かりんとう と 金平糖

先日、創業102年の製菓店のかりんとう(花林糖)を頂戴した。袋の裏面を見ると、黒砂糖はタイ製と明記していた。タイ贔屓の私はもうそれだけで大喜び。誰におすそ分けするでもなく、一人でおいしくいただいた。

今月の茶道では「茶箱」のお点前を習った。茶箱の中には一式の茶道具が上手に詰め合わされているが、その中には金平糖入れも入っている。容器は安南焼染付(ベトナム製)。

金平糖はポルトガルからもたらされた南蛮菓子。宣教師が織田信長に献上して喜ばれたという由来があるが、戦国時代から続いているとは、いや何とも息の長い菓子であることか。調べてみると、金平糖はポルトガル語の「confeito 糖菓」の当て字。突起があるので鬼を退却させ、無病息災の意味があるそうだ。

菊月

和風月名で、9月のことを「長月」というのは一般的に知られているが、その他にもいろいろと有るようだ。「菊月」も然り。これは9月9日の重陽の節句に由来している。調べてみると、「中国では菊は薬効効果が有り、邪気をはらうため、重陽の節句の花とされている」と書いてあった。

菊の話を始めると枚挙にいとまがないが、ここで「菊」を→「聞く」に置き換えることにしたい。何故ならば、語学を勉強している人には、花よりも耳が大切であるからだ。私の周辺の人から「耳が遠くなった」という話を聞くようになった。老化現象は否めないが、由々しき問題だ。

耳が遠くなるとタイ語の勉強にも支障をきたす。そのためには意識してタイ語をたくさん聞こう。シルバーウイークは天候が芳しくない。外出しても面白くなさそうだ。家で集中してタイ語を聞き、9月下旬を「聞く月」にして、上手に時間を過ごそう!

今日のタイ語作文

以下の単語を使って、タイ語作文をしなさい。

๑. ดอกกล้วยไม้

๒. ไม้อัด

๓. อัดเสียง

๔. เสียงดัง

๕. ดังกล่าว

๖. กล่าวสุนทรพจน์

ชุดไทย展

9月17日~18日の2日間、上野の国立博物館横の表慶館で「チュッ・タイ(ชุดไทย)展」が開催された。タイ国の伝統衣装の変遷についての解説が二人の講師によって1時間、丁寧になされ、とても分かりやすかった。タイがユネスコの無形文化遺産登録に力を入れているのは当然だと思った。

会場には、カラシン県から来たタイシルクの職人が織機に座ってデモンストレーション。一日織って、10センチだそうだ。ラノン県から来た飾り職人は髪飾りやブローチを器用に作っていた。まさしく精巧そのもの。金紛を使った細工も神々しい。タイの職人達は無口で謙虚であったが、腕前には自信をただよわせていた。

歴代王朝の衣装変遷史に関する解説で、今は亡きシリキット王太后のタイシルクの奨励がいかに大きかったことかが改めて再認識できた。展示品に混じって、タイシルクで作った着物が2点、紹介されていた。帯もタイシルク。なかなか粋な計らいであった。

ダルニー基金の中学生

今年もバンコクのダルニー基金事務所から、私が里親になっている男子中学生2名の現状報告と写真が届いた。一人はブンカーン県(จ.บึงกาฬ)のW君、そして、もう一人はルーイ県(จ.เลย)のY君。いずれも中学3年に進級し、とても元気そうである。

ひょうきんな顔をしているW君の好きな科目は保健・体育、嫌いな科目は英語。来年は高校進学をめざしている。将来は県内での就職を希望。一方のY君は精悍な顔つきをしている。体育が得意で、不得手は数学。中学を卒業すると職業訓練校へ進み、将来はバンコク以外の他県で働きたいとアンケートに答えている。

ダルニー基金の里親になって今年で30年になる。このプロジェクトを起ち上げた方の御子息が、私のタイ語指導におけるアシスタントをしていたので、その御縁で私もメンバーになった。みんな、しっかり勉強して、自分の進むべき道を正しく歩んで行ってほしいと常に願っている。

今日の語彙

1.藍色      2.安全第一

3.引責辞任    4.委員会

5.内弁慶     6.雲泥の差

7.遠隔操作    8.延滞税

9.温度     10.大っぴらな性格

11.アーントーン県 12.インフルエンザ

内向的 / 外向的

昨日の授業中、最近のタイ人の精神的変貌についてタイ人講師がこう述べた。「まだタイ語には無いので英語を用いますが、”introvert (内向的な人)”が増えて来ました。かつては、”extrovert(外向的/外交的な人)が多かったけれど、次第に人付き合いを敬遠するタイ人がいますね」

その話を聞いて、タイ人講師が英語を使うことにまず違和感を覚えた。タイ語でも簡単に表現できると思われるのに、あえて英語を介するということは、西洋人の発想にタイ人を押し込めるようなものである。とはいえ、タイ社会のいろいろな社会現象が世界の流れとともに、時間差こそあれ、確実に影響されていることは明白だ。

タイ人も人間関係がうとましくなって来ていることは否めない。泰日文化倶楽部の元講師の一人(63歳の男性)はすでに社交を断っている。だから私も連絡しない。しかし、彼のことを忘れたわけではない。日本から静かにエールを送っている。

バス停でのひと声

世の中、無口で無関心になる一方である。子供達に話しかけるのも憚られるような時代。一体、誰がそのようにしたかと問いたい。

昨日、区役所での用事が終わりバス停へと向かった。病身で衰弱しきった老人がベンチに座っていた。彼が話しかけてきたので私はびっくり。「バスはあと2分で来るよ」という短い文の中に彼の優しさを覚えた。私も気持ちよく応じた。「有難うございます」と。

若者であればAIに質問するかもしれない。「見知らぬ汚い老人から話しかけられたらどうすればいいか?」と。スマホをいじる前に、人と人との対処の仕方は自分の感覚で判断するようにしようではないか。無視が無難と思う人が多数であろう。だが、ほんの「ひと声」は、温もりのある「人声」を通じて、人と人の気持ちをつなげる。

今日の翻訳

タイ小学校教科書副読本『พระพุทธศาสนา』(2年生向け พ.ศ.๒๕๕๑)の「บทที่๗ ชาวพุทธมีหน้าที่」から出題する。

๑. คุณครูสอนว่าระหว่างที่อยู่ที่วัด นักเรียนจะต้องไม่พูดคุยหรือหยอกล้อกัน ต้องสำรวมกิริยาในทุกอิริยาบถ ไม่ว่าจะเป็นการยืน การนั่ง หรือการเดิน

๒. คุณครูบอกว่า ถ้าเราคุยหรือเล่นกัน ถือว่าไม่สำรวมกิริยา

๓. ในฐานะที่เราเป็นพุทธศาสนิกชน เราควรปฏิบัติตนให้เป็นแบบอย่างที่ดี โดยเฉพาะการปฏิบัติตนต่อพระรัตนตรัย คือพระพุทธเจ้า ซึ่งมีพระพุทธรูป เป็นตัวแทน พระธรรมคือคำสอนของพระพุทธเจ้า และพระสงฆ์ผู้เป็นสาวกของพระพุทธเจ้า

๔. แม่อธิบายต่อถึงหน้าที่สำคัญของชาวพุทธที่ควรทำ เช่น ๑) ปฏิญาณตนเป็นพุทธมามกะ ๒) ประพฤติตนตามหลักธรรม ๓) ปฏิบัติตนอย่างเหมาะสมต่อพระสงฆ์ ๔) สวดมนต์แผ่เมตตาและทำบุญหรือทำความดีทุกวัน

秋到来

急に温度が下がって来た。夜道を歩くと虫が合唱。そして、銀杏が落ちている。秋到来。よって、デパートへ行った時、茶道仲間と一緒に松茸ご飯を注文。栗も銀杏も入っていた。秋の味覚が満載。芸術の秋もいいが、食の秋も大いに楽しかりけり。

日本伝統工芸展に応募する作家達は一年中、作品の構想を練っていると聞いた。めでたく入選すると、もう来年の入選を狙って頭の中の芸術針が刻々と動き始めているとのこと。ああ、芸術の世界は息が詰まりそう。

ところで、語学の秋というのは聞いたことがない。語学は一年草ものではなくて、多年草である。灼熱の太陽、暴風雨や大雪、度重なる大地の揺れ、その他、もろもろの悪条件に打ちのめされても、語学に休みはない。年がら年中、言葉、また、言葉の探求が求められる。