泰日文化倶楽部 スタート

 泰日文化倶楽部の2014年がスタートした。2週間、すなわち、半月も休みがあると、生徒達は元の感覚に戻すのが大変だ。もうこのままやめてしまおうかという気持ちになるのも分かるような気がする。
 だが、心配は杞憂であった。生徒の皆さんは待ちきれなかったような顔で教室に現れた。安堵した。
 タイ旅行から帰って来たばかりの生徒達は、いずれも皆、ハイ・テンションである。楽しかったタイ。それを思い出す顔は紅潮している。「また行きたい! すぐ行きたい! よし、今年はタイ語の勉強、頑張るぞ!」 
 昨日は、教室を借りて自主的に運営している韓国語クラスもスタートした。ものすごく仲がいいクラスである。私も生徒の一人として末席に座っているが、レベルが高すぎて全くついていけない。だが、やめないでいる。ただただ座っているだけにすぎないが、韓国語の空気を吸うことで、何かが身につけばいいと思っている。
 ソウルへ行って来た幹事さんが、おみやげに韓国の餅を温めて持って来た。淡いピンク色の餅。豆がたくさん入っていて、まことに目出度い気分になった。よし、今年も、餅の如く粘り強く、そして、豆の如くまめまめしく動こう、そして、働こう!

学生達のアルバイト先 と タイ人

 昨日から大学が始まった。2週間ぶりに会った学生達に訊いてみた。「皆さん、この冬休み中にタイ人と会って、タイ語をしゃべりましたか?」
 すると、H君が最初に手を挙げた。「ユニクロでバイトをしているのですが、タイ人がたくさん来ました。僕の知っているタイ語の単語が聞きとれたので、タイ人だと確証しました」
 次に、N子さんが語り始めた。「長野のスキー場近くのホテルで泊まり込みのバイトをし、料理のお運びをしたのですが、タイ人達を見かけました。アロイ マイ ? と言っても、最初は反応が無かったので、もう一度、アロイ マイ? と言うと、私がタイ語で話しているのに気がついたようです」
 昨日の授業では、偶然にも客人を招いた時の表現を習うことになっていたので、N子さんは、長野へ行く前にこれらを勉強しておけばよかったと悔しがった。
 T君は携帯電話店でバイトをしているそうだ。「東南アジアの人達がたくさん店に来ました。タイ語だと思って聞いていても、さっぱりわからないんです。ものすごくタイ語に似ていたんですけど」 彼は書類を書いた客の名前を見て、初めて気がついたとのこと。タイ人ではなくてベトナム人であったということが。
 いずれにせよ、嬉しそうに語る学生達を見て、私も嬉しくなった。

日本列島始動

 今日から日本列島は仕事始めです。昨日は<小寒>。寒いのは当たり前。タイから帰って来られた方達は特に寒く感じることでしょうね。しかし、早く気分を切り替えて、ゴールデン・ウィークの休暇が来るまで、頑張って働きましょう!
 泰日文化倶楽部の授業は、明日7日(火曜日)からスタートいたします。今日からではありませんよ。どうか間違えないでくださいね。ボン先生もヨーロッパから無事に帰京され、授業に対してスタンバイしておられます。
 生徒さんから頂いたメールの中には、「2015年、どうか頑張ってください!」というのがありました。おそらく打ち間違えたのでしょう。でも、私といたしましては、2014年と2015年の2年間、頑張れという激励を受けたような気持ちになりました。
 昔、茶道を習っていたことがありますが、その茶道の先生が百歳をお迎えになられたということを友人から知らされました。見倣いたいものです。
 泰日文化倶楽部の生徒達の中で最高齢は81歳の男性です。すでに3月末までの授業料をお納めになり、意欲満々でいらっしゃいます。2ヶ月毎のチェンマイ詣でも、いまだ欠かしたことがありません。彼に負けないで、後続組もテンションを上げて、タイ語を勉強しようではありませんか。

ワイ(合掌) と おもてなし

 今年の年賀状の中からとっておきの1枚をご紹介させていただきたい。それは元生徒A子さんからのものであった。彼女は昨年10月に2歳半位の娘さんを教室に連れて来られた。娘さんの名前は、はなちゃん。私ははなちゃんが退屈をしてはいけないと思って、『タイ語文字練習帳』の本をプレゼントした。書かれている鶏や魚の可愛い絵に色をぬって遊んでもらいたかったからだ。
 年賀状の文面を要約すると、こうである。「娘は実の祖母以外、ばあばとは呼ばないのですが、タイ語の本を指し示しながら、<ばあばがくれた>、と言ってます。何か感じたのでしょうか。ワイ(合掌)をしている絵を見ると、おもてなし、と言うんですよ」
 なるほど、昨年の流行語となった言葉とあのジェスチャーは、はなちゃんにはとても印象的だったようだ。それにしても、ワイ(合掌)の絵を見て、「おもてなし」とは!
 年賀状の写真は七五三の記念写真であった。「娘が着ている着物は、私の曾祖母がつくってくれたもので、私が3歳の時に着たものです」とA子さんは添え書きをしていた。 とすると、はなちゃんにとっては、ひいひいおばあちゃん(高祖母)。
 A子さんのご実家は日本橋で代々続く呉服店。はなちゃんが着ている着物は赤。それはそれは美しい。百年以上前の着物。日本の伝統美は永遠なり。

走るということ

 元日は全国実業団駅伝、そして、2日と3日は箱根駅伝を見て過ごした。東洋大学の安定した走りはどのスポーツ関係者も絶賛。東洋、強し!
 その他に、走る番組をもう一本、見た。それは、メキシコのコッパーキャニオンに住む「ララムリ=走る民」を取材したものだ。男も女も、大人も子供も走る。いやはや、とにかく走る。競技の時でも、普段着で走る。だから、女性はギャザー・スカートのまま走る。
 一番速く走り、競技大会で数々のメダルを獲得している男性をカメラがずっと追って撮影を試みたが、彼は実によく走った。「競技大会に備えて、どんなトレーニングをしているのですか?」と取材する側が尋ねると、「いや、別に何もしてはいないよ。朝夕、水汲みをしに山を下りたり上ったりしているからね。ただそれだけ」
 私はスポーツはからきしダメ。したがって、走るのも嫌いだ。だが、ひるがえってよくよく考えてみるならば、1969年4月に社会人の仲間入りをしてからというもの、失業することもなく、好きな仕事に恵まれて、ひたすら働いてきた。あと3ヶ月で満45年になる。「働く」ということを、「走る」と同じ次元と見るならば、私も「ララムリ=走る民」に負けず劣らず、走り続けてきたことになる。

泰日文化倶楽部が懐かしいというメール

 新年のご挨拶メールを何通か頂戴したが、その中に、「泰日文化倶楽部で勉強していた頃がとてもなつかしいです」というのが有った。そのメールの主は15年位前に東京から横須賀にある実家に戻り、そこで新たなる出発をなさったY子さんである。教室に小学生のお嬢さんを連れて来られたこともある。
 千葉県在住のN子さんから頂いた年賀状も嬉しかった。6ヶ月の息子さんを連れて来て、教室の机の上にお座りさせたことがあるが、その息子さんも22歳。今春は社会人だ。
 神奈川県、千葉県、そして、埼玉県でも、タイ語の勉強をしようと思えばできないことはないが、意外にもタイ語教室は少ない。したがって、泰日文化倶楽部に通って来られる生徒達も、これら3県からの方達が多い。さらには、茨城県からの生徒さんもおられる。電車賃のほうが受講料を上回っているから、タイ語を勉強したいという意欲に頭が下がる。
 1回、1回ごとの授業ではほとんど何も分からないであろう。しかし、点と点をつないで線にしていこうではないか。そして、線と線をたくさん繋げて「面」を作っていくのだ。
 泰日文化倶楽部の存在を懐かしがってくださる方達は、きっとおそらくタイ語というパッチワークの布を大切に持っておられるにちがいない。時間があれば、是非ともタイ語の勉強を再開し、自力で「タイ語の面」を増やしていってもらいたい。

謹賀新年

 明けましておめでとうございます。本年も泰日文化倶楽部で楽しくタイ語、ベトナム語、フランス語、そして、生け花を学びましょう!
 新年に際して、かつてタイから買って来ておいた新年を寿ぐカードを手許に置いてみた。橙のように見える大きな蜜柑が5個、鮮やかなオレンジ色を呈している写真である。そのうちの4個に、一つ一つタイ語の単語が書かれている。1個目にはมั่ง(多くを所有する)、2個目にはมี(持つ)、3個目にはศรี(吉祥)、4個目にはสุข(幸せ)。これら4つの単語をつなげると、มั่งมีศรีสุข となり、その意味するところは、「分限者」という四文字熟語となる。
 ネットで調べると、「分限者の意味がよくわからないので教えてください」ということが書かれており、その回答として、「分を弁えている金持ちのことです」と単純明快に書かれてあった。なるほど、ただの成金では品が無いというわけだ。
 では、真ん中に置かれている5個目の蜜柑に注目しよう。葉っぱが2葉、V字サインのようにくっついてはいるものの、タイ語は書かれていない。もし、仮に書くとするならば、皆さんは何の単語を選ぶであろうか。やはり、ภาษา(言語)であろう。
 いつも言っていることだが、言語の勉強は楽しい。脳が活性化される。耳も目も口もすべてが刺激を受ける。今年も一年を通して、諸外国語にアタック!
 
 

同行二人

 一年半、郷里へ帰る時間が取れなかった。さすがに気になってきた。そこで、昨日、日帰りで先祖の墓参りと実家の草取りに行って来た。枯れ草の下に新しい草が生え出していて、もうすでに春の兆しが垣間見えた。
 半世紀を超えて、営々と続けている喫茶店に寄った。コーヒーを淹れてくれたのは、いつものマダムではなくて、バレエを教えている娘さんであった。「どうですか、教室のほうは?」と尋ねてみると、「少子化ですからね….」と、答えた。帰省するたびに、人が街から消えている。私の家の近くに有った整体所も閉鎖していた。高速道路に近い町へ引っ越したと貼り紙に書いてあった。昔は金毘羅参りで賑わった港町。だが、車社会の到来以降、完全に死んだ。
 墓参りのあと、四国八十八箇所の第78番札所である郷照寺にお参りする。小高い山の上に有るので、瀬戸内海が一望できて気持ちがいい。厄除けのお札をいただき、寺をあとにする。
シーンとした町を歩く。すると、初老の男女の二人連れとすれ違った。お遍路さんの恰好をして、杖をついている。
 「同行二人」とは、「一人のお遍路であっても、お大師様が一緒に歩いていてくれているから」、という意味だそうだが、現実に目にした夫婦連れもなかなかによかった。
 一人でもよし、二人でもよし。ただ、歩き続けること。そして、ちょっと休憩を入れること。それがいいのだ。

年の瀬の新宿

 毎年、年の瀬になると、どうにかこうにか作成した年賀状を持って新宿郵便局へ投函に行くのが私の年中行事になっている。昨日、山手線のホームから階段を降りると、人、人、人。西口改札口と東口改札を結ぶ広い通路はすべて頭、頭、頭。西口改札を出るのも容易ではなかった。
 気のせいであろうか。今年はなんだか若者が多いような感じがした。勤めを終えた若者達が淡々と故郷へと向かっている。年寄りが少なくみえるのは時間帯のせいもあろうが、よくよく考えてみると、自分自身が年をとっているのに、それを忘れていたということだ。いずれにせよ、若者パワーが伝わってきて、都会ならではの光景であった。
 人の波を逆らうようにして地下広場を歩く。すると、泰日文化倶楽部の現役の生徒さんを見つけた! すかさず声をかける。彼は格別、驚いた様子も見せず、普段通りの話し方で私に応じた。二人が立ち話をしている間にも、人の往来は渦巻のごとく続く。
 高速バスの乗り場にも若者がいっぱい。臨時バスが彼らを乗せて地方へと向かう。東京からどんどん若者達が消えていく。私も今日、久しぶりに四国へ向かうことにした。

偶然の一致(co-incidence)

   昨日の昼、泰日文化倶楽部のS講師と小さな忘年会を持った。彼はタイ人講師が休んだ時に快く代講してくださるので、私にとっては有難い存在である。来年のぶんまでしっかりとお願いしておいた。彼は、年末のご挨拶ということで、私にワインをプレゼントしてくださった。「僕が日本に帰って来たのは2000年です。その年のワインを選んでみました」と、彼は言葉を添えた。
 帰宅して、テレビをつけたものの、年末だから、案の定、どれもこれも面白くない。仕方なく、旅番組を見ることにした。フランスのボルドー周辺を紹介していたので、フランス語の勉強も兼ねて見た。ワインの産地のサン・テミリオンはとても風雅で、中世の雰囲気をたたえる街であった。
 番組を見終わったあと、S講師に頂いたワインを袋から取り出すと、なんとそのワインは、サン・テミリオン産のものであった。偶然の一致(co-incidence) !
  平凡な毎日を過ごすことは、それ自体、幸せなこと。だが、日常生活の中にこのような偶然の一致が有ると、生きていて面白くなる。来年はいくつ、このような偶然性を楽しめることよ。