大納言小豆

 都電荒川線(さくらトラム)の始発駅でもあり終点でもある早稲田駅のすぐ近くに古びた乾物屋がある。初めて入ったその店の中は日本全国からの乾物でいっぱい。徳島県の半田そうめん、多良間島の黒糖、北海道道東産のきざみ昆布、そして、大納言小豆を買った。

 「小豆、有りますか?」と店主に聞いたら、「少々お待ちください。冷蔵庫から出して来ますから。小豆そのものが甘いので虫がつきやすいんですよ」とのこと。店主はビニール袋に漏斗を差し込み、一合の升に小豆を摺り切り入れては漏斗の中に落とし込んでいった。目の前での実演には駆け引きがなく、昔の光景が思い出された。

 大納言小豆の命名についてネットで調べてみると、二つの説が書かれてあった。①江戸時代、上納用として大切な農産物であったことから「大納言」。②煮ても皮が切れないので切腹の刑が無い「大納言」。私の目的はポリフェノール豊富な小豆を食べて、ウィルス対策&老化対策としよう。

今日の作文

 『衣食足りて、住にかまける』(島田雅彦 光文社 2004年)から出題する。

1.暮らしの中に川は必要だけれども、グリーンも必要なのだ。

2.自分は都会者だと思っていたが、ある程度の規模の雑木林がないと落ち着かないということがわかった。

3.雑木林や川原は今も昔も自分の喜怒哀楽を処理する場所だったのである。

4.嫌なことがあっても嬉しいことがあっても川原に行く。

5.川はその時々の精神状態を映す鏡なのだろう。

6.用もなく雑木林の中を歩き、木に向かってぼやく。

7.自我が苦しいときになんとなく逃げ込める隙間みたいな場所が私には必要なのだ。

時には英語を

 元タイ人講師からすばらしい英文が送信されて来た。それには人生を達観した老婦人の写真が添えられてあった。出典が書かれていないが、孫引きさせていただく。タイ語に疲れた頭を休めるには、英語に戻ることも良きことなり。

  As we grow older, real beauty travels from the face to the heart, appeal turns to charm, hurt to wisdom and great momennts to shared memories. The true beauty of life is not how happy you are now, but how happy others are because of you.

高田馬場の金屋さん

 高田馬場には中国人やミャンマー人がたくさん住んでいるから物産展が多いのは当然だ。そして、雑居ビルに入っているミャンマー人の店屋で金(24K)製品を売買しているのを見たことがある。

 先日、泰日文化倶楽部から早稲田通りを中野方面に向かって歩いて行くと、道路沿いにキラキラする店屋が有った。相当数の金のネックレスを陳列の中にきれいに並べているではないか。以前、そこは確かタピオカの店であったはず。タピオカの粒が金になるとは、何とまあ大出世だこと。

 表の看板を見るとベトナム人経営の店であった。隣りはベトナムのサンドイッチであるバインミーの店。ベトナム人は日本で稼いだお金で金を買う。あと数年すれば、そこら辺にあと数店舗、金屋ができるかも…..。そして、高田馬場にリトル・ヤワラートが誕生し、金屋が金行へと変身して行くかもしれない。

今日の翻訳

 『กระต่ายสามพี่น้อง』の第2回目である。童話に出て来るタイ語の動詞を見直し、そして確実に習得しよう。

1.ขนฟูออกไปหากิ่งไม้ ขาวนวลตามไปด้วย พบลุงหมี ลูกหมีช่วยหักกิ่งไม้ให้ “ขอบคุณมากตรับ ลุงหมี” ขนฟูกล่าว

2.อีกวันหนึ่ง ขาวนวลตามหูยาวไปหาหญ้าแห้ง พบพี่กวาง พี่กวางก็มาช่วย “ขอบคุณมากค่ะ พี่กวาง”

3.ทุกๆวัน ขนฟูและหูยาวขนกิ่งไม้ ใบหญ้า กลับบ้าน ขาวนวลช่วยหอบของเดินตามหลังอย่างทุลักทุเล

4.ขาวนวลหันไปหาหูยาวที่กำลังสานที่นอนอยู่ “ช่วยพี่หูยาวดีกว่า”

5.“โอ๊ย! ทำไมมันพันกันยุ่งอย่างนี้” ขาวนวลร้อง

6.“ใจเย็นๆ สิจ๊ะ ขาวนวล” หูยาวหัวเราะที่เห็นหญ้าพันตัวขาวนวลเต็มไปหมด

大漁旗

 福島駅前に在る大衆酒場に行った。一人なのでカウンターに案内された。そのカウンターには紙と鉛筆が用意されており、名前、電話番号、日にち、そして、どこから来たのかを記入しなくてはならなかった。東京から来たことを正直に書いた。

 会津若松の日本酒である「会津中将」を注文。肴は鯵と鰹の刺身。若くして亡くなった元教え子に献杯。店内を見回すと広間の壁に大きな大漁旗が飾ってあり、「高松築港」と書いてあった。福島県に香川県の大漁旗とは不思議や不思議。

 カウンター内にいた女性に尋ねてみた。「なぜ香川県の大漁旗が有るの?」 するとその女性は素っ気無く答えた。「ネットで買ったんですよ」、と。不要になった大漁旗がネットに出されていたので、デザインだけを見てそれをインテリアとして購入したまでというふうに聞こえた。ネット社会で地元愛は消えた。

今日の作文

1.7月10日(日曜日)、参議院議員選挙が有る。

2.候補者達のポスターを貼ってあるボードを見ていると、元教え子の顔と名前を見つけた。

3.彼が政治家を志望していることを知って驚きを覚えた。

4.もしも当選すれば、社会改革に大いに頑張ってもらいたい。

5.とはいえ、いずれの党も選挙後は公約を果たすことを忘れる傾向にある。

米沢と米沢紬

 6月24日、福島へ不祝儀で行った。だが、時間的に余裕ができたので、翌日、米沢へ足を延ばしてみた。新幹線でわずかに30分。山、山、山。山が形を成しているので山形県? 山形県は私にとって初めての県である。

 米沢と言えば、上杉鷹山公(1751-1822)。したがって、上杉神社に参詣。そのあと「伝国の杜(米沢市上杉博物館)」で米沢市の歴史を勉強。産業奨励がいかに大切であるかがよく分かった。

 米沢は紅花で染めた米沢織の紬が有名である。私はその米沢紬の着物を2枚持っているので、どのような工程でできあがるのかを「米織館」のビデオで学んだ。かつて山形の繭がタイへ輸出されていると聞いたことがあるが、広大な場所に桑が植えられ、養蚕に励む米沢の人々とタイとの関係が確信できた。

休筆(2日間)

 昨日、訃報が飛び込んで来た。36年前の生徒さんであるA子さんが他界。コロナ禍のため、東京から行く者は嫌われそうだが、「お焼香だけなら」という制約の中で福島へ行くことになった。

 御主人も私の元教え子である。お二人はかつてカンボジアで3年間、政府系の仕事をされた。愛情にあふれたご家庭を築き上げられていたのに……。1ヶ月半前に彼女と電話で話した声が私の耳底にずっと残っている。

 したがって、明日と明後日、ブログを休みます。

今日の翻訳

 『กระต่ายสามพี่น้อง』(มัลลิกา ตัณฑนันทน์ กับ กอบกาญจน์ เทียนไชยมงคล 共著 ศึกษาภัณฑ์พาณิชย์ห้出版 พ.ศ.๒๕๕๕)から出題する。

1.ขนฟู หูยาว ขาวนวล สามพี่น้องอาศัยอยู่กับพ่อและแม่ที่ชายป่าแห่งหนึ่ง

2.ครอบครัวกระต่ายอยู่กันอย่างมีความสุข สามพี่น้องโตวันโตคืน

3.บ่ายวันหนึ่ง ขณะที่ทั้งสามนั่งพักผ่อนใต้ร่มไม้ ขนฟูพูดขึ้นว่า “เราทั้งสามก็โตแล้ว เราควรไปหาที่อยู่ใหม่กันไหม”

4.“น้องชอบที่เดิม เพราะคุ้นเคยกับแถบนี้” หูยาวกล่าว

5.“หนูไม่อยากไปที่อื่น หนูอยากอยู่กับพ่อแม่” ขาวนวลยืนยัน

6.“เอาอย่างนี้” ขนฟูตัดสิน

7.“เราไปช่วยกันหากิ่งไม้ใบหญ้ามาต่อเติมบ้านกันเถอะ”