明日は我が身

 2021年の1月は今日で終わる。私にとって74回目の1月であったが、これまでの人生で一番つまらない1月となった。何故ならば、正月休みが終わるや否や、政府が第2回目の「緊急事態宣言」を発令し、経済の回りをまたしてもストップさせたからである。
 「午後8時以降、外出自粛」ということで、夜のクラスは休講にした。昼のクラスの稼働も半分以下。タイ語の勉強は不要不急だから….。
 情勢を見ながら、その都度、判断をしているが、「緊急事態宣言」が3月7日まで延長になるのが確実だというニュースを昨日知って、さすがに我慢も限界に達しようとしている。
 高田馬場駅のガード下には、午後7時頃からホームレスの人達が増えてきた。女性もいる。彼らも午後8時以降の移動を自粛している(苦笑)。昨夜はきれいな布団が届けられていた。明日は我が身かもしれない。いや、暖房のきいた心地よい部屋で寝ていても、心はすでに貧しいかも….。コロナ禍でハートレスになっているから。

今日の作文

 親友であるタイ人と会えなくなってからもう1年以上が過ぎた。ラインではつながっているものの、やはり会いたい。それは皆さんも同じ思いであろう。
 そこで、あなたのタイの友人をタイ語で紹介してください。ポイントは、以下の項目を網羅して書くといいでしょう。 友人がいない方は、創作してみてください。

(1)本名  (2)愛称  (3)年齢・身体特徴 (4)在住県  (5)来歴と職業  (6)家族構成  (7)趣味・嗜好  
(8)彼(彼女)の性格 (9)あなたと友人の出会いのきっかけ

携帯のフリーズ

 昨日の朝、仕事に出かける前に携帯を見ると、なんだかおかしい。テレビの画面は7時20分を告知しているのに、携帯の画面は7時5分のままストップしている。携帯を起動させようとしても全く動かない。
 気が気でないまま外出。電車に乗っていてもバスに乗っていても落ち着かない。昼休みにドコモショップを探したが見つからなかった。頼みは夕方だけ。何とかして早く解決したい。午後からは雪も降って来たので、寒さに加え、通信手段を無くしたことで、寂しさまでもが襲って来た。
 携帯が無い生活が考えられなくなった現在、携帯の故障はたった一日だけといえども困る。夕方6時前に十条のドコモショップに飛び込む。店員さんに事情を話すと、彼は私が気がつかないうちに携帯を起動させた。まるで手品の如く….。
 理由は携帯の劣化もあるが、連続して使い過ぎたことにもあった。「強制起動させました」と彼は言った。その後、いろいろと親切に応対してくれた。こういうことも有るので、仕事関係や友人関係の電話番号は、やはり手帳に書いておこう。

超短編小説

 日本にはたくさんの文学賞が有る。先日、2020年後期の芥川賞と直木賞の受賞者が発表されたばかり。これらの賞に選ばれると一生、文章で食べていける。というわけで、作家を目指している人達はわんさといる。
 それでは私もと思い、募集中の文学賞を調べてみた。そして、面白い賞が有るのを初めて知った。「日本文学館超短編小説大賞」というものである。
 応募条件がこれまたユニークだ。締切は毎月末。原稿用紙(400字)3枚~5枚。応募資格は不問。
 「あっ、これなら書けそうだ」と思った、しかし、超短編は超短編なりの小説技術が求められる。巷間で見聞きした話を書けば、5枚くらい、すらすらと書けそうだ。とはいうものの、だらだら書いたのでは並み以下。諧謔の色が濃縮されていなければ受賞には至らないであろう。

和訳と作文

 次なるタイ文を和訳し、さらに自分で考えて応用文を書いてみよう。 (出処:『タイ小学校国語教科書3年生)

ประโยคขอร้องหรือเชิญชวนให้ทำอย่างใดอยา่งหนึ่งเป็นประโยคที่มีคำว่า
โปรด กรุณา ช่วย วาน และ ชอให้ อยู่หน้าประโยค

1.โปรดเดินเข้าไปข้างในด้วยครับ
  自由作文

2.ช่วยรดน้ำต้นไม้ด้วย
  自由作文

3.กรุณาเดินเบาๆครับ
  自由作文
 
4.วานหยิบสมุดเล่มนั้นหน่อย
  自由作文

5.ขอให้เห็นแก่ประโยชน์ของส่วนรวม
  自由作文

我が教え子の優しさ

 今年に入ってから、35年前に教えた教え子達のグループラインに招待され、快く仲間入りをした。70歳で年賀状を書くのをやめた私としては、彼らといつでも連絡が取りあえて便利だ。
 昨日、N君が次なる投稿をした。彼はもう50歳半ばである。
 「近所のおばあちゃん…. 以前はお買い物袋を持ってあげたり、ぐだぐだの立ち話をしたりしていたのに、今、難しいよね。<コロナだから…いいわよ、大丈夫> なんて言われると、どうしていいのか。 寂しい。切ない。絶対に負けない。少なくとも、俺の方が体力あるはずだから、いっぱいの人達を守る!」
 これを読んで、彼の優しさに感銘を覚えた。それに引きかえ、年寄たちは変な遠慮をする。
 私も最近、買い物袋を持って帰宅するのがつらくなった。しかし、転倒しないようにゆっくり足を進めて、我が家を目指す。N君をはじめとして、もしも教え子達が近くに住んでいたら、いろいろとお願いをする可愛いおばあさんになりたい。

清掃する老人

 昨日午前8時、私は都内の某駅の小さなトイレに入った。使用後、出口のところで清掃の方とぶつかりそうになった。見ると、80歳くらいの老人だ。
 私は明るく声をかけた。「おはようございます」 
 彼は「すみません」と言った。そして、「おはようございます」と応じてくれた。我々二人の間にはいい空気が流れた。
 私は仕事場へ向かう間、彼のことをずっと考えた。あのおじいさん、えらい! 朝から仕事をしている。雪の天気予報なんか関係ない。責任を持って公共の場所を掃除している。
 都知事は「不要不急・ステイホーム」としか言わない。だが、こうして人知れずきちんと仕事をしている高齢者を見ると、人が少ない時間帯に、人が少ない場所で、公共の場所を掃除することは、小遣い稼ぎにもなるし、健康面でもよい。コロナが長期化する中、何か工夫して毎日を過ごさないと、経済、健康、そして、精神もやられてしまう。

今日の和訳

 以下の文章は先生と生徒の問答である。すらすらと訳してみよう。出処は『タイ小学校国語教科書5年生』である。
สมยศ : สวัสดีครับอาจารย์ ผมขอกราบขอบพระคุณที่อาจารย์สละเวลาให้ผมมาสัมภาษณ์วันนี้

อาจารย์ : สวัสดีค่ะ สมยศ ครูยินดีที่เธอเป็นผู้ใฝ่หาความรู้
เธอจะสัมภาษณ์ครูเรื่องอะไร

สมยศ : ขอบคุณครับ ในฐานะที่อาจารย์เชี่ยวชาญการสอนภาษาไทย ผมจึงใคร่ขอเรียนถามอาจารย์ว่าในการอนุรักษ์ภาษาไทย เรามีทางปฏิบัติได้อย่างไรบ้างครับ

อาจารย์ : ครูมีความเห็นว่าวิธีการปฏิบัติอย่างง่ายๆในการอนุรักษ์ภาษาไทยก็คือ เราต้องใช้ภาษาไทยให้ถูกต้อง เพราะภาษาเป็นเครื่องมือในการสื่อสาร ถ้าพูดหรือเขียนผิดก็จะทำให้การสื่อความหมายคลาดเคลื่อนและเกิดความสับสนขึ้นได้

単語の使い方

 先日、或るタイ女性とお会いした。とても落ち着いた感じの中年女性であった。彼女のほうから自己紹介をしてきた。
 「〇〇と申します。旦那は日本人です」
 それを聞いて、私は彼女の日本語を直してあげたくなった。
 「旦那ではなくて、主人と言ったほうがいいですよ」、と。
 だが、やめた。余計なことはしないに限る。
 ところが、もう少し話しているうちに、彼女が「主人」という言葉に切り替えてきた。彼女のほうで、この人(=私)と話すのは「主人」のほうがいいかなと気付いたらしい。
 夫、主人、旦那、亭主、連れ合い….。いずれも同じ意味だ。だが、誰と話すかによって、やはり使い分けが要る。どの単語を頻繁に使うかによって、その人の環境、教養、そして友人関係が透けて見えるからだ。
 辞書を引くと、同じような単語がたくさん列挙されているから、使い方がわからないという生徒が多い。たくさんの文章を読んで、感覚を鍛えるしかない。

百歳の日記

 目下、『どうにもアトリエ日記』(野見山暁治 生活の友社 2020年12月17日発行)を読んでいる。画家の野見山氏は2020年12月17日にめでたく百歳を迎えられた。この本は2017年3月1日から2020年4月30日までに書かれた日記である。
 御高齢であるので文章は短い。しかし、その短いのがすばらしい。彼の人生や眼識が詰め込まれている。この本は昨年の4月までの日記だから、もちろんコロナのことも書かれている。
 「4月17日 このところコロナの強迫で、なにも手につかん。雑誌『こころ』の表紙文を書いた。(赦してくれ、見逃してくれ、どうか生かしてくれ。怖い。なに、もう生きてはいないのか)。」
 この文章が書かれてから9ヶ月が経過している。野見山氏の現在の心境が知りたい。それは2~3年先に発行されるであろう『日記』に書かれているはず……。今からが楽しみだ。