世界最高齢男性の百井盛氏

 昨日のニュースで、埼玉県在住の百井盛氏という111歳の男性が世界最高齢の男性になられたことを知った。この方のお名前を見て、「なんとまあすばらしいお名前ですこと!」と思う。
 姓の百井であるが、「百」が入っているから、百歳まで生きられるのは当然だ。「井」は、「二」と「||」から構成されているとするならば、横から読んでも、縦から読んでも、「11」である。よって、百田氏は、111歳まで生きる強さを持っておられると私は分析する。
 彼のことをネットで調べると、高校の校長先生をしておられたそうだ。「生徒がなかなか集まらなかった高校を105名の定員までもっていき、405名の志願者があった」ということで、今でもこの2つの数字はしっかりと覚えておられるそうである。
 そして、百井氏は、中国古典を2000冊、蔵書しておられ、それらの一節を諳んじることができるとのこと。語学を教えている私としては、ここに彼の長生きの秘密を見た。

「這う」というタイ語

 タイの小学校の教科書を読んでいると、動物(人間を含む)の行動に関する動詞がたくさん列挙されている。その中で、「這う」という単語に興味を覚えた。
 ①人間、カメ、ワニなどのように、手足を使って「這う」のは、คลาน ②ヘビやミミズのように手足が無い動物が「這う」のは、เลื้อย。爬虫類のことは、สัตว์เลื้อยคลาน。
 このように何が這うのかわかっていれば、単語の選択は容易だが、もしも「這う」という単語を「日・タイ辞典」でさがすとするならば、果たして、単語の選び方まで丁寧に説明されているのであろうか?
 よく生徒から聞かれる。どの単語を使っていいのかわからないので、用例が欲しい、と。しかし、いちいち用例を書いていると、1冊の辞書ではおさまらなくなる。そして、ものすごく高いものになる。
 話はそれるが、「這う」という漢字、なかなかに興味深い。シンニュウに「言」という文字が乗っている。言葉の勉強も、這うが如く、ひたすら「道」を進んでいくしかないのであろう。
 

言葉はいろいろな教師に習いましょう!

 昨日、タイ人が午後4時から6時まで日本語を習いに来た。第8回目であったので、「タイ語中級 土曜日14:00」のクラスの生徒達3名に頼んで、30分ばかり会話の相手をしてもらった。
 タイ人はだいたいは聞き取ったが、20%、聞き間違いがあった。すなわち、答えがトンチンカンであった。それでも、知らない日本人としゃべることに次第に慣れていく様子がみられ、私の目的は叶った。
 何故ならば、語学教師というものは、分かりやすい日本語で、ゆっくりと話そうとするが、街中で聞く日本語はそんなものではない。実に速い。それに、同じ意味の単語でも、人によって、どの単語を使うか異なる。使い方の相違理由など、あまり関係ない。
したがって、出来得るならば、一人の教師にずっと習うのではなくて、いろいろな教師に習うことをお勧めする。
 タイ語も然りである。タイ人は自信を持って自分の意見を言うが、言葉の習得は育った環境にある。いろいろなタイ人講師に習うと、習った内容にバランスがとれてきて、なかなかによいタイ語力がつくものだ。

イタリア留学中のN子さん

 今朝5時前にラインのピンポンが鳴った。こんな時間にラインを送ってくる人はいないので、一体誰かしらと開いてみると、今年の3月からイタリアへ行った大学生のN子さんからであった。
 「イタリアはシエナからこんにちは!! Sabaai dii mai kha? Chan sabaai sabaai thii Siena. Rian phaasaa-Italy maak maak kha. 自分のイタリア語力の無さにときどき悔しくて泣きたくなるときもありますが、憧れていた国で憧れていた言語を勉強することができて毎日とても幸せです。
 いまとなってはイタリア語以外の外国語は、ときどきクラス名との中国人に中国語の練習相手になってもらうぐらいで、英語もほとんど忘れてしまったほどです!帰国したらタイ語はまた復習するつもりです。ごめんなさい」
 彼女は<シエナの通学路です>と言って、写真も送信してきたが、いやもうびっくり。紀元前に戻ったかのような景色である。これは是非とも行って見てこなくては…。
 彼女のラインの用件は、学友がインターンシップを利用して、目下、タイの日系企業で働いており、タイのことでいろいろと聞きたいことがあるので、私を紹介しましたから、宜しくというものであった。

ペンネームのつけ方

 昨日、『世捨て人のすすめ』(ひろ さちや著 実業之日本社刊 2014年)を買って読んだ。ひろ さちや氏の文章は平易だから実に読み易い。
 カバー、及び、奥付に彼のペン・ネームの由来が書かれていて、興味をそそられた。「ひろ」は、ギリシア語で愛するを意味するphilo(フィロ)、そして、「さちや」は、サンスクリットで真理を意味するsatya(サテイヤ)の造語だと知り、洋の東西の総本山をなす言語の両方をうまく取り入れているなあと感心した。
 てっきり、「広 幸也」をひらがなで書いたものと思っていただけに、このペンネームの荘厳さをあらためて知った。
 作家や文章家でない限り、ペン・ネームは不要だ。使う機会が無いからだ。だが、普段とは異なる自分をもう一人持つには、ペン・ネームをつけて、しかも、ギリシア語、ラテン語、あるいは、サンスクリット、パーリ語から命名すると、思索的な自分を見つめることができそうだ。

フランス語講師のヴァカンス

 昨日、フランス語講師から、6月下旬から8月中旬まで、ヴァカンスで帰国するので、フランス語クラスはお休みにさせてほしい旨が告げられた。
 それを聞いて、「ああ、ヴァカンスね。欧米人は休暇をたっぷり取るものね」と、内心、うらやましく思った。
 日頃は予習も復習もしないまま授業に出ている状態なのに、授業がしばらく無いことを知ると、急に勉強したくなる。実にあまのじゃくだ。
 フランス語講師はスペイン女性である。彼女のご実家はスペインの島だと聞いて行ってみたくなった。マヨルカ島の近くの島だそうだ。インターネットで調べてみることにしよう。
 いずれにせよ、人間にはヴァカンスが必要だ。ヴァカンス(vacances)で、心を空白(vacant)にしたい。

タイ製のヘア・ドライヤー

 消費税が上がる前にあわてて家電製品を買い替えた話はすでに書いたが、先日、大量販店の前を通ったので、ヘア・ドライヤーを買うことにした。
 店内に入ると、丁度、タイ語でのアナウンスが流れていて、しばらくタイ語のリズムの良さに聞き入った。そして、ほとんど時間をかけずに、ヘア・ドライヤーを選んだ。以前に使っていたパナソニック製品と同類のものだから大丈夫と思ったからだ。
 「このシルバー色のをください」と言うと、店員は、「これは、ゴールドですよ」と言った。一瞬、私は自分の視力を疑った。しかし、よくよく見ると、なんだか鈍い金色の光が見えないでもなかった。
 帰宅して、箱を見ると、なんと「タイ製」であった。キャノンのコピー機もタイ製だから、別に驚くことは何にもない。むしろ、タイ人が丁寧に組み立ててくれた製品を手に取りながら、タイ人の笑顔が伝わってきた。

「タイ語入門 木曜日19:00」も開講します!

 昨日から「タイ語入門 月曜日19:30」のクラスを新規に開講したところ、見学者が数人おられ、彼らの要望を聞いているうちに、「それでは、6月5日から、木曜日の夜も新しいクラスを開講しましょう!」ということになった。
 当初、「木曜日18:00」という時間帯で募集していたが、午後6時始まりというのは、勤めている人には厳しいものがある。1時間遅らせて、午後7時始まりのクラスであれば、通いやすいという理由はもっともだ。
 今年のタイ・フェスティバルには35万人が来場したそうである。そのうちの1%、即ち、3,500人の人がタイ語を習うのに関心を持ってくれたら、どんなにいいことか。
 だが、待てよ。35万人の中にはタイ人もたくさんいたわけだから、3,500人の半分、即ち、1,750人の日本人にタイ語を習ってもらいたいと思う。
 東京にタイ語を教えているスクールが20校あると仮定するならば、1校あたり、87名。ああ、この数字はまず期待できそうもない。
 それでは、再度、計算をしなおそう。35万人の1%ではなくて、0.1%にしてみよう。すると、350人。そのうちの半分が日本人だとすると、175名。これを20校で割ると、1校あたり、約8名。この数字は十分に期待できる。

6月の新規開講クラス 「タイ語入門 月曜日19:30」

 本日6月2日より、「タイ語入門 月曜日19:30」のクラスを新規に開講する。昔の人は、何かの稽古ごとを始めるのに、6歳の6月6日から始めたと聞く。したがって、我が泰日文化倶楽部も、是非とも6月から新しいクラスを開きたくてたまらなかった。
 月曜日は週の始めだから、勤めている人にとって、夜間に勉強するということは体力上、厳しいものがある。だが、勤務時間がいろいろと変わるシフトで働いている人にとっては、週明けとか週末とかあまり関係ない。
 今晩から入会される方達はすでに無料体験済みだから、教室の雰囲気はわかってくださっている。彼らからはどうしても習いたいという意欲が十分に伝わってきた。是非とも応えてあげたいという気持ちになった。
 習い事を始めるには、習う方にも、そして、教える方にも、相当の心構えがなければならない。双方の気持ちが合致すれば授業は楽しいものとなる。

「神」という漢字の読み方

 昨日、久しぶりにタイ人に日本語を教えた。彼はタイから遊びに来た両親を連れて、関西方面、及び、名古屋、長野、静岡へも行っていたので、さぞかし日本語が上手になっているであろうと思ったが、運転に集中していたらしく、旅行しても語彙はそれほど増えていなかった。
 1時間40分、たくさん話しかけてあげたが、そろそろ疲れが出始めたのがわかったので、最後の20分は、漢字を教えることにした。
 「私がホワイトボードに漢字を書きますから、頑張って読んでみてくださいね」と言って、山手線の駅名を書いた。最初は、新宿。これはすぐ読めた。次に、原宿。読むのに少し時間がかかった。上野はよくわかっていた。
 ところが、神田は彼にとって難しいようであった。神戸へも行って来たので、彼は、神田を「こうだ」と読んだ。あわてて、「かんだ」と教えてあげた。続けて、「神様」と書いたが、読めなかった。
 ついに彼は言った。「日本語、むずかしいですね。漢字の読み方、いろいろありますから。どうすればいいですか?」
 私は答えた。「死ぬまで日本に暮らし、生活しながら慣れていくことですね」
 「神」の読み方はまだまだいくらでもある。「神妙な」、「神楽」、「荒神」、「お神酒」….。