今日は「即位礼正殿の儀」が行われる。そこで、以下の単語をタイ語で書いてみよう。
1) 天皇陛下
2) 皇后陛下
3) 即位礼
4) 皇室
5) 皇族
6) 皇居
7) 祝典
8) 饗宴の儀
9) 記念硬貨
10) 各国元首・大統領・首相
今日は「即位礼正殿の儀」が行われる。そこで、以下の単語をタイ語で書いてみよう。
1) 天皇陛下
2) 皇后陛下
3) 即位礼
4) 皇室
5) 皇族
6) 皇居
7) 祝典
8) 饗宴の儀
9) 記念硬貨
10) 各国元首・大統領・首相
青森で見かけたタイ人や中国人の観光客はあまりにも数が多すぎ、もはや珍しくも何とも思わなかった。来る日も来る日も両国の人々は青森に来ているような感じすらした。
縄文時代の三内丸山遺跡を見物した後、近くに在る青森県立美術館にも寄ってみた。青森出身の作家達の芸術作品が大切に展示されているのはすばらしいことだ。
青森駅まで戻るためにバス停に行ったがバスの便数は極めて少ない。同じくバスを待っていた外国人がいたので彼の横に座った。そして、英語で話しかけた。彼はトルコ人であった。そこで、「Merhaba メルハバ」と言うと、彼は嬉しそうに応じた。
青森駅はホームに通じるエスカレーターが一方方向しか動いていないので、荷物を持って移動する際、ラッキーかラッキーでないか、その時の運次第。私がスーツケースを持って階段を降りていると、「お持ちしましょうか?」と、日本人と全く同じ発音で話しかけてきた若い女性がいた。ニュージーランド人であった。「どうしてそれほどまでに日本語が上手なの?」と尋ねると、「母が日本人です」とのこと。
八戸駅から東北新幹線に乗ると、私の隣りはアフリカ系らしき女性であった。話しかけると、テキサス出身で三沢の米軍基地勤務であると答えてくれた。
今日からNHKのEテレ番組「こころの時代」で、曼陀羅の世界が取り上げられている。これから月に1回の割合で放送されるようだ。
第1回目は「なぜマンダラか」という題目で、曼陀羅の絵柄が有する円形、対称性、そして、機密性について語られ、精神分析で知られるユングも影響を受けていることが宗教学者によって解説された。
それはさておき、曼陀羅(マンダラ)と聞くと、私はタイ語の「มณฑล monthon モントン」が頭に浮かぶ。もちろん、この単語の本家本元をたどれば、サンスクリットやパーリ語に行き着き、まさしく曼陀羅にほかならない。
タイではラーマ5世時代からラーマ8世時代まで、この「monthon」を行政単位として使い、「เมือง muang ムアング」よりもさらに上位にあった。わかりやすく言うならば、現代で使う「ภาค phaak パーク」に相当するようだ。
人間の集合体である国、その中で蠢く人間。しかし、曼陀羅の絵図に描かれるような整然としたものではない。自然災害に遭えば、実に脆い。
青森でおそらく二度とはない体験をしたので、時系列で箇条書きにする。タイ語に訳してみてください。
(1)正午過ぎ、新青森駅に行くと長蛇の列で新幹線の切符を買うのに3時間以上かかりそうであった。
(2)いずれにせよ、新幹線は夕方まで運休することが放送された。外国人は何が何だかわからないと思う。
(3)念のため、八戸のホテルを予約し、在来線である「青い森鉄道」に乗るため、青森駅に戻った。
(4)2時間待って、やっと乗り込んだが、浅虫温泉駅から2駅目の小湊駅で電車は運休となった。理由は線路の下の土砂が陥没したからである。
(5)代替輸送手段が無いとわかると、三沢空港から東京に帰るという新婚旅行の夫婦はタクシーを呼んだ。
(6)電車の中で話をした若者が八戸へ行くと言っていた。その彼もまた、タクシーを呼んだ。
(7)あたりはもう真っ暗。そこで、私も相乗りをさせてほしいと頼んだ。
(8)すると、京都から十和田市に在る大学の面接試験に来ていた母娘が一緒に乗せてと頼んできた。
(9)小湊から八戸までのタクシー代は2万1千円。若者にお世話になったので、我々は多く支払った。
(10)若者は弘前の自衛隊勤務であった。災害出動の命令はくだらなかったそうだ。
(11)知らない土地の道路は不気味であったが、帰宅後、地図を見ると、国道4号線であった。
先日、青森へ行った折り、五能線で五所川原まで行き、そこから、だるまストーブ列車で有名な津軽鉄道に乗って金木に在る太宰治(1919-1948)の生家である「斜陽館」を見物。私はとりたてて太宰のファンではないが、今年が生誕110周年という記念すべき年にあたっていたので、行ってみる気になった。
斜陽館は外から見ただけでも威圧的であったが、中に入ってからも度肝を抜かれた。津軽の大地主の家とはこういうものか…….。
「太宰治疎開の家・旧津島家新座敷」にも寄ってみた。太宰が執筆した部屋に入り、作家気取りになって、座卓の前に座った。
「津軽三味線会館」では、二人の若い女性の情熱的な演奏が披露された。津軽三味線は<叩きつける弾き方をする>という解説を聞き、あらためて、津軽の人々の激しさを知った。
青森で一緒に仕事をした方から、「ねぶたが終わると、みんな、しょぼんとします」と聞かされた。だが、それを真に受けてはいけないと思った。雪の中の半年間、津軽の人は三味線のバチを叩きつけて、常に芸を磨いている。
昨日、「タイ語中級 水曜日18:30」のクラスの授業を参観すると、指輪先生が、「最近、สาย を使った面白い表現が有ります。みんな、結構、使ってますよ」と言いながら、以下の表現を白板に書かれた。
(1)สายเที่ยว 旅行ばかり、あるいは、遊びに行ってばかりの人。
เที่ยวเก่ง と同じ。
(2)สายกิน 食べてばかりの人。 กินเก่ง と同じ。
(3)สายส่อง 他人のfacebookをずっと覗いてばかりいる人。
(4)สายเปย์ 金払いがいい人。เปย์ は、英語のpay である。
昨日、<今日の宿題>で、「สาย を使った単語をタイ語で書きなさい」という出題をしたばかりだが、สาย の新たなる使い方を知って、なかなか傑作だと思った。たとえて言うならば、สาย(=コンベアベルト)の如く、次から次にひっきりなしにその動きが続いているという意味に使われていることになる。
タイ女性から、「あなたは สายเปย์ でしょ?」と訊かれたら、要注意ですよ!
今日は、「เส้น」と 「สาย」を使った単語をタイ語で書いてみよう。
(1)เส้น を使いなさい。
① 直線② 曲線③ 平行線
④ 破線⑤ 太い線 ⑥ 細い線
⑦ 生命線 ⑧ 運命線 ⑨ 地平線
⑩ 血管⑪ 動脈⑫ 静脈
⑬ 髪の毛 ⑭ 白髪3本⑮ 路線
(2)สาย を使いなさい。
① 山手線 ② 北方線 ③ 南方線
④ 東北線 ⑤ 航空会社⑥ 水流
⑦ 5本の川⑧ 航路⑨ 地下ケーブル
⑩ 電線⑪ 安全ベルト ⑫ 血統
⑬ 弦楽器 ⑭ 時計のバンド⑮ 視力
10月9日、仕事で青森へ行った。東北新幹線の新青森駅の改札を出るや否や、タイ語が聞こえて来た。10人くらいのグループだ。私は出迎えの方との約束よりも1時間前に到着したので、タイ人観光客をじっくりと観察することができた。そして、話しかけた。「寒い?」と尋ねると、一人は「いいえ」と答え、別の一人は「少し」と答えた。
翌朝、泊まっているホテルの朝食時、またもやタイ語が聞こえて来た。家族や親戚で来ているらしい。その次の日も、また別のタイ人グループを朝食時に見かけた。タイ人達にとっては、日本の朝ごはんのおかずは味が無いのも同然。かといって、持参の唐辛子をふりかけている様子もない。
仕事は1日半で終了。台風が来ているので東京に帰っても仕方が無いと思い、青森を観光することにした。そして、八甲田山へ行った。ロープウェイに乗ると、最後に駆け込んで乗って来たのがタイ人達であった。「わあ、満員だ!」と言っていた。
仕事でお会いした方達が不思議がっておられた。「青森は何も見るところが無いのに、どうしてタイ人が来るんでしょうかね?」
今日(10月9日)から、緊急の依頼が入ったため、地方へ出張いたします。したがって、数日間、ブログはお休みいたします。
この一年間、生徒さんの翻訳を添削しているが、私も一緒に作品を読んでいることになるので、とても勉強になる。最近はタイの格言集を題材としているが、子供向けに書かれているので読みやすい。
例えば、「กบในกะลา 椰子殻の中の蛙」は、日本の格言である「井の中の蛙」そのものである。タイは椰子殻、日本は井戸。
ความหมาย(意味)=หมายถึงผู้ที่สำคัญตนว่ามีความรู้มากแต่จริงๆแล้วมีความรู้ในกรอบแคบๆ
มีประสบการณ์น้อยเพราะไม่ได้ออกไปเจอกับโลกภายนอก
格言集では、小学校の教師が子供達にこの格言の意味をよく理解させようと思って、子供達を2班に分けて、図書館やネットで調べるグループと、実際に現地へ出向いて行き、実物に触れて新しい経験を体得するグループに、それぞれの意見を発表させている。格言をただただ覚えるだけではなくて、実行を通して体験させるタイの教育に魅力を覚える。