คน & ชน

 คน(人)は、入門段階ですぐに出て来る単語である。例:คนไทย(タイ人)。では、次なる単語を訳しなさい。
 ๑) คนกลาง   ๒) คนกันเอง   ๓) คนเข้าเมือง   ๔) คนไข้นอก   ๕) คนจน
 ๖) คนจร     ๗) คนแปลกหน้า  ๘) คนป่า    ๙) คนร้าย   ๑๐) คนใหญ่คนโต
しかしながら、คนというタイ語は、動詞でもある。意味は、かき混ぜる。カレーをつくる時に鍋をかき混ぜたりする動作を言う。あるいは、コーヒーに砂糖を入れてかき混ぜる動作に使う。
 要は、「人」と「かき混ぜる」が同音異義語であるということ。「人というものはかき混ぜるのが好き」と覚えておこう。
 もう一つ、「人」には、ชนというタイ語があるが、この単語も動詞としての意味を持つ。即ち、「ぶつける、ぶつかる、衝突する」という意味である。「とかく人というものは衝突するものである」と覚えておこう。

創業100年の蕎麦屋

 昨日、帰宅のルートを変えてみようと思い、高田馬場駅から上野公園行きのバスに乗り、都電荒川線早稲田駅近くで下車。早稲田から鬼子母神までは3駅だ。
 だが、すぐには電車に乗らず、早稲田大学の裏辺りを歩いてみることにした。そして、蕎麦屋に寄ってみた。「創業100年 感謝セール 上かつ丼 ¥1,200 → ¥800」という店頭の文字に惹きつけられたからである。創業100年とは!
 店内はこれまで入った蕎麦屋の中で一番広かった。しかも、2階は80名の宴会ができるらしく、次から次に宴会客が階上へ上がって行った。
 上かつ丼が入った器がこれまたとびきり大きかった。早稲田の学生のためであることは十分に想像できた。100年間、早稲田大学生の胃袋を満たせて来てあげたこの店。すごい! 
 従業員達は皆、きびきびと働いていた。うまく代替わりをしながら100年を経て来たのであろう。これからの100年も安泰であること間違いなし。

決断は早く!

 先週から個人レッスンを開始した。生徒さんはタイへ20回以上、行ったことがあり、いずれタイに会社を作りたいという目的を明確に持っておられる方だから、グループレッスンではなくて、個人レッスンを選択し、効率良く勉強することを決断された。
 一方、グループレッスンのことを少し話してみよう。問合せが有るたびに、私はすぐにメール返信をしている。しかし、「無料見学、心より歓迎いたします」と書いても、見学者はなかなか来ない。決断がつかないのか、「今月は都合がつかないので、来月にします」という人達ばかり。
 先日、都電に乗っていたら、墓地の広告が目にとまった。「墓地墓地(ぼちぼち)、お墓を考えませんか?」
 なるほど、「墓地墓地=ぼちぼち」か。だが、元気な人は、焦点を定め、決断をスパッとして、朝な夕な、挑戦しようではないか。

白いタイの陶器

 一昨日、シーツを買いに雑司ヶ谷にある布団屋へ行った。そこは昔ながらの布団屋の雰囲気をずっと保っているので、私は20年来、贔屓にしている。江戸時代からやっていると言われれば、そうだと思ってしまいそうだ。
 そこの店には寝具とは全く関係ないものが入り口のガラスケースに陳列されている。アジアの陶器やガラス製品だ。値札はついているが売れている様子は全くない。
 上段に白い陶器が3点。高さ5センチ程度。形は仏塔。値札にはタイ製と書かれてあった。中段にはインドの陶器、下段にはアフガニスタンのガラス製品。
 前々からずっと気になっていたので、奥さんにアジアのものを置いている理由を尋ねてみると、「主人の趣味です。主人は染色家ですが、仲間から手に入るのよ」、とのこと。
 それにしても、その白い仏塔のタイ陶器が気になって仕方がない。かと言って、買う気にはなれない。まるで遺灰入れにしか使い道がないからである。

ブログは今日から18年目!

 私のブログは2002年5月19日からスタートしました。ですから、17年間、書き続けて来たことになります。
 旅行中、及び、不慮の骨折で入院していた期間を除いて、日々、徒然なるままに書いて参りました。
 これからも、マイペースで書きます。どうぞよろしく!

看護師の制服

 福岡在住の元生徒さんからは、3人の娘さん達の成長の様子が記念写真や旅行写真と共によく送られてくる。赤ちゃんの時に抱いてあげた長女さんが、今年4月、地元の看護専門学校に進学。彼女は自宅から歩いて10分の学校を選び、楽しく通学しているそうだ。
 昨晩、「制服が届きました。格好だけは一人前です」という文面とともに父親から写真が送られて来たが、娘さんの表情はこれまで見たなかで一番明るかった。将来、就きたい職業を早く選んだ彼女はすばらしい。
 各分野の制服に対して、これまで堅苦しいイメージをいだいていたが、看護師の制服に限って言えばなかなかいいものだ。医療の世界で大いに活躍してもらいたい。
 ひるがえって、話をタイ語の勉強に戻そう。そろそろマンネリになってしまっている感があるので、たまにはタイの正装に身を包み、恭しく上品なタイ語を喋ったり、あるいは、農民の格好をして、気さくにタイ語をしゃべってみるのもいいかもしれない。変装により、気分だけでもタイ人になってみてはいかが?

羅臼の桜

 昨日、知床半島の羅臼で撮った桜の写真がラインで送られて来た。写真を唯一の趣味とする元タイ人講師からのものである。彼女は4月24日にバンコクから札幌に入り、1ヶ月かけて北海道の桜を撮りまくっている。
 沖縄は梅雨入り。そして、知床は桜満開。日本列島は長い! 
 羅臼の桜は染井吉野の色をしているけれど、花弁がいささかぶあつく見える。寒冷地に適応した別の品種なのであろうか?
 彼女から来た次なる短文を訳してみてください。
 ตอนนี้อยู่Rausu ค่ะ นั่งเรือไปแถวรัสเซีย้เพื่อดูkiller whales
หนาวมากและไม่เจอวาฬเลยค่ะ เรือเขาให้คูปอง ถ้าขึ้นครั้งหน้า เขาจะลดให้ครึ่งราคาค่ะ

今日の宿題

 前回、北海道から群馬県までのことを書いた。今回は次なる県のことを短文で書くので、タイ語で書いてみよう。話題が多岐にわたるのは、タイ語の語彙を増やすためである。
(1) 埼玉県の形は芋の形をしていると言われています。
(2) 神奈川県は人口増加により幼稚園も増えています。
(3) 山梨県はぶどうと桃の産地ですが、宝石の研磨でも有名です。
(4) 静岡県の清水港は活気が有り、昔から流通業が盛んです。
(5) 長野県は自然がいっぱい。願わくば長期逗留をしたい。
(6) 富山県は北陸新幹線ができてから観光客が増えました。
(7) 石川県は観光地が有り過ぎて選ぶのがたいへんです。
(8) 岐阜県は富有柿の発祥の地。大垣在住の友人が柿をよく送ってくれます。
(9) 愛知県はトヨタでもっています。豊田県と県名を変えてもよさそうですね。

ケセラセラ と マイペンライ

 アメリカの歌手・女優であったドリス・デイの訃報を聞いて、「ケセラセラ(Whatever Will Be, Will Be)」という歌がすぐに頭に浮かんだ。
 この歌を初めて聞いたのは私が小学校4年生の時だ(1956年)。当時、高度経済成長期の波に乗ったはいいが、それだけに競争社会の渦に巻き込まれたわけであり、子供達にとっては未来の受験戦争が待っていた。
 時代の空気は決して明るいものではなかった。そんなところに、「ケセラセラ」の歌が流行り、「なるようになるさ」という歌詞はつかの間の解放感を与えてくれた。
 ケセラセラは完璧なるスペイン語ではないということだが、アメリカ人にとってはそれがかえって面白かったのであろう。
 競争社会に入ってしまった後にはケセラセラという言葉が奥底深く沈殿し、ひたすら社会規範に則って生きて行くしかなかった。しかし、タイ語の世界に入り、「マイペンライ精神」を見事なまでに実践しているタイ人達の存在を知ってからは、生きて行くことが楽になった。

酔っ払いおじさんの英語

 一昨日(日曜日)、午前8時半頃、教室へ行くために山手線に乗った。すると、大声でわめいている酔っ払いのおじさんがいた。よく聞くと、彼は英語でわめいているではないか。
 一体、誰に向かってわめいているのかと思って相手を見ると、欧米の青年に対してであった。青年は一言も発せず、酔っ払いおじさんをただ見ているだけ。
 よくよく聞くと、酔っ払いの英語は単語だけを連発。文章になっていない。とはいえ、英語でわめく度胸だけはなかなか大したもの。
 しかしながら、日曜日の朝から酔っぱらって、外国人にからんでいる光景を山手線の車内で見て、とても恥ずかしかった。他の乗客は私も含めて、全員が聞かぬふり…..。
 果たして欧米の青年はいかなる印象を持ったことであろうか? 酔っ払いの英語が文意を成していれば答えようが有ったかもしれないが、単なるわめきにしかすぎない。「おもてなし」以前に、我々日本人は、落ち着いた態度で、的確なる英語を話す訓練をする必要がある。