外国人観光客の医療費未払い

 今朝のNHKニュースで、外国人観光客の医療費未払いのことが取り上げられた。某病院はその金額たるや500万円に達しており非常に困っているとのこと。
 今年1月、泰日文化倶楽部の元講師が蔵王にスキーにやって来た。だが、借りたスキー靴がきつすぎて足をかまれてしまい、ひどい状態で我が家にたどりついた。翌朝には北海道へ行くことになっていたが、なんとか処置しないと化膿してしまうと思い、深夜、病院へ連れて行った。深夜なので病院の会計はしまっている。預託金を置いて帰宅したが、翌日、電話で治療費を尋ねると、はるかに足りない。
 北海道から再び東京に戻って来るのがこれまた零時過ぎ。翌日は土曜日。病院は半日だけ。彼女はその日の夕方には帰国のため空港へ行かねばならない。病院への支払いは本人が行かないと駄目だと言われていたので、私は彼女を促して、翌朝、病院へ精算に行った。精算しないと、病院がタイ人に対する印象を悪くするはず。私は気が気ではなかった。
 外国人観光客の医療費未払いには諸事情があるであろうが、旅行の計画をぎりぎりまで詰めていると、深夜の急患の場合、支払いをする時間が非常に制限される。旅程を組む場合、余裕を入れる必要あり。

異業種の飲み会

 泰日文化倶楽部は今日(4月29日)から5月5日(土曜日)までゴールデンウィークの休暇に入った。毎年、2~3名の生徒がまちがって教室にやって来て、「あのー、教室がしまってますが…..」と私に電話をかけてくる。今年もそうかなあと思っているが、何とも致し方がない。
 男性が多いクラスは授業後、居酒屋に寄って、疲れた頭を冷やしているようだ。この1週間、私は3クラスに付き合って、その仲間に入れてもらった。生徒達の職業は実にさまざま。まさしく異業種交換会だ! 
 職業が全く異なるのに、何故、タイ語でつながるのであろうか? それは、個々の生徒にタイとの良き思い出、すなわち、接点が有るからだ。その接点を、将来、もう少し太いパイプにしたいと思ってタイ語を習いに来ていることがわかった。
 思い出のタイから抜け出て、自分自身を生かしてくれる活躍の場としてのタイを彼らは求めている。習ったタイ語がどうか役に立ちますように!

衣更えで、気持ちもリフレッシュに

 日本の古来からの習慣(ขนบธรรมเนียมประเพณี)では、衣更えは6月上旬(ต้นเดือนมิถุนายน)となっているが、それはもう死語みたいなものだ。街はいつのまにか夏服(เสื้อสำหรับหน้าร้อน)を着用している人ばかり。
 今日から大型連休が始まり旅行に出る方達が多い。タイへ行かれる生徒さんはタイ語のブラッシュアップを!
 さて、出かけない人はどうすればいいか。趣味(งานอดิเรก)の世界にひたろう。スポーツ(กีฬา)で汗(เหงื่อ)を流すのもいい。特に何もすることが無い方はクローゼット(ตู้เสื้อผ้า)の中を整理してはいかが? 冬服をクリーニングに出して、夏服を用意しよう。
 なんでもいいから、普段しないことをして、気持ちをリフレッシュしようではないか。私の場合は、昨日、50年前の着物をほどいた。すると、着物をほどくことで、着物の作り方がわかった。何かを解体することは面白い。

冷蔵庫 + 知蔵庫

 時間が経つと空腹を覚える。すかさず冷蔵庫を開けて、買い置きしている食べ物を取り出す。暑さに向かうこれからは冷たい飲み物を求めて頻繁に冷蔵庫を開けるであろう。
 冷蔵庫との付き合いはまるで空気の如し。我々のエネルギー源になる食品を大切に保存してくれている冷蔵庫。無くては困る。特に感謝するわけでもなく、24時間、酷使してごめんなさい。
 さて、「食」を守ってくれる冷蔵庫にたいして、「知」を保存してくれる<知蔵庫>というものは無いのかなあ? 「コンピューターがまさにそうだ」という方がおられるだろう。「書斎がそうだ」、という方もおられるかもしれない。
 しかし、自分の脳がまさしく<知蔵庫>だと思い、脳のひだをどんどん細かくしていこう。脳は頭の中に有るから、いつも一緒に外出してくれる。外界の刺激を受けて、活性化されるのも実に速い。

受身表現の復習

 昨夜、「タイ語中級 水曜日18:00」のクラスで、受身表現の勉強をした。タイ語の受身形は、『タイ語初級』のテキストですでに勉強しているが、日本人には意外に使いにくいと見えて、なかなか覚えてくれない。時々、復習がてら、受身表現を確認する必要が有る。
 タイ語の受身表現は、主として、身体的、精神的に迷惑をこうむったと感じる時に使われるので、<迷惑受身>とされている。したがって、使われる動詞もあまり感じがいいものではない。
 例)罰金を取られる(ถูกปรับ)、詐欺に遭う(ถูกโกง)、騙される(ถูกหลอก)、事情聴取を受ける(ถูกสอบถาม)、逮捕される(ถูกจับ)、取調べを受ける(ถูกสอบสวน)、留置される(ถูกกักขัง)、罰せられる(ถูกลงโทษ)、叩かれる(ถูกตี)、蹴られる(ถูกเตะ)、悪く言われる(ถูกว่า)、罵倒される(ถูกด่า)、殺されるถูกฆ่า)、等々。
<ถูก ~される>は、口語形の <โดน ~されちゃった>に置き換えてもかまわない。だが、受身形の語順はしっかり覚えよう。即ち、被害者+ถูก(又は โดน)+加害者+動詞+目的語である。

地名の起源

 火曜日は、午前中の授業が正午に終わると、次の授業である夜19:00まで相当の時間が空いてしまう。先月はその間を利用して買物に出かけた。だが、馬鹿な買物をしてしまい猛省。
 一番いいのは、古本屋へ行くことだ。昨日は、高田馬場駅前にある書店へ行き、まずは新刊書コーナーを見た。しかし、最近は魅力的な本に出くわさない。そこで5階にある古本屋コーナーへ。ここのほうが何だか落ち着く。
 数冊買ったが、その中の一冊が、『世界地図から地名の起源を読む方法』(辻原康夫 河出書房新社 2001年)。定価は¥667円だが、古本だから¥200。最終章である第6章に、バンコクの名称の由来が書かれてあった。私としてはその記述に不満を持ったが、彼がタイ専門家でもないわけだから、まあ良しとしよう。
 いずれにせよ、たった¥200で、世界一周して、雑多な知識を得ることができ、それはそれで有意義であった。

目が疲れた、頭が疲れた

 「疲れる」というタイ語は、まず「เหนื่อย ヌアイ 低声」を覚えるのが一般的だ。さらに学習が進むと、「เมื่อย ムアイ 下声」が出て来る。ヌアイは全身疲労、ムアイは筋肉痛で疲れを覚える、と理解すればいい。
 ところが、「疲れる」というタイ語にはまだまだ有った。「タイ語中級 火曜日19:00」のシン先生が、次なる単語を白板に書かれた。「ตาล้า ター(平声)ラー(疲れる 高声)」
 ターは目という意味だから、残りのラーが疲れるという意味になる。「ล้า」は、「ล้าสมัย ラー サマイ 時代遅れ」でよく使う単語だが、「目が疲れる」にも使われるとは!
 辞書を引くと、「頭が疲れる」という表現として、「สมองล้า サモーング ラー」が書かれてあった。サモーングは「脳」のことだが、「頭」と同意だから、「頭が疲れる」の訳文でOK。
 そろそろ4月も終わり。新学期や新学年を迎えた緊張感で、目も頭も疲れているはず。もうすぐ始まるゴールデンウィークは、楽しいことを企画し、大いにリフレッシュしよう。なお、泰日文化倶楽部の休みは、4月29日(日曜日)から5月5日(土曜日)までです。)

美しい日本語を話すルーマニア女性

 昨日、仙台で行われた羽生結弦選手の凱旋パレードの様子をテレビのニュースで何度も見た。中国から来た女性はたどたどしい日本語でインタビューに答えていたが、彼女の気持ちがよく伝わって来て好感を持った。下手でもかまわない。まずは自分の気持ちを相手に伝えられることが肝心。
 ところがである。ルーマニアからはるばる仙台にやって来た女性の日本語は完璧であった。話す態度も礼儀正しい。彼女は日本語をきちんと学んでいる! 独学かしら? いずれにせよ、羽生選手のファンになってから日本語を学び始めたことだけは十分に想像できる。
 タイ語を学んでおられる生徒さん達、たまにはタイ語学習の目的を整理してみませんか? ①タイでゴルフするから、②タイ料理が好きだから、③タイの歌が好きだから、等々、いろいろ有る。明確な学習目的が定まらない方は、もうすぐ始まる黄金週間に、自分の学習態度を整理してみませんか。

絨毯 と 梵天

 昨日の日本列島はいずこも暑かった。教室に敷いている電気カーペットはいくらなんでももう不要と判断。午後の生徒達が現れるまでに一人で手際よくしまった。
 絨毯(カーペット)のことを、タイ語では「พรม phrom プロム」と言う。この単語は、動詞としては、「水をふりかける」という意味を持つ。「聖水をふりかける」は、「พรมน้ำมนต์ プロム ナムモン」と言う。
 絨毯(พรม)という単語を見ると、すぐに「พรหม phrom 梵天」を思い出す。両者のスペルは異なるが、発音は同じだからだ。「梵天が絨毯の上に座って、聖水をふりかける」という映像を勝手に想像して、私は両者を結びつけている。
 これは単語を覚えるための遊びにしかすぎない。だが何度もその映像を浮かべていると、不思議なことに、梵天が絨毯の上で大悟の祈りを捧げているかの如くに思われて来る。語学の勉強にとって、映像化の手法は工夫の一つなり。

「艶」という漢字

 昨日、1本の電話が有った。5月11日から開講予定の「タイ語入門 金曜日19:00」のクラスに申込みたいという内容であった。日本語は文法的に一つとして間違いがなかったものの、日本人の日本語ではないことがわかったので、「失礼ですが、どちらのお国の方ですか?」と尋ねると、「中国です。留学生です」と彼女は答えた。
 「お名前だけ、頂戴できますか?」と彼女に言うと、彼女は自分の名前を日本式の読み方で答えた。名前の最後に來る漢字を、「えんのえん です」と言ったが、私にはさっぱりわからない。「つやのえん です」と彼女は続けたが、私の耳には「通夜のえん」に聞こえた。結局、メールで申し込んでもらうことにした。
 メールはすぐに来た。見ると、「艶」であった。妖艶な、艶っぽい、と言ってくれればすぐにピンと来たのに….。だが、それを中国人留学生に要求するのは無理かも。余談ではあるが、楊貴妃の妖艶さとは、いかばかり?