信州伊那谷・中川村のタイ料理店

 昨日、新宿西口広場の物産展においしそうなリンゴが並べられていた。そして、信州伊那谷・中川村への移住促進PRの冊子がたくさん置かれていたので、リンゴとリンゴジュースを買う際に、それらを参考までにもらってきた。冊子の表紙には、「日本で最も美しい村 中川村へ おいなんよ」と書いてある。
 中川村へは、新宿から中央高速バスで飯島というところまで行けばいいらしい。所要時間約3時間30分。冊子をパラパラめくっていると、<中川村の食事処>というページが有った。いろいろな店が紹介されていたが、なんと上から2番目にタイ料理店がランクインしているではないか!
 「アゲイン」という店名だ。タイ語ではなくて英語を使っているところを見ると、経営者は日本人なのかもしれない。いずれにせよ、人口約5千人の中川村にタイ料理店とは! タイ料理の全国制覇は思いの外、進んでいるようだ。

イイ語の先生

 昨日、三省堂の古本コーナーで、『五月の寺山修司』(シュミット村木眞寿美 河出書房新社 2003年)を見つけたので、すかさず購入し、夜のクラスが始まるまで、教室で一気に読んだ。
 「イイ語の先生」という項目が有った。「イイ語って、どこの言葉であろう? 寺山修司はどこの少数民族と接したのか?」と内心、ものすごく興味を覚えて読み進むと、イイ語とは、なんとまあ英語のことであった。
 著者の村木さんは寺山(青森県出身)に頼まれて英語を教えていたそうだ。次の会話は引用抜粋である。
 「寺山さん、エとイを区別してくださいね」
 「それをさせるのが、あなたの仕事でしょう」彼は、口をとがらせる。
 「はい。アイ スピーク ア リトル イングリッシュ」
 「アエ スピーク ア リトル エングリッシュ」
 「イングリッシュ」
 「エングリッシュ」

入会の問い合わせ

 そろそろ9月(เดือนกันยายน)。したがって、入会に関する問い合わせが多くなった。9月、もしくは、10月(เดือนตุลาคม)頃よりタイ語を勉強したいという方達がタイ語学校を探しているからだ。
 2~3度タイへ旅行すると、タイ語を勉強してみようかなあと思うようになったという話はよく聞く。だが、そう思っているうちに、またいつしか時間が流れ、他のことに忙殺されてしまう。
 勉強はよほど決意をかたくしなければ、スタートが切れないし、かつ、続かない。どうしても途中で惰性が始まる。だが、それをも乗り越えて、マイペースで根気良く自分をコントロールしていくしかないと思う。
 音楽家やスポーツ選手は長時間に亘って訓練をしている。そこへ行くと、語学の勉強は数段に甘い。もちろん、分厚い辞書の隅々まですべて覚えるということになると、毎日、数時間の勉強が必須である。ともあれ、継続のためには楽しく勉強しよう。

今朝の通勤風景

 今朝は涼しかった。朝8時過ぎにバス停(ป้าย)へ行ってみたら、かなりの人が並んでいた。バスの進行を示す掲示板を見ると、まだ4停前。私は急ぎの仕事が有ったので、待ちきれなくなってタクシーを拾うことにした。しかし、今日に限って、空車のタクシーは全く来なかった。
 結局、私も辛抱強くバスを待つことにした。案の定、バスは混んでいた。そして、山手線に乗ると、これまたすごい混雑だ。これを見て関東在住の人々の夏休みが終わったことがわかった。
 新宿駅構内は人々のめまぐるしい動きが切れることなく続く。おそらく今日から年末までこんな状態であろう。新宿は地方の100倍(ร้อยเท่า)のエネルギーを要する場所だ。

空心菜 vs 空芯才

 今日は早朝から仕事に出かけた。5時台の山手線は若者でいっぱいであった。仕事は正午過ぎに終わったので、帰りに北千住でランチをしようと思い、ぶらぶらと歩いてみた。すると、行列ができている店が有った。なんと、それはタイ料理店! ガラス越しに中の様子をうかがうと、確かに客がいっぱいであった。辛いものを食べて、残りの夏を乗り切ろうという若者達と勝負する気力がなかったので、私は他店へ行った。
 食事後、元宿場通りという名前が冠せられた旧街道(旧日光街道)を散策し、その道が昔は青森、北海道へと通じていたという地図を見た。そして、着物店に寄り、帯を結ぶ時に必要な帯枕を買った。
 帰宅後、その帯枕をよく見ると、包装紙に名前が冠せられていた。「空芯才」という漢字であった。タイ料理の定番である「空心菜炒め」は、今日、北千住のタイ料理店で食べることができなかったが、「空芯才」が手元にやって来た。

桃6個

 昨晩、泰日文化倶楽部の教室を出た後、さかえ通りにある名物八百屋へ寄ってみた。店主に「ネコちゃんは?」と訊くと、「どっかへ遊びに行ったよ。暑いからね」と言った。どうやらネコは涼しい場所を知っているらしい。
 すぐそばに30代のサラリーマンが立っており、店主に話しかけた。「その桃、大丈夫ですか?」 店主はすかさず答えた。「大丈夫だよ。腹なんかこわさないよ」
 見ると、小さな桃6個(ลูกท้อ ๖ ลูก)が皿の上に乗っていた。値段を聞いてびっくり。なんとわずかに100円だった。おそらくすぐ食べないと駄目そう…..。いや、もう腐りかかっている感じだ。
 サラリーマンはそれを買った。その光景を見ながら、アベノミクスの話はいずこの話かと思わずにはいられなかった。

今日から授業再開!

 今日(8月25日)から授業を再開いたします。2週間の夏休み、振り返ってみればあっという間でしたね。生徒の皆さんが楽しい思い出を持って教室に現れるのを期待いたしております。次なる長期休暇は年末年始になりますから、これからの4ヶ月間、是非とも気合いを入れてタイ語を勉強なさってください。
 ところで、9月2日から、「旅の中国語 土曜日14:30」を新規に開講いたします。発音を重視して、使える表現をどんどん教えてくださるよう、中国人講師にはお願いしております。ご関心が有る方はどうぞ。
 外国語をまともに習得しようとすると時間がかかります。しかし、時間には制限が有りますので、要領よく、効率的に勉強をする対策をご自分で練ることも肝要。時間と体力と気力を常にいい状態に維持しつつ、学習効果を出して行きましょう!

微調整

 私が住んでいるマンションは築37年になる。そこで各戸の玄関ドアを最新式に取り替えることになった。昨日、業者がドアの実測にやって来た。私は尋ねた。「新築当時とサイズが異なりますか? そして、各家ごとに違いますか?」
 業者は答えた。「最初から少し余裕を持たせて据え付けております。今もそんなに違うわけではありませんが、微調整というものが必要なため、実測しているわけです」
 泰日文化倶楽部が入っているビルは築33年。昨年、すべての部屋が新しいドアに取り替えられた。大いにおしゃれになった。やはり30年が限界かな? 時代が好む色も形状もデザインも変わるから……。
 将棋の世界にも、高校野球の世界にも、今年は若者が新しい記録が打ち立ててくれた。30数年というのはたしかに切り替えの年でもある。切り替えることができないのであれば、意識的に微調整をはかり、自分の人生を上手に前進させて行くのみ。
 

来年の干支

 ネットで茶道具の数々を見ていると、来年の干支である戌の絵柄が入ったものがいろいろと紹介されていた。それを見ただけで、内心おだやかではなくなった。自分が戌年であるからだ。「えっ、もう戌年がまわって来るの?」
 70歳になったのを機に、今年から年賀状を出すのをやめた。これまでの縁がこれで切れるのを覚悟の上だ。ここ数年、12月が大変に忙しく、年賀状を作成する時間が無い。というのはもっともらしい理由だが、もう一つの理由は、何を書いていいものやら躊躇するようになったからである。いろいろな交友関係に出すとなると、無難な線におさまり、結局は決まり文句になってしまう。これまでに60数回、出して来たから、もう卒業だ。
 年賀状廃止には度胸が要ったが、まだまだ荷を軽くしていかなければならない段階に入ったことを痛感する。私は馬(午)ではなくて犬(戌)だから、そんなに背負えない。時間が有る今、何かを少しずつ減らして行こう。

機内で待った経験

 離陸が1時間以上も遅れているためイライラし始めた乗客達(ผู้โดยสาร)を見て、その時にたまたま乗り合わせていた歌手の松山千春さんがCAからマイクを借りて歌を歌って聞かせたというニュースが報じられている。ことはそれで治まったからよかったが、一般の人がマイクを借りることは果たして可能なのであろうか?
 私は10数年前にローマへ行った時、帰路、機内で5時間59分、待たされた。タイ航空であった。飲み物もお菓子も何も出て来ない。その間、1時間ごとにアナウンスが有った。1回目:「機体不良のため、出発が遅れます」 2回目:「整備士が見つかりません」 3回目:「整備士は見つかりましたが、部品が有りません」 4回目:「部品は調達できましたが、サイズが合いません」 5回目:やっとサイズが合う部品が届きました。これから直します」
 聞いているうちに馬鹿馬鹿しくなった。海外保険の約款を丁寧に読みながら、離陸が6時間遅れると飛行機代が戻って来るのを知り、それを期待することにした。しかし、残念ながら5時間59分で機体は動き出した。待っている間、機内は静かであった。タイ人達は待つことを知っている。