旧知の女性

先日、教室へ行こうと思ってエレベーターを待っていると、旧知の女性が老人用の買物カートを押しながらやって来られた。ここ1年ばかりお見かけしていなかったので、彼女のご健在ぶりを見てほっとした。
 「もうおいくつになられましたか?」と尋ねると、はっきりした声が返って来た。「93歳」
 彼女の体格は93歳にはとても見えない。彼女は続けた。
 「主人が亡くなってからもう6年になりました。早く迎えに来てほしいと思っているのですが、なかなか迎えに来てくれません。娘からは一緒に住もうと言われていますが、私は独りがいいです」
 彼女の御主人は税理士であった。一度、事務所の中に入れていただいたことがあるが、彼女は経理を担当し、いかにも数字に強そうな女性とお見受けした。私は彼女にもう少し長生きしていただきたいと思って、次なる冗句を送った。
 「御主人様はお迎えには来ないと思いますよ。天国で新しい女性を見つけられて、楽しくやっておられることでしょうから」
 だが、旧知の女性は私の冗句を頑として受け入れなかった。