大晦日

 ウドンタニ県を旅行中であるK先生(泰日文化倶楽部の元タイ人講師)からラインが送られて来た。彼女が撮影した赤い蓮沼の写真は実にすばらしい!
 「บัวแดงที่อุดรหนองหาน พื้นที่23,000ไร่ พื้นที่มีบัว8,000ไร่ สวยงามอลังการGuinness world recorded จัดอันดับเป็นหนึ่งในสิบของสถานที่ที่แปลกสุดในโลก น่าไปเที่ยวค่ะ」
 一年を振り返りながら、世の中の急激な動きについて行くことに馬鹿馬鹿しさを覚えていた矢先だけに、悠然たる大自然の写真からは教えられるものがあった。
 いよいよ大晦日。昨日は巣鴨のとげぬき地蔵尊にお参りし、一日早いけれど、年越そばもいただいた。今年嬉しかったことはたくさんあるが、なかでも泰日文化倶楽部の生徒の皆さんがせっせと通って来てくださったことは、喜びのトップ3に入る。皆さん、どうか良いお年をお迎えになられてください。

キャリア・ウーマン

 プミポン国王のご冥福を祈って、尾道在住のM子さん(元生徒)より真っ白い蘭の花が贈られて来たのは10月下旬。その蘭の花は今でも教室で美しく咲き続けている。
 M子さんは、「12月23日から横浜の実家に戻るので、先生にお会いしたいです」と打診して来たが、「24時間体制で働いているので、時間がうまく取れそうもないのよ」と私。すると彼女も、「二人の子供をかかえて外出するのも大変だと思いますからあきらめます」と返事してきた。
 ところがである。昨日の午後、彼女から電話が入った。「私、今、目白です。友人の家に遊びに来ています。公園で子供達を遊ばせています。先生の家も、たしか目白ですよね?」
 そこで私はその公園へ駆けつけて行った。M子さんは友人家族と一緒にいた。友人のマンション名を尋ねると、なんとまあ私のマンション(書斎)と同じところ! M子さんは私の住所を知らなかったのでびっくり。私はもっとびっくり。
 友人はキャリア・ウーマンであった。来月発売の雑誌に彼女のことが掲載されるとのこと。その友人とライン交換すると、「キャリア・ウーマンにお会いできてよかったです」と書いて来られた。若いキャリア・ウーマンと老練のキャリア・ウーマン。世の中の動きは速くて複雑だ。女性はもっと頑張ろう!

花・🐡・酒

 昨日、雑司ヶ谷を抜けて池袋方面に向かっていると、もう白梅が咲いていた。初釜に着る着物をレンタルするために貸衣装店へ行った。「まずはタブレットで着物を選んでください」と言われたが、選んだ着物は初釜には向かなかった。そこで、店員が花籠の模様が入った訪問着を出して来た。そのあと、4枚ほど見せてくれたが、最初の印象が強くて、花籠の着物に決めた。
 次に、池袋から新宿へ向かい、もうすぐ50歳になる姪に赤いシクラメンを送った。本当は蘭の花を送りたかったが、雪国へ配送中の責任は負いかねると花屋に言われて断念。
 夜は、泰日文化倶楽部が入っているビルの知人達と、来年の幸福を願って、高田馬場の🐡料理店へ行った。50年も高田馬場をうろうろしているというのに、ふぐ料理の店が有るとは全く知らなかった。ふぐのひれ酒は芳醇なり。
 知人の一人は勝海舟のご子孫である。大胆不敵な方だ。さすがご先祖のDNAが…..。

ไก่งามเพราะขนคนงามเพราะแต่ง

ไก่งามเพราะขนคนงามเพราะแต่ง
これはタイの有名なことわざだ。もうすぐ「酉年」なので、鶏にまつわる格言を勉強しようではないか。
 まずは直訳から解説する。「鶏は羽毛が有る故、美しい。人間は着飾る故、美しい」
 この格言の言わんとするところは、「馬子にも衣装(衣裳)」であることは明々白々だ。タイの格言は韻を踏んでいる。どの単語とどの単語が押韻しているかは、発音すればすぐにわかる。
 最近の人達は、「馬子」という単語を知らない。だから、「孫にも衣装」と思っている方達が多い。
 だが、いずれにせよ、服装は大切だ。きちんとした身形(みなり)をすると、自分でも緊張するのがわかる。
 最後に、余談を一つ。「ไก่ ガイ 鶏」には、あまり芳しくない意味(隠語)がある。それは「売春婦」という意味だ。中国語にも同様の意味があるから、中国語の影響が強いと思われる。要は、真っ赤な鶏冠(とさか)に騙されないよう、要注意。

旧仮名遣い と 旧漢字

 昨日、宇野千代(1897-1996)の『幸福』(株式會社文藝春秋 1972)を読んだ。旧仮名遣いと旧漢字がちりばめられており、時代の匂いをかいだ思いがした。一節を以下に抜粋する。
 「一枝はかうして、幸福のかけらを一つ一つ拾ひ集める。自分の周圍にそれを張り遶らして生きてゐる。人にはをかしく思はれることでも、自分では幸福と思ふやうにした。一枝は五年前に良人と別れた。そのとき、別れるのを辛いと思はないやうにしたいと思つた。一枝は自分でも別れるのが好いと思ふやうにした。良人が荷物をまとめてゐるのを、何となく手傳つたりした。それが自然に出來たと思ふ」
 かつて、明治生まれの女性が書いた自伝原稿を、ワープロが出始めた時に、ワープロで打ち込んでさしあげましょうと、口約束したことがあるが、私は旧仮名遣いと旧漢字に悩まされて、ついに完成することができなかった。とにかく読みにくかったのだけは今でもトラウマの如く覚えている。

シュトレン(クリスマス菓子)の語源

 12月25日、お茶の稽古時に、シュトレン(クリスマス菓子)が黒塗りのお盆に出てきた。茶道の菓子は和菓子だと思い込んでいたので、和洋のコラボレーションが新鮮に感じられた。
 シュトレンは市販のものではなくて、わざわざ本場ドイツから送られて来たものだと茶道講師から聞かされ、さらなる新鮮さを覚えた。茶道講師は能書家であられる。ドイツ人の要望を受け入れ、来年の干支である「酉」を墨書して差し上げた御礼がシュトレンだというわけだ。
 シュトレンの語源を調べてみると、坑道という意味であった。それがトンネルに見立てられ、やがては、幼子イエスのおくるみをうかがわせることになった。なんと美しい比喩であろうことか。

忘年会(3)と 年末年始休暇

 昨日12月24日をもちまして、2016年における泰日文化倶楽部の授業をすべて無事に終了することができました。本日25日(日曜日)から1月6日(金曜日)まで、年末年始の休暇に入ります。
 今年は7月末より12月下旬の5ヶ月間、教室が入っているビルの大規模修繕のため、皆さまには大変にご不便をおかけいたしました。しかし、工事は完了いたしました。ビルのエントランスがタイルの張替えにより明るくなり、教室の扉も最新式になりました。2017年に新しい生徒さん達がこの新しい扉をたたかれることを希望いたします。
 ところで、昨日の午後、イー先生がご担当されているクラスの合同忘年会が、高田馬場のベトナム料理店で盛大に行われました。タイ語の勉強が大好きな皆さん達のいつも変わらない熱意に接し、昨日は大いに感激いたしました。

イギリス民謡

 今年の仕事もほぼ終わりに近づいた。そこで数年前に購入しておいた鮫島有美子さん(ソプラノ歌手)の『庭の千草~イギリス民謡集』のCDを聞きながら、疲れた頭に美しい音を注ぎ込んだ。
 「埴生の宿」、「アニー・ローリー」、「故郷の空」、「庭の千草」、等々、全14曲が収められているイギリス民謡集。これらの歌は小学校の時に習って親しんでいる。日本の歌だと思い込んでしまっていても不思議ではない。
 明治時代に里見義(1824-1886)という作詞家が訳したそうだが、日本語が実にしみわたる。ビルマで日本軍と英軍が対決した時、日本兵の一人が「埴生の宿」を歌うと、英兵が戦闘をやめたという『ビルマの竪琴』の話は有名。
 イギリス民謡が日本の唱歌になっているということは、欧米であれ、アジアであれ、人間的に共通する音感、そして、語感というものが、人間の底辺に存在するに相違ない。

帯揚げ と 帯締め

 明後日の25日に、今年最後のお茶の稽古がある。奄美大島の着物を着ようと思っているが、それに似合う帯揚げが無い。そこで、昨日、ネットで調べた王子の呉服屋さんへ行ってみた。店には老夫婦とお嫁さんがいた。
 持参した大島の端切れと青い帯締めを見せながら、「あのー、青系の帯揚げがほしいのですが….」と言うと、奥さんがすかさず言った。「帯揚げはグレーのほうがいいですよ。そのほうがおしゃれです」
 私はその助言に従って灰色の帯揚げを買った。それには模様がついていた。それがなんと招き猫であった。「大入」と書かれた非常に目出度い漢字も気に入った。
 奥さんはさらに勧めた。「同じ着物でも、帯揚げと帯締めを赤系にすると、遊び感覚が出てきますよ」
 そこで赤系もついでに買った。帰宅して帯締めを見ると、中国製であった。今や、日本で売られている着物や小物は中国やベトナム製が多くなっていると聞いてはいたが、なるほど帯締めもそうか….。

水曜日クラスの皆さん、よく頑張りました!

 泰日文化倶楽部では、水曜日に6クラスを開講している。午後1時から4時半の間に2クラス、そして、午後6時から9時半までに4クラスを実施している。生徒数は1クラス平均3名。
 これらのクラスを編成して、もう少しまとめたいところだが、それができない。理由は、世代の違い、及び、学ぶ目的が異なるからである。悠々自適の皆さんは午後の時間帯で楽しくタイ語に触れたい。仕事人間の皆さんは夕方から教室に現れ、タイ語という世界に90分間ひたり、昼間の仕事のストレスを忘れたいのである。
 いずれにせよ、昨日の水曜日のクラスは今年最後の授業日であった。「良いお年を! 来年もよろしく!」と言って、明るく教室を出て行かれる生徒達を見送りながら、私は幸せを覚えた。来年も同じように、生徒達と共に幸せでありますように…..。