六本木のアマンド 70歳!

 昨日、新国立美術館へ行き「ミュシャ展」を鑑賞。会場で着物姿の女性を数人見かけたが、桜の花びらが散りかけている帯を締めている方を背後から見ながら、彼女の粋な演出に感心した。
 新国立美術館から東京ミッドタウンまで歩いて来ると、「東京ミッドタウン10周年」という広告塔が目に止まった。もう10周年? 昔は防衛庁が有ったところだ。名残の桜並木がまだかろうじてピンク色をとどめていた。
 六本木交差点のアマンド(ALMOND)まで戻って来ると、「70th Anniversary」と窓ガラスに貼り紙がしてあった。あら、私と同い年。私も20歳代にはそこへお茶をしに行ったものだ。
 多くの店が閉店しているというのに、六本木のアマンドは実によく頑張っている。70歳ではなくて、永遠に20歳!

僧侶が女性を呼びかける呼称

 昨日、「タイ小学校国語教科書4年生」のテキストの中に、僧侶が預かっている少年僧(เณร)の母親のことを話題にするくだりが有った。僧侶は母親の名前の前に、「สีกา シーカー」という呼称をつけた。
 シーカーは、女性の在家仏教徒を呼ぶ時に使われるようだ。日本でも、仏教界では、「優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)」と称せられてきたが、優婆夷は女性に対する表現で、もともとは「うばしか」から来ているとのこと。うばしかの<しか>が、タイ語のสีกา(シーカー)に相当する。
 一般的には、結婚している女性に対する呼称は、「นาง ナーング」だ。しかし、僧侶は女人(にょにん)に対して煩悩を懐くことは固く禁じられている。従って、呼称も仏教的であるのは当然。本能や煩悩を抑えるのは、何と言っても言葉から入るのがいいのかもしれない。

洋服ポスト

 泰日文化倶楽部のすぐ近くに「新宿リサイクル活動センター」が有る。そこには、<もいちど倶楽部>が入っており、衣類、小物、皿、文具、等々が安い値段で売られている。昨日、ジム・トンプソンのハンカチを見つけたので、300円で購入。ジム・トンプソンの小物はよくここで売られている。おそらくお土産で頂いたものを、趣味に合わないという理由で売り飛ばしているに違いない。
 昨日は、<洋服ポスト>という活動も開催されており、多くの方達が次から次へと古着を持ち込んで来ていた。ちらしを読むと、「集められた洋服を世界各地の古着マーケットへ販売し、ふたたび活躍の場を与えます。また、集まった洋服1Kgに対して、7円を、環境・社会貢献活動に取り組む団体(新宿区社会福祉協議会)への寄付金にします」と書いてあった。
 まだまだ使える衣服はもったいない。有効利用は大事な精神だ。
 

英語の雑誌

 泰日文化倶楽部の隣りのビルに書店が入っているので、授業後、あるいは、授業の合間によく行く。昨晩は、最近の英語事情が知りたくて、久々に『CNN ENGLISH EXPRESS』を買った。この英語雑誌は何と創刊30周年を迎えていた。
 [特集]は、「ビジネスパーソンの必須技能 話上手はここが違う! 会話が弾む{雑談力}」。そして、[巻末特別付録/音声ダウンロード]は、「米・英・豪{音のカタログ}付き コツをつかめば耳が変わる! リスニングの法則10」。
 これらの勉強方法はいずれの外国語にも当てはまると思う。もちろんタイ語にも。
 だが、気になる点がある。それは、文章に出てくる単語のほとんどに、単語の意味が書かれているので、自分で単語を調べる必要が無い。辞書で何度も引く。その過程においてこそ単語は覚えられると思うが、出版社の親切心が果たしてどのような結果をもたらすのであろうか。タイ語の教材も単語を引く必要が無いのが多いが、生徒はその単語がどこに出てきたかを覚えていない。

教師の記憶力

 昨日は休養日。天気が良かったので、窓(หน้าต่าง)を拭いた。雑巾(ผ้าขี้ริ้ว)が真っ黒になった。網戸も相当に汚れていた。よく見ると、カーテン(ผ้าม่าน)も汚れているではないか。そこで、レース(ผ้าลูกไม้)のカーテンと厚地のカーテンの両方を洗濯。洗い終えて、カーテンレールに戻すと、春のやわらかな光がレースのカーテン越しに部屋の中に入って来た。なんと気持ちいいことか。
 4月に入ってからも私は仕事に恵まれてばりばり走り続けている。だが、ストレスもいっぱい。ちょっと疲れた。
 夜、東京に転勤して来られた25年前の元生徒さんと会食。私が一方的にしゃべり、彼は聞き役に徹する。帰宅後、彼からSNSが入った。「先生の記憶力、すばらしい!」
 そう言われて、一瞬、嬉しくなったが、すぐに自分をいさめる。記憶力が狂い始めたら、教師職は廃業すべし。

自分があたったら答えられない

 グループ・レッスンの場合、生徒の人数分だけ、平等にあてて答えさせなければならない。生徒数が3人だと、回転が早いから、あせるのは生徒。昨晩のクラスで、冒頭に月の呼称をタイ語で言わせたが、皆さん、うろ覚えで。即答率、悪し。
 生徒達は自分があたるとすかさず緊張。頭の中がパニック状態。思い出そうとすると、横から別の生徒が答えている始末。しかし、横にいる生徒も、自分があたるとすぐには答えられない。
 答えられないのは仕方がないが、そういう状態から抜け出すためには、とにもかくにも単語をしっかりと覚えることだ。CDを聞くだけ、テキストを見るだけ、こういった勉強方法では生きた表現が身につかない。教室で大いに発音して、失敗しながら、タイ語力を伸ばして行こう!

反応して、すぐ反射

 生徒の皆さんはまじめに通って来ておられる。その姿を見ると、勉強の環境だけはきちんと整わせておかなければならないと、裏方である自分に言い聞かせる毎日だ。
 授業を補佐していると、いろいろなことが見えてくる。いつも思うことは、皆さん、タイ語に対する反応があまり芳しくないが、御自分の得意な分野に及ぶと、反応がピピッと有り、そして、反射がいいということだ。
 たとえば、男性ならゴルフ、そして、女性なら料理。何故、反応がいいかというと、それらに関係するタイ語の単語をたびたび聞いて、そして、よく使っているからだと思われる。
 そういう好きな分野を少しづつ増やしていこう。反応力と反射力。これは脳の老化防止に絶対に役立つ。語学の勉強はあまりお金のかからないいい趣味だと思う。

เลี้ยง (育てる、ごちそうする)という動詞

 昨晩の授業で、<เลี้ยง>という動詞が出て来た。この動詞は日常生活において使用される頻度数がきわめて高いので、しっかりと覚えて、自信をもって発音してほしい。
 ①ごちそうする=タイ人のお客様が多い人は、เลี้ยงแขก
 ②宴会=งานเลี้ยง、 歓迎会=งานเลี้ยงต้อนรับ、 送別会=งานเลี้ยงส่ง
 ③子供を育てる=เลี้ยงลูก
 ④動物を飼育する=เลี้ยงสัตว์、ペット=สัตว์เลี้ยง、犬を飼う=เลี้ยงหมา、 馬を飼う=เลี้ยงม้า、牛を飼う=เลี้ยงวัว、豚を飼う=เลี้ยงหมู、鶏を飼う=เลี้ยงไก่、鳥を飼う=เลี้ยงนก
 ⑤僧侶を供応する=เลี้ยงพระ
⑥タイボクシングのセコンド=พี่เลี้ยงนักมวยไทย、保母=พี่เลี้ยง
 これは昨晩のテキストの復習である。<เลี้ยง>の語源は中国語の「養」。「養う」の精神を持って、大いに使ってみよう!

長寿の親戚

 先日、55年も会っていない横浜在住の「はとこ」から電話が有った。去年から私に会いたいと言ってきているが、私の都合がつかなくて、いまだに実現していない。
 「あのね、あなたのお母さんの従妹がなくなりましたからお知らせします。99歳でした」
 彼女の父親と私の母親が「いとこ同士」。亡くなった方は、彼女の叔母らしい。
 そのようなことを言われても、私にはピンと来なかった。親戚付き合いがどんどん減ってきているからだ。
 だが、話を聞いていて参考になったのは、97歳まで頭がはっきりしていたということ。現在も、私の親戚には96歳と95歳の女性ががんばっている。話し方も明晰。あやかりたい親戚だ。

「マットな」という単語

 今朝、NHKの「イッピン」という番組で、徳島県鳴門市で生産されている大谷焼という焼き物のことを知った。レポーターの若い女性が、「マットな感じ」という言葉を連発した。しかし、この「マットな(matte)」という形容詞が私にはピンと来なかった。
 調べてみると、化粧関係で使われていることがわかった。たとえば、「マットな仕上がり」という使われ方をするそうだ。意味は、「つや消し」、「光沢がない」。したがって、「てからせない」ということらしい。
 化粧に興味がない私は、化粧業界の表現についていけないことが判明。しかし、伝統の焼き物にまで、このような外来語が使われるとは…..。どうにも落ち着かない。
 若いレポーターの皆さん、伝統美に対してはもう少し美しい日本語を使ってくださいな。