日本語学校のタイ人職員

  昨日、太陽君を連れて、泰日文化倶楽部の近くにある日本語学校へ行った。ビルの4階まで上がって行ったが、事務室らしきものはなく、教室だけが並んでいた。たまたま教室から出て来た女性がいたので、「事務室はどこですか?」と尋ねると、「隣りのビルです。案内しましょう」と言ってくれた。
  エレベーターに乗り込んだ時、彼女は我々の会話を聞いて、「タイ人ですか?」とタイ語で聞いてきた。彼女はタイ人であった。偶然の出会いにびっくり。
  その女性はタイの高校を卒業したあと、名古屋にある大学で学び、東京では大学院まで進んだとのこと。今年3月からその日本語学校の職員をしているそうだ。
  その日本語学校にはタイ人がたくさん学んでいることは知っていたが、職員にもタイ人がいるとは!タイ語の学校案内も有った。タイ人がこれからますます日本語を学びに来るであろうことは十分に想定できる。

タイ人 と 春夏秋冬

  タイ人に漢字を教えていると、いろいろなことに気付かされる。なかなか覚えてくれないのは無理もないことだから、漢字になれて、面白いと思ってくれるまで、じっくりと待つしかない。
  しかしながら、何度も出てくる漢字に、春、夏、秋、冬、がある。私の生徒のタイ人は、季節を表わすこれらの漢字をなかなか覚えてくれない。
  ひるがえって考えてみるに、「春」や「秋」がない国に住むタイ人にとっては、これらの季節感が体でわかっていないから、いくら概念的に説明しても期待薄に終わる。
  タイ語も同じだ。仏教的な専門語を覚えるのは難しい。葬式宗教と化している日本人にとって、よほど興味がない限り、宗教用語は難解である。
  語学は興味の度合いが肝心だ。好きな分野なら単語が覚えられる。好きな分野が何であるか、もう一度、問い直してみようではないか。

ビジネス・ランチ

  昨日、ユキ君と太陽君を連れてランチに行った。場所は四ツ谷。我々が食べている隣りの席に4人のグループがやって来た。2人は日本人ビジネスマン。1人は欧米人。そして残る1人はアジア系の女性であった。
  彼らの会話の様子が聞こえてきた。日本人ビジネスマンは典型的なジャパニーズ・イングリッシュをしゃべっていた。女性の英語を聞いた太陽君が、「彼女は100%、タイ人ですよ。sure, sure」と私に言った。
  私はもしかすれば中国人かもしれないと思ったが、タイ人にはタイ人の英語がよくわかるようだ。
  彼らが食事を終わり、席を立った時、女性が最後になったので、「タイ人ですか?」とタイ語で聞くと、「カ!」という返事がすかさず返ってきた。
  太陽君は彼のすぐ隣りに座っていた欧米人の男性がバンコクで働いているということも聞き取っていた。東京にタイ人が増えて来ているということはわかっていたが、ビジネス・ランチをするタイ人のすぐ近くに座るという確率も、これからは増えてくるのかもしれない。

タイシルクの傘

  御茶ノ水に在る「エイジアパニック」は、今年から店名を変更し、「ダブルAパニック」とした。目下、豊島区高田2丁目の「ギャラリーゆめじ」で、6月20(木)まで、『エスニックな装い展』を開催している。
  昨日、その会場にお邪魔し、タイシルクの傘とアフリカのブルキナファソのTシャツを買った。店主のY子さんから、「傘がすばらしいから、是非とも見に来てください!」と言われていたので、傘を目当てに行ったところ、タイシルクのほかに、ラオスやカンボジアのシルクで作った傘も有った。
 浅草の傘職人に特注で作らせたという傘はいずれもすばらしい出来具合いであったが、私はやはりタイシルクの傘を選んだ。
  竹久夢二の恋人であった彦乃がこの傘を持ち、夢二がそれを絵に描けば、きっとすばらしい作品になるであろう......。

太陽君と早稲田大学へ行く

  高校生の太陽君は来年、日本のどこかの大学に入りたいと思っている。そこで、まずは手始めに早稲田大学を案内した。入試センターの方はとても親切で、かつ英語がものすごく上手であった。外国人がいっぱい来るとみえて、説明も丁寧であった。
  時間外にもかかわらず、30分近く相手をしてくださったので、私は「どうも有難うございました。本当にお世話になりました」と言うと、「お母様、日本語がお上手ですね」とセンターの男性はすかさず言った。
  彼は私がタイ人だと思っていたようだ。私は「お母様」と言われてつい嬉しくなったものの、「いえ、祖母です」と応じた。太陽君がやって来てから、急におばあちゃん気分になっていたからだ。
  太陽君から後で聞いた話では、事務の方は韓国人であったそうだ。彼の英語はすばらしかった。とてもやさしそうな方であった。

太陽君が東京にやって来た!

  泰日文化倶楽部で今から20年前にタイ語を教えてくださったK先生の息子さんが、昨晩、札幌から東京にやって来た。彼の愛称は、Sun。すなわち、太陽である。
  太陽君はこれからの2ヶ月間、東京で日本語を勉強する。どこかの日本語学校に入って勉強するのが一番いいのかもしれないが、高校生だから多額の授業料を払うのはもったいない。或る日本語講師に打診したところ、1時間4千円で教えるとの回答であった。2時間習うとすると、8千円。これは高い。
  いろいろと考えた結果、幸いにも泰日文化倶楽部の皆さんが太陽君に日本語を教えてくださることになった。教えるというよりも、日本語で話しかけてくれさえすればいい。
  太陽君はタイでいる時、自宅に中国人講師が家庭教師で来ていたので、漢字にも慣れている。小さい時から日本が大好きで、日本には何度も遊びに来ている。彼には教科書はいらない。実際の生活の中で大いにしゃべれば、すぐに上手になりそうだ。

ノン先生 男児をご出産

  今年3月まで泰日文化倶楽部でタイ語を教えてくださったノン先生が、昨日、ご実家のあるピサヌロークで男児をご出産された。
  写真を拝見すると、ノン先生と全く同じ顔形の赤ちゃんである。生まれてすぐに写真を撮られた彼は、なにごとにも動じない様子で堂々と眠っており、将来、大物になりそうだ。
  ピサヌローク県の「ピサヌ」は、ビシュヌ神、そして、「ローク」は、世界という意味だから、「ビシュヌ神がおわします世界」に、新しい赤ちゃんは飛んできたわけだ。
  ノン先生と赤ちゃんは10月に帰国される。是非とも泰日文化倶楽部にやって来て、教室デビューをしてほしい。そのついでに入会し、0歳児からタイ語を勉強してはどうであろうか。バイリンガルになれること、間違いなし。

鼻孔のような家

  ご立派な出自(=両班 ヤンバン)であられる韓国人講師はいろいろな話を聞かせてくださるので面白い。日本人と結婚した娘の家を見ようとして、かなり前にソウルからやって来られた母上の話は特に傑作であった。
  「おや、鼻の穴のようなところに住んでるの?」とおっしゃられたそうである。
  ということは、ご自身は立派な邸宅にお住まいであられるということの裏返し表現でもある。
  日本の家のことを、欧米人は「うさぎ小屋」と比喩した。そして、その比喩に対して反論が出来ないまま時は過ぎた。
  「鼻の穴のような家」と言われると、さすがに反論したくなった。だが、あくまでも比喩だから、面白おかしく聞いておくことにしよう。「針の穴のような家」と言われなかっただけでもよかった。比喩表現は国によって異なるから、もっと勉強してもいい材料だ。
  

韓国語クラスの結束の固さ

  泰日文化倶楽部の教室を安く時間貸しするというかたちで、昨年4月から有志による韓国語クラスが実施されている。春期10回、秋期10回という無理のない程度のスケジュールなので、主婦の皆さんにはちょうど良さそうだ。
  昨日、第3期の8回目が終わった時点で、生徒の意向により、第4期、すなわち、秋期も継続されることが決定。末席に座っている私も同意したうちの一人である。
  とにかく韓国語を学ぶ主婦達のパワーたるや、全く衰えるところを知らない。彼女らの結束の固さにはすごいものがある。タイ語教師である私は、韓国語講師が羨ましい。
  ひるがえって考えてみるに、タイ語を学ぶ女性達の目的は一体、何であろうか? 旅行、タイ料理、タイ語の歌詞の意味が知りたい、タイの男性と結婚することになったから、という理由で習いに来られた方達が多かった。
  だが、韓国語クラスのように大勢でまとまるということはタイ語の世界では、まずもってみられない。タイ語を習われる方達は、あくまでも「個の自由」を好まれるようだ。

鼎(かなえ)の象鼻

  今から約16年前に郷里の家を解体した時、すべての品物を捨てた。理由は、ひとつひとつ吟味する時間が無かったこと、そして、東京の住まいに持って来ても置くところがなかったからである。
  唯一、持って来たものが有る。それは用途不明の置物だ。花活けに使おうと思えば使えなくもない。だが、もうそろそろ処分してもいいかなあという気持ちになって、それを持ち上げてみた。
  すると、それを支えている三本の脚が目に入った。よく見ると、象の頭と鼻のかたちをしていた。単なる支えの脚だと思っていたのが、象の頭部であったとは!
  タイと象とは切っても切れない関係なので、私も象に関係するものなら出来る限り身近に置くことにしている。無造作にベランダに置いてある古びた置物が象の頭部を成し、しかもそれが脚となって私を見守ってくれていたことに感謝感激である。