酒を愛したシャム猫

 池波正太郎の『食卓の情景』(新潮文庫 昭和55年刊)を読み直した。50話ほど収録されている随筆の中から、まずは「師走の私」と「新年の私」に関するものを読み、大作家が過ごした昔の下町の年末風景と正月の情景を追想する。
 さて、その次はどの話に飛ぼうかと思ったところ、「酒」という話が目にとまった。理由は、パラパラとページをめくっていると、シャム猫という文字が目に入ってきたからである。
 「私が飼っているシャム猫は、清酒が大好物だ。深夜。のこのこと書斎へ入って来て、ひとりで机に向っている私のひざへ乗り、しきりに鼻を鳴らす。酒がほしいのだ。私の書斎には、私ひとりで酒の支度ができるようになっている。いまも、私のひざで鼻を鳴らしている。小皿へ清酒をついで、彼女がピチャピチャとたのしむところをながめることにしよう」
 シャム猫は雌? 酒飲み? すごいなあ。しかし、酒を飲む猫をなでながら年越しをするのもいいもんだ。にゃんとも言えず平和そのもの。

一座建立

 私は足首を骨折してから正座をして座ることができないので、お茶の稽古はできない。しかし、お茶の教室には顔を出している。一度始めた習い事を簡単にやめてしまうことはいけないと自分に言い聞かせているからである。
 和菓子をいただき、抹茶を楽しむだけでもいいと思っているが、何かお役に立てるものはないかと考え、茶道講師の許可を得て、稽古風景や、掛軸、香合、そして、花飾りを写真におさめることにした。
 帰宅後、それらの中から良く撮れた写真を先生にラインで送信すると、次なるお返事をいただいた。
 「和やかなお稽古風景、嬉しいです。一座建立ですね」
 茶道の世界では「一期一会」という表現が余りにも有名だが、「一座建立」という四文字熟語も茶道の世界ではよく知られている表現であることを初めて知った。その意味するところは、「亭主と客人との間に一体感が生ずるほど充実した茶会となること。茶会の目的の一つとされる」ということらしい。泰日文化倶楽部も講師と生徒の間にこの一座建立の空気が流れることを願ってやまない。

豆乳(น้ำเต้าหู้)

 今月バンコクへ行った時、初めてのホテルに泊まると、入り口にセブンイレブンが入っていた。そこで買った豆乳(น้ำเต้าหู้)が美味しかったので、思い出にと思い、空になったペットボトルを持って帰って来た。
 製品の名前は、「TOFUSAN น้ำเต้าหู้」。私がボトルに興味を示したのには他に理由が有る。それは、その製品に対してわかりやすい説明が可愛い坊や(T君)の絵と共に書かれていたからである。
 例:①รสดั้งเดิม ②เป็นแหล่งของโปรตีน ③คั้นสด ④คัดสรรถั่วเหลืองเบอร์1 ④รสชาติแบบดั้งเดิมจากญี่ปุ่น ⑤ดื่มง่ายทุกเพศทุกวัย
 たかがラベルだと思ってはいけない。このラベルの単語や表現からいろいろなことが学べる。タイ語の勉強のために、あえて翻訳はしないので、冬休みの宿題だと思って自力で訳してみてください。

トムヤムクンの固形スープ

 退院祝いに、スープや茶漬けやくずゆが入ったセットを頂戴した。それらは全て、もなかの型に入ったものであり、お茶をかけていただくものである。よく見ると、「トムヤンクン」というものも有った。昨日、それを賞味した。なんとも言えぬ不思議な味である。中に3ミリ程度の桜海老が入っていた。和製トムヤムクン?
 トムヤムクンは、日本人の耳に「トムヤンクン」と聞こえるので、この表示が定着して久しい。「トムヤムクン」と正しい表記をすると、かえって間違っているように思われるから、いささか不愉快。
 昨日、読書をしていたら、その本の中に、「クローズ アップ」は、「クロース アップ close up」が正しく、「ニュース」は、「ニューズ news」と読むのが正しいと書いてあった。
 このような事例は枚挙にいとまが無い。どこかの時点で訂正できないものであろうか。

久々の古本屋

 昨日は新宿に出て、手帳とお年玉袋を買った。新宿のビル群ではクリスマスツリーを撤去して、立派な門松を自動ドアの両側に据えていた。一気に年の瀬モードになってきた。
 新宿から早稲田行きのバスに乗り、西早稲田で下車し、古本屋に立ち寄る。久々の古本屋だ。昔の銭湯の番台みたいなところに店主が座っている。客が来ようが来なかろうが、一向に気にしないという堂々たる態度の店主。すべての本にパラフィン紙がかぶせられていて、店主のこだわりが見られる。
 私のあとに一人の男性が入って来た。そして、店主に話しかける。内容は両親が立て続けに亡くなったので、遠いところに引っ越すことになり、最後の挨拶に来た旨の内容が聞こえてきた。だが、店主の口からお悔やみの言葉は発せられず、静かに聞いているだけであった。ご近所さんが一人、二人と去って行く。それでも彼は古本の山の中で、彼の信念で店を守り続けて行くのである。

インド洋大津波から13年

 今朝、NHKニュースで、インド洋大津波の経験を生かすためにプーケットのカオラックに防災のための博物館を建て、学校や地域で防災教育に励んでいるタイ女性のことが紹介された。インド洋津波から13年が経過し、人々が忘れてしまいつつあることに警鐘を鳴らし続けている彼女は失望したこともあるが、昨年、仙台にやって来て、いろいろなことを学び、元気を取り戻し、子供達に防災の大切さと防災訓練をほどこしている。その一連の映像を見て、彼女の尽力と熱意をすばらしいと思った。
 インド洋津波から13年。あの日の映像はいまだにまぶたに焼きついている。私は仕事のために現地へ行って取材することは叶わなかったが、その代わりに、女子大学生のスポンサーになって、彼女をカオラックに派遣した。立派なレポートを作成した彼女は、現在、広島県で英語やタイ語の通訳をし、かつ、タイ人研修生に日本語を教えている。

干支送り

 昨日は今年最後の茶道クラスに参加した。全体重がかかる正座は避けて、椅子に座って抹茶をいただくスタイルを当分続けるつもりなのでお点前の稽古はできない。
 だが、気持ちだけは前向きで行こうと思い、今年初めに買った尾長鶏入りの茶杓を持参し、皆さんに使っていただいた。茶道講師から、「干支送りとして使わせていただきたいわ」と言われていたからである。
 茶道の世界で「干支送り」という言葉を耳にするのは初めてだ。あと1週間で酉年(ปีระกา 又は ปีไก่)も終わる。騒然とした一年であっただけに、お鶏様にはどうか静かに休んでほしい。
 昨日のお茶碗は白い志野であった。クリスマスイブによせて雪を彷彿とさせた。お菓子は白兎。若緑色の抹茶が茶碗の中で美しく映えていた。

泰日文化倶楽部の一年

 泰日文化倶楽部のグループレッスンは12月22日(金曜日)の授業を最後に冬休みに入ったが、今日、日曜日の特別レッスンを予定しているので、実際のところ、2017年の授業は今日までとなる。明日(12月25日)から1月5日までは年末年始の休みに入る。
 まずはタイ人講師達に感謝を申し上げる。しっかりとご指導いただき有難く思っている。そして、生徒の皆さんにも感謝である。根気よく通って来てくださり、タイ語の知識をこつこつと増やしていかれている様子は実に素晴らしい。継続は力なり! いつも言うことだが、稽古事はやめたらおしまいだ。何かの事情で休学を余儀なくされても、持続の精神だけは持ちあわせておいてもらいたい。
 今年は個人レッスンが増えた。先日、10回(15時間)だけのコースを取られた女性はとても教えやすかった。学びたいという意欲に燃えていたから、吸収力が抜群であった。
 皆さんが冬休みに鋭気を養い、来年度に向けて、タイ語の勉強の地ならしをしておいてほしいと願う次第である。
 
 

王宮前広場へ(終)

 今回は3日間、ホテルに泊まった。したがって、午前8時にテレビの前に直立し、国歌が流れる映像に見入った。新しい御代になったから、どんな映像になっているのであろうかと期待して見たが、これまでと同じものであった。
 最初に流れる語りの「タイ国旗はタイであることの象徴である」という表現が、私は好きである。「タイであること ความเป็นไทย」という言葉の中身は奥が深い。タイについて研究するには多岐にわたらなければならないが、各分野の研究は以前に比べてはるかに進んでいる。しかし、データを操る研究だけではタイの全てがわかったことにはならない。
 マーブンクローンで掃除をしている老女がいた。彼女は私よりも小柄であった。だが、私が階段を上がることができないのを見るや否や、すかさず細い腕を出してきて、「つかまりなさい」という仕草をした。私は彼女の優しさにタイを感じた。

王宮前広場へ(17)

 12月8日(金)の12時過ぎ、友人であるイスラエル人が私に是非とも会いたいと言って、ホテルに訪ねて来た。彼は日本にものすごい憧れを持っており、吉野家の牛丼が大好きな弁護士である。バンコクに着いたばかりの私ではあったが、彼の希望を聞き入れて、マーブンクローンの7階にある日本料理店「富士」へ行った。これまで一度も行ったことがなかった店なので、味はどんなものであろうかと興味津々で行った。驚いたのは、店の中がゆったりとしており、食べているタイ人達も日本食を大いに楽しんで食べているということであった。
 イスラエル人と私は、英語とタイ語のチャンポンで互いに世界情勢について語り合い、結局のところ、「タイが一番サバーイ!」という結論に至った。
 タイへ行くたびに思う。タイは本当に天国だ。食べるものも豊富だし、タイ人も優しく接してくれる。タイ語を勉強する方達は、機会を見つけては足繁くタイへ飛んで行くといい。行きの飛行機では隣りに座った男性達の会話から彼らが岩手県在住であることがわかった。寒い岩手から常夏のタイへ行くこと、それだけでもなんと幸福なことであろうか!