น้ำพริกปลาย่าง

 今日、久しぶりに仕事仲間のY子さんにお会いした。彼女のスタイルがあまりにもほっそりして軽快な歩き方をしておられたのでうらやましく思った。
 彼女いわく、「今回、ついにダイエットに成功したわ!」
 そこで、私もと思ったが、とても無理。早々に白旗を上げてしまった。
 だが、帰宅後、少々は頑張ってみようかと思い、夕食はサラダだけにする。ドレッシングは生徒さんからおみやげとして頂いたタイの調味料で、น้ำพริกปลาย่าง(焼き魚入りのナムプリック)。
 ピリピリと辛い中にも味わいのある甘さが感じられ、なかなかに美味しかった。
 パッケージには次なるタイ文が書かれてあった。①ไม่ใส่วัตถุกันเสีย ②ไม่ใส่ผงชูรส ③ไม่ใส่สี
 シルバー・ウィークに入り、数人の生徒はタイへ飛んで行ってしまわれた。残り組は、この3つの文章を訳してください。

声優

 昨日のネット・ニュースで、『サザエさん』の漫画の中で、磯野フネ役を担当していた声優が降板することになったと出ていた。
 その女性は麻生美代子さんといい、御年89歳。高齢に達したため、番組関係者がいろいろと協議した結果、60代女性に替えることにしたようだ。
 『サザエさん』は見ないので知らないが、その声優が別の番組でナレーションをしているのは知っている。彼女の声の出し方が特徴的で、いつも古風な感じを覚えていたが、なんとまあ89歳であったとは!
 麻生美代子さんの履歴を調べてみると、東京の田端生まれ。なるほど、だから歯切れがいいしゃべりをするのだ。学生時代から舞台女優をやっていたから、発声の仕方を鍛え抜いている。声が全く枯れていない。
 一般に、80歳を過ぎた方達は体力が減退しているため、腹式呼吸でしゃべる人は少ないと思う。だから、声に張りがなくなる。だが、意識して声を鍛えさえすれば、ある程度は維持できる。そのためには、語学の勉強も訓練の一助になること間違い無し。

「生きる」というタイ語

 昨日、「タイ語初級 木曜日14:30」の主婦クラスで、茨城県内で発生した洪水の話やシリア難民のことを取り上げた。そして、生きていくことの難しさに結論が至った時、一人の生徒が質問した。
 「生きるという単語は、タイ語で何と言いますか?」
 私はすかさず答えた。「ดำเนินชีวิต(ダムヌァーン・チーウィット)です。ดำเนิน(カンボジア語源)が縮まるとเดินになります。意味はいずれも、歩く。したがって、命(チーウィット)を歩くという表現をします。あるいは、生計を立てるという具体的な意味を表現する場合は、 ทำมาหากิน(タム・マー・ハー・ギン)がいいと思います」
 すると、タイ人講師が、「ใช้ชีวิต(チャイ・チーウィット)とも言います」と、追加した。
 「生きる」には、เป็น(ペン)もあるが、それは単に生命がそなわっている状態だから、使用例としては、「魚が生きている ปลาเป็นๆ」という表現で用いる。
 人間の場合、生きるということは、自分で生計を立て、日々、暮らしを続けていかなければならない。それには、いろいろな表現が有る。スマホの辞書で検索するのが一概に悪いとは言わないが、どうもピンと来ない事例がある。やはりタイ語の文章をたくさん読んで、状況を伴った上で、単語を覚えることをお勧めする。

身近な事件

 昨日、「タイ語初級 水曜日13:00」のクラスを代講した。生徒は男性ばかり3名。授業の始めは身近な話題から入るのが一番いいと思って、それぞれにこの一週間の出来事を尋ねた。
 すると、Yさんがいつになく興奮しておられる。顔の表情もひきつりがち….。そして、タイ語で言おうとしたが、「2คน (2人)」としか言えない。
 「何が2人なのですか?」と、主語と動詞を求めると、あとは日本語。「熊谷で殺人事件がありました。私の家からそう遠くありません」
 <殺人事件>は、タイ語でฆาตกรรม(カータガム)、ただし、<殺す>という動詞は、ฆ่า(カー)です、とホワイトボードに書いて教えてあげた。
 そのニュースを私は知らなかった。ところが、昨晩、さらに4名の女性達が殺されたニュースを知って、戦慄を覚えた。
 熊谷から高田馬場まで、高い交通費を支払って、毎週、熱心に通って来てくださっているYさん。おそらく、昨晩は熟睡できなかったことであろう。

林芙美子の家

 昨日、午前の授業と午後の授業の間に3時間の空き時間が有った。天気が良かったので、高田馬場駅から西武新宿線に乗って二つ目の駅である中井へ行く。目的は林芙美子の家(林芙美子記念館)へ行き、芙美子の残した作家としての息づかいを感じとってくること。
 中井駅の改札を出ると、線路脇にタイ国旗がひらめいていた。「サワッディー」というタイ料理店は以前にも泰日文化倶楽部の生徒と来たことがあったが、オーナー・チェンジで味が落ちたという生徒達の意見にしたがって、ここ3年ばかりごぶさたしていた。店内ではタイ語がわからない日本人として振る舞っていたが、以前のオーナーであったおばあちゃんの話をタイ語ですると、「あら、タイ人だったの?」と、びっくりされた。
 ところで、林芙美子の家だが、実にすばらしい京風の日本建築であった。彼女が38歳の時に建てたとは! 私はかつてそこへ歩いて行く圏内に住んでいたのに、あまりにも近すぎて、いつでも行けると思いつつ、一度も行ったことがない。
 芙美子の書斎に明かりが灯っていた。まるで芙美子の亡霊が鎮座しているようであった。展示室では彼女の肉声テープが流されていたが、積極的な発言を聞いて、とても魅力的な女性に思われた。『放浪記』の宣伝に使われていた暗い写真のイメージが強すぎて、これまで彼女を敬遠していたが、まさしく作家魂を十分に備えた作家であったことがよくわかった。

指一関節サイズの仏像

 昨日、「タイ語初級 月曜日18:00」のクラスで、一人の生徒さんが二つ折りの財布をズボンのポケットから出した。そして、その中にしまっている仏像を出して見せた。
 その仏像は指の一関節くらいの大きさであった。鎖がついていないので、首からぶら下げるわけにもいかない。彼は言った。
 「バンコクの街を歩いていて、仏像を売っているおやじさんから、<これを持っていると、お金がいっぱい入ってくるよ>、と言われたので、買ったんですよ」
 そこで、私は教えてあげた。仏像の場合は、<買う ซื้อ>という言葉は使いません。<いただくได้>と言ったほうがいいですよ、と。
 すると、タイ人講師がつけ足した。「<お借りする เช่า>ともいいます」、と。
 そして、タイ人講師はきっぱりと言った。「腰から下に仏像を持ってはいけません」
 男性の場合、財布はズボンのポケットに入れていることが多い。明らかに下半身だ。タイ人から目の前できつく注意されると、本で得た知識よりも、タイ人の考え方がよく分かっていい。

「หัว 頭」が出てくる単語

 先週、「タイ語中級 土曜日14:00」の会話クラスで、ミカン先生が、「バナナのつぼみは、หัวปลี フア・プリーと言います」と教えてくださった。つぼみという単語は、「ตูม トゥーム」だと思っていたが、食用にするバナナのつぼみは特別な呼称があるというわけだ。
 参考までに、「ปลี プリー」を調べてみると、やはりバナナのつぼみと出ていた。そして、「ปลียอด プリー・ヨート」は、「仏塔の先端」と出ていたから、両者の形状が似ていることから、同じ単語が使われていることが想定できる。
 ところで、『タイ日辞典』(冨田竹二郎編纂)の中の「หัว 頭」の見出しを引いてみると、なんと9ページにも及んで、いろいろな表現が紹介されており、とても面白い。決して難しいものではないから、時間が有ればチェックしてみるとよい。 例:「หัวปี フア・ピー(頭+年)→ 長子」
 ただし、意外であったのは、「หัว」の第一番目の意味として、「頭」よりも先に「笑う」が出ていたことだ。長年、「หัวเราะ フア・ロ 笑う」という単語に対して、不思議な気持ちを持っていたが、やっと謎が解けた。同音異義語であったわけだ。

声調、気をつけて!

 昨日、初めて個人レッスンを受けに来られた方がおられた。もう十分にお上手なので、教えるものは無いと思ったが、「発音を直してください」という希望であったので、タイ人講師と私で、90分間、徹底的に発音の矯正にあたった。
 発音というものは、直せば直すほど、もっともっと直したくなる。タイ人講師に対して、私は指示を出した。「少しでも違和感を覚えたならば、その単語をすぐに矯正してください」、と。
 タイ人講師が繰り返し発音しても、出来ない発音は、そうすぐに直せるものではない。何故、違うのか分からない場合、舌の位置とか、両唇音の調音の仕方を私が横から説明。
 そして、結論は、やはり癖のついた声調がネックになっていると判明。これはタイ語を習ういずれの日本人にも言えることだ。一つ一つの単語はまあまあ発音できても、単語が合成語として、さらには、表現や文章として連続した場合、声調が狂うことが多い。
 タイ人講師は、「คนเยอะ 人がいっぱい」と、 「ขนเยอะ 毛がいっぱい」の2つの文章を列挙し、生徒の学力を試した。速いスピードで言われると、聞き取りが難しかった。
 というわけで、タイ語の声調に関しては、いつも敏感であらねばならない。

国勢調査 と 東京

 平成27年国勢調査のためのインターネット回答利用案内が届いたので、さっそく回答した。これは便利。行政側も、インターネット回答のほうが大いにラクであろう。
 ところで、『近代日本文化論8=女の文化』(岩波書店 2000年)の中に所収された「モダン都市東京と私娼」(川本三郎著)を読んでいると、次なるくだりが有った。
 -大正9(1920)年に日本ではじめての国勢調査が実施されるが、そのときの東京の人口は217万人、以後、毎年10万人から20万人増加していき(関東大震災のときに一時的に減るが)、昭和7(1932年)には570万人と10年間に倍以上に人口がふくれあがった。都市社会がこの時代に作られていく。
 現在の東京の人口を調べてみると、13,378,584人。タワーマンションが続々と建設されているから、まだまだ増えるかもしれない。
 しかし、今朝も地震が有った。調布は震度5弱。私が住んでいるところは震度3と出たが、すぐ隣りの新宿区は震度4。区と区の境なんて有って無きが如し。
 最初の国勢調査から、今年は95年目。次回の調査は満100周年。いろいろな動態変化が分析されることであろう。

五十里という地名の読み方

 茨城県常総市の被害の様子をニュースで見て、これは尋常ではないと思った。ニュースでは、栃木県や茨城県の地名を次から次に列挙しながら避難指示を促しているが、地名の読み方が部外者にとっては難しいところがいくつも有った。
 たとえば、鬼怒川の近くにある五十里。<イカリ>と読むことを初めて知った。ネットで調べてみると、同じような地名が全国にいくつもあるようだ。
 なお、五十里と書いて、その読み方は幾通りもあるとのこと。①いかり、②いかさと ③いがり ④いさと ⑤いそさと ⑥いそり ⑦いとざと ⑧ごじゅうり ⑨ごとざと、等。
 今から40年前、日本語から英語に翻訳している時、「百里」という地名が出てきた。その頃はネットが無かったから調べようがなかった。そこで、<モモサト>と訳してしまった。
 しかし、単純に<ヒャクリ>と読めばよかった。現在の茨城空港が在る周辺の場所である。