今日の宿題

 昨日、「タイ語中級 金曜日19:00」のクラスで、<สาธารณะ 公共の>という単語が出てきた。そこで、今日の宿題として、以下の単語をタイ語で書きなさい。
(1)公園
(2)公衆電話
(3)公衆トイレ
(4)公衆
(5)世論
(6)公益
(7)公害
(8)共和国
(9)公的扶助
(10)公衆衛生
(11)厚生省
(12)公共事業

目の不自由な青年と駅員

 昨日も雨で寒かった。西日暮里駅から千代田線に乗り換え北千住に向かった。昼前なので電車はすいていた。優先席に座ると、反対側に座った青年が指を点字の機器に這わせている。その動きたるや、ものすごく早い。情報収集に余念が無い感じだ。そして、北千住駅が近いという車内放送を聞くと、折りたたみの白状をパッと1本にして、降車の準備を始めた。目が不自由な青年であることはすぐにわかったが、彼のスマートな動きについ見とれてしまった。
 電車を降りた時、駅員がドアのところで待機しており、彼を改札口まで誘導した。エスカレーターには乗らず、二人は階段を上がって行った。誘導は改札口までであろうと思っていたら、駅員は地上まで付き合って行った。何とすばらしいサービスであることか!
 先日、優先席の前に立っていたら、黒の盲導犬が伏せていた。気が付かなかった私はあわや蹴飛ばしそうであった。目の不自由な女性と盲導犬は高田馬場駅で降りたので、私も一緒に降りた。立派に任務を果たす盲導犬にあらためてエールを送った。

美女 & 美男

 昨日の「タイ語中級 水曜日18:30」のクラスには6名もの生徒が参加し、教室が華やいだ。男性4名、女性2名である。
 私は別のクラスである「タイ語中級 水曜日18:00」(生徒2名 707号教室)を教え終わった後、806号教室へ行ったので、すべての授業を見たわけではないが、バンコクから帰国したばかりの指輪先生の美しいタイ語を聞きながら、生徒達はとても楽しそうであった。
 授業のおしまいに、「バンコクの歩道は凸凹が多い。でこぼこはタイ語で何と言いますか?」と、生徒の一人が質問した。指輪先生は、「ไม่สม่ำเสอ」と答えた。そして、「สดุด (つまづきます)」と言い添えた。
 話はさらに広がり、「美しい女性を見かけると、สวยสะดุดตา と言います。美男の場合は、สะดุดตา(目を引くような)をつけるのではなくて、หล่อบาดใจ (心を痛めるほどのハンサム)と言います」と教えてくださった。
 タイ語初心者は「สวยมาก」しか知らないが、今度、タイの美男美女に会う機会があれば、上記に書いたおしゃれな表現を用いてみよう。

啓蟄

 今日は二十四節季の「啓蟄」。冬眠していた動物達がそろそろ穴から出て来て動き出す頃…..。確かに、三寒四温の中にも、草木虫魚は確実に活動を始めている。人間様もコートを脱いで、軽やかに歩き始めたいものだ。
 「啓」という漢字は、「拝啓」でお馴染みであるが、あまり手紙を書かなくなった昨今、いささか疎遠になりつつある漢字である。以前は「啓」を使った漢字の名前をよく見かけたが、最近のキラキラネームに押されてフェードアウト気味。
 キリスト教徒であれば「神の啓示」という言葉が浸透しているが、無宗教に近い者にはやはり身近な漢字ではないと思う。
 では、「啓蒙」はどうか。昔、「啓蒙主義」という言葉が歴史の本に出て来た。ものすごく難しそうなイメージを受けたが、その意味するところは、「自然の光を自ら用いて超自然的な偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促す」という意味だそうである。
 情報が溢れ過ぎの社会において、自身に対する啓蒙をはかること、それは肝要なり。

気合がいいおにぎり屋

 昨日は寒かった。雨が降り、しかも、風が斜めから吹いて来たので、土地勘が無い場所でバスを待っているのがつらかった。しかし、高齢者の多くが静かに待っていたので、私も10分ばかり、自分の忍耐度をためすために立っていた。
 仕事は2時間で終わり。寒いので早く帰宅したかったが、時間が中途半端なので、大塚駅で降りて、行列ができるおにぎり屋へ行ってみた。店に入るやいなや、年齢差にばらつきがある店員4名が一斉に大きな声をかけてきた。気合十分だ。
 初めて入った店だが、おにぎりを握るのは80歳くらいのおじいさん。握りながら、「どうぞ、何でもご注文くださいよ」と言いっぱなし。鮨屋なら黙って握るが、おじいさんはその反対。彼は一日につき、いったい何個のおにぎりを作るのであろうか?
 ほかの従業員達も心からの声で客をもてなしながら、自分たちにも気合を入れる。午後4時頃の中途半端な時間帯であっても、彼らは元気いっぱいで店を盛り上げる。気合が大事。そして、大きな声は元気の素なり。

「タイ語入門 金曜日18:30」 新規開講!

 3月1日より、「タイ語入門 金曜日18:30」を開講した。生徒はわずかに女性2名だけ。彼女達の強い希望を聞き入れての開講である。
 お二人は高田馬場に在る日本語学校の教師だ。タイ人の生徒が在籍しているからという理由でタイ語を習うのではなくて、単にタイが好きだからという理由で入会された。とても教えやすいという印象を受けた。彼女達が語学教師であるからであろう。
 第一課の「発音と声調」をわかりやすく指導すると、ぐいぐいとついてきた。見学に来られた時、『タイ文字練習帳』をお渡しし、「点線で書かれたタイ文字をなぞって書いてみてください」と言ったところ、興味を持って書いて来られた。勉強意欲たるや満々。
 タイ語の単語も少しばかりご存知であった。単語+単語で新しい意味の合成語になることを教えると、「おもしろい!」と声を上げた。
 語学の上達度は興味や関心の度合いによって決まる。そして、持続する情熱が肝心。

今日の宿題

 昨日、「タイ語中級 火曜日19:00」のクラスを見学すると、生徒の皆さんは、[ตั้ง]を使ったいろいろな表現を発音するのに四苦八苦していた。タイ人講師はゆっくりと発音して聞かせるが、いくら聞いても生徒達はできない。
 そこで、もう一度、[ตั้ง]を使った表現を以下に列挙するので、和訳後、発音を数回、繰り返してほしい。
1)ตั้งใจขยันเรียนภาษาไทยตั้งแต่บัดนี้เป็นต้นไป
2)ต้นเดือนธันวาคมปีที่แล้ว ก่อตั้งบริษัทใหม่ในเขตซินจุกุ
3)เขาฝากเงินไว้ที่ธนาคารตั้งร้อยล้านบาท
4)ลูกเขยได้รับการแต่งตั้งเป็นผู้จัดการใหญ่
5)ติดตั้งเครื่องใหม่
6)ตั้งโต๊ะเร็วๆซิคะ
7)ตั้งชื่อว่าสมบูรณ์
8)ตั้งนาฬิกาปลุก
9)จะตั้งต้นอย่างไรก็ต้องมีที่สิ้นสุด

新しい習い事

 昨日、着付け教室へ行った。昨年2月から始めて第20回目であった。センスのいい女性であれば、そんなに習わなくても、あとは自分でパッパと着られるようになるというのに…….。
 ところが、私は一度習い始めるとすぐにはやめない。何もわからないまま、中途半端でやめるのは教師に失礼だ。教える側には蓄積された知識がお有りだからである。
 着付けに関していえば、少しずつわかるようになった。すると、先生はさらに細かな注意をしてくださる。それが有難い。何故ならば、さらなる奥深い色彩世界に入っていくことができ、和の美を覚えるからである。
 昨日、着付けが終わり、レジで稽古代を支払おうとすると、一人の中年女性が不安そうな表情で店主と話をしていた。着付け教室に入会したいらしい。私は心の中で彼女に言った。「お始めになられたほうがいいですよ。時は金なり!」

白川郷ではぐれる

 昨日、公衆電話から電話がかかって来た。新しい見学者かしらと思って電話に出ると、タイ人元講師からであった。
 「今、白川郷にいるんですけど、息子とはぐれました。吉川先生は息子の電話番号を知っているはずですから、私がアウトドア・ミュージアムで待っていると伝えてくださいませんか?」
 そこで、私はすかさず息子さんに電話をかけ、お母さんが待っている場所を教えた。どうやらお母さんのWi-Fiが壊れて使えなくなっていたらしい。
 白川郷と聞くと、昨年10月に行ったので、込み具合は十分に想像できる。普通、迷子は子どもと思っていたが、外国人もはぐれてしまうようだ。
 ラインでの連絡方法は簡単だが、やはり、息子さん(日本に留学中)の携帯番号だけはメモしておいたほうがいいと思う。