声質

FIFAワールドカップのテレビ中継で解説する人達に対するコメントが多いのには驚いた。それはまさしくサポーターの熱意を反映させていると言えよう。なかには、解説者の解説に対してではなくて、声質が悪いというものまであった。

実を言うと、私も某解説者の声質が気になっていた一人である。だが、声の質は生まれながらに与えられたものであるから、その人を責めるわけにはいかない。試合が終わるまでじっと我慢だ。

いまや、スポーツ中継に於いて、解説者はなくてはならない存在であり、職業である。調べすぎて、それを全部、解説に盛り込もうとする解説者がいるが、視聴者はうんざり。その上、話し方に癖があったり、聞き苦しい声だと、早く実況アナウンサーに代わってほしいと思ってしまう。発声を鍛錬し続けているアナウンサーの声と喋りはやはりプロ。安心感が有る。

今日のタイ語作文

1.友人の家の目と鼻の先に、「サ高住」の施設が建設中だそうである。

2.朝から騒音と地響きが有り、毎日、うんざりしていると彼女は言った。

3.「じゃあ、将来、そこの施設に入れてもらえばいいわ」と私は気楽に言った。

4.それに対して、彼女はすかさず反論した。「部屋が狭すぎていやよ。それに高い」

5.「サ高住」とは、「サービス付き高齢者向け住宅」の略称で、日々の安否確認や生活相談サービスが受けられる。

6.バリアフリーの高齢者専用賃貸住宅だが、お金に余裕が無いと入居は無理である。

聞き上手

泰日文化倶楽部の生徒達は多種多様なる職業に従事し、かつ、多彩なる趣味を持っておられるので、彼らの話を聞いているだけで楽しい。さすが東京だ。いつのまにか聞き上手になっているのが、あら不思議。これじゃあ、私、絶対にボケない。そう確信する。

昨日の「タイ語入門 木曜日13:30」のクラスも楽しかった。旅行先の鮨店でタイ人に出会った生徒は、タイ人が鮨2貫を頼む時、「2個チン」と言ったのを耳にしたそうだ。「チン」はタイ語の類別詞「ชิ้น」で、切ったケーキや、スライスした肉片、あるいは、作品や展示物の数え方、等々に使われる。生徒は言った。「ニコチンに聞こえたわ」と。

人の話は聞きたくない。そういう方はそのポリシーを通せばよい。だが、人の話は面白い。ホテルやレストランで勤務している生徒達が客を相手にいろいろと苦労していることを知ると、同情したくなる。せめてタイ語の勉強をしている時だけは、大いに笑って、鷹揚なる態度を取り戻そうではないか。

秋の華展

目下、日本列島はいずこも暑い。だが芸術の世界も同じくらい熱い。何故ならば芸術家たちは秋に向けて、鋭意、構想を練り始めているからだ。私は小原流横須賀支部に所属しているが、10月の華展に出品するようにという指令が支部長から来た。参加するのは初めて。

以前、泰日文化倶楽部の「アジア女性のための生け花教室」に、日系ペルー人の恵子さんが習いに来ておられた。彼女は東大で博士号を取得。ペルーに一旦は帰国したものの、良縁に恵まれて、今は神奈川県在住。彼女も横須賀支部に所属して、いつも華展に出品しているが、彼女の作品の魅力は敷物の使い方である。そこにはアンデス文明の片鱗が感得できる。

恵子さんがペルーを匂わせるのであれば、敬子さん(=私)はタイを醸し出したい。花瓶はベンチャロンがいいかな? しかし、五彩色だから日本の花との相性が悪そう。日本の伝統文化は派手さを嫌うからだ。だが地味目にするとタイではなくなる。しばらくは葛藤状態が続きそう…..。

今日の語彙

1.蛸(たこ)     2.凧あげ

3.茶番        4.チャイヤプーム県

5.梅雨明け      6.ツーカーの間柄

7.天秤にかける    8.てんこ盛り

9.頓挫する     10.とんちんかん

11.トルコ     12.トートバッグ

バンコクの火事

夜中にサッカーを見たり、ウィンブルドン・テニスを見たりする日々が続いているので、睡眠時間がバラバラ。しかし、居ながらにしてビッグな試合が見られるので有難い。感謝である。そして、ラジオもいい。懐かしい曲を聞いたり、ためになる話を聞いたりすると、心が穏やかになる。

ところが定時ニュースを聞くたびに、新しい事件が飛び込んで来るので心が痛む。一昨日、「バンコクの北方にある飲食店で火事が有り、27名が死亡。重傷者が多数います」と聞いただけで、心はもうバンコクへ。生徒達もタイのニュースには敏感だから、昨夜の授業で話題になった。「当局への許可申請は食堂。しかし、実際はパブだったそうですよ」と生徒。

タイだけではなくて、アジアに於いて、ひとたび事故が起きると死者が多く出る。何とかならないものかといつも思う。とくに古いビルや建物は要注意だ。今回の火事はブレーカーあたりから出火したという目撃証言が有るが、点検と修理、そして器具の交換は大事。

สมบัติ / สมบัตร

元タイ語教師のH先生は目下、バンコク滞在中である。スタバに入ってコーヒーを注文すると、「お名前は?」と聞かれたので、出まかせに「ผมสมบัติครับ」と答えたそうだ。するとしばらくしてアイスコーヒーの容器に、「k’ สมบัตร」と記入されたものが提供されたとのこと。

タイ人の男性の名前に「สมบัติ ソムバット」は多い。「財産」という意味だから、昔から好まれている名前の一つだ。ところがスタバのスタッフは「สมบัตร」と表記した。念のためにネットで調べてみると、こういう綴りも一概に間違いではないことがわかった。タイの整形外科医で超有名な方の名前が「สมบัตร ソムバット」であったから。

どこの国であれ、その国の人の名前を正しく表記するのはむずかしい。したがって、恥ずかしがらずに当事者に名前を書いてもらうことが大切である。反対に自分の場合も然り。きちんと書いて見せてあげないと間違いが生じる。ただし、名前を知られたくない場合は、ニックネームでOK。ほんの数日のタイ旅行であれば、とりあえずは「ไก่」でも「กุ้ง」でもいい。

今日の翻訳

タイ小学校4年生向けの教科書(พ.ศ.๒๕๓๓)の第16章「เราก็คน เขาก็คน」から出題する。

๑. การทำงานร่วมกัน บางคนก็คิดว่าความคิดของตนดีที่สุด การกระทำของตนถูกต้องดีแล้ว

๒. บางคนก็คิดว่าความคิดเห็นในการกระทำของคนอื่นใช้ไม่ได้ ไม่น่าเชื่อถือ ไม่น่ารับฟัง

๓. ความคิดเหล่านี้ทำให้เราหลงตัวเองและดูถูกผู้อื่น

๔. อันที่จริงความคิดเห็นที่แตกต่างกันกลับจะช่วยให้ข้อคิดนั้นได้กลั่นกรองให้ถูกต้องรอบคอบมากขึ้น

๕. ความคิดเห็นเกิดจากเหตุผลอันชอบธรรมของส่วนรวม ควรได้รับการยอมรับและนำไปปฏิบัติตาม

๖. ความคิดเห็นที่ดีย่อมไม่เกิดจากความดื้อดึงของคนคนเดียว

嬉しい報告

片道2時間半をかけて、約25年近く泰日文化倶楽部に通学する生徒さんがいる。彼の名字の一字をとって、級友は彼のことを「คุณหมี(熊さん)」と呼ぶ。日本は今、熊の出没のニュースで震撼としているが、タイ語を習う熊さんはとても温厚な人物である。

彼から嬉しい報告がラインで来た。「建物からワットアルンを望む事のできる宿に宿泊してみました。7年ぶりのタイでしたが、タイ語を色々なシーンで使ってきました。相手から聞き返されることもなく通じたので、吉川先生のところで勉強してきて良かったなと思いました」

今日のブログはなんだか泰日文化倶楽部のPRみたいになってしまったが、あの控えめな熊さんの近況報告に、ついつい私も嬉しくなったわけである。「7年ぶりのタイとは! もっともっと行ってください」と私は返信した。

長襦袢と訪日外国人

先日、20年以上の和裁経験のある生徒さんが非常に迷惑そうな顔をして言った。「最近、長襦袢だけを着て街中を歩いている外国人がいます。困ったものです。 おまけに襦袢の裾から足がいっぱい出ており、見苦しい」、と。 

それを聞いた私は一瞬、半信半疑に思った。だが、訪日外国人のつんつるてんの着物姿なら容易にイメージすることができた。とは言うものの、長襦袢一枚だけで歩き回ることはやめてほしい。下着なんだから…..。

昔の日本人は着物の裏に凝った。正絹を好み、地紋も色も素晴らしいし、それにはいろいろな思いが込められている。よって、長襦袢も正絹。地紋には同じく縁起がかつがれている。そういった日本の着物文化を知らずして、古着屋で吊り下げられている長襦袢が安いからといって購入し、興味本位で着るのだけはやめてほしい。น่าเกลียดจริงๆ