昭和のロマン喫茶店

「タイ語中級14:00」のクラスの生徒達と食事をすると、そのあと、自然にお茶をしようということになる。そこで高田馬場駅から歩いて1分もしないところにある純喫茶店へ2回ばかり行った。名前は「ロマン」。昭和の名残りをただよわせている。そんな喫茶店があるとは全く知らなかった。
 2回目に行った時、年をとった店主が私に言った。「あなたは前回いらした時、あなただけ食事をしましたよね」
 私はびっくりした。たしかにそうであったから。生徒達はお茶をしたのに、仕事のためパーティーに間に合わなかった私だけが生姜焼きを頼んだ。
 私が驚いたのは店主が私のことを覚えていたことだ。次から次にやって来る客がいるというのに、覚えてもらって光栄である。帰り際にレジの前で、そっと尋ねてみた。「おいくつですか?」
 彼は答えた。「70歳です」 それを聞いて、同世代であることに共鳴を覚えた。まだまだ頑張らねば……。
 余談になるが、2回目に行った時、今、世間で話題のセーラー服おじさんが入って来た。タイでももうすでにネットで有名だそうだ。喫茶店は都会の停車場であり、オアシスと言えよう。

手作りの語彙力試験

昨日、706号教室に於いて、午前11時半から「語彙力試験」を実施した。受験者はわずかにA子さん1名。レベルは入門クラスが終わり、初級クラスに入っている生徒さんなので、その方に合う問題作りをした。採点の結果、及第点に達したので安心。
 試験問題の難易度はいくらでも変えられる。だが、難しすぎるのはよくない。自分の学力に対して、まずは生徒自身に自信を持たせることが肝心だと思う。誤答があれば、以後、気をつけて直せばよろしい。
 日曜日は、同じ時間帯に806号教室でB子さんに個人レッスンをしている。そこで、このB子さんにも同じ問題を解いてもらった。やはり及第点を取った。「次回は90点越えを目指してくださいね」と、私は励ました。
 ところで、このA子さんとB子さんだが、二人に或る共通点が有ったので、私は二人を引き合わせることにした。全くの初対面ではあったが、すぐに打ち解けたようである。
 A子さんが先に教室を出て帰って行かれたが、聞くところによると、約束をしたわけでもないのに、二人はまたしても東西線の駅で出くわしたのでランチをしながら、さらに話に花を咲かせたようだ。
 試験は緊張したが、そのあと、素敵な時間を持つことができた喜びをA子さんがメールで伝えて来た。
 日曜日、億劫がらずに外出するのもいいことだ。因みにA子さんは茨城からわざわざ受験に来られた。

一犯一語

フランス文学者の椎名其二氏(1887-1962)を検索していたら、社会思想家の大杉栄(1885-1923)が関連して出てきた。大杉が翻訳していた『ファーブル昆虫記』を、大杉亡き後、椎名が引き継いで翻訳して完訳させたことがわかった。
 ところで、大杉栄だが、彼は軍人の父親の勤務の都合で、香川県丸亀市で生まれている。しかしすぐ他所に移って行ったようであるから、丸亀で彼の話を聞いたことは一度もない。
 私が彼のことを紹介する文章を読んで関心を持ったことは、彼のモットーが、「一犯一語」というものであったということだ。彼は活動家として逮捕されるたびに、「一犯一語」を自分に課し、まずはエスペラントから始め、次に、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語と学んで行ったようである。逮捕されて最初の3ヶ月で初歩を習得し、6ヶ月で字引き無しで解読することを目標にしたとのこと。フランス語はもともと出来たので、ヨーロッパの言語の習得は早かった。とはいえ、相当の集中力であったに違いない。
 彼曰く、「もう少し刑期が延びないものであろうか」、と。

お好み焼きを焼く人

高田馬場駅前にあるビルの地下に、昨年からお好み焼きの店が開店した。広島風ということなので、3回ばかり食べに行った。
 私は焼いているところを見たくて、いつも鉄板焼きの前に座ることにしている。水で練った小麦粉を垂らして直径10センチくらいの円形にするのが面白い。刻んだキャベツを7センチくらい、その円形の上に山盛りにして、次に豚のスライスを3枚ばかりのせる。しばらくすると、ひっくり返すのだが、これがまた見事だ。最後に卵を1個、その円形の下に押し込み、ぐいぐいと上からへらで押さえつけ、形を整える。この間、約7分くらい。
 お好み焼きの焼き方くらい誰でも知っているので、何故、こんなことを書くのかと思われるであろう。だが、今日、私がこれを書くのには理由がある。
 その理由とはこうである。1枚約千円くらいのお好み焼きの原価たるやせいぜいが百円程度。ところが、お好み焼きを焼く店の人の顔付きは実に真剣そのもの。そして、手さばきはまるで1万円のステーキを焼くが如し。都内の有名ステーキ店のシェフに劣らない。
 私は焼く人の技に見入ってしまった。原価百円のものを、まるで1万円のステーキと同じように焼く真剣度。何の仕事であれ、仕事はこうであらねば、と教えられたわけだ。

根岸の薬膳居酒屋

昨日、仕事が終わったあと日暮里へ行った。最近、知り合ったばかりの方が根岸で薬膳カレー屋をやっていると聞いたので、根岸界隈を歩いて訪ねてみることにした。
 店は夕方6時開店だった。したがって、1時間、散策。まず、目に止まったのが、「文政二年創業 羽二重団子」の店だ。文政二年は1819年。かれこれ200年になる。店頭のすぐ傍に、「王子街道」という石碑が立っていた。埼玉や群馬へ行く人達が通ったのであろう。夏目漱石が愛した店とのこと。
 創業350年になる豆富料理店「笹乃雪」まで歩くと、町のそこかしこに正岡子規の俳句が紹介されており、風流であった。言葉を愛する生活はなんとすばらしいことよ。
 6時過ぎ、「温気瑠」という薬膳カレー屋に入った。ここは夜、薬膳居酒屋となる。店の読み方は「オンケル」。名前の由来は、「アンクル。おじさんですよ。ドイツに旅行した時、気に入った店があり、それがオンケルだったから」と、店主は説明してくださった。
 まずは定番の薬膳カレーを注文。30種類の雑穀と20種類の野菜で作ったカレーだ。健康のために毎日通って来たくなった。
 この店には顧客がついているようだ。店内の写真や似顔絵で分かる。大人の集まりの場所として、いろいろな職業の方達が集っているのを聞くと、また行きたくなった。

大学生2名の感想

昨日、上智大学へ出講した。4月から数えて、第11回目であった。いずれの学生も皆、タイ語の発音がいい。若いから耳がいいのだろう。
 S子さんが言った。「先生、私がバイトをしている店にタイ人が来たんです」 
 私はすぐに尋ねた。「あら、あなた、タイ料理店でバイトをしているの?」
 「いいえ、メキシコ料理店です。先生、私のタイ語、通じました!」と彼女が嬉しそうに言ったので、私も得意になって応じた。「もちろんですよ。すぐに使えるタイ語を教えていますからね」
 他に、W君の感想も嬉しかった。「ムエタイ・ジムでタイ人コーチにタイ語で話しかけると通じました。日本人である会長がタイ語で話しても全く通じないんです。変だなあ?」
 私は自信を持って言った。「あなたにはしっかりと発音訓練をさせています。だから、あなたが話すタイ語はタイ語としてちゃんと聞いてもらえるのよ。発音を徹底して学んだことがない日本人のタイ語はタイ人には通じません」
 彼らは私の授業を15時間受けた段階で、タイ語がタイ人に通じたことを確認したことになる。二人ともとてもすばらしい笑顔を見せた。

水曜日の5クラス

泰日文化倶楽部では、水曜日に5クラスの授業を開講している。
(1)タイ語入門13:00=男性の生徒はムエタイの古式型に関心がある。女性の生徒は近々、御主人が駐在しているバンコクへ出発だ。
(2)タイ語中級15:00=このクラスは高齢者ぞろい。「8月はお休みにいたしましょうか?」と私が言うと、「毎日が休日だから、お休みは要りません」と元気な返事が返ってきた。
(3)タイ語中級18:30(707号教室)=9ヶ月、休学しておられたM氏が昨晩から復帰された。定年で職場が変わったため多忙であったことは知っていたが、新しい会社はタイと関係があるとのこと。タイ語ができることは強みである!
(4)タイ語中級18:30(806号教室)=タイの冠婚葬祭や伝統行事に関する単語や文章を学んでいる。難しそうだが、皆さん、楽しそうに勉強しておられる。
(5)タイ語中級20:00=このクラスの生徒達は毎年、8月に夏休みを取る。バカンスは必要だ。タイで鋭気を養ってほしい。

タイ語入門の生徒達

昨晩、「タイ語入門 月曜日19:30」に7名の生徒が参加した。火曜日や木曜日の生徒達もサービスで入ってはいるものの、活気が有って、とてもいい雰囲気であった。
 男性が2名、女性が5名の構成。これまでは男性の比率が女性を上回っていたが、6月からそれが逆転した。女性の皆さんがタイに関心を持たれることはいいことだ。タイ固有のすばらしさを女性の眼で発見してほしい。
 女性5名のうち、2名は中国人である。一人の中国女性がタイ人講師の質問にどう答えていいのかとまどっている時、もう一人の中国女性が中国語で助け舟を出した。その中国語たるや実に速かった。
 中国人達はタイ語の勉強が楽しくてたまらないようだ。あくまでも趣味で学んでいるそうだが、二人とも日本語はペラペラなので、タイ語の習得も早いと思われる。
 私は言った。「政治のこと、あまりわからないのよ」 すると、中国人が言った。「政治は政治。私達は仲良くしましょう」

水道の栓はしっかり閉めよう

昨日、教室へ行くと、洗面所の水道から水がちょろちょろ流れている。おそらく、土曜日の16時以降からずっと流れていたと考えられるから、20時間も流れっぱなしだ。
 どうしてこんなことになったかと考えた結果、次なることを想定した。
 最近のトイレはほとんどがセンサー式になっており、水道の蛇口の下に手を近づけさえすれば勝手に水が流れてくれる。水道の栓を閉めるということは少なくなった。家庭に於いても、システム・キッチンというものは、水道の蛇口の部分がレバー式になっている。
水道の栓を閉めるという行為が必要でなくなってきているので、水道の蛇口の扱いが甘くなっているとしか思われない。
 考えてみれば、水道の蛇口は決して清潔ではない。センサー式のほうが衛生上、はるかによろしい。だが、それはそれとして、これから先、日本人の多くが水道の栓をしっかりと閉めなくなったとすると大変。
 お説教じみて恐縮だが、今日で今年も半分が終わる。箍(たが)が弛んでいるはずだ。気を引き締めて、2014年後半を迎えよう。

ネパール料理店 vs そば屋

 昨日、仕事に行った場所は東京と埼玉の境目辺りであった。道路の片側は住宅街、一方、反対側には工場やバスの車庫が有った。
 さて、昼休みになったので昼食を取るため周辺を歩いた。だが食堂らしきところが見当たらない。やっと見つかったのが、アジア料理店。タイ料理があるかもしれないと思ったが、店先に置かれたメニューの写真はいずれもインド・カレーであった。ネパール国旗が目に止まったので、もしかすればネパール料理店かもしれないと思い、店の引き戸を開けると、店内は会社員らしき人達でいっぱいであった。そして、小柄なネパール人ウェイターに、満席だからダメという合図をされた。
 ひなびた場所だから、誰も入っていないと思いきや、なんと客は大入りであった。
 致し方なくその店をあとにして、数件、歩くと、今度はそば屋ののれんが目に入った。そこに入るしかないと思い、引き戸を開けると、工場の工員さん達がやはりたくさんいた。私はとろろそばを注文し、工員達を観察した。
 ネパール料理店の看板はド派手な色合い。それに比べて、そば屋ののれんは藍に白抜きの文字。遠くから見ると、藍ののれんの方がよく目立った。