アジア製の洋服

  バーゲンセールの第2段目がもうそろそろ終わりそうだといわれたので、それではと思い、四ツ谷駅ビルに入っている洋服屋を覗いてみた。
  洋服といえば、かつては韓国製や中国製がほとんどを占めていたが、その店に置かれている洋服は、インド製もあれば、インドネシア製もあった。そして、嬉しいことにタイ製もあった。
  それぞれを見比べてみると、いずれの製品もしっかりと縫製されており、品質管理が良いことがわかった。デザインも色もすべて良い。タグをつけていなければ、どこの国で作ったのかわからないくらいであった。
  一般的に言えば、せいぜい2ヶ国くらの製品を置くのが普通だが、そこの店はアジア諸国の洋服を取り揃えていて、そのアイディアが面白いと思った。
  来年あたり、ベトナム製やミャンマー製の洋服も置かれていることであろう。

タイ人 と 文房具店

  教室をやっていると文房具の補充に気をつける必要がある。新宿にある世界堂という文房具店の会員になっているので、昨日もそこへ行って、ホワイトボード用のマーカーを買った。
  この店は文房具の種類が豊富なので、時間が有ったらすべての階をまわってみたいところだが、いつもさっさと出て来てしまう。
  ところが、昨日、店を出ようとすると、筆記用具のコーナーあたりからタイ語が聞こえてきた。そこで、店を出るのをやめにして、ボールペンを売っているところまで近づいて行った。やはりタイ人達であった。若い女性が3人、おばあちゃんが1人いた。彼女達はお土産を選んでいたようだ。
  私は早速、話しかけてみた。彼女達は急にタイ語で話しかけられたことにきょとんとしていたが、おばあちゃんはにこにこ顔で応じてくださった。
  最近、とにかくタイ人観光客を見かける。私が行きつけの文房具店にまでタイ人がやってきているとは、本当に隔世の感がある。

意地悪ばあさん

  昨日、元生徒さんから電話をいただいた。彼女は82歳。この猛暑をどのようにして乗り切っておられるかと思い、おたずねした。
  「どこもお悪くございませんか?」
  すると彼女はすかさず答えた。「意地悪です」
  妙味ある即答に、私は彼女が健康であることがわかり、安心した。商社マン夫人として、海外生活が長かったため、会話の仕方を心得ておられる。ジョークのはさみ方もお上手だ。
  こういったことは、経験しなければ磨かれないと思う。現在は、ヴァイオリン講師を自宅にお招きしてレッスンを受けておられるそうだが、何かに挑戦する意欲は意地でも百歳まで続きそうだ。

  私の家から椿山荘まで歩いて行ける距離なので、数日前、ホームステイ中の太陽君を連れて、椿山荘の蛍を見に行った。日本の情緒を味わわせてあげようと思ったからである。
  ところが、その日、夕立があり、雨がやんだあとは、ものすごく蒸していた。湿気のカーテンができたみたいで、せっかくの庭園もムンムン状態。その上、見物客がごったがえしていたので、歩いていてもぶつかる始末。
  さて、お目当ての蛍だが、なんと1匹しか、光らなかった。蛍の光の乱舞を期待していただけに、まことに残念でならなかった。あまりの暑さと湿気に、蛍もまいったのかもしれない。
  太陽君は、「タイでも見られる」と言って、わずか1分で見物をやめた。そう言われれば、そうかもしれない。タイのほうが、自然豊かだから。
  蛍は夏のものだが、私の小さい頃は、『蛍雪時代』という受験雑誌があった。急になつかしくなった。

耳の感度

  若い人から高齢者までタイ語を教えていると、若い人の耳の感度が良いことがよくわかる。大学生はとても教えやすい。だから、教えていても楽しい。
  ところが、年齢を重ねるにつれ、耳の感度が衰えている。視力もである。こういうことは当然な話であるが、実際は、自分が年をとってみて初めてよくわかるようになる。
  昨日、タイ語を習い始めたばかりの70代の女性が、「覚えられないということに、自分自身がいらいらします」と、おっしゃられた。
  それを聞いて、ふと考えた。 高齢者は耳の感度が衰えている。したがって、同じ単語でも、20回は発音して聞かせてあげないと、と。そして、1回の授業でたくさんの単語を教えるのはやめて、ゆっくりと教えてあげるようにしよう、と。
  たくさん単語が覚えられないのであれば、タイ語に親しむという授業に切り替えたほうがよい。猛暑の中、反省した。

音楽 vs 語学

  私が住んでいるマンションではご近所さんからフルートの音が聞こえてくる。とてもお上手だから、練習の音は全く気にならない。先日、テレビを見ていたら、フルート教室が紹介され、20人くらいのクラスの中で、一番長く習っている方として、そのご近所さんがインタビューされていた。
  親しくしているマンション仲間は、ヴァイオリンを習っている方や、防音室を造ってピアノを楽しんでいる方もおられる。3人集まれば、室内コンサートが開けそうだ。
  そこへ行くと、私は音楽はからきしだめである。ましてや楽器を演奏することは無理。習ったことがないから。あっ、そうそう、琴は習ったことがあった。六段もかつては楽譜無しで弾けた。だが、それは遠い昔。
  「音楽はだめです」と、がっかりした様子で言うと、「語学があるじゃないですか」と、慰めてくれる人がいた。「楽」と「学」は同じ響きだから、どちらかできれば、まあ良しとしよう。

タイのTシャツ

  昨日、上智大学のキャンパスを歩いていると、タイの国旗がプリントされたTシャツを着ている学生とすれちがった。そこで、彼に声をかけてみた。「タイに行ったことがあるの?」
  しかし、彼は行ったことがないと答えた。「じゃあ、おみやげにもらったものなの?」と訊くと、「自分で買いました」と答えた。
  買った場所は忘れたようだが、どうやらなにげなく選んだようだ。国旗のすぐ下には、ประเทศไทย と書かれていたので、タイ文字が格好いいと思ったのかもしれない。
  その後、新宿の街をぶらつくと、またしてもタイのTシャツを着ている人とすれちがった。今度はワット・プラケオの模様であった。
  7月1日から、タイ人の観光ビザ(15日間)が要らなくなったので、タイ人の観光客がますます増えている。泰日文化倶楽部の生徒たちからも、電車でタイ人に会ったという話を毎日のように聞く。
  そういった時は、恥ずかしがらずに思い切って話しかけてみよう。そして、習ったタイ語がどのくらい通じるのか確認し、次なるステップとしようではないか。

誤字はお互い様

  授業中、パイナップル สับปะรด の話が出たので、横で座っていた太陽君にタイ語で書いてもらったところ、最後に書かれた末子音が間違っていた。そこで、ユキ君に書かせると、これまた単語の途中があやしくて、明らかに誤字であることがわかった。
  タイの若者たちが正しい表記ができないのは、やはり書く訓練をしていないからであろうと思う。タイ人も書かなければ、タイ語は正しく書けなくなる一例である。
  その夜、別のクラスを見ると、ホワイト・ボードに 「อารมณ์ きげん」と書いてあった。「きげん」を漢字で書くようにと言うと、生徒達は、「気嫌」と書いた。
  一見、正しくは見えるが、やはり間違っている。「機嫌」と書かなくてはならない。日本の若者達のみならず、多くの日本人が漢字に弱くなりつつある。タイ語と並行して、漢字もノートにしっかりと書いていこう。

七夕 と 短冊

  昨日は七夕であった。高田馬場のパチンコ店の前に笹の木が飾られ、いろいろな願い事が書かれた短冊がぶらさがっていた。どんな願い事が書かれているのかと、短冊の数枚を読んでみると、やはり、健康第一、家族の幸福、そして、仕事のことであった。
  突然、そばにいた店員が、「短冊に願い事を書いてください」と言ってきた。パチンコ店もなかなか風流なことをすると思い、次のように書いた。
  「タイ語を習いたい生徒さんがたくさんタイ語を習いに来てくださいますように。泰日文化倶楽部」
  パチンコをしに来る人が果たして読んでくれるか否かは全く期待できなかったが、一人でも読んでくれればいいと思う。
  それにしても、短冊に願い事を書くのは風流だ。ましてや、五七五や五七五七七のリズムを考えると、どこかなつかしささえ覚える。日頃から情景や思いをまとめる訓練だけは意識して、どんなに老いようとも継続させたいものである。

小さなカフェでの英会話

  昨日は猛暑日であった。アイスクリームが食べたくてたまらなくなった。そこで、泰日文化倶楽部の近くに有る小さな小さなカフェへ行き、とうふのアイスクリームを食べてみることにした。
  そのカフェでは、身体が不自由な方達が作業場で作った布製品やお菓子が驚くほど安い値段で販売されており、私は時々、立ち寄ることにしている。
  昨日、私のあとに、欧米人のカップルが入って来た。旅行者であった。カフェの従業員が上手な英語で応対しているのを見て驚いた。態度が堂々としている上、大和撫子の優しさを自然に醸し出していたからである。
  私もそこで彼らに話しかけてみた。英国から来たそうだ。高田馬場の住宅街に近いところで、この猛暑日に、日本女性の優しい接待を受けて、彼らはさぞかし満足したことであろう。