桜見物 北上(1)

 4月24日(月)、元タイ人講師と一緒に北上の展勝地へ桜見物に行った。ホテルに荷物を預けて、午前11時過ぎに北上川の船着き場まで行くと、背後からタイ語がいっぱい聞こえて来た。さっそく話しかけたところ、気さくに答えてくれた。チャンタブリ県から来た観光客達であった。
 我々は同じ渡し船に乗り込んだ。「ナーオ、ナーオ(寒い 寒い)」と彼ら。救命胴衣をつけて船べりに並んで座っているタイ人達を私はスマホで写真に撮った。展勝地の桜並木で満足そうに歩くタイ人達。写真のポーズがきまっている!
 夜、泰日文化倶楽部の生徒さんに渡し船の写真をラインで送ると、彼女からすかさず返事が来た。
 「私の友達が写っています。びっくり。右から3人目のジュースを飲んでいる女性です」
 それを知って、私もびっくり。偶然とはこのことか。

元タイ人講師と旅行します!

 4月24日(月)から、写真が得意な元タイ人講師(25年前)と一緒に北上へ桜見物に行きます。もしかすれば、角館まで行くかもしれません。帰京は26日(水)の夕方です。「水曜日19:30 タイ語入門」の授業には出席いたします。
 従いまして、ブログは3日間、お休みさせていただきます。

花の角度

 今年1月までは「アジア女性のための生け花教室」と銘打って、泰日文化倶楽部が主催していたが、東南アジアの女性達の参加が無くなって来てしまったので、10周年を迎えたのを契機に辞めた。ところが、華道講師がどうしても東京で教えたいと申し出られたので、有志だけで存続することになった。
 昨日は、「皆さん、基本を忘れていると思いますから、基本に戻りましょう」という華道講師の号令で、ブルー・パフューム、ガーベラ、そして鳴子百合の三種の花材を生けた。
「主枝は直立、副枝は45度、客枝は60度に傾けてください」と言われても、なかなか感覚がつかめない。だが、その通りにすると、花と花の間に空間ができて、そこに葉を入れていくと、全体が緑でしまることがわかった。
 角度をつけて空間を生み出す。そこに新たなものをあしらう。勉強になった。

母親から学んだ日本語

 昨晩、ドイツ生まれでドイツ育ちの男性と食事をする機会が有った。彼は茶道講師の親友の息子さんだ。来日は4年ぶりだとのこと。
 お二人は30年以上の知り合いだから、話に花が咲き、実に楽しそうであった。私は彼に質問をした。
 「ドイツ生まれでドイツ育ちなのに、どうして完璧なる日本語を話すことができるの?」
 彼は答えた。「母が家で徹底的に教えました。日本語の教科書もちゃんと手に入れて来て、日本人として恥ずかしくない日本語を、母はたたき込みました」
 それを聞いて、立派なお母様だと思った。徹底的に教え込むという精神こそが貴重である。息子の将来を思って日本語を教え込んだが故に、彼は来日しても全く困ることはない。

ARCADIA (理想郷)

 通夜や告別式に参列して香典を出すと、引換券が出てお返しをもらって帰るようになっている。しかし、お茶、海苔、かつお削り節などが入っているのが定番だから、帰宅後、すぐに開けることはしない。
 昨日、部屋の片づけをしながら、3月下旬に亡くなった寮友の告別式でいただいた紙袋を開けてみたところ、日本茶、コーヒー、そして、お菓子の缶が入っていた。モロゾフの「ARCADIA アルカディア」という焼菓子であった。
 ARCADIAの意味を調べて見ると、「理想郷」と書いてあった。語源はギリシャ語。ああ、ユートピアだ。アヨーディアだ。桃源郷だ。
 歌を得意とする私の寮友は、家でも美しい声で歌い、立ち居振る舞いがそれはそれは美しかったとのこと。ご主人が喪主挨拶で披露された。それを聞いて、会葬者は皆、ハンカチを目にあてた。彼女は今、理想郷において、ニンフ(妖精)として、天真爛漫に歌っているにちがいない。

一気呵成 vs マイペース

 昨年10月から極太の赤い毛糸を使ってベストを編み始めたが、プミポン国王の崩御(10月13日)で、赤い毛糸に触るのがなんだか悪いような気がした。しかしながら、どうにかこうにか編み続け、4月中旬、やっと完成した。
 編物講師であれば、3日位で編み上げることができるベスト。私は半年以上もかかった。そして、時間をかけすぎたから、編み目がふぞろいで、さらにボタンをはめる前立ての長さもちぐはぐ。最後は編物講師が見るに見かねて直してくださった。
 マイペースという言葉は自分を慰める言葉としては穏やかでいいが、マイペースだけでは結果が思わぬ方向に行くことがある。何かをやるには、雑念を一掃し、集中して、一気呵成にやることも肝心。語学の勉強も然り。

愛玉子(オーギョーチー)

 昨日、東京国立博物館平成館で開催されている特別展「茶の湯」を鑑賞。その後、東京芸術大学の前を通って上野桜木、谷中、そして、不忍通りの団子坂まで歩いた。
 東京は3日連続で夏日。そこで、途中で見つけた台湾のデザート「愛玉子(オーギョーチー)」の店に入り一服。池波正太郎が愛した店ということは知っていたが、一応、店主に尋ねてみると、「ああ、そこのところに座っていましたよ」と即答。僭越ながら、その席に座れば私も小説が書けそうな気がした。
 いやあ、それにしても谷根千(谷中・根津・千駄木)は欧米人の観光客が多い。芸大生が下宿していた家がおしゃれなカフェレストランに生まれ変わっているが、そこにも欧米人がたくさんくつろいでいた。フランス語が聞こえる。まるでパリにいる感じ……。

六本木のアマンド 70歳!

 昨日、新国立美術館へ行き「ミュシャ展」を鑑賞。会場で着物姿の女性を数人見かけたが、桜の花びらが散りかけている帯を締めている方を背後から見ながら、彼女の粋な演出に感心した。
 新国立美術館から東京ミッドタウンまで歩いて来ると、「東京ミッドタウン10周年」という広告塔が目に止まった。もう10周年? 昔は防衛庁が有ったところだ。名残の桜並木がまだかろうじてピンク色をとどめていた。
 六本木交差点のアマンド(ALMOND)まで戻って来ると、「70th Anniversary」と窓ガラスに貼り紙がしてあった。あら、私と同い年。私も20歳代にはそこへお茶をしに行ったものだ。
 多くの店が閉店しているというのに、六本木のアマンドは実によく頑張っている。70歳ではなくて、永遠に20歳!

僧侶が女性を呼びかける呼称

 昨日、「タイ小学校国語教科書4年生」のテキストの中に、僧侶が預かっている少年僧(เณร)の母親のことを話題にするくだりが有った。僧侶は母親の名前の前に、「สีกา シーカー」という呼称をつけた。
 シーカーは、女性の在家仏教徒を呼ぶ時に使われるようだ。日本でも、仏教界では、「優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)」と称せられてきたが、優婆夷は女性に対する表現で、もともとは「うばしか」から来ているとのこと。うばしかの<しか>が、タイ語のสีกา(シーカー)に相当する。
 一般的には、結婚している女性に対する呼称は、「นาง ナーング」だ。しかし、僧侶は女人(にょにん)に対して煩悩を懐くことは固く禁じられている。従って、呼称も仏教的であるのは当然。本能や煩悩を抑えるのは、何と言っても言葉から入るのがいいのかもしれない。

洋服ポスト

 泰日文化倶楽部のすぐ近くに「新宿リサイクル活動センター」が有る。そこには、<もいちど倶楽部>が入っており、衣類、小物、皿、文具、等々が安い値段で売られている。昨日、ジム・トンプソンのハンカチを見つけたので、300円で購入。ジム・トンプソンの小物はよくここで売られている。おそらくお土産で頂いたものを、趣味に合わないという理由で売り飛ばしているに違いない。
 昨日は、<洋服ポスト>という活動も開催されており、多くの方達が次から次へと古着を持ち込んで来ていた。ちらしを読むと、「集められた洋服を世界各地の古着マーケットへ販売し、ふたたび活躍の場を与えます。また、集まった洋服1Kgに対して、7円を、環境・社会貢献活動に取り組む団体(新宿区社会福祉協議会)への寄付金にします」と書いてあった。
 まだまだ使える衣服はもったいない。有効利用は大事な精神だ。