今日の宿題

 12月もそろそろ中旬。大掃除を開始するも良し、あるいは、厄払い (สะเดาะเคราะห์)をするも良し。
 今日はタイ語の簡単な単語の綴りをもう一度、確認しよう。そこで、初・中級者向けに、「ตก(落ちる)」を用いた表現の出題をする。以下の日本語を辞書を見ないでタイ語で書いてみてください。

   1.階段から落ちる          2.失業する
   3.飛行機が墜落する         4.試験に落ちる
   5.色落ちがする           6.陽が沈む
   7.魚釣りをする           8.値段が下がる
   9.撃ち落とす           10.驚く
  11.下落する            12.了承する
  13.装飾する            14.飛行機に乗り遅れる
  15.池ポチャ(ゴルフ)       16.流星
  17.電車が脱線する         18.寝違える
  19.汗が落ちる           20.滝

無事是貴人(禅語)

 昨日、今年最後の茶道教室に参加した。床の間に掛けられていた軸は「無事是貴人」。読み方は「ぶじこれきにん」。
 おそらく昨年もこの軸が掛けられていたはず……。茶道講師のご配慮だと思われる。「いよいよ師走を迎え、今年一年、無事に過ごせたことを喜びましょう」ということであるのは明白である。
 だが、念のため、この禅語を調べてみると、さらなる深い意味が有った。禅語としての「無事」とは、「馳求心(外に向かって求める心)をすっかり捨て切ったさわやかな境涯です。求める心を捨てるといっても、無気力無関心であれ、惰性で生きろということではありません。また財産や名誉をあくせく求めるなという表面的な戒めとも違います」
 「無事」とはいわば、「求めなくてもよいことに気づいた安らぎの境地といえます」
 長い引用になったが、この境地に達するのは難しい。しかしながら、この禅語の意味を学んだことを良しとしよう。来年の12月まで果たして実践できるかしら?

タイ語力の全開

 春から夏への衣更えの時、冬物の一部は処分したほうがいい。だが、もったいないという気持ちがどこかに….。あと一年は着ようと自分に言い聞かせて、結局しまい込んでしまう。
 いよいよ本格的な冬が始まった。箱の中にしまった冬物を出して来た時、なつかしい友に会った気がする。簡単に捨ててしまわなくてよかった。今年も上手に着まわしていこう。
 これはタイ語の勉強にも言える。数年にも亘り時間をかけて継続学習をして来られた生徒達は相当数の語彙力、ヒアリング能力、会話力、そして、タイに関する知識がたくさん備わっているはずだ。
 いつも受身で勉強するのではなくて、これからはそれらをうまく応用して、生きたタイ語を楽しもう。
 洋服のコーディネートと同じく、タイ語も諸能力をうまく組み合わせながら、新たなる視座を見つけようではないか。

今日の宿題

 ダルニー基金で有名な「公益財団法人 民際センター」から、<活動報告書送付のご案内>という封書が届いた。その一部を以下に記載するので、タイ語に訳してみてください。

 昨年度の民際センターの活動状況につきまして、報告書を製作いたしましたので、下記の通りご送付申し上げます。あらためまして、心温まるご支援に対し、子どもたちに代わり厚くお礼申し上げます、今後とも変わらぬご厚誼、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。」

寅さんと渥美清

 昨日の『徹子の部屋』に登場したゲストはあの山田洋次監督(88歳)。もうすぐ封切られる新作映画「男はつらいよ お帰り寅さん」の宣伝が目的だが、淡々として渥美清の思い出を語った。
 渥美清は新宿や浅草の映画館で一般人と混じって、自分の映画を見ていたそうだ。そうすることによって、新宿の観客と浅草の観客の笑いの相違点を肌で感じ取っていたとのこと。
 確かに映画館だと観客の反応や共感が如実にわかるであろう。部屋にこもってDVDを再生しても、その感覚は伝わって来ない。
 昨日、買物帰りに雑司ヶ谷にある古本屋に寄ってみた。古本屋が存続していること自体に感謝。そして、ぐるりと書棚を一通り見回すと、最後に、『おかしな男 渥美清』(小林信彦著 ちくま文庫 2016)が鎮座ましましていた。即、購入した。

ปรนนิบัติ(プロンニバット)というタイ語

 昨日、「タイ語中級 水曜日14:40」のクラスを見学していると、ボン先生が「ปรนนิบัติ」というタイ語を白板にお書きになり、「この単語はดูแล(面倒をみる)と同じです」と解説された。
 この格調高い単語を久々に耳にして、しばし瞑想した。何故ならば、「つきっきりで、心をこめて、お世話をする」という意味を有しているからである。
 昨日、アフガニスタンで尊い命を奪われた中村哲医師のニュースに接し、何回も繰り返される映像を見ながら、中村先生の御顔と態度はまさしく、ปรนนิบัติ(プロンニバット)の精神に満ち溢れておられると思った。

シャーダス(ハンガリー語)

 昨日、代々木上原に在る古賀政男音楽博物館けやきホールへ行った。大学時代の友人の娘さんのヴァイオリン演奏を聴くためである。大学女性協会という団体が主催したもので、ピアノを演奏したのはチューリッヒ在住の若手日本人男性であった。
 曲目は有名なものばかりであったから親しみやすかったが、最後の曲だけは初めて。それは、モンティ(イタリア人)が作曲した「シャーダス Czardas」という曲で、解説を読むと、次のように書いてあった。
 「シャーダスとはハンガリー語で、居酒屋の、という意味を持っています。募兵制(兵士一般市民から募り、戦地へ送る)であった時代に、酒場で宴会を開いて兵士を誘い、軍隊の楽しさをアピールして勧誘したそうです。近代以降は徴兵制となったハンガリーですが…..」
 これを読んで、チューリッヒ駅構内を思い出した。たくさんの傭兵が大いに盛り上がっている光景を見たことがあるからである。

或るベトナム女性の話

 私は茶道教室の仲間と一緒に月に2回、中華料理を食べに行くが、そこにはベトナム女性がバイトしている。現在の女性は二人目だが、働きぶりを見ていると、非常に好感が持てる。一昨日、店長に訊いてみた。
「前にいたベトナム女性、新しいところで頑張っているかしら?」
 店長はすかさず答えた。「介護施設に就職できたのですが、労働環境に馴染めなくて、もう辞めたそうです。ベトナム人の恋人がいるので、二人そろってベトナムに帰るみたい」
 それを聞いて、私はそのほうがいいと思った。自分の国に帰って、幸せな家庭を築くほうがいい。介護施設で働いてくれるのは日本人にとっては有難いが、想定外のことがあって気分がふさぎこみ、ストレスがたまるようではよろしくない。
 東京は年々、恐ろしいくらい複雑化し、ストレスの坩堝(るつぼ)となっている。緑豊かなベトナムで堅実に生きるほうが確かなる幸せが得られると思う。

バイリンガルの家庭

 一昨日、ドイツ在住の御夫妻と食事をした。ご主人は毎年5月に来日しておられるが、奥様は7年ぶりのご帰国だとのこと。ご子息もついて来られていたので、話題がつきなかった。
 もうドイツに住んで48年であると聞いて、気が遠くなりそうになった。当然、息子さんはドイツ生まれ。とても丁寧な日本語を話される。そこで奥様に日本語指導について尋ねたところ、次のように答えてくださった。
 「家の中では日本語だけにしておりました。学校から帰って来た時、息子がドイツ語でペラペラとしゃべるのを聞いた後、それを日本語できちんと言ってごらんなさい、と言って、日本語を訓練させました」
 そのようなご家庭だから、メールの文章もものすごく丁寧である。
 御夫妻は毎回、JALを利用しておられるそうだが、7年ぶりに日本の若い客室乗務員に接した奥様はがっかりされたとか。CAの言葉遣いや返事の仕方があまりにも雑であると感じられたのが理由である。

今日の宿題

 今から35年前、デパートでコンピューターによる運勢占いをしたことがある。その時の結果を今でも後生大事にとってあるが、久々に出して読んでみた。不思議や不思議、80%は当たっているではないか!
 現在、私は晩年期に突入している。晩年の占いは以下の通りである。タイ語に訳してみてください。

 経済的にも家庭的にも安泰の日々を送れます。又、立派な後継者も育ち、しかも長寿の人です。
 晩年期は依然として仕事か何かで活躍して下さい。
 隠居さんはもったいないですね。