新しい電気製品

 3月31日、すなわち、消費税が5%最後の日、いろいろな電気製品を買い替えした。勉強机に置くスタンドもLEDになった。すると、以前、使っていたスタンドがなんだか薄暗く見えてきた。蛍光灯を入れ替えれば十分に使えることは使えるが、やはり新しいものがいい。
 最近、固定電話をあまり使わないが、3月下旬にバンコクへ電話をかける用事が有った時、どうしてもつながらなかった。国内にもかけたが、発信音が聞こえない。ああ、電話もついに寿命かと思い、31日、電話機も新しいのを買った。
 ところが、元の電話機の配線をよく見ると、配線がはずれていることが判明した。NTT用のコンセントにプラグを差し込むと、発信音が聞こえるではないか!
 てっきり壊れたものと思い込み、3月31日に買いに走った自分が我ながら傑作であった。
 やはり、物というものは常に使用していないと、その状態がわからない。異常に気付くのが遅いと、損をするという教訓を電話機から教えられた。
 先日、「タイ人観光客のためのガイドができる人を紹介してください」と頼まれたが、かなりの語学力を必要とすることがわかった。泰日文化倶楽部の皆さん、オリンピックに向けて、タイ語の力を日頃から養成し、6年先の活躍を目指してください。それには、日頃からの学力チェックが必要ですよ。

修学旅行の海難事故

 今日から5月。新緑が美しい季節を迎えたものの、気分は晴れない。何故ならば、韓国のセウォル号沈没事件から2週間が経過し、次から次にテレビに映し出される修学旅行生の映像を見ては、ただただ深々と合掌するしかないからだ。
 この事件が起きた時、65歳以上の香川県出身者であれば、皆一様に、あの紫雲丸の沈没事故をすぐに思い出したに相違ない。今から59年前の1955年(昭和30年)5月11日、午前6時56分、紫雲丸は濃霧のため、他船と衝突して沈んだ。その時の犠牲者は168名。その内、100名が修学旅行生であった。女子が81名と圧倒的に多かったようだ。
 当時、私は小学3年生。高松沖の備讃瀬戸で大きな事故が発生したというニュースは、まだテレビが一般家庭には普及していなかったにもかかわらず、私が通っていた小学校にも伝わり、朝から重苦しい雰囲気に包まれたのをよく覚えている。
 それ以降、修学旅行の行く先は四国を出てはならなくなり、高知へ行くことになった。
 ネットで調べると、この紫雲丸事故があってから、全国の学校にプールが設置され、水泳ができるようになるよう指導が強化されたらしい。そして、濃霧による衝突事故を防ぐために、本四架橋、即ち、瀬戸大橋の構想が生まれたとのこと。
 どんな事故も悲しいが、楽しいはずの修学旅行で前途ある子供達が犠牲になったことは、まことに痛ましい限りである。

「昭和の日」

 昨日、祭日ではあったが、大学の授業は実施された。学生は90%、出席していた。
 『タイ語中級』の学生達に、「今日は何の日ですか?」と尋ねると、答えが返って来なかった。「昭和の日ですよ」と教えてあげても、あまり反応は無かった。
 それもそのはず、皆、平成生まれの若者だからだ。彼らにとって、<昭和>という言葉は、全く関係ないらしい。言われてみれば、昭和生まれの人間が、<大正>という時代を全く知らないのと同じである。
 どうにもこうにも会話が先に進まないなあと思っていると、中国からの女子留学生が、「私、昭和生まれです」と答えた。彼女が昭和のことを知っていることはないけれど、書類の上では昭和という漢字を使っているので、彼女だけは昭和という時代と縁が有った。
 日本人の学生ではなくて、中国人の学生から反応が有ったこと、そのこと自体に傑作な思いを持った。

生徒さんの写真展

 一昨日、関内駅前のビルで開催されている『ハマフォト三人展』を見に行った。三人のアマチュア・カメラマンの一人が泰日文化倶楽部の生徒さん(T氏)で、彼からは毎回、招待されていたのだが、やっと出かけることができた。
 T氏のテーマは、「アジアの人々」。写真集に書かれた彼の言葉を次に引用させていただく。
 「アジアをこよなく愛し、アジアの国々に住む人々とふれあいながら、現地の生活を時間を見つけては撮り続けています。アジアの風を感じていただけたら幸いです」
 T氏は泰日文化倶楽部でタイ語を勉強してかなりの年数になる。一時、転勤で地方へ行っておられたこともあったが、東京に戻ると、またしても泰日文化倶楽部に復学された。
 彼の眼を通して写真に残されたアジアの人々は皆、自然体で生きている。そして、営々と生活を続けている。写真の中の子供達はすでにもう大きくなっているはずだ。だが、次なる世代の子供達もおそらく屈託なく生き、そして、年寄りの顔はおだやかであろう……。

もの皆、すべて異なれり

 「タイ語上級 日曜日13:00」では、昨年まで中学校の社会科教科書を読んでいたが、半分まで進んだところで、この本はしばらく止めることにした。理由は、記述の仕方、もっと具体的に言うと、文章の構成がほとんど同じ様相を呈していること、そして、活字があまりにも小さいので、気分を変えるために、小学校1年生の教科書に戻ってみることにした。
 といっても、最近、市販されている教科書ではなくて、昔の教科書なので、生徒さんにとっては初めてのテキストである。
 これを読みながら、昔の教科書の方が今の教科書よりもすばらしいと思うことが多々ある。第一にレベルが高い。そして、段階を踏んで解説しているから、生徒にとっては非常に分かりやすい。そして、具体的な絵がふんだんに描かれているので、字を読むのが遅い子供も何とかついていけるように工夫されている。
 教科書というものは、改訂すればいいものとは限らない。昔の方が内容的に充実している場合がある。
 昨日は、動植物のことが具体的に紹介されている内容を読んだが、その中に、「もの皆すべて、それぞれに異なります」という文章があった。小学校一年生に教える内容としては、ものすごく深い意味を持つような気がした。
 そして、タイの教科書を読んでいると、必ず強調している点は、「相互扶助の精神」だ。果たして皆が皆、人助けをするか否かは結論づけられないが、毎日、教科書の中で学ぶのは頭に残っていいと思う。 

「第85回 アジア女性のための生け花クラス」

 昨日、「第85回 アジア女性のための生け花クラス」が実施された。このクラスは2007年1月からスタートしたので、すでに第8年目に入っている。
 アジア諸国から来ている女性達に、しばしの時間、日本の生け花に親しんでもらおうと思って無料開講しているが、昨日は、残念なことに、外国からの女性は一人も参加されなかった。
 これまでの経緯を言うと、ミャンマー女性が主流を占めていたが、最近は、ミャンマーからの客が次から次に来ているらしく、東京在住のミャンマー人は接待に忙しいとのこと。特に、ゴッドマザー的存在のSさんは、人一倍、面倒見がいいので、お花を生けているどころではなくなったようだ。
 生け花クラスを開講した頃のミャンマーと、今のミャンマーは政治体制が変わったために、人々の動きも変わってしまった。そんなわけで、小さな生け花クラスでさえも、ミャンマー人達の動きがかいまみられる。
 せっかく無料開放している「アジア女性のための生け花クラス」。来月は31日に実施予定だが、新しいメンバー(インド? バングラデシュ? ネパール?)の参加を期待したいものだ。

タイ語を学ぶ意欲が湧きました!

 最近、泰日文化倶楽部では、個人レッスンを希望される方が多くなった。100%、その方の都合に合わせたレッスンだから、無駄が生じなくて、非常に効果的だ。
 御主人がすでにバンコクへ行かれておられるという奥様が、5月上旬の出発を前にして、10回だけ、個人レッスンを受けられたが、いよいよ今日が最後となった。
 昨日、私が担当したが、彼女の口から嬉しい言葉が発せられた。
 「10回では、到底、タイ語は覚えられません。でも、タイ語を学ぶ愉しさだけはよくわかりましたので、バンコクでしっかりとタイ語を学ぶという目的ができました!」
 とにもかくにもこの生徒さんはとびきり優秀な方であった。3人のタイ人講師と私で彼女を指導したが、いずれの先生も驚嘆しておられた。どうやら勉強の仕方を心得ておられる頭脳明晰な方であるとお見受けした。
 バンコクでは駐在員夫人として、のほほんとするのではなくて、何かをやりたいという意欲を私にぶつけてこられた。彼女なら3年間のタイ生活を100%、有意義で、かつ、エネルギッシュなものとすることであろう。
 

Y子さん、タイ語漬けのご旅行を!

 今日は金曜日。計画性の良い方であれば、ゴールデン・ウィークを先取りして、今日から海外へ脱出されるはずだ。
 日曜日に個人レッスンを受けておられるY子さんも、今晩、マレーシア経由でバンコクへ行かれる。2月のチェンマイ旅行では、タイ人家族の中にどっぷりとつかる体験をされたようだが、結構、疲れたらしく、今回は、バンコクを一人で歩きまわりたいとのこと。
 友達がいるのはいいが、日本語が分かるタイ人だと、つい日本語で会話をしてしまう。帰国して旅の反省をすると、タイ語をあまり話していなかったことに気づいたみたい。
 そこで、今回の旅行では、ノー・ジャパニーズを貫きたいらしく、どうすればいいかと相談されたので、私は答えた。
 「路上で果物売りをしているおばちゃんのマンゴーを買って、その場でむいてもらい、空いているイスに座って行き交う人々を観察しながら、おばちゃんといろいろなおしゃべりをしてみることね」と、勧めた。 
 よくよく考えてみれば、デパートやコンビニやBTSの駅では、タイ語をしゃべらなくてもすむ。タイ語を勉強している人にとっては、だから面白くない。
 せっかくのタイ旅行。タイ語が上手になって帰ってきたいものだ。それには、これまでとは異なる場面を求めて、積極的に話すことをお勧めする。

30年前のアシスタント

 先日、タイ女性からメールが送信されてきた。名前を見ただけで、すぐに誰であるかはわかった。何故ならば、同じ名前のタイ女性と会うことがなかったからである。
 彼女は30年前から数年にわたり、タイ語のアシスタントをしてくださった。メールでは、息子さんが上智大学に入ったこと、そして、上智大学にタイ語の授業があることを知り、講師は誰かしらと見ていると、私の名前をみつけたので、懐かしくなってメールをしたとのことであった。
 文面を読んで、私は私でびっくりした。そんなに大きなお子さんがいらしたとは!
 私もすぐに返信した。「覚えていますとも。あなたが吹き込んでくださった『タイ語入門』のテキストのテープはいまだに使っていますよ」、と。
 テープの時代は終わり、今はCDにしているが、彼女の可愛い声は30年前のままである。

青空? それとも かさぶた?

 706号教室で行われている「タイ語入門 火曜日19:00」のクラスに、昨夜から、タイ人講師のヒカル先生がやって来られた。実を言うと、先週からお願いしてあったのだが、彼女、日にちを間違えたらしく、先週の火曜日はどんなに待っても現れなかった。
 このクラスは、昨夜が第4回目の授業であった。そこで、これまで習った単語や表現を使ってヒカル先生と初心者会話をさせるのも有益だと思い、私は教室から出て、806号教室へ行き、「タイ語初級 火曜日19:00」のクラスを手伝った。
 30分ほどして、再び706号教室に戻った。生徒達は新人講師ととても楽しく勉強していたので安心した。
 やがて、おかしなことが有ったことが分かった。それは、A子さんから懇願されて、底抜けに明るい性格の持ち主の彼女に「ファー ฟ้า (高声)青空」という愛称をつけてあげたのに、ヒカル先生には全く通じておらず、変な顔をされたらしい。
 理由は、A子さんの発音が「ファー ฝ้า (下声)かさぶた」になっていたからである。ヒカル先生にしてみれば、「そんな愛称なんて聞いたことがない。吉川先生も変な名前をつけたものだ」と思ったらしい。
 私が声調の間違いを指摘すると、ヒカル先生は納得。彼女はものすごく明るい顔をして、大いに笑った。教室にいた日本人一同も爆笑した。