20年前の生徒達

 今日から一泊二日の旅行に出る。行く先は広島。20年前にタイ語を習った生徒達が久々に集まることになった。何故、広島かというと、持ち回りの幹事が広島在住だから。
 最近はタイ語を習う人が多くなったが、20年前はそれほどでもなかったような気がする。現在、タイ語を仕事で使っている元生徒は今回、集まる中でわずかに1名。おそらく、他の方達はタイ語とさよなら。しかも、地方に住んでおられるから、タイとの接点も少ない。
 だが、今はいろいろな方法でタイ的環境を取り入れることができる。したがって、タイ語が好きであれば、いくらでもタイ語力向上をはかることが可能。
 今日の夕方、広島で彼らに‟喝”を入れて来よう。

新しいダルニー奨学生

 公益財団法人民際センターから、新しい奨学生2名の写真を入れた「ダルニー奨学生証書」が送られてきた。
 これまではコンケン県(จ.ขอนแก่น)の男子中学生2名であったが、今年からはブリーラム県(จ.บุรีรัมย์)の女子中学生2名になった。
 A子さんの愛称はソム(ส้ม)、そして、B子さんの愛称はトァーイ(เตย)。二人とも2003年生まれの12歳で、背が高い。将来、バスケットボールの選手になれそうだ。
 それぞれ家の庭(ลานบ้าน)で立っている写真だが、水がめ(โอ่ง)が写っており、いかにも田舎の家の光景だ。板塀の家。決して新しくはないが、風通しがよさそうである。
 ダルニー奨学生の支援をしてから約20年。最初の奨学生はもう32歳。地道に、そして、幸せに暮らしていてほしい。

外国人に接することが大切だ

 いくら外国語を勉強しても、その外国語を使う機会が無いと上達を望むことは難しい。タイ語を習っている方は、是非ともタイ人に会うこと、そして、話すことだ。
 一昨日、カナダ人達に会って、英語をしゃべる時間を持ち、とても楽しかった。ただし、そのうちの一人は日本語が堪能すぎるので、相手は日本語を喋りたがっているのがみえみえ。となると、相手の要望に合わせて、日本語になってしまった。どちらの言語を使うかは、まるで綱引きの如し。
 泰日文化倶楽部では、いつも自由会話の時間を設けているが、なにせ、生徒達は話題が少なすぎる。なんでもいいから、喋り出すことだ。話題の一つや二つ、いつも喋ることができるように用意しておいてもらいたい。
 <発音する>というタイ語は、「ออก(出す)+เสียง(声)」だ。とにかく、声を出そう。そして、タイ人と話す機会(โอกาส)を持とう。

カナダ人との会話

 昨晩、我が家にカナダ人のお客様があった。同じマンションに住む方が30年来の友人を紹介したいということでお会いしたわけである。
 一人は中年。もう一人は26歳の大学院生であった。中年の方は日本語がペラペラ。醸し出す雰囲気も日本人そのもの。仕事は翻訳業とのこと。
 大学院生は初来日であった。来年、日本に来て昭和史の研究をしたいそうだ。
 私は彼らと英語で喋ったが、センテンスの最後に、ついつい「~チャイ マイ?」と、タイ語がくっついてしまい、我れながら苦笑。
 「すみません。タイ語の先生なので、どうしてもタイ語がチャンポンになってしまって….」
 26歳の若者は、それを聞いて、目をパチクリした。
 よくよく聞くと、彼らはモントリオール在住なので、普段はフランス語を話しているそうだ。我が家を出て行く時、フランス語で「Au revoir」と言うと、一瞬、彼らは驚いた。が、すぐにニコニコした。

歩き始めた坊や

 昨日はとても良い天気であった。朝、仕事に出かける途中、保母さん(พี่เลี้ยง)が一人の坊や(เด็กชาย)を連れて散歩(เดินเล่น)していた。ところが、坊やは歩くのがいやなのか、道路に(บนถนน)坐り込んでしまっている。だっこしてもらいたいのであろう。2メートル歩くと、また座り込む。
 「何歳ですか?」と、私がたずねると、保母さんは「1才になったばかりです」と答えた。
 坊やは彼のこれからの長い人生の中で、路上デビューしたばかり。
 「ガンバレ、ガンバレ」と私がエールを送ると、坊やは歩き始めた。
 おお、私の激励に応えてくれたではないか。
 しかし、振り返ると、10メートル先でまた座り込んでいた。保母さんはだっこしない。だから、坊やはまた2メートル歩く。
 坊やの人生は自分のもの。自分で歩くしかない。

有明の月

 昨日、ペットボトルのお茶を買った。紅葉のラベルが美しい。ラベルには次なる俳句が…..。
 「りょうはしに ぶらさがりたい 三日月だ」(伊藤園新俳句大賞 文部科学大臣賞 福岡県春日市 8歳 井上まい)
 8歳の少女の発想は実に可愛らしい。
 最近、私は台場~有明~豊洲の周辺をよく通っている。私の場合は、三日月よりも、有明の月かな。
 「有明の月」とは、夜が明けてもまだ空に残っている月のこと。若い世代の活躍を見ると、新鮮でいい。負けてはいられないが、無理をして競争をする必要もない。年相応の動きをして、世の動静にしっかりとついて行こう。
 

縁起菓子 杓子せんべい

 広島に親戚がおられる生徒さんから、時々、広島のお菓子を頂戴する。広島といえば、定番は紅葉まんじゅう。だが、今月初めにおすそわけされたのは、「縁起菓子 杓子せんべい」という宮島のお菓子であった。
 7センチほどの杓子型せんべいを一個は机の傍に置き、一個は鞄にしのばせて歩いていると、いやあもう、いろいろなこと、すなわち、いろいろな縁起に遭遇し、驚きに驚いている。
 グーグル辞書で「縁起」の意味を調べると、「サンスクリットのpratitya-samupada の漢訳で仏教用語であるが、本来、<精神的な働きを含む一切のものは、種々の原因や縁によって生起する>という意味で、仏教の中心思想のひとつであった」と書いている。
 不思議なことは日々、様々あるが、泰日文化倶楽部に限ってその一例を挙げると、あまり多くは無い姓の女性が9月いっぱいで休学された。すると、今月に入って全く同じ姓の女性が見学に来られ、入会の意思を示された。あら、不思議。
 昨日の朝、Yさんの就職が決まり喜んでいると、夜には、Hさんから失職したと聞かされた。
 出ると入る。入ると出る。考えてみれば、人生はこの繰り返しかもしれない。

「~さん」or 「~様」

 先日、通訳の仕事で小さな病院へ行った。受付で待っていると、貼り紙が目にとまった。
 「これまで、お名前をお呼びする時、~様づけでお呼びしていましたが、これからは、~さんでお呼びすることにしました。よろしくお願いいたします」
 そこの病院へ行ったのは初めてであったから、意外に思った。何故ならば、ほとんどの病院は~さんで呼んでいるとばかり思っていたからだ。
 しかし、メールを書く時、私も悩む。無難に済ませるには、「~様」を使うのが一番。ところが、友人からは、「~さん」で来る。親しい気持ちが伝わって来て嬉しい。にもかかわらず、私はついついあらたまりすぎて、「~様」になってしまう。
 最近のメールは、相手先を書かず、すぐ用件に入っているのもある。それはそれでいいのかもしれないが、人間関係が事務的になり過ぎてしまっているような思いがする。
 すべては自分と相手の関係であるが、呼称というものは、いつまでも気になる項目だ。

深川めし

 昨日、なんとなく清澄庭園へ行きたくなり、地下鉄半蔵門線の清澄白河駅で降りた。庭園の入口はすぐに見えたが、急に空腹を覚えたので、まずは昼食をと近くを歩いてみた。
 びっくりしたのは、佃煮屋のおじさんが面白い恰好をしていて、呼び込みをやっていたことである。何の知識もなくて初めて降りた町だが、静かな雰囲気の中、江戸情緒が残っていた。
 ある店を外から窓越しに覗くと、大勢の人達が食べている。そして、外には並んでいる人達も….。さらに進んだところにある店に入ることにした。深川めしで有名な店であった。
 深川めしと言えば、駅弁などで食べたことはあるが、本場で食べると、やはり違う。アサリの量が大きくて、入っている量も半端じゃない。近くに坐っている男性達が、「こりゃあすごい」と言い合っていた。
 食べても食べても減らない。格闘しているところに仕事の電話が入る。すかさずテーブルに用意されているサランラップを手に取り、残った3分の2の深川めしを包み、店を出た。
 昨日の教訓。やはり、なにごとも本場へ行って、本場の空気をしかと味わうに限る。

易しい文章をどんどん発音しよう。

 日本人は目で勉強するのが好きだ。だが、語学は耳と口で勉強するのが大切。たくさん聞いて、たくさん話すに限る。長年にわたって勉強している生徒達は、ありとあらゆるテキストを学んできたはず。だが、喋ることが得意ではない。
 昨晩、授業後半の20分間を利用して、次から次に易しい表現を言わせてみた。
 1.体重は? 2.身長は? 3.靴のサイズは? 4.何足、靴を持っていますか? 5.靴はどこで買いますか? 
 6.1年に何回、タイへ行きますか? 7.いつ、また、バンコクへ行きますか? 8.大瓶ですか? それとも小瓶ですか? 9.Aさんが昨日、入院したそうですよ。10.休みは何曜日ですか?
 この程度の文章なら、なんなく言えるはずである。ところが問題は、発音だ。いずれの単語も、矯正しなければならないものばかり続出。
 タイ語の発音はむずかしい。今日から心して発音の向上に励もう!