教室での忘年会

 昨日、「タイ語初級 木曜日13:00」と「タイ語上級 木曜日18:30」のクラスが、それぞれの時間帯に、教室で忘年会をして、今年一年、互いに楽しく勉強したことを確認し合った。
 ボン先生は約束通り、自家製タイ風シュウマイをたくさん持って来てくださった。3時間かけて120個、作ったとのこと。シュウマイにかけるたれも独特な味で、生徒の皆さんは大満足。付け合わせのパクチーをむしゃむしゃ食べる生徒さんもいた。パクチー大好き人間だそうだ。
 教室の近くに在るベトナムのサンドイッチ店から、いろいろな食材が入ったサンドイッチを買って来られた生徒さんがいた。確かに美味しい。特にパンが!
 A氏はわざわざ仕事を休んで、鶏の胸肉と腿肉を家のオーブンでグリルし、タイ風に味付けして持って来てくださった。女性達は無口のまま、彼の鶏を一斉に食べた。
 虎ノ門にある超有名な大福店から買って来たという生徒さん、大福を有難う。来年はビッグな福が来ますように!、

縁起かつぎの食事

 縁起かつぎの食事なら、おせち料理が究極の組み合わせであることは百も承知だ。だが、正月まで待ってはいられない。
 そこで鰻(ปลาไหล)を食べた。人生、どうかうなぎ上りに行きますようにと願いながら…..。
 先日、和歌山県から「金山寺みそ」が送られて来た。どうか金の山(ภูเขาทอง)が現れますように…..。
 同じく、和歌山から「紀州南高梅」が届いた。寒風に咲く白梅。忍(ความอดทน)の一字だ。
 昨日は池袋の量販店に充電器を買いに行った帰り、「最上川ポーク丼」を食べた。来年こそは最上(ยอดเยี่ยม)の年でありますように……。
 私はせっかちな(ใจร้อน)性格だ。だから、もう鬼子母神にもお参りしたし、巣鴨のとげぬき地蔵(高岩寺)にもお参りし、観音様の御神体も洗い、すっきりした。あとは大鳥神社の知恵の輪をくぐり、頭脳(สมอง)をシャープにするだけである。

ラーマ9世御作詞の「新年の祝福」

 昨日、「タイ語中級 火曜日19:00」のクラスで、授業が終わる15分前から、ニン先生が生徒達にプリントを配布し、ラーマ9世が1951年に作詞なされた「พรปีใหม่ 新年の祝福」という歌詞の説明を始められた。日本語訳は私がお手伝いした。
「ニン先生はピアノがお得意ですよね。その上、チュラ大で歌唱指導もしておられたそうですから、今夜ここで歌っていただけないでしょうか?」と私がお願いすると、すかさず快諾していただき、それはそれは美しい声で歌ってくださった。
「สวัสดีวันปีใหม่พา ให้บรรดาเราท่านรื่นรมย์ ฤกษ์ยามดีเปรมปรีดิ์ชื่นชม ต่างสุขสมนิยมยินดี ข้าวิงสอนขอพรจากฟ้า ให้บรรดาปวงท่านสุขศรี โปรดประทานพรโดยปราณี ให้ชาวไทยล้วนมีโชคชัย ให้บรรดาปวงท่านสุขสันต์ ทุกวันทุกคืนชื่นชมให้สมฤทัย ให้รุ่งเรืองในวันปีใหม่ ผองชาวไทยจงสวัสดี ตลอดปีจงมีสุขใจ ตลอดไปนับแต่บัดนี้ ให้สิ้นทุกข์สุขเกษมปรมปรีดิ์ สวัสดีวันปีใหม่เทอญ」
 御歌詞を翻訳しているだけでも、とても幸せな気分にひたれます。訳してみてはいかがでしょうか。
 

อุตสาหกรรม という単語

 昨日、「タイ語中級 月曜日18:00」のクラスで、「金融業という単語は何と言いますか?」という質問を受けた。
 金融は、「การ(~こと)+ เงิน(お金)」で、「การเงิน」。では、「業」は? 
 調べてみると、「อุตสาหกรรม」と書いてあった。タイが発展途上にある時、นิคมอุตสาหกรรม(工業団地)という単語をよく聞いたので、อุตสาหกรรมは、工業や産業の意味を持つものとばかり思っていたが、総じて「業界」の意味が有ることを知った。
 อุตสาหกรรมมは、อุตสาห์(勤勉努力、忍耐)+ กรรม(業)で成立しているが、なるほど、どの業界も、「刻苦勉励+業」を要求されている。
「กรรม 業」という単語には深い意味が有る。人間の生老病死そのものが業(ごう)だ。そして、仕事も業(ぎょう)とは!

そば・うどん・きしめん

 昨日、新そばを食べた。柔らかい舌ざわり、そして、ほのかな香りが心地よかった。
 『ジパング俱楽部』(2018年12月号)では「そば・うどん紀行」を特集している。いまだ食べていないものがあまりにも多く、がっかりした。<レールの先の、まだ見ぬ日本へ>というJRのキャッチコピーとともに出かけなくては….。
 未体験=幌加内そば(北海道)、津軽そば(青森)、わんこそば(岩手)、水そば(福島)、板そば(山形)、へぎそば(新潟)、にらそば(栃木)、水沢うどん(群馬)、釜揚げそば(島根)、瓦そば(山口)、釜揚げうどん(宮崎)、鳴門うどん(徳島)。
 今年10月に高岡(富山)へ行ったので、氷見うどんを初体験。いずれにせよ、私の場合は讃岐うどんしか知らないというわけだ。
 特集の中に、きしめんの語源が書かれてあった。諸説有るようだが、その中から3説が解説されていた。漢字は、①「紀州麺」説=店の主人の出身地に因む。②「雉子麺」説=雉肉を入れて美味しくしたから。③「碁子麺」説=中国由来に因む。

平成最後の合同忘年会

 昨日、高田馬場のベトナム料理店で、イー先生関連の生徒達による平成最後の合同忘年会が開催された。何故、ベトナム料理店? それは毎年、その店を使っていてなにかと便利だからである。そこにはタイ人スタッフもいて、タイ語を話す機会も有る。
 昨日の参加者は18名。タイ人スタッフはナコンシータマラート県(南タイ)出身で、とても明るい女性。彼女は生徒達の愛称を即座に覚えた。愛称が無いという生徒にはすかさず愛称をつけてみせた。そのセンスたるや、まるで手品の如し……。
 楽しい3時間はあっというまに過ぎた。最後に私が感謝の辞を述べた。「皆さん、タイ語を長く勉強してくださり有難うございます。泰日文化倶楽部は昭和63年からスタートしました。平成が終わります。来年5月から新しい元号になりますが、どうぞ継続していらしてください。三つの御代を生き抜く泰日文化倶楽部です!」

駅名「鬼子母神前」の英語表記

 昨日、都電(荒川線)に乗った。鬼子母神前から大塚までのほんの10分だ。帰りも同じく都電にした。そして、気づいたことがあった。
 それは、英語表記になった「鬼子母神前」が、「Kishibojinmae」ではなくて、「Kishibojimmae」と書いてあったことである。地下鉄銀座線の日本橋でも、「Nihonbashi」ではなくて、「Nihombashi」と書いてあるので、別に驚くことではない。何故ならば、日本語においては、両唇韻(b, m)が後ろに来る場合、その前の末子音(n,ng)は[m化]されるからである。
 しかし、タイ語は違う。「涼しい? เย็นไหม」は、「yenmai」であって、「yemmai」にはならない。「上手ですか? เก่งไหม」は、「kengmai」であって、「kemmai」にはならない。生徒達の発音を見ていると、皆さんすぐに口を閉じている。それではタイ人には通じない。

猪 & 豚

 昨日、編物教室へ行くと、小口ようかんが御茶菓子として出された。箱には来年の干支(นักษัตร)である亥(กุน)の絵がパッケージに描かれていた。今年もあと2週間余。そうだ、そろそろ「猪さま」のご登場だ!
 猪はタイ語で「หมูป่า 野性の豚」という。今日は豚(หมู)が出て来る単語を以下に列挙する。意味を書いてください。
1.หมูแดง 2.หมูหยอง 3.หมูสามชั้น 4.สีเลือดหมู 5.โรคลมบ้าหมู 6.หมูตอน 7.หมูสนาม 8.หมูไปไก่มา 9.หมูๆ
 さらに追加。「猪突猛進」をタイ語で説明してください。

20年選手を目指そう!

 「タイ語中級 水曜日18:00」のクラスは私が担当するクラスである。生徒はわずかに2名。5年前は5名近く学んでいたが、親の介護が生じたので、やむなくやめて行かれた。
 残った2名はもう10年選手である。マイペースで勉強しておられるから際立った進展はみられないものの、とにかく根気よく通って来られる。その精神に応えるべく、私はこの水曜日18:00のクラスを存続させているというわけだ。
 だが、10年ほど勉強すれば学習態度にはおのずから落ち着きがみられる。したがって教える側にしてみれば教えやすい。授業の内容を幅広く展開させていくことが感じられ、我ながら楽しい。
 10年過ぎれば、次は20年を目指そう! 仕事とは関係ない世界で、外国語を楽しむ余裕を長く長く持続させよう!

タイ語を上手に話すコツ

 昨晩、タイ人講師が都合がわるくなったので、私が代講した。2018年を総括するにあたり、生徒の皆さんがどのくらいのタイ語力をつけたかを見るのが楽しみであった。
 「พยายามเรียนภาษาไทยให้ดี เท่าที่จะทำได้ 出来る限りタイ語が上手になるように頑張って勉強します」という文型が出て来たので、生徒達に応用文を作らせた。生徒達はめいめいに上手に文を作った。
 だが、一人の生徒が言った。「タイへ行くと、なんだか単語しか発していないような気がします。長い文章をしゃべりたいです」
 そこで、私は助言した。「関係代名詞のที่やซึ่งを使って、思いついた表現をどんどん足していけばいいと思います。一輛の電車に連結器をつかって、後ろにどんどん車輌をつないでいけばいいのです。しかし、のろのろと運転していると間延びしますから、新幹線のようなスピードで話せるように訓練することです」
 生徒達の口もとを観察すると、皆が皆、こわばっていた。寒さのせいではない。訓練不足である。