朝夕秋冷を覚え

タイ語作文

1.今日から9月。

2.2020年に入ってから245日目を迎え、残すはあと121日。

3.昨夜から外の空気が少し下がったような気がする。

4.今日の東京は日中でも29度どまりらしい。

5.コロナ禍で心身ともに疲れているから、決して無理をする必要はない。

6.そうはいうものの、少しずつ勉強の態勢を整えていきたいものだ。

7.今月は政治の話題が主流になりそうだが、我々庶民は健康第一で暮らそう!

お祖父様のベレー帽

昨日、個人レッスンの女性が1ヶ月ぶりに授業を希望されたので、正午過ぎに家を出発。ところがバスの中でラインをチェックしたところ、「体調不良のため休ませてください」というドタキャンのお願いが入っていた。
 1年前からマイペースでタイ語を習いに来ている彼女は洋服のセンスが抜群だ。いや、服だけではなくて、靴もオシャレ。原宿の靴店に長らく勤務していたから当然といえば当然。この8月からはメンズのファッション会社に勤務し始めたそうだ。
 7月上旬、彼女は黒いベレー帽をかぶって教室に現れた。授業中、ずっとかぶりっぱなし。暑くないのかしらと私はいささか気になった。しかし、かぶり方が上手だから、粋に感じられてきた。
 彼女は「私は祖父にとても愛されて育ちました。このベレー帽は形見です」と教えてくれた。それを聞いて、急に彼女のお祖父様が隣りに座っているかのように思われてきた。昭和の帽子は令和になってもきちんと品位を保っており、あらためて物の良さに魅せられた。

豊島園の閉園

豊島園が明日、94年の歴史に幕を引く。最後の週末となった昨日、テレビのインタビューに応じる初老の男性が、「みんなに親しまれ、いい遊び場だったのに」と残念な気持ちを述べていた。
 私は豊島園の中には入ったことがないが、大学1年の時の同級生の家が豊島園の近くに在ったので、1965年の夏、豊島園駅まで行ったことがある。55年前の話だ。
 豊島園は豊島区ではなくて練馬区に在る。では、何故、豊島? こういう疑問を持つ人がたくさんいるというが、私もそのうちの一人。そこで歴史を調べてみると、鎌倉、室町時代の頃、そこに練馬城が在り、豊島氏という武士が治めていたが、やがて上杉氏傘下の太田道灌によって滅ぼされたとあった。
 私事になるが、私は49年半、豊島区に住んでいる。豊島区に住んだが故に、年増、いや、大年増になってしまったと嘆いていたが、大昔に遡れば、古代律令制下に於いて、<646年、武蔵国豊島郡>という命名が見られるとのこと。なんだか急に「歴女」になりたくなった。

今日の宿題

既習単語を書き間違えないように気をつけて、タイ作文をしてください。

1.月曜日の午前中、バスに乗って、予約している歯医者へ行く。

2.火曜日の午後、歩いてマッサージ店へ行き、2時間、マッサージをしてもらう。

3.水曜日の夕方、酒屋へ行き、缶ビールを1ダース、買う。

4.木曜日の夜、好きなテレビ番組を1時間半、見る。

5.金曜日の深夜、読みかけのミステリー小説を読む。

6.土曜日の午前5時、川のほとりを散歩する。

7.日曜日は一日中、趣味の時間に没頭する。

道に迷うのも楽しかりけり

昨日、仕事で秋葉原へ行った。インバウンド客が多い時は歩きにくい街であったが、今は静か。そこで仕事が終わったあと、上野までゆっくりと歩いた。途中、タイの国旗が見えた。マッサージ店だ。
 上野広小路まで来ると、バス停で7人くらいが並んでいた。丁度、大塚駅行きのバスがやって来たので、私も乗車。大塚駅から荒川線早稲田行きに乗り鬼子母神で降りれば家に帰れるからである。都バスも都電もシルバーパスで乗れるから無料。
 大塚駅で降りて、かつて買ったことがあるスーパーを目指した。近道して行こうと思い、知らない路地を歩いた結果、ついに道に迷ってしまった。どうしても見つからないから、自分が馴染んでいる場所まで戻り、再びスーパーを目指す。諦めるのは悔しいからだ。
 スーパーはすぐに見つかった。そして、無事に買物を済ますことができた。ほんの一筋の通り(ซอย)を間違っただけなのに….。その界隈でもタイの国旗が目にとまった。おお、タイ人経営者は頑張っている。

吾亦紅の花言葉

8月8日の「アジア女性のための華道クラス」に於いて、秋の花材である万作、竜胆(リンドウ)、そして、吾亦紅を瓶に生けた。家に持って帰るため、教室を出て高田馬場駅へ向かっている時、花束の先からのぞいている吾亦紅を目にした男性が、すれ違いざま、「あっ、吾亦紅だよ」と奥さんに話しかける声が聞こえた。
「なんて風流な旦那様だこと!」と私はすかさず心の中で賞賛した。
 ところで、吾亦紅の命名の由来だが、調べてみると諸説有ることがわかった。しかし、「私も紅いのよ」と主張する説を採用したい。赤茶色をしており、大豆のような大きさだが、花弁が無い。他の花々を引き立てるべく、そっと存在するような役割の花だ。しかし、「私も花よ。紅い花なのよ」と存在感を訴えているところがいい。
 吾亦紅の花言葉は、①移り行く日々、②愛慕、③もの思い、④明日への期待、⑤あこがれ、⑥移ろい、⑦変化、等々だそうである。
 もうすぐ9月だ。心身ともに秋に備えよう!

今日の宿題

タイ語作文
 
1.気象庁の3ヶ月予報によれば、まだまだ残暑が厳しいそうだ。

2.このような状況では、大人も子供も体調を整えるのが難しいと思われる。

3.友人が会社を辞めて郷里にUターンすると言っているが、果たして仕事は見つかるであろうか?

4.人口が少ない町では、どんな商売をしても売り上げが見込めない。

5.ただし、酒、味噌、醤油、等を造っている老舗の会社は地道に営業を続けている。

6.農業をする体力はもはや無いので、自宅でできる仕事を検討中である。

被災した画家

昨日、大学時代の友人から電話が有った。彼女は画家なので、制作中に邪魔してはいけないと思い、私からは一度も電話をしたことはない。彼女からもかかって来たことはない。だが、今年はコロナ禍で展覧会や個展が無いため、いつもとは違う時間を過ごしているようだ。
 久留米在住の彼女は友人の画家の話をした。「球磨川上流にアトリエを持っている友人がこの間の7月の豪雨で、全ての作品が流されてしまったのよ。個展に備えて準備しており、あと一日で搬出しようと思っていた矢先だったらしいわ。全部無くなってしまったから、画家仲間でお見舞金を送ったばかりというわけ」
 何の自然災害であれ、被災した方達はいずれも皆、失ったものが多く、第三者からは想像もつかない。したがって、お見舞いの言葉を言うのは憚れる。だが、友人の話を聞いて、お会いしたこともない画家の茫然自失たる姿が目にうかんだ。

タイ女子ゴルファーの活躍

昨夜、全英女子ゴルフ2020のテレビ中継を見た。タイ女子ゴルファーが2位タイにつけていたので、最後まで応援した。
 彼女の名前は、テレビの画面ではジャスミン・サワンナプラと出ていたが、ジャスミンは彼女の愛称だと思う。彼女の名前をタイ語で書くと、
ธิฎาภา สุวรรปุระ で、ティダーパー・スワンナプラ と読む。
 名字のスワンナプラは、スワンナ(黄金)+プラ(町)である。スワンナプーム空港のスワンナと同じだ。彼女はSuwannapuraと英語で表記してるため、サワンナプラと読まれたのかもしれない。
 一方、ネットのランキングには、T.スワンナプーラと出ていた。
 タイ人の名前をカタカナ表記する時は、長母音にするか、短母音にするかで悩む。タイ文字に従って、きちんと読むと、残念ながら日本人受けしないからである。
 いずれにせよ、彼女は6年前に、“นักกอล์ฟดาวรุ่นใหม่”と呼ばれていた。今や世界に通用する堂々たるゴルファーになった。

明日から授業再開

泰日文化倶楽部の夏休みは今日でおしまいです。明日8月24日から通常通り授業を再開いたします。ただし、水曜日と木曜日のクラスは、生徒さん達のご事情により、8月いっぱい休講にしております。
 まだまだ暑い日が続きますが、徐々に学習態勢に入って行きましょう! 
 将棋の藤井二冠の偉業を観ていると、勝負の世界は若さが一番。スポーツ界も然り。
 そこへ行くと、泰日文化倶楽部はその対極を行くみたいですが、生徒各々が自由にファイトすればよろしい。
 長い間、タイ語の世界に携わっていて感じることは、音声も文字も異なりますが、タイ人の気持ちと日本人の気持ちの間にはそんなに差が無いということです。もしも、他の言語を勉強しても、きっと同じ感覚を覚えるはず….。
 たとえ勝負の世界に生きていなくても、言葉の世界と命ある限り格闘して、自分の思考を緻密に鍛え上げていきましょう。