたい理由をたずねると、「先週、タイへ行ってました。楽しかったので、年末にまた行きます。飛行機はもう予約しました。今度、行くまでに、タイ語の基本をおさえておきたいんです」
 初対面なのに、彼はとても親しみやすかった。彼からタイ語を習いたいという意欲が十分に伝わってきた。3ヶ月で何とかタイ語の力をつけてあげたくなった。
 タイ語を習いたい理由は生徒によって様々だが、とにかく、「タイが大好き!」というのが肝心である。そして、「タイ人が大好き!」というのも、これまた重要なポイントである。
 そういえば、昨日、もう一人、見学者が有り、その女性も迷うことなく、10月開講の新規クラスに入会する意思表示をされた。それとなく習う理由をたずねると、「父親がタイに駐在することになったので、遊びに行こうと思っています。だから、今から勉強しておきたいのです」と答えた。わあ、ものすごく用意がいい方である!
 
 

バンコクから求人電話

 昨晩、教材の準備のために、教室近くのコンビニでコピーを始めたところ、携帯が鳴った。番号を見ると、始まりが66。タイからだ。少しばかり緊張が走る。何故ならば、何か緊急事態が発生したのかと思ったからである。
 受話器を取ると、見知らぬ日本女性からであった。人材派遣会社の社員であった。要件はタイで求人が殺到しているので、泰日文化倶楽部でタイ語を勉強している人の中で、タイで働きたいという生徒を是非とも紹介してほしいという内容であった。
 こういう話はメールではよく来ているが、直接、バンコクから電話がかかってきたことはない。したがって、以前よりも、求人熱が高まっていることが十分に想定できる。
 私は答えた。「タイで使えるタイ語に習熟している生徒はまだいません。目下、特訓中です。期待して、もう少しお待ちください!」、
 

9月の新規開講クラス

 9月10日から「タイ語入門 火曜日20:30」のクラスを開講した。入会された生徒はとても意欲的である。タイ語を早くマスターしたいという気持ちが彼から伝わってくるので、私も200%のサービス精神を発揮して、分かりやすく、丁寧に指導するように努めている。すると、彼は言った。「とても覚えやすい!」、と。そして、「タイ語の勉強、面白いです!」、とも。
 彼の特徴は、5分間隔で右手を挙げること。私に向かって、次から次に質問したいからである。質問が有るということは、タイ語にとても関心が有るということだ。そして、タイ文字に対してもどんどんくいついてくる。だから、私も勧める。「アルファベットの発音表記から早く卒業して、タイ文字で書かれたタイ語を味わってくださいね」、と。
 昨晩は、サービスの生徒も加わったので、授業がより明るく展開した。夜10時に終わると、サービス生徒は1時間半かけて帰宅していった。新入生は泰日文化倶楽部から近いところに住むご近所さんであった。仕事の関係で、遅い時間帯の授業のほうがいいらしい。
 これからもいろいろなニーズに応えて、臨機応変にクラスを開講していくつもりである。

日本の方言

 昨晩、NHKの「家族に乾杯」を見た。香川県三豊市の粟島と志々島が取り上げられていたからである。粟島は中学時代に行ったことがある。志々島は知らなかったが、『男はつらいよ』のロケ地になったそうだ。この映画、たしか見たはずだが、あまりよく覚えていない。寅さん、こと、渥美清が年をとっていて、元気がなさそうであったからだ。
 ところで、登場した家族達は讃岐弁でよくしゃべった。私には自然にすーっと入って来たが、はたして全国の人にはどうであったろうか? 最近、天気予報は、各地のお国ことばでやったほうが分かりやすいということで、ローカル・テレビではそうしているらしい。そのほうが、毎日の天気の様子がピンと伝わってくる。
 香川県は日本で一番小さな県だ。だが、方言的には、3部分くらいに分かれている。高松の人が喋る言葉は、私には馴染まない。それに比べて、三豊市は愛媛県寄りではあるものの、私の郷里と同じ地域に入る。とはいえ、昨日、聞いた粟島の人の言葉は少しばかり違っていた。日本の方言はなかなかに微妙だ。もちろん、日本だけではなくて、世界中、同じことが言えるのであろう。数10キロ、離れると、話す言葉はもう違う。

高齢者が総人口の25%

 今日は敬老の日。65歳以上の高齢者が、総人口の1/4に達したと新聞は報じている。2035年、すなわち、22年後には総人口の1/3に達するそうである。
 某書(2009年刊行)を読んでいると、次のように書いてあった。「明治20年代の<簡易生命表>によると、平均寿命は男性で42.8歳、女性で44.3歳にすぎませんでした。この110数年で、なんと寿命が二倍近くに伸びているわけです」
 別の本には、こうも書いてあった。「100歳まで生きる人が多くなるであろう。60歳で退職した場合、あと40年間、何をして暮らせばよいのか考えておく必要がある」
 趣味が無いと大変だ。もちろん、農業をするという手もあるが、都会ではそうもいかない。読書するにしても、視力の関係で限界があるようだ。
 では、何をすればいいのか。ボケ防止としては、語学の勉強が一番いい。字を読まなくてもいい。耳で聴いて、何か単語や文章を発声することにより、脳が活性化される。それに、外国の文化にも触れることができて、非常に楽しい。