来年の干支

 ネットで茶道具の数々を見ていると、来年の干支である戌の絵柄が入ったものがいろいろと紹介されていた。それを見ただけで、内心おだやかではなくなった。自分が戌年であるからだ。「えっ、もう戌年がまわって来るの?」
 70歳になったのを機に、今年から年賀状を出すのをやめた。これまでの縁がこれで切れるのを覚悟の上だ。ここ数年、12月が大変に忙しく、年賀状を作成する時間が無い。というのはもっともらしい理由だが、もう一つの理由は、何を書いていいものやら躊躇するようになったからである。いろいろな交友関係に出すとなると、無難な線におさまり、結局は決まり文句になってしまう。これまでに60数回、出して来たから、もう卒業だ。
 年賀状廃止には度胸が要ったが、まだまだ荷を軽くしていかなければならない段階に入ったことを痛感する。私は馬(午)ではなくて犬(戌)だから、そんなに背負えない。時間が有る今、何かを少しずつ減らして行こう。

機内で待った経験

 離陸が1時間以上も遅れているためイライラし始めた乗客達(ผู้โดยสาร)を見て、その時にたまたま乗り合わせていた歌手の松山千春さんがCAからマイクを借りて歌を歌って聞かせたというニュースが報じられている。ことはそれで治まったからよかったが、一般の人がマイクを借りることは果たして可能なのであろうか?
 私は10数年前にローマへ行った時、帰路、機内で5時間59分、待たされた。タイ航空であった。飲み物もお菓子も何も出て来ない。その間、1時間ごとにアナウンスが有った。1回目:「機体不良のため、出発が遅れます」 2回目:「整備士が見つかりません」 3回目:「整備士は見つかりましたが、部品が有りません」 4回目:「部品は調達できましたが、サイズが合いません」 5回目:やっとサイズが合う部品が届きました。これから直します」
 聞いているうちに馬鹿馬鹿しくなった。海外保険の約款を丁寧に読みながら、離陸が6時間遅れると飛行機代が戻って来るのを知り、それを期待することにした。しかし、残念ながら5時間59分で機体は動き出した。待っている間、機内は静かであった。タイ人達は待つことを知っている。

8月の宿題

 8月も下旬に入った。泰日文化倶楽部は25日(金曜日)から再開するので、今日を含めて、あと4日、夏期休暇が続く。2週間も休みだと、タイ語の感覚が鈍ってしまいそうだから、宿題として、以下の文章をタイ語に訳しなさい。
 (1)宿題がたくさん有るが、家事が忙しくて、なかなかできない。
 (2)見たい番組がたくさん有るが、8月末までにレポートを書かなくてはいけない。
 (3)婿が建築家だから、家の設計を頼もう。
 (4)家計が苦しいから、嫁は再び働きに出たいと言っている。
 (5)タイ人のほうが幸せ? それとも日本人のほうが幸せ?
 (6)2017年も、そろそろ三分の二が終わろうとしている。

ミカン先生の送別会

 ミカン先生が8月末で泰日文化倶楽部をおやめになる。本帰国は9月末だが、残る1ヶ月は日本の各地を旅行したいというご希望なので、退職を素直に認めた。
 そこで、昨晩、我が家で送別会を開いた。生徒達は別れを惜しんだが、「今度はバンコクで会いましょう」という言葉を互いに交わし合うことで、食事がより楽しいものとなった。
 ミカン先生は泰日文化倶楽部で2年2ヶ月、懇切丁寧にご指導くださった。彼女はマヒドン大学病院の歯医者さんだから、歯の白さがとても印象的! 人柄は優しく、典型的な上流社会の子女の美徳(คุณสมบัติ クンナソムバット)をお持ちであるミカン先生。我々一同、先生の結婚式が楽しみだ。みんなそろってバンコクへ行きましょう!

サボテンの鉢替え

 今一年で一番ひまなような気がする。そこでベランダの植物を見る。いずれも皆、そこそこに育っている。2年前に購入したサボテンがそろそろ鉢替えをしてよと訴えかけてきたので、3倍くらい大きな鉢に植え替えた。これで10年は植え替えずに済むであろう。
 いつも思うこと、それは、爬虫類と同じく脱皮が必要であり、そして、ヤドカリのごとく宿変えが必要であるような気がする。要は、いろいろな段階に於いて、新規一転が大切だということだ。
 ところで、サボテンは、タイ語で「ต้นกระบองเพชร トン(木)+グラボーング(棒)+ペット(ダイヤモンド)」という。「金剛杖」だ。金剛杖が有れば、鬼に金棒。よく見ると、サボテンの形状は幾何学的でとても美しい。針(=棘)がいっぱい出ているから、魔除けにもなる。錆びつき始めた頭をチクられているようで、刺激を覚える。

きこない咸臨丸まつり

 一昨晩、70歳前後の人間4名が食事をした。そのうちの一人は、「木古内から今、帰って来たばかりです」と言って、北海道定番の土産である<白い恋人>を、食事会のホストと私にくださった。木古内に行った理由を尋ねると、「きこない咸臨丸まつりに行ったんです」と答えた。
 太平洋を横断した咸臨丸はその後、北海道開拓団の輸送船に変身させられ、木古内泉沢沖で座礁、沈没した(1871年)ことを初めて知った。その方の友人の曽祖父が咸臨丸の関係者であったが、親友が亡くなったため、親友に代わって毎年、木古内までお参りに行っておられるとのこと。その友情のあつさには驚いた。
 その方は、まだお土産を渡していない4人目の方に向かって、「これ、食べますか? 香川県から参加した人からもらったんです」と言いながら、丸亀産の<しょうゆ豆>を手渡した。「咸臨丸に乗ってサンフランシスコまで行った水夫達の多くは塩飽諸島から行ったんですよ。なかでも丸亀の本島の水夫が優秀であった!」
 傍らでその話を聞いていた私は言った。「あのー、私はその丸亀出身なのですが」
 彼と会うのは2度目であったが、その彼は彼で非常にびっくりしておられた。

都市と地方をつなぐ

 東京は雨続きである。そして、日本全国は日照不足。出かけるにもいまいちの天候。こうした時は自宅で読書するに限る。
 『都市と地方をかきまぜる』(高橋博之著 光文社新書 2016年)を読んだが、共鳴する点、そして、教えられる点が多々有った。高橋氏の活動は、『食べる通信』という媒体を通じて、「地方の一次産業従事者(農家・漁師)が都市住民の眠った<生>を覚醒させる」というきっかけを提供している。
 都会のスーパーで買うだけの生活に私もかなり前から飽きている。そこで、気分転換をはかるため、長崎県の八百屋さんから、月に1~2度、宅急便でおまかせ野菜と調味料を送ってもらっているが、「高千穂の紅菊芋パウダー 高千穂・天鈿女命(あまのうずめのみこと)五ヶ所高原」という宮崎産ものが荷の中に入っていた。なんだか神々しくて、いまだに袋があけられない。

ケチ vs  節約

 昨日のニュースで「大阪の三ケチ」であった最後の一人の吉本晴彦氏の死去が報じられていた。吉本氏は大阪マルビルの創業者である。私はこのマルビルの形がかねてより面白いと思っていたので、大阪で元生徒の結婚式が有った時、このマルビルの中に入っている第一ホテルに泊まったことがある。
 大阪人は「ケチ」、「ドケチ」、「しぶちん」等という単語に非常に親しんでいる。商売をやり、大勢の人を雇用すれば、そうせざるを得ない。決して、悪いイメージの言葉ではない。何故ならば、大阪人はこれらの言葉にユーモラスな感情を補填しているから。
 7月に八戸へ行った時、古い着物や服を裂いて改めて織りなおす「裂き織り」という布が作られる工程を見た。着古した布を新たなる手法で蘇らせるのは「節約精神」からの賜物だと思う。
 ひるがえって、「ケチ」も「節約」も、もとはといえば同じ土壌のような気がしてきた。

海田市の読み方

 先日、広島県へ元生徒のお見舞いに行くため呉線に乗ったが、駅のホームの行先案内板に「海田市 KAITAICHI」と書いてあるのを電車の中から見て、「あっ、誤植だ」と思った。何故ならば、私は漢字を見て、「KAIDASHI」と読んでしまったからである。その地域にうとい自分を恥じた。だが、そういうケースは全国を旅行していると、いくらでもあると思う。地名の読み方はなかなかに難しい。
 その海田市がここ2~3日、ニュースでよく登場している。何故ならば、自衛隊駐屯地に迎撃ミサイルTHAADの設置を完了したからである。海田町の丘陵にいっぱい広がっている住宅街を病院の最上階から見た景色が焼き付いているだけに、住民の緊張感やいかばかりか。平和そのものの長閑な島根、愛媛、高知にもTHAADが配備された。
 武器商人(=死の商人)は莫大な特需を享受するかもしれないが、被害を被るのはいつも一般市民なのだ。 

全米プロゴルフの松山秀樹

 全米プロゴルフ選手権2017の松山秀樹をずっと応援していた。メジャーの優勝を今度こそは期待していた。しかし、結果は5位タイ。
 「足りなかったものは何ですか?」というインタビュアーの質問に、彼は短く答えた。「考えます」
 世界で戦う日本スポーツ選手をテレビ中継を通じて見るにつけ、いつも思うことがある。最後の最後の段階で力尽きる。精神的なものが大きい。運が左右するともよく言われるが、日本人が世界で弱いのはやはりメンタルだ。
 音楽やバレーの世界では日本人がたくさん優勝している。だがスポーツの世界の壁はまだまだ高くて厚い。体力は鍛え上げることが出来るが、精神力は果たしてどのようにすれば鍛え上げられるのか? 有名選手でなくても、普通の人間にも精神力が肝要だ。その解決策を考えるお盆休みにしたい。