<食い逃げ> をタイ語で言うと

 太陽君が東京にやって来たのは6月14日。2ヶ月以上、お世話してきたが、いよいよ明日、東京を離れることになった。「そんなにまでお世話するということは、彼の家に対して相当の恩義を感じるものが有るからですか?」と訊いてくる人がいるが、そんなものは何も無い。有るとすれば、彼の母親が20年前に、泰日文化倶楽部で熱心に教えて下さった恩義をいつまでも覚えているので、私は息子さんに優しくお返しているということであろうか。
 太陽君は美食家である。昨晩、面白い表現を教えてくれた。「<食い逃げ> という言葉を教えましょうか。กินแล้วชักดาบ と言います。<食べ終わると、刀を抜く> というのですが、これは日本映画のシーンから採用されたんです。サムライが団子を食べたあと、金が無くて、食台をひっくり返し、刀を抜くシーンから採ってます」
 私は言った。「太陽君が食い逃げするのは大丈夫。私がちゃんと払っておきますからね」
 

甲子園で聞く校歌

 甲子園で行われている高校野球は今年で第95回目。この記念大会に母校が出場したので、後援募金通知を受け取った時、すかさず送金した。対戦相手が横浜であったから、多くを望むことは無理という気持ちが半分以上、しかし、もしかしたら、好試合を展開してくれるかもという期待も持ちつつテレビの前で応援した。結果はやはり....。
 何よりも良かった点は、母校の校歌を久しぶりに聞いたことだ。卒業して48年。高校時代に野球の応援に行ったことが思い出された。
 目下、夏期休暇中なので、高校野球を毎日見ている。格別、応援するチームはないが、試合が面白ければいい。毎回、各校の校歌を聞いていると、なかなかにすばらしいと思う。山紫水明の景色が歌詞に盛り込まれており、行ったことの無い地方でも、その美しさが想像できる。
 新しい学校だと、校歌もポップな曲や軽い歌詞になりつつあると聞いているが、校歌はやはり重厚なるほうがいい。ちなみに、我が母校の校歌を作詞した人は、作家の中河与一である。

言葉の生活感

 『終わりと始まり』(池澤夏樹著 朝日新聞出版社刊 2013年6月)の中に、「言葉の生活感」という章がある。南アメリカの南端に住むヤガン族(=最南端まで行ったモンゴロイド)が使っている動詞が大変に細かいことを指摘しながら、今の日本人の生活には具体的な動作の動詞が減りつつあると書いてある。以下は、引用文である。
 { 仮に加工という場面をとってみても、「うがつ」「うるかす」「かしめる」「くける」「くじる」「こく/しごく」「なう」「はつる」などの出番が稀になってしまった。<中略> 家の中でまだしも加工が多いのは台所だとしても、今そこで「煮る」や「焼く」や「蒸す」や「揚げる」以上に用いられる動詞は「チンする」だ。「(魚をさばく」や「(包丁を)研ぐ」は絶滅しかけている。}
 確かに、その通り。商売で使う以外、一般人の生活の中では動詞が減りつつある。上記に見られる動詞は、私の世代で終わりかもしれない。電気製品で快適に暮らす生活。良し悪しである。ワイシャツのボタンをつけるためにホッチキスのような道具が、昨日、テレビで紹介されていた。そうなると、「ボタンをつける」という表現も、いずれは消えて無くなるかも。

夏得は納得

 先週、神社の前を通りかかると、この猛暑の中、早くも「七五三の写真をどうぞ」という幟(のぼり)が立っていた。七五三は11月だから、あまりにも早すぎる。一体、どういうことになっているのか? 不思議でならなかった。
 ところが、昨晩11時に放映された7チャンネルのWBS番組で、8月の七五三商法について解説していた。今、写真を撮ると、子供の衣装代が無料になるか、または、極端にお安くなるそうだ。写真館でも、11月にお客が殺到しててんてこ舞いしすぎないよう、あるいは、お客を逃してしまうよりもいいという考えであるらしい。こういうのを「夏得」といい、客達に納得させることを狙っているとのこと。
 となると、秋は「秋得」の商法が始まりそうだ。商売はあの手この手で機先を制しないと他社に出し抜かれる惧れがあるから、もうすでに構想は練られていることであろう。これにあやかり、泰日文化倶楽部も「秋得」を考えて、タイ語の「習得」につなげたいものだ。
 

フランス人講師は大のアジア好き

 今年1月から開始したフランス語講座は、8月8日をもって第一期コースが終了した。理由はレイラ先生が留学を終えられ、日本を離れることになったからである。第二期は代わりの講師を探して10月以降の開講を予定している。
 レイラ先生はとてもおしゃれで可愛い。彼女のそばにいると、パリジャンのセンスが身近に伝わってきた。パリでみっちりと日本語を習ってきていたので、彼女の努力にいつも感心していた。最近、日本語で行われたネイリストの試験に合格したそうだが、彼女の日本語の学力であれば、合格するのは当たり前である。
 御礼を兼ねて、泰日文化倶楽部の近くにあるタイ料理店で送別会をした。タイ料理を食べるレイラ先生の目が輝いた。「アジアが大好きで、タイにも行ったことがあるので、この味がなつかしい!」、と言った。機会が有れば、来年、また日本に来たいと言う。それを期待して、フランス語の語彙力をつけておこう。

お化けも外国語を習うべし

  太陽君がお台場のお化け屋敷へ一人で行った。「どうだった? 怖かった?」と、感想を尋ねると、彼は次のように答えた。
 「全然怖くない。日本の女の子はキャアキャアとさわいでいたけど、僕はいろいろなお化け屋敷へ行ったことがあるので、怖くなんかなかった。お化けが何を言っているのかわからないので、怖いと思わない。僕、お化けに言ったんだ。What? って。 でも、お化けは答えてくれなかった」
  それを聞いて、私は笑ってしまった。そして、国際化している現代では、お化けも外国語をしゃべる必要があるのではないかと。中国人の観光客には中国語を、韓国人には韓国語を、そして、大挙して観光に来始めたタイ人にはタイ語で応じてあげると面白いなあ。
  「うらめしや」をタイ語で言うと、タイ人たちの肝もさぞかし冷やされることであろう。
  

夏期休暇

  泰日文化倶楽部は今日から1週間(8月17日まで)、夏期休暇に入る。ゴールデン・ウィーク後、毎日、ひたすら授業を展開してきたが、ここで一休みとする。
  手帳を見ると、今日は2013年における第223日目の日にあたる。残すは142日。デパートはすでに秋色の展示に変わった。丸の内のブランド店舗街を歩くと、ショーウィンドーには冬物が飾ってある。
  タイ語の授業はいたって順調である。皆さん、楽しそうに勉強しておられるので、それを見ているだけでも幸せを感じる。タイ料理店やタイ・マッサージ店がたくさん有るように、タイ語教室も増えてきた。タイ語を習う日本人が多くなればいいというのが私の希望なので、タイ語教室が各所に増えることは大いに賛成である。ライバル意識は全くない。
  しかし、泰日文化倶楽部は、学校、学校しておらず、自由があふれるタイ語教室なので、御縁が有って入門された方は、お得感があって、いろいろと楽しめるはずだ。

時計屋さんの親子

  朝起きてみると、腕時計が止まっていた。そこで、行きつけの時計屋へ行った。ところが、「しばらくお休みをいただきます」という貼り紙がしてあった。困ったなあと思っていると、時計屋の反対側にあるせんべい屋の主が、見るに見かねて「よかったら、私が直しましょうか」と言ってくれた。そこで、どうなるかわからなかったが、一か八かでお願いすることにした。
  時計の裏を開けて、レンズで眺めこむ姿がいつもの時計屋のおじさんにそっくりであった。「あのー、もしかして息子さんですか?」と私は尋ねた。答えはやはりそうであった。
  「私はせんべいを焼いているのが性に合っているんですが、83歳の親父がそろそろ引退なので、ご贔屓のお客さんのために、引き継いでいかなければと考えてはいるところです」
  50年以上、やっている時計屋さん。さぞかし顧客はついていることであろう。電池交換が終わって代金を訊くと、親父さんの半額であった。まだ見習い中なので、高くはもらえないと言った。なんと、謙虚なことか。

お化け屋敷 と シンハ・ビール

  あまりにも暑いので、授業中にお化け屋敷の話がよく出る。お化け屋敷へ出かけて肝でも冷やして来ないと、もうどうにも絶えられないこの暑さ。
  お化け屋敷は、タイ語で、บ้านผีสิง (家 + お化け + 宿る)。สิง という動詞は、宿る、とか、憑りつく、という意味だから、滅多にお目にかかるタイ語の動詞ではない。お化けの映画でも見ない限り、何度も聞く単語ではない。
  ところで、この สิง という単語が、シンハ・ビール(เบียร์สิงห์)の สิงห์ (獅子)と、発音が同じなので、ふと考えた。お化け屋敷の中を歩いて、すっかり肝を冷やされた後に飲むシンハ・ビールはさぞかし、冷たくて旨いのではないか、と。
  太陽君のホームステイも残り10日となった。彼はインターネットで、お化け屋敷巡りをしている。そして、富士急ハイランドのお化け屋敷に行きたい、連れて行って、とせがまれている。さて、どうするか。行くべきか、行かないでおくべきか。

雲南省のタイ族の生活

  昨日、NHKのBSで再放送された「雲南省のタイ族の竹とともに生きる生活」を見た。竹林に囲まれて住んでいるタイ族は、竹をこよなく愛している。そして、竹林を子々孫々まで守っていこうという気概が旺盛だ。生活用品は何でも竹で作ってしまう器用さ。実に見事!
  竹の中に巣くう白い虫を集めて中華鍋で炒め、お腹の大きい娘に食べさせる。おいしそうに食べる娘は玉のような男の子を産んだ。弟ができた少年は竹林から竹を切って来て、じいちゃんに渡す。じいちゃんはそれを使って、機能的な揺りかごを作る。自然の風のなかですやすや眠る赤子。タイ族の王子誕生だ。
  竹は強靱。まずもって絶えることはない。私が住んでいるマンションが建っている土地は、かつては大きな屋敷の庭であった。最近、1階に住む人から聞いた。どうやら、竹の子が床を持ち上げてきている感触が有る、と。都会化されても、どっこい、竹は生きている。