ヒンディー語の長先生

昨晩、トン先生の送別会を終えて零時近くに帰宅すると、メールボックスの中に一枚の葉書が入っていた。アジア・アフリカ語学院でお世話になったヒンディー語の長弘毅先生を偲ぶ会の開催を知らせるものであった。とても優しい表情をお持ちの先生であられたことが印象に残っている。私は書棚から『語りつぐ人びとⅡ インドの民話』(長弘毅 福音館書店 1981年)を取り出した。表紙の裏に、「恵存 吉川敬子様 1981年7月9日)と書かれてあった。
 長先生は1958年にインド政府奨学生としてインドに渡られたそうだが、出発当時の模様を「はじめに」のところに次のように書いておられる。
 「神戸の港を発つときは、それこそ二度とこの日本の地をふめないかもしれないといった悲愴な思いで緊張していたことを、今もはっきりおぼえている。東南アジアの各港に寄りながら船がベンガル湾に入ったのは、日本を発って二週間後。ようやく波がしずかになり船酔いでつかれた体も元気をとりもどしはじめた」
 1950年代にアジアへ行くには船で行くしかなかったのである。