神田川日記(10)

 夜中におろおろする老女達を見た私はナースコールを押して看護師を呼び、状況説明をした。すると、看護師に一喝された。「ここは大部屋です!」 それ以来、何事が有ろうとも看護師には伝えないことにしようと思った。
 ところが、朝になって、看護師から次のように言われた。「皆さん、腰を痛めているのですから、ベッドを出てむやみやたらに歩いてはいけません。吉川さん、この部屋の皆さんが歩かないように見張っててください」
 かくして、私はこの大部屋の級長を仰せつかることになった。
 入院生活は全く退屈しなかった。リハビリも順調に進んだ。最初、ピックアップ歩行器をあてがわれた時、重心をくずしてしりもちをついた。あわててギプスをはめた右足だけは高々と上げて、意識してかばった。しばらくの間、トイレに行くたびに看護師かヘルパーさんの見守りがあったが、やがて、歩行器から松葉杖へと段階的にうまく使えるようになった。私の体に「こうしてはいられない」という気合のスイッチが入ったのを、リハビリの先生はめざとく見抜いたようである。