始動!

今日から日本列島は本格的に始動! 2018年の一年が始まった。どのような年にするのかは個人の才覚次第。自分を信じ、自分を励まして、これからの360日余りの升目を着実に塗り込んで行こう。
 まずは、外に出ることだ。そして、可能であるならば、海外へも行くことだ。「外」という漢字は、「タ+ト」から構成されているが、私には「タ+イ」に見えて仕方がない。こじつけであるのはわかっているが、タイを愛する私だから、許してもらえるであろう。
 タイと付き合っている日本人は多い。タイ旅行、タイ料理、タイでのゴルフ、これらは序の口の話だ。今年はもう少し深くタイを知ろう。それにはタイ語の学力を深めたほうがよろしい。
 泰日文化倶楽部は1月6日(土曜日)から授業を開始する。今日と明日で、これまでの復習、そして、予習をぬかりなきように!

空(から)か、空(くう)か

 昨日、大学時代の親友が上京して来たのでホテルでお茶をした。夕食を楽しむためにケーキは食べず、コーヒーだけを注文。運ばれて来たコーヒーと一緒にミルク入れもテーブルに置かれた。親友はミルクは入れないという。私は健康のためにミルクを入れる。
 ところがである。親指大の真っ白い陶器のミルク入れを持ってコーヒーにミルクを注ごうとしたところ、ミルクが入っていなかった。このようなミルク入れを見たのは初めてである。
 そこで考えた。従業員の気合が正月から入っていない。何故、中身をチェックしなかったか。どんなに小さいことであれ、点検が必要なのに…..。
 だが、こうも考えた。これを「空(から)」と見るか、それとも、「空(くう)」と見るか。小さなミルク入れも、それはそれでひとつの存在。宇宙であるかもしれない。何も入っていない小さきものから何かを教わった。
 
 

タイ語の数え歌

タイから新年向けのタイ語の数え歌が送られてきた。
๑สิบสุขภาพดี (十の桁=健康良好)
๑ร้อยความสุข (百の桁=幸福)
๑พันความสดชื่น (千の桁=さわやかさ)
๑หมื่นความสมหวัง(万の桁=誓願成就)
๑แสนพลัง(十万の桁=力)
๑ล้านความสำเร็จ(百万の桁=成功)
จงเกิดแด่ทุกท่านและครอบครัวตลอดปีตลอดไป 
最後の文章はあえて訳しません。今年最初の翻訳の宿題です!

謹賀新年 2018年

新年おめでとうございます。2018年も楽しくタイ語を学び、タイ語の学力を向上させましょう!
 戌年生まれの日本人は全国で965万人。総人口に対する比率は7.7%だそうです。1946年(昭和21年)生まれの戌年の方達72歳(そのうちの一人が私)は140万人。皆さん、まだまだ元気いっぱい。
 生徒の皆さんは、一年に2~3回、あるいは、それ以上、タイへ行って武者修行をしておられる方達が多く、実に素晴らしい! やはり現地へ行かないと。生きたタイ語、いっぱい聞きたいですね。
 今年は本当に気合を入れて勉強してください。平成最後の総まとめ。時間を有効に使い、頭にも心にも刺激を与えましょう!

酒を愛したシャム猫

池波正太郎の『食卓の情景』(新潮文庫 昭和55年刊)を読み直した。50話ほど収録されている随筆の中から、まずは「師走の私」と「新年の私」に関するものを読み、大作家が過ごした昔の下町の年末風景と正月の情景を追想する。
 さて、その次はどの話に飛ぼうかと思ったところ、「酒」という話が目にとまった。理由は、パラパラとページをめくっていると、シャム猫という文字が目に入ってきたからである。
 「私が飼っているシャム猫は、清酒が大好物だ。深夜。のこのこと書斎へ入って来て、ひとりで机に向っている私のひざへ乗り、しきりに鼻を鳴らす。酒がほしいのだ。私の書斎には、私ひとりで酒の支度ができるようになっている。いまも、私のひざで鼻を鳴らしている。小皿へ清酒をついで、彼女がピチャピチャとたのしむところをながめることにしよう」
 シャム猫は雌? 酒飲み? すごいなあ。しかし、酒を飲む猫をなでながら年越しをするのもいいもんだ。にゃんとも言えず平和そのもの。

一座建立

 私は足首を骨折してから正座をして座ることができないので、お茶の稽古はできない。しかし、お茶の教室には顔を出している。一度始めた習い事を簡単にやめてしまうことはいけないと自分に言い聞かせているからである。
 和菓子をいただき、抹茶を楽しむだけでもいいと思っているが、何かお役に立てるものはないかと考え、茶道講師の許可を得て、稽古風景や、掛軸、香合、そして、花飾りを写真におさめることにした。
 帰宅後、それらの中から良く撮れた写真を先生にラインで送信すると、次なるお返事をいただいた。
 「和やかなお稽古風景、嬉しいです。一座建立ですね」
 茶道の世界では「一期一会」という表現が余りにも有名だが、「一座建立」という四文字熟語も茶道の世界ではよく知られている表現であることを初めて知った。その意味するところは、「亭主と客人との間に一体感が生ずるほど充実した茶会となること。茶会の目的の一つとされる」ということらしい。泰日文化倶楽部も講師と生徒の間にこの一座建立の空気が流れることを願ってやまない。

豆乳(น้ำเต้าหู้)

今月バンコクへ行った時、初めてのホテルに泊まると、入り口にセブンイレブンが入っていた。そこで買った豆乳(น้ำเต้าหู้)が美味しかったので、思い出にと思い、空になったペットボトルを持って帰って来た。
 製品の名前は、「TOFUSAN น้ำเต้าหู้」。私がボトルに興味を示したのには他に理由が有る。それは、その製品に対してわかりやすい説明が可愛い坊や(T君)の絵と共に書かれていたからである。
 例:①รสดั้งเดิม ②เป็นแหล่งของโปรตีน ③คั้นสด ④คัดสรรถั่วเหลืองเบอร์1 ④รสชาติแบบดั้งเดิมจากญี่ปุ่น ⑤ดื่มง่ายทุกเพศทุกวัย
 たかがラベルだと思ってはいけない。このラベルの単語や表現からいろいろなことが学べる。タイ語の勉強のために、あえて翻訳はしないので、冬休みの宿題だと思って自力で訳してみてください。

トムヤムクンの固形スープ

退院祝いに、スープや茶漬けやくずゆが入ったセットを頂戴した。それらは全て、もなかの型に入ったものであり、お茶をかけていただくものである。よく見ると、「トムヤンクン」というものも有った。昨日、それを賞味した。なんとも言えぬ不思議な味である。中に3ミリ程度の桜海老が入っていた。和製トムヤムクン?
 トムヤムクンは、日本人の耳に「トムヤンクン」と聞こえるので、この表示が定着して久しい。「トムヤムクン」と正しい表記をすると、かえって間違っているように思われるから、いささか不愉快。
 昨日、読書をしていたら、その本の中に、「クローズ アップ」は、「クロース アップ close up」が正しく、「ニュース」は、「ニューズ news」と読むのが正しいと書いてあった。
 このような事例は枚挙にいとまが無い。どこかの時点で訂正できないものであろうか。

久々の古本屋

 昨日は新宿に出て、手帳とお年玉袋を買った。新宿のビル群ではクリスマスツリーを撤去して、立派な門松を自動ドアの両側に据えていた。一気に年の瀬モードになってきた。
 新宿から早稲田行きのバスに乗り、西早稲田で下車し、古本屋に立ち寄る。久々の古本屋だ。昔の銭湯の番台みたいなところに店主が座っている。客が来ようが来なかろうが、一向に気にしないという堂々たる態度の店主。すべての本にパラフィン紙がかぶせられていて、店主のこだわりが見られる。
 私のあとに一人の男性が入って来た。そして、店主に話しかける。内容は両親が立て続けに亡くなったので、遠いところに引っ越すことになり、最後の挨拶に来た旨の内容が聞こえてきた。だが、店主の口からお悔やみの言葉は発せられず、静かに聞いているだけであった。ご近所さんが一人、二人と去って行く。それでも彼は古本の山の中で、彼の信念で店を守り続けて行くのである。

インド洋大津波から13年

今朝、NHKニュースで、インド洋大津波の経験を生かすためにプーケットのカオラックに防災のための博物館を建て、学校や地域で防災教育に励んでいるタイ女性のことが紹介された。インド洋津波から13年が経過し、人々が忘れてしまいつつあることに警鐘を鳴らし続けている彼女は失望したこともあるが、昨年、仙台にやって来て、いろいろなことを学び、元気を取り戻し、子供達に防災の大切さと防災訓練をほどこしている。その一連の映像を見て、彼女の尽力と熱意をすばらしいと思った。
 インド洋津波から13年。あの日の映像はいまだにまぶたに焼きついている。私は仕事のために現地へ行って取材することは叶わなかったが、その代わりに、女子大学生のスポンサーになって、彼女をカオラックに派遣した。立派なレポートを作成した彼女は、現在、広島県で英語やタイ語の通訳をし、かつ、タイ人研修生に日本語を教えている。