コ/ヨ

視力の衰えを感じる今日このごろである。カタカナの「コ」と「ヨ」が紛らわしくなった。「ココ」が「ヨコ」に見える。しかし、「トヨタ」はちゃんと読める。おそらく頭の「ト」と、最後の「タ」だけ読んで、あとは類推しているのであろう。

漢字も怪しくなって来た。「二」と「三」の横棒の数が滲んで見える。「日」と「目」も然り。そして、読む時だけではなくて、書く時も困るようになった。自分の書いた漢字の線が歪んで見える。「曲」という漢字は横線も縦線も一本多く書いているような錯覚を覚える。

こんな状態だから、タイ語のタイプミスに気づくのが遅くなった。「ถ/ภ ค/ต ฎ/ฏ」等々、タイ語には形が類似した子音が多い。タイプ後、2~3回は読み直すのだが、それでも気がつかないとは…..。由々しき問題だが、年齢のせいだから致し方ない。

初代の生徒さん

4月に入り、懐かしい生徒さんから嬉しいメールを頂いた。彼は泰日文化倶楽部の初代の生徒だ。来年、定年を迎えるので、またタイ語を勉強したくなったそうである。今月中旬、転勤で東京に戻って来る故、泰日文化倶楽部に30年ぶりに復帰したいとのこと。

泰日文化倶楽部は1988年10月に創立。その時の生徒さんは8名。彼はその一人である。バブル崩壊、阪神淡路大震災、アジア通貨危機、リーマンショック、東日本大震災、タイの洪水、そして、究極はコロナの4年間……..。歴史の大波に揺られて、笹の葉のような泰日文化倶楽部はいや、もう大変だった。

初代の生徒さんの復帰はこの上なく嬉しい。彼の学習馬力のすごさは今でも覚えている。最近、30年ぶりにタイへ行ったが、彼のタイ語は錆びついていなかったとのこと。これまた嬉しい話だ。

今日の作文

1.刺身も美味しいが、焼き魚や煮魚も美味しい。

2.バンコクへ行くと、私は「แป๊ะซะปลาช่อนนึ่ง」という魚料理を食べるのが楽しみだ。

3.西京焼きの西京は京都を意味しているそうだ。

4.西京焼きの魚は京都の白味噌の中に漬け込まれた魚を焼く。

5.くさやは伊豆諸島の特産品で、くさや液の中で発酵させた魚を乾燥させて製造する。

6.ナコンパトム県産の上質の「海老味噌 กะปิ」は白米と食べると美味である。

習い事

入学式や入社式のニュースを見ると、新社会人がとても初々しく見える。未知なるパワーがうらやましい。一般社会人にとっても1月より4月のほうが気持ちが前向きになれるのではなかろうか。桜も後押ししてくれるから。

日本人は習い事が好きである。だが、長続きする人と簡単にやめてしまう人とに分かれる。願わくば前者であってほしい。やめたいと思っても続けることが大切。やめたいと思う「迷いの壁」を通り抜けると、その後は続く。

今朝のタイのニュースで、コンケン県の公立学校の数校が入学前に「แป๊ะเจี๊ยะ」を徴収していることが報じられた。語源は潮州語。意味は「権利金」とか「追加料金」。本来、徴収してはいけない「ただ食いの金」だから、由々しき問題だ。

桜とY子さん

シンガポール在住24年のY子さん(元生徒)が今日から私の家にやって来られる。目的は富山にいるご両親に久々に会うことだが、もう一つの目的は桜を見ること。何故ならば、時々、来日してはいるものの、桜の季節ではなかったため、今回が20年ぶりだそうだ。

今年の東京の開花予報は3月19日~22日と言われていたので、4月には桜の満開は過ぎているかもしれないと彼女に伝えていた。だが、3月下旬の寒さが功を奏して、Y子さんは間に合った。

外国暮らしをしていると、しかも年をとればとるほど、桜が恋しくなる。だが、帰国は思うようにいかない。そして、桜がいつ開花するか年によって予測がつかないから、来日時期を選ぶのは難しい。日頃の行いがいいからか、そして、シンガポールで頑張っているからか、桜はY子さんを待っていた。

今日の語彙

1.新年度入り

2.新社長

3.新進気鋭       

4.心機一転

5.前途有望      

6.大器晩成

7.新陳代謝

อิง/เอน

先日の授業の時、ボン先生が「อิง」と「เอน」の違いをジェスチャーをしながら説明してくださったので、とても印象に残った。

「อิง」は「もたれかかる」という意味だが、「女性が恋人によりそうようにしてもたれかかる」というイメージがぴったりのようである。一方、「เอน」は「背中を傾けて背もたれにあてる」という意味なので、リクライニングシート(ที่นั่งเอนกาย)がぴったり。

他にも、「傾く/傾いた=เอียง」という単語が有るが、「เอียงเอน」、あるいは、「เอนเอียง」という合成語が有り、その意味は「ひいきにする」である。いずれも発音が類似しているようにも見える。違いに気をつけて、はっきりと発音するようにしよう。

善玉・悪玉

紅麹関連のニュースは恐い話だ。真相解明を待つしかない。いずれにせよ、健康診断を受ければ善玉や悪玉コレステロールの数値でひっかかる人が大勢いる。よって、処方薬以外にもサプリを服用することになりかねない。

よくよく考えれば、世の中、ありとあらゆる場面に於いて、善玉と悪玉の対比で成り立っているような気がする。ただし、穿った言い方をすれば、善玉から見れば悪玉が悪であり、反対に悪玉から見れば、善玉が悪なのである。皆、自分を正当化したいから…..。

内外のニュースを一日中、追っていると、本当に疲れて来る。新年度を迎え、いずれのテレビ局も新しくニュースキャスターとなった人達がそれなりの抱負を語っているが、彼らは単なる原稿読みにしか見えない。善玉と悪玉はマスコミを通じてますます拡散されて行くだけである。

今日の翻訳

『สารคดี ชุด ถิ่นทองของไทย』(สมัย สุทธิธรรม/ สำนักพิมพ์โอเดียนสโตร์ พ.ศ.๒๕๔๓)の「คำนำ 序文」から出題する。

๑. ผืนแผ่นดินอันกว้างใหญ่ไพศาลของดินแดนแหลมทองแห่งนี้ ได้มีมนุษย์เดินทางเข้ามาอาศัยอยู่นานนับเป็นเวลาหลายพันปีมาแล้ว ตั้งแต่ยุคสมัยก่อนประวัติศาสตร์จนกระทั่งได้วิวัฒนาการชีวิตความเป็นอยู่ของตนขึ้นมาถึงยุคสมัยปัจจุบัน

๒. ดังนั้น เพื่อประโยชน์ในการศึกษา ค้นคว้า และเรียนรู้เรื่องราวของอดีตจนถึงปัจจุบัน ผู้เขียนจึงจัดทำหนังสือสารคดีชุดถิ่นทองของไทยขึ้นมา

๓. ทั้งนี้เพื่อเป็นการเผยแพร่เรื่องราวความรู้ที่เกี่ยวกับภูมิศาสตร์และประวัติศาสตร์ ตำนาน ตลอดจนศิลปวัฒนธรรมหรือขนบธรรมเนียมประเพณี และวิธีชีวิตความเป็นอยู่ต่างๆ ของท้องถิ่นในแต่ละจังหวัดทั่วประเทศไทย พร้อมทั้งรวมเรื่องน่ารู้ และนำแหล่งท่องเที่ยว หรือสถานที่สำคัญของจังหวัด ซึ่งผู้เขียนได้พยายามเก็บรวบรวมเพื่อนำมาเสนอให้แก่ท่านผู้อ่านที่สนใจโดยทั่วไป

津軽弁

2024年3月場所で、伊勢ケ濱部屋所属の尊富士が輝かしい記録を打ち立てて入幕早々に優勝した。彼は青森県北津軽郡金木町(現:五所川原市)出身。したがって、彼の師匠やご親族がテレビのインタビューに応じる場面が多々有った。

私には五所川原出身の友人がいる。最初は彼の話し方に慣れず聞き取れなかったが、時間の経過とともに慣れて来た。知っている人の場合、何を言いたいかは類推できるので、方言の壁はなんとか乗り越えられることができる。尊富士の師匠やご親族の話し方は私の友人とそっくり。何だか顔まで似ているような気がした。

津軽の金木と言えば太宰治だ。彼の生家を訪ねて金木へ行ったことがある。新婚時代に一時暮らしていた家にも寄り、執筆した部屋に置かれた座布団に見入った。太宰の文章は色あせない。彼の音声がどんなものか、それが聞きたい。