バンコクの「花の文化博物館」

 華道講師から頂いた小原流の月刊誌『挿花 10月号』(No.829)の特集が「アメージング・タイランド」。若き家元がタイの花を使って、「花の文化博物館(The Museum of Floral Culture)」で見事な作品をつくり上げておられる。
 この「花の文化博物館」は、タイのフラワー・アーティストであるサクン・インタクン氏が2012年にバンコクのサムセーンに開館したとのこと。もしもバンコクに行く機会が有れば、是非とも行ってみたいと思う。
 サクン氏は王宮内の会場セッティングにタイの花をアレンジする仕事をするうちに、一般の人達にもタイの花文化を体感できる場所を設けようと思ったのが、「花の文化博物館」の開設のきっかけだったそうだ。
 タイは花が実に安い。そして、色鮮やかで生き生きとしている。花を目的にタイへ旅行すること、これもまた楽しかりけり。

タイ語で原子力は?

 タイ語で原子力という単語は、พลังงานปรมาณู という。読み方は、パランガーン・パラマーヌー。パランガーン(phalang-ngaan 力)+パラマーヌー(paramaanuu 原子)の合成語である。
 最近、一人の生徒さんから、タイ語の子音が重なっている単語の読み方や声調について質問を受けることが多い。私はまず原則的なる読み方を教えるが、さらに続けて、次のように言うことにしている。
 「読み方には例外が必ず有ります。理屈ではありません。パーリ語やサンスクリットからの単語は特にそうです」
 原子=ปรมาณู の接頭辞である ปรม は <パラマ>と読み、元来の意味は、「極めて、非常な、大いなる」。すると、บรม (ボロム、ボロンマ 至高の、至極の)という接頭辞がすぐに思い出される。前者は「パラマ」、後者は「ボロマ」。両者に使われている母音が一律ではない。
 スマホで原子力というタイ語を調べると、พลังงานนิวเคลียร์ (パランガーン・ニウクリア)となっていた。理科系の単語は英語をそのまま使う場合が多い。しかし、タイ語の単語の勉強だと思って、パーリ語やサンスクリットから由来する単語も面白がって勉強しよう。

語学センスが超抜群の新入生

 昨夜、個人レッスンを受講される男性が入会された。3日前に申し込まれた時、「タイ人講師をご希望でしょうか? それとも、日本人講師でよろしいですか?」と尋ねたところ、「どちらでもかまいません」という回答であった。ネイティブ、ネイティブとうるさく言う方に対しての私なりの牽制であったが、柔軟性がお有りの方とお見受けした。
 実際の授業は、タイ人講師と私の二人で進めた。『タイ語入門』の第1課である「発音と声調」は、わずか40分で終わった。何故ならば彼の発音は完璧であったから。矯正する点は全く無かった。タイ人講師と私は、二人して同時に、何度も感嘆した。
 夜9時になったので、タイ人講師にはお帰りいただき、その後は私一人で午後10時20分まで指導した。彼は大学時代にフランス語を専攻し、現在はイタリア語を使う仕事に従事。ギリシャ語とラテン語も勉強したことがあるそうだ。そして中国語と広東語も学習済み。従って、声調言語にも通じている。
 私は久々に言語学的見地からタイ語を指導する機会に恵まれ、昨夜はとても幸せであった。話は世界の諸言語を駆け巡った。
 彼は泰日文化倶楽部がスタートした2ヶ月後に誕生したとのこと。欧米語にもアジア諸語にも通暁する超語学センスを有する生徒さん! 彼には独学の才能が有る。短時間で要領よく教えてあげよう。

今日の宿題

 豊穣なる(อุดมสมบูรณ์)季節を迎えている。今日は「米」に関する表現をタイ語で書いてみよう。

   1)田植えをする        2)稲刈りをする      
   3)精米する          4)米を搗く
   5)米を研ぐ          6)米を蒸す
   7)ごはんを炊く        8)ごはんを油で炒める
   9)おにぎりを作る       10)米をいる

  さらなる問題: 米(ข้าว)が入った複合語(名詞)を、10語、書き出してみよう。

泰日文化倶楽部 祝31周年!

 泰日文化倶楽部は1988年10月からスタートしましたので、無事に満31周年を迎えることができました。今日から32年目に突入です。
 31年間におけるタイ人講師達、及び、生徒さん達、全ての方々に感謝いたします。

 昨夕、初代のタイ人講師(バンコクで弁護士)から思いがけず連絡が入った。
 「先生、高田馬場のタイ語教室、まだやってますか? 今、東京です。お土産を渡したいです。ハチ公のところで待ってます!」
 私は急いで渋谷のハチ公まで行った。そして、西村フルーツパーラーへ行き、スクランブル交差点を眺めながら、いろいろな話をした。
 「僕は1989年に日本に留学して来ました。今、54歳です。同時期に留学して来た仲間が2名、人間であることの意味を追求するために出家しました。彼らは東大と名古屋大学を卒業しています。しかし、昇進することに大いなる疑問を懐いた彼らは5~6年前から世俗を完全に離れ、仏教に帰依しております」
 それを聞いて、私にははっとする気づきが有った。
 結論=タイ語教室を継続させること、それが私のつとめなり。