今日のタイ語作文

以下の単語を使って、タイ語で自由作文をしなさい。

๑. ความหมาย

๒. ความมุ่งหมาย

๓. เครื่องหมาย

๔. หมายจับ

๕. หมายเลข

๖. หมายเหตุ

1906年(明治39年)

昨日は亡き母の120歳の誕生日であった。1906年(明治39年)生まれの母は「丙午」。世間で嫌われる丙午だ。元気でよく働いた。兄は私を見て言う。「お母さん、そっくりだ」

1906年はどういう時代であったかと気になり、ネットで調べてみた。「前年の日露戦争勝利による高揚感の一方で、主要なる産業・鉄道の国有化が進み、夏目漱石の『坊ちゃん』が発表されるなど、近代国家としての骨組みと新しい大衆文化が花開いた時代です。満鉄の設立。中国大陸への権益拡大が進む」、と書いてあった。

一方、タイはといえば次の如くである。「ラーマ5世(チュラロンコーン大王)の近代改革(チャクリー改革)がほぼ終局に近づきつつある年で、バンコクの拠点駅(のちのフアランポーン駅)の配置など、首都防衛を意識したインフラ整備が行われた。イギリスやフランスの圧力を受け、領土割譲を計りつつ、<東南アジアで唯一の独立国>としての地位を維持する外交交渉が続けられていた」

105歳の日本最高齢ピアニスト

今月上旬、日本の最高齢ピアニストである室井摩耶子さんの訃報が報じられた。105歳と75日で天国へ。1921年(大正10年)のお生まれである。彼女の演奏を聴いたわけではないが、ウィキペディアを読んで、彼女の生きる姿勢に教わるものが多々、有った。

室井摩耶子さんは6歳でピアノを習い初め、東京音楽大学(現在の東京藝術大学)とベルリン音楽大学を卒業。一日4時間の練習を生涯、欠かすことがなく、演奏会が近づくと、一日8時間、ひたすらピアノに向かったとのこと。ここまでなら、多くの名だたるピアニストもやっていることだが、私の驚きは、彼女が89歳で家を建て直し、1階にはグランドピアノを2台も備え、練習に余念がなかった点だ。

ところで、摩耶子さんという名前だが、「摩耶」はブッダのお母様の名前「マーヤ(摩耶)」から名付けられたと思われる。仏陀の母は仏陀を産んでから7日後に亡くなられたと伝えられているが、「マーヤ(摩耶)」の意味は、「幻(まぼろし)」とか「不思議な力」を有しているとのこと。室井摩耶子さんの天分と情熱は、「摩耶夫人」に見守られていたのかもしれない。

今日の語彙

1.南極         2.ナラティワート県

3.人気が有る      4.ニュージーランド産

5.ぬか喜び       6.塗り薬

7.寝言         8.ネットワーク

9.野放図       10.ノンアル

11.ノーギャラ    12.ノミネートする

ミュージカルの女の子

一昨日、「ねりま演劇を観る会 第245回例会」の「ミュージカル ピエタ」(原作:浅田次郎)を観劇した。劇団はイッツフォーリーズ。少女時代の役で歌を歌った女の子に感心した。10歳くらいであったが、口の開け方が実に見事。ミュージカル終了後、ロビーのところで並んで観客を見送る少女を見つけたので、目の前に行って大いに褒めてあげた。

ここ3日間、東京は猛暑日が続いている。今日は二十四節気の「大暑」。道理で暑いはずだ。日本人は口重な人が多い。それはそれでいいが、問題ははっきりと発音しないことだ。口元の筋肉を意識して動かそうとしないから、聞きにくいことが多い。

語学を勉強している人は、唇や舌を大いに動かして発音してほしい。日本語をはっきり発音しない人は外国語の勉強のときも曖昧のままだ。「暑くて耐えられない」という人は、冬では「寒くて口が動かない」ときっと言うにちがいない。言い訳はやめて、とにかく唇の筋肉を動かそう。

ซาก というタイ語

昨日、タイ人講師が数年前に盛岡の城址を見に行った話を聞かせてくれた。彼女は城址のことを「ซากปราสาท」と言った。直訳すれば、「城の残骸→廃墟」。石垣しか残っていないから、瓦礫扱いというわけだ。情緒も浪漫も感じ取れない。残念。

岩手県といえば、平泉。北上川を見ながら、芭蕉の歌碑のそばに立った日のことが思い出された。「夏草や 兵ものどもが 夢の跡」

ซาก は、新聞記事なら「 ซากศพ 死体/死骸」や「เศษซาก 残骸、残留物、デブリ」という合成語で見かける。 タイ人講師が「ซากรถも有ります」と付け加えた。それを聞いたとたん、東日本大震災後、3ヶ月後に行った石巻のことが脳裏に浮かんだ。海岸近くに幾重にも積み重なっている廃車の光景は惨憺たるものであった。

今日の翻訳

タイ小学校教科書2年生向けの『พระพุทธศาสนา』(พ.ศ.๒๕๕๑)の第7章「ชาวพุทธมีหน้าที่」から出題する。

๑. การประนมมือ ยกมือขึ้นประนมมือเป็นรูปดอกบัวตูมตั้งไว้ที่อก

๒. การไหว้ ให้ประนมมือไว้ระหว่างอก ยกมือขึ้นพร้อมน้อมตัวลงมาและก้มศีรษะ ถ้าไหว้พระสงฆ์ ต้องให้นิ้วหัวแม่มือสูงถึงระหว่างคิ้ว

๓. การกราบพระ ให้กราบ ๓ ครั้ง และกราบแบบเบญจางคประดิษฐ์ เป็นการกราบโดยให้อวัยวะทั้ง ๕ คือ หน้าผาก ๑ เข่าทั้ง ๒ ข้าง และมือทั้ง ๒ ข้างจดพื้น ดังนี้

๔. การนั่ง ท่านั่งที่สุภาพเรียบร้อย ควรนั่งกับพื้นในท่าพับเพียบ มือวางบนตักโดยให้วางมือขวาบนมือซ้าย นั่งหลังตรง

๕. การนั่งเก้าอี้ ให้นั่งเข่าชิดกัน มือวางบนตัก ถ้านั่งต่อหน้าพระสงฆ์ต้องสำรวม และพยายามให้พระสงฆ์นั่งสูงกว่า ผู้หญิงควรหลีกเลี่ยงการนั่งใกล้

遮断機 / 遮断器

日本には鉄道ファンが多い。泰日文化倶楽部の生徒の中にもいる。先日、「踏切の遮断機は何と言いますか?」と聞かれたので、マイ先生の口から答えてもらうことにした。だが、鉄道を利用しないバンコクっ子の彼女は一瞬、ためらった。そして、少し時間を置いてから答えた。「ไม้กั้นทางรถไฟ」

念のため、ネットで調べてみると、「สะพานไฟ」と出た。一瞬、あれあれっと思ったが、それは私の漢字の入力ミスであった。「遮断機」が「遮断器」になっていたからである。最近、火事の話題を取り上げたプリントを勉強している最中なので、遮断器(=ブレーカー)はすでに既習済。

いずれにせよ、遮断機と遮断器の両方を覚えることができたので、入力ミスもあながち責められるものではない。ミスを恥じることなく、プラス思考で語彙を増やして行くことはいいことだ。

声質

FIFAワールドカップのテレビ中継で解説する人達に対するコメントが多いのには驚いた。それはまさしくサポーターの熱意を反映させていると言えよう。なかには、解説者の解説に対してではなくて、声質が悪いというものまであった。

実を言うと、私も某解説者の声質が気になっていた一人である。だが、声の質は生まれながらに与えられたものであるから、その人を責めるわけにはいかない。試合が終わるまでじっと我慢だ。

いまや、スポーツ中継に於いて、解説者はなくてはならない存在であり、職業である。調べすぎて、それを全部、解説に盛り込もうとする解説者がいるが、視聴者はうんざり。その上、話し方に癖があったり、聞き苦しい声だと、早く実況アナウンサーに代わってほしいと思ってしまう。発声を鍛錬し続けているアナウンサーの声と喋りはやはりプロ。安心感が有る。

今日のタイ語作文

1.友人の家の目と鼻の先に、「サ高住」の施設が建設中だそうである。

2.朝から騒音と地響きが有り、毎日、うんざりしていると彼女は言った。

3.「じゃあ、将来、そこの施設に入れてもらえばいいわ」と私は気楽に言った。

4.それに対して、彼女はすかさず反論した。「部屋が狭すぎていやよ。それに高い」

5.「サ高住」とは、「サービス付き高齢者向け住宅」の略称で、日々の安否確認や生活相談サービスが受けられる。

6.バリアフリーの高齢者専用賃貸住宅だが、お金に余裕が無いと入居は無理である。