遺書 と 遺言

 自殺や事件が起きると、遺書の有無が問われる。タイ語で遺書をどのように言うのであろうかとスマホで調べてみると、พันธสัญญา(パンタサンヤー)と書いてあった。あまり見かけない単語だ。ちなみに、遺言をタイ語でどのように言うのであろうかと、やはりスマホでチェックしてみると、同じくพันธสัญญา と書いてあった。遺書と遺言は意味が違うと思うのだが….。
 そこで、いつも使う『タイ語辞典』(冨田竹次郎編)で確認してみることにした。
 遺書=จดหมายลาตาย(ジョットマーイ・ラー・ターイ)  遺言= พินัยกรรม(ピナイガム)
タイ人が編んだ『日・タイ辞典』でも調べてみた。
 遺書=จดหมายสั่ง้เสียก่อนตาย(ジョットマーイ・サング・シア・ゴーン・ターイ) 遺言= คำสั่งเสีย(カム・サング・シア)
 それぞれの辞書に、それぞれの単語が書かれている。どの単語を使っていいのかわからなくなる。
 一番いいのは、新聞に使用されている単語を使うことだ。そのためには、日頃から、新聞記事で語彙を仕入れておくに限る。

今日から大学へ出講

 2ヶ月に及ぶ夏休みが終わり、今日から大学へ出講する。秋期は来年1月末までだ。
 授業回数13回x1時間半=19時間半の授業時間数の中で、タイ語の多くのこと(基本文法+話す、読む、書く)を教えるのは容易なことではない。
 いずれにせよ、「タイ語初級」のクラスにも、「タイ語中級」のクラスにも、帰国子弟の割合が3分の1を占めているため、時代が変わったなあとつくづく思う。
 学生達は父親のタイ駐在に伴い、幼い時からタイ生活を経験している。平均3年くらいの滞在がほとんどだが、中には、6年~9年も住んでいたという学生がいる。13年間住んでいたという学生は実によくできる。
 人間は12歳位で言語が定着すると言われている。したがって、幼い時における3年以内の生活では、その国の言葉は残らない。すぐに忘れてしまう。
 タイに関する情報はもはやリアル・タイムに仕入れることができるから、タイはますます身近になっている。タイ人の日本語熱はすごい。我々日本人もタイ語熱を高めよう。

中秋の名月

 昨晩は中秋の名月であった。目下、休学中のソム(愛称)さんから、写真付きのラインが入った。「仕事の帰りに撮りました。携帯ではうまく撮れていないので、先生、できれば今、空を見てください」
 そこで、ベランダに出て空を仰いだ。そして、彼女にラインを返した。
「お月さま、よく輝いております」
 すると、ソムさんから、「共感していただけて良かったです。一人で見ているのはもったいない」、と。
 彼女は1週間に一回、タイ語通訳のバイトをしておられる。単語がすらすら出て来ない時など、ああ、泰日文化倶楽部でブラッシュアップしたいと思うらしい。
 中秋の名月を意識したわけではないが、先週の中級クラスで、テキストとして、「月は何故、大きく見えるの?」という文章を読む練習をした。
 一般に、月は、「พระจันทร์ (プラ・ジャン)」というが、これはどちらかと言うと、科学的な言い方である。テキストに出てきた月は、「ดวงจันทร์(ドゥアング・ジャン)」であった。「ดวงドゥアング」が丸い形状という意味を有するから、「お月さま」という感じがして、文学的である。
 今晩は、今年最大の満月だそうだ。スーパームーンというらしい。今晩も天を仰ぎ見て、秋の夜を楽しもう。

第100回「アジア女性のための生け花教室」

 2007年1月から無料開講している「アジア女性のための生け花教室」が、昨日のお稽古で、第100回を迎えた。稽古中、参加者の皆さんに向かって、私は声高々に言った。
 「今日、第100回目を迎えました!」
 それを聞いた皆さんは、感激の声を上げた。
 昨日は、台湾からの女子留学生が2名、そして、ミャンマー女性が1名、日本人に交じって、楽しく花を生けた。本当に美しく行けたので、私は、中国語とミャンマー語で、「美しい!」と誉めてあげた。
 「アジア女性のための生け花教室」の主旨は、日本滞在中に日本伝統の生け花に親しみ、実際に四季それぞれの花を花瓶に生けたという思い出をつくって母国に帰国して行ってもらいたいことである。
 これまでの100回、それはそれはいろいろな国の女性達が参加してくださった。参加国の数が多いほど教室は賑わいを見せる。その空気がたまらない。

仏像のお守り

 一昨日から個人レッスンを始められた方がおられる。彼女の胸元にシルバーの仏像のお守りがかけられていたので、「すばらしい!」と率直なる感想を申し上げると、彼女はこうおっしゃられた。
 「自分で造りました」
 「えっ、彫金のお仕事をなさっておられるのですか?」
 「仕事ではありませんが、自分でよく造っております。鋳型で造ります。タイへ行った時、偶然にもお坊様の目にとまり、魂入れ(ทำขวัญ)をしてあげましょうと言われ、していただきました」
 そう言うと、彼女はネックレスをはずし、私の掌に置いて下さった。
 「お顔が実にいいですね」と、私。
 「ええ、少し、私の手が入っております」
 その後、仏像が曜日ごとに違う話に進んで及んでいったが、これまた偶然にも、彼女と私は同じ曜日であった。

いろいろなお土産

 シルバーウィーク中に海外へ行っておられた生徒達が、昨日、いろいろなお土産を持って来られた。
 スリランカのお土産は、もちろん紅茶。ブランド名は、SPA CEYLON。AYURVEDAという表記も加えられていたから、精神的にも大いに癒されそうだ。シンハラ文字の複雑さにはあらためてびっくり。祖先をたどれば、デーヴァナーガリー系統がらみでタイ文字ともつながっていくが、まるでインドの踊りのようなくねりも入っている。
 スリランカから香港経由で帰って来られたということで、ペニンシュラ・ホテルのクッキーも下さった。
 台湾を旅行した生徒さんからは、インスタントラーメンを戴いたが、袋には「維力原祖:鶏汁麺」と書いてあった。彼はものすごくリフレッシュして来られていた。「タイ料理よりも台湾料理のほうが美味しい。深みがある気がしました」
 ベルギーへ行っておられたB先生からは定番のチョコレート。これまた味わい深いお味であった。
 世界各地のお土産を賞味しながらも、我々はタイ語の勉強に集中。やはり、なんと言っても、タイ大好き人間ばかりだ。
 

タイ語の勉強に身を入れよう!

 シルバーウィークが終わった。今日から12月22日(今年の授業最終日)までを、第4節の勉強期だと思って、タイ語の学習に身を入れることをお勧めする。何故ならば、今年はあと98日しか残っていないから。
 (1)発音を磨くこと。それには、耳で聞き分ける感覚が必要。タイ人講師に毎回、習っているのだから、これ以上の環境はない。
 (2)これまで以上に、スピード・アップして話すようにすること。ひとつの文章が一気に言えるようにしよう。
 (3)文法の再確認。勘違いしている語順を正すこと。たとえば、「本を持って来る」は、เอามาหนังสือ(持つ+来る+本)ではなくて、เอาหนังสือมา(持つ+本+来る)であるが、目的語が単なる「本」ではなくて、「昨日、Yさんが紹介してくれた早稲田の古本屋街で非常に安く手に入れた作者の署名入り本」というふうに、目的語にいろいろな修飾語がついてくると、どうしても、動詞(持つ+来る+目的語)になるようだ。なぜそう言ってしまうかと言えば、日本語では「持って来る」という表現(動詞+動詞の連続)があるため、その影響が強いから。
 (4)語彙力の増強。いろいろなジャンルの単語をそれぞれに増やして行くこと。たくさんのタイ語を知っているだけで、タイ語の勉強の楽しさが倍加する。
 (5)語学は根気が肝心。怠惰はダメ。タイ語は怠語ではない。耐語にしよう。それには、あなたの強い意志が要求される。

さくら水産チームの同窓会

 昨日、元生徒達(さくら水産チーム)が6年ぶりに高田馬場の居酒屋に集まった。皆さん、それぞれに配偶者を伴って来られたので、にぎやかな会合になった。
 配偶者として、3人のタイ女性が参加。タイ語が飛び交い、まるでタイでいるかのような感じを覚えた。
 昨夜の同窓会は、香港駐在のA氏が一時帰国しておられる好機をとらえて、結婚のお祝いをする会にもなっていたが、A氏が選ばれた生涯の伴侶もタイ女性とは! 落ち着きがあり、しっかりした女性であった。 
 さくら水産チームが泰日文化倶楽部に入会されたのは11年前。5年間、楽しくタイ語を習われ、授業後は必ずさくら水産へ。私も何度か参加した。
 東京勤務の皆さんは、また時々、泰日文化倶楽部に来て、発音を磨きたいという。私も是非そうしてほしいと思った。何故ならば、かなり錆びついていたから。

101歳の女性報道写真家

 昨日は「敬老の日」。100歳以上が6万1568名。そのうち、女性が87.3%。日本の最高齢者は115歳の女性。なお、80歳以上は、1千万人を突破。
 こうしたデータはニュース報道によるものだが、大変に興味深いので手帳に書いておくことにする。
 NHKのニュースでは、女性報道写真家第一号である笹本恒子さんの近況を取材していた。彼女はいつのまにか101歳。しかし、ますます活き活きとしておられる。
 彼女の履歴を見ると、25歳から報道カメラマンになっている。51歳から71歳までの20年間は活動を休止していたようだが、それから後は、思うがままにカメラのシャッターをバシャリ、バシャリ。
 現在は骨折が治っていないので車イス生活を送っておられるが、一番の希望は国会前へ行って、安保法案反対のデモの様子を撮影したいとのこと。
 彼女は自分に言い聞かせている。「年齢に甘えるな」

無期延期になった講演会

 今年6月、泰日文化倶楽部にN氏御夫妻が訪ねて来られた。お二人はタイに住んでおられた関係で、タイが大好きである。
 要件は、御主人が関係しておられるボランティア団体で、私にタイの話をしてもらいたいというものであった。つまり、講演の依頼だ。
 私は冠婚葬祭がいつ飛び込んで来るかわからないし、不定期な仕事も抱えているので、早くから予定を入れることはできない旨、率直に申し上げた。しかし、団体の皆さんが楽しみにしてくださっているかと思うと、無碍にお断りすることもできず、「それでは10月中旬頃にいたしましょうか」と返答した。
 ところが、9月に入り、具体的な日時に関してN氏に打診したところ、団体が入っている事務局が移転することになり、どこへ移転するかも未定だという回答。
 それを聞いて、私の講演会は無期延期になったわけであるが、もしかして幻と化すかもしれない。
 東京で定期的に場所を確保するということはなかなかに厳しいものがあると思われる。