1月のまとめ

 今月は新しい生徒さんが2名、入会してくださった。一人は中国女性だ。彼女が言った。
 「吉川先生は日本人ではないみたいに見えます。はっきり言いますから、私、好きです」
 それを聞いて、私は彼女と握手した。
 もう一人の生徒さんも女性だが、大学時代にタイ語の授業を選択科目で取ったらしく、単語はまずまず覚えておられた。社会人になって、また勉強したくなったようである。
 あとは復学者が3名有った。久しぶりに授業を受けて、「やはりタイ語をもう一度始めてよかったです」という感想を聞くとと嬉しくなる。
 だが、何らかの事情でやめて行かれた方、及び、休学の方が7名出た。2016年1月は生徒数がマイナス2名となった。2月に上向くことを期待しよう。

覚え込もう、教科書は。

 昨晩、「タイ語入門 金曜日19:00」の出席者は男性4名。教室で使っている教科書はすでに終わっているので、自由会話の時間をたくさん設けているが、日本人は自由会話が苦手なようである。日本において、タイ語を喋る機会はきわめて少ないわけだから、与えられた好機を利用して、タイ語での会話を楽しんでもらいたいと願っている。
 だが、90分間、自由会話をするのには、話題がもたない。したがって、いろいろな表現を思い出していただきたくて、すでに習っているテキストの表現を生徒達に言わせながら、発音矯正にあたった。
 生徒達はみんな、「そんな単語、習ったかなあ?」という反応を示す。その際には、「何ページの何番の単語ですよ」と、私は言って、確認させる。
 私は常に思う。同じ教科書を何度、勉強してもいいと。ただし、同じ態度で勉強するのではなくて、いろいろと異なる角度から再確認して、表現力を高めるといい。

発音を磨こう!

 そろそろ1月も終わり。2016年度の授業がスタートしてすでに3週間が経った。この調子だと、春が来て、夏が来て、秋が来て、そして、冬が……。
 生徒の皆さんの発音は甘い。明瞭ではない。すべてのクラスにタイ人講師を配置しているわけだから、もっと発音が上手になってもいいはずなのだが、成果が見られない。
 これではダメだと思い、私は檄を飛ばした。
「皆さん、発音が肝心です。是非とも発音を矯正してください!」
 一人の生徒が言った。
「スピードラーニングのタイ語版が出るといいんですが…..」
 私はすかさず言った。「ツールに頼るのはやめましょう。生まのタイ人講師がすぐ目の前にいらっしゃるんですよ。先生から直接、多くのものを吸収してください」
 はっきり言って、10代から外国語を勉強すると、耳がいいから、ネイティブの発音を吸収することができる。年齢が高じると……。発音だけが語学の学習ではないが、発音が悪いと通じないわけだから、やはり発音を磨こう!

作品完成の喜び

 昨年は一年間、編物教室がお休みであった。理由は編物の先生のお宅が新築に建て替えるため、教場が無かったからである。
 そして、今年1月から新築の家で再び教室が再開された。私は一昨年12月に取り掛かっていたカーディガンを完成させることができないまま、ずっとしまいっぱなしであったが、昨日、それをどうにかこうにか完成させることができた。作品の完成を見るのは素直に嬉しい。昨晩、教室から帰宅する時、コートの下にそれをはおって、とても暖かく思った。
 ところで、タイ語を習いに来られている生徒達はどういう時に学ぶ喜びを感じたり、自己の学力の進歩を確信するのであろうか? 教師である私は、一人一人の学力、そして、伸びしろを把握している。しかし、それを口に出すと、いやがられるかもしれないから、あえて言わない。でも、本当は教えてあげて、欠点をばねにして、更なる実力をつけていってもらいたい。そして、タイ語の学力が上がった喜びを、半年に1回くらい味わってほしいものだ。

本探し

 昨日、地方に住んでおられる元生徒さんから専門用語の問合せが有った。確か某書の中に書いてあったと思い、「しばらく時間をください」と言って、電話を切った。
 ところが、最近、本棚の整理をしていないから、その本がなかなか見つからない。さらには、東日本震災以来、本棚の本を縦置きではなく、平積みにしてしまったので、本の背表紙に書かれている本の題が見えない。安全のためにそうしたのだが、突然の本探しにはやはり不便であることがわかった。
 結局、問合せの専門用語をネットで調べたが、これまた何とも心もとない。何故ならば、タイ国と日本の行政組織は同一ではないからだ。そして、質問されている単語は、日本に於いても2種類の使い方があるから、どちらの単語を使用すればタイ人にわかるのであろうかと疑心暗鬼になる。
直訳しても分かるはずがない。しかし、意訳するわけにもいかない。日本では漢字を並べれば威厳ある単語に見えるが、タイ語では説明調になる。そうすると長々と書かなくてはならない。私が探していて見つからなかった某書には、果たして何と書いていたのであろうか? 日頃の整理整頓の悪さを反省せざるを得なかった。

2001年1月26日の新大久保駅事故 

 昨日、新大久保駅前にある創業100年以上の蕎麦屋へ行った。店内には町名である百人町の由来となった鉄砲百人組の歴史を証明するものがいくつか見られる。
 店を出た後、山手線に乗って高田馬場へ向かおうと思って新大久保駅の階段を上がる。階段の途中の踊り場には、2001年(平成13年)1月26日の夜、酔客を救助しようとして尊い命を落とされた韓国青年(李秀賢氏)と日本人カメラマン(関根史郎氏)の偉勲を韓国語と日本語で刻んだプレートがあるが、昨晩は時間が無かったのでそれを読む時間はなかった。
 ホームへ通じる階段を上がりながら、彼らの勇気ある行動に心の中で合掌した。この1月26日の事故は、毎年、思い出している。何故ならば、そのような勇気ある救助で落命されたお二人のことを思い出したいからである。
 あれから今日で15年が経過した。韓国青年のご両親の優しさも報道でいつも熟知している。
 今、私のPCの傍らには、関根史郎氏が撮ったワンちゃんの写真がある。私はずっとこの写真を大切にしてきた…..。

アユタヤ時代の女傑

 昨日、授業で、アユタヤ時代の初めの頃(注:今から約460年前)に名誉の死をとげて、タイの四大女傑の一人になったスリヨータイ王妃の物語を読んだ。
 アユタヤ時代は王位簒奪が繰り返されたようだが、それを聞きつけたビルマの王が、アユタヤの騒乱に乗じてアユタヤに攻め入った。当時は象に乗っての闘いだが、アユタヤのマハーチャックラパット王が二人の王子を連れて戦場に出ようとすると、スリヨータイ王妃が自分も連れて行ってくださいと許可を求め、男装して象に乗った。しかし、王の危険を察して、自らが闘いの中に機敏に突撃した時、敵の一撃に遭い、あえなく象上で息絶えた。二人の息子が母の亡骸をアユタヤの都に持ち帰り、以後、タイの歴史に名を残す女傑となった。
 小学校の教科書だから、わずか2ページしかなく、1回の授業で読みきれるから、教材としては丁度いい。
 スリーヨータイという機名のタイ航空に何度も乗ったことがあるが、今思えば、なんとも頼もしい飛行機であったことか!

鍋パーティー

 昨晩、我が家で鍋パーティーを開いた。ミカン先生の誕生日、そして、K氏とタイ女性の結婚を祝して、3時間、楽しい時間を過ごした。集まったのは計7名。みんな、大満足。
 「また、やりましょう。是非、是非。えーと、次なるパーティーの名目は何にしようか?」と誰かが言った。
 「暑気払いはどうですか?」
 「いや、その前に桜を見る会にしましょう!」  
 それを聞いて、春が待ち遠しくなった。大雪の情報が流れる中、日本人はすでに春を待ちわびている。春には何をしようかと、早くも楽しいことを考える。
 新婚早々のK氏が言った。「ケーキよりも和菓子が好きになりました。おいしい日本茶もいいですね」
 外国語を習いながらも、日本人はやはり島国の中で日本情緒を味わうのが、一番向いているのかもしれない。
 

教科書は反復するに限る

 昨晩、「タイ語中級 金曜日19:00」のクラスが実施されたが、諸事情により、いつもの先生ではなくて、違う先生にお願いした。
 このクラスはすでに『タイ語中級Ⅱ』というテキストが終わってしまったため、さて、次なるテキストは?と、生徒の誰しもが思うものだが、私はあえて、そのテキストの最初に再び戻ることを勧めた。発音矯正するだけでもいいと思っていたが、実際のところは、生徒達が単語を覚えていないことが判明。それでは同じテキストを反復したほうがよい。
 しかも、昨晩は一度も会ったことがないタイ人講師が登板したわけだから、違う先生から教わるのもまた良し。雰囲気が異なる先生に習うと新鮮なものだ。既習のテキストまでもが、まるで新しいテキストに思われてくる。
 今日の結論は、テキストは反復するに限るということ、そして、いろいろなタイ人講師に教わって、それぞれの先生の持ち味を感得するに限る。

旧友からの電話

 勧誘電話が多いので、自宅の電話を取るのはやめにしたいのだが、やはり、ついつい取ってしまう。理由は親戚からの緊急かもしれないと思ってしまうからだ。
 昨日もそうであった。最初、無愛想に応対すると、なんと25年も会っていない旧友からのものであった。年賀状はずっと交わしているので、それでいいかなあと思っていた。
 彼女が花づくりに精を出しているのは年賀状からよく伝わって来ているが、「御主人は?」と尋ねると、「仕事はもうしていません。今、竹を切り出しに行ってます。花の周りに竹囲いを作ってくれるのよ」、と、彼女は答えた。
 そして、彼女は本題に入った。
 「昔からの友達が、このところ、急に会いましょう、ねえ、会いましょうよ、と言ってコンタクトしてきてるの。もう、そんな年齢になったのね。だから、私もあなたに会いたくなったわけよ」
 私は答えた。「それじゃあ、会いたがっている友人達を優先して会ってくださいな。私は現役ばりばりで働いているので、スケジュールがいっぱい」
 なんだか冷たそうな返事ではあるが、私は予定が未定という状態で、毎日をこなしている。旧友にも会いたいが、仕事人間の私は社会の中に飛び込んで行くほうが好きだ。