美とバランスを求めて

 生け花を習ってかれこれ12年が経つ。月1回の稽古だから、腕前は遅々たるもの。しかし、器に盛られた花の美とバランスの仕組みはわかるようになった。
 編物も同じく12年経過。まだまだふぞろいの作品しかできないが、やめるとおしまいだから編物講師の家に通っている。
 茶道は2年8ヶ月経過。暗中模索だが、美と静を楽しめばよいと思っている。
 ひるがえって考えると、すべての稽古事に終わりはない。達成感は遠い先。途中経過を楽しむだけで良しとしよう。そして、美(ความสวย)とバランス(สมดุล)を求めて、日々、小さな変化(การเปลี่ยนแปลงเล็กๆน้อยๆ)と前進(ความก้าวหน้า)に喜びを見い出す。それで良し。

連鎖反応

 一昨日の午前中、キングパワー会長に関するヘリコプター事故の一報が入って来た。その時点ではヘリコプターに誰が、そして、何人、乗っていたかは明らかにされていなかった。
 そして、昨日、事故のことが正式に発表された。レスター・シティ(英国プレミアムリーグ)に所属する岡崎選手が、オーナーであるキングパワー会長に哀悼の意をささげている。それを読んで会長の死を認めざるを得なかった。
 昨日はインドネシアの飛行機が墜落したニュースも入って来た。乗客乗員189名は全員助からなかった。
 墜落事故は何故だか連鎖反応するような気がしてならない。昨晩の授業を担当されたパック先生に「連鎖反応はタイ語で何と言いますか?」と尋ねると、「ปฏิกิริยาลูกโซ่ パティギリヤー・ルークソー」と教えてくださった。

竜田姫

 昨日の茶道教室で使われた茶杓の銘は「竜田姫」であった。ネットで調べてみると、「竜田姫」は秋の女神だそうだ。したがって、秋の季語にふさわしい。
 この世はいずこも女神様ばかり。タイの稲の神様(แม่โพสพ)も女神様。
 昨今、ますます独身者(คนโสด)が増えて来ている。女神様のご加護はあまり無さそうだ。女性はやっかみが強いから(คนขี้หึง)、女神様は素敵な男性を女性に紹介してくれないのかもしれない。
 今年も残すところあと2ヶ月。独身者は独身のまま2019年を迎えそう……。
 どうしても結婚したければ、キューピッドに頼るしかない。
 私は青森県産のリンゴである「トキ」を目下、毎日食べている。トキ(朱鷺)はキューピッドだ。
 冗談はさておいて、今日は皇室の御姫様が降下される。紺碧の空に小袿が映えることであろう。
 

今日の出題

 今月、医学生が入会した。頭脳明晰。タイ語の吸収力たるや、超一流。授業が始まる30分前から教室に入り、予習をしている努力家。時間の使い方が上手だ。
 今日は以下の単語をタイ語で書きなさい。話し言葉ではなくて、専門用語で書くことを希望する。
1)医師
2)女医
3)内科医
4)外科医
5)歯科医
6)眼科医
7)耳鼻咽喉科医
8)皮膚科医
9)泌尿器科医
10)精神科医
11)麻酔科医
12)獣医

客の出入り・生徒の出入り

 昨日、久々にマッサージへ行った。ほんの2~3分待っただけですぐに施術してもらった。中国人の若い男性が担当。中国人女性が担当してくれる場合は、施術後、中国語の単語を1語、必ず教えてもらうことにしている。そして、「発音がいい」と褒められるのを喜びとして店を出る。店は予約でいっぱい。
 次に蕎麦屋へ行った。夕方5時過ぎなので店は混んではいなかったが、一人出ると、次にまた誰かが入って来る。若者は絶対に来ない蕎麦屋。中年以上の客だけがこの店の存在を認めている。
 さらに和菓子店にも寄った。90歳位のおばあさんが店主と話していた。私は「やすべえまんじゅう」を買った。堀部安兵衛の「高田馬場の決闘」に因んだ菓子だ。ここの店も古い。常連客がいるのであろう。
 商売はお客さんがひっきりなしに来てくれないと続かない。おかげさまで泰日文化倶楽部もどうにかこうにか続いている。一人やめるとすぐに一人が入って来る。しかもやめた生徒の名字と同じ名字の方が入会することがある。いや実に不思議。

本の棚卸し

 今日は元教え子(上智大学生)が泰日文化倶楽部にやって来ることになっている。私が大学へ出講の折り、タイシルクの洋服を着て行くことが多かったものだから、彼女は私に「タイの服飾史」について質問が有るとのこと。おそらく卒論を書くための参考にしたいのであろう。
 そこで、私は昨日、自宅の本棚を点検し、彼女にとって参考になる本を用意した。本当はたくさん有るが、全部を教室に持ち運ぶことはできない。
 私は、2011年の東日本大震災の後、本棚の本を縦に置くのをやめ、全部横向きにした。そうすれば、本がパラパラと本棚から飛び出すのが遅いであろうと思ったからである。しかし、ぎゅうぎゅう詰めにした本の中から必要とする本を取り出すのは厄介であり、あらためて本の重さを知った。
 いずれにせよ、商店と同じく、年に2回は本の棚卸しをしたほうがいいと反省。ただただ積んどくしているだけでは、どこに何が有るかわからず、探し出すのに時間がかかる。

飛騨往来

 先日、白川郷へ行った時、和田家というとても立派な家を見学した。その際、「ご自由にお持ち帰りください」と冊子の中に、タイ語版(2017年3月発行)を見つけたので、帰ってから勉強しようと思い頂戴した。
 その冊子は岐阜女子大学文化創造学部 文化創造学科アーカイブ専修 デジタルアーカイブ研究所が制作・刊行したもので、タイ語版翻訳はタイ人であった。
 冊子のタイトルは、「飛騨おぅらい」。おそらく「飛騨往来」のことであろう。これをタイ人は、「ฮิดะ โอะอุไร」と訳している。最初に表紙を見た時、首を傾げた。しかし、やがて「往来」のことであることが想像できた。
 それに似た例が有る。「京王」は、「けいおう」だが、これをそのままタイ語に訳すととつとつとした音になる。我々日本人も、実際のところは、「けーおー」と発音しているわけだから、タイ語訳にする場合、「เคอิโออุ」ではなくて、「เคโอ」のほうがすっきりとする。

今日の出題

 朝夕、冷気を覚えるようになった。頭がすっきりしていい。勉強や読書にもってこいの季節の到来だ。
 そこで、今日の出題は、การเรียน(勉強すること=勉強)、 การศึกษา(教育すること=教育)、 การอ่าน(読むこと=読書)を使った短文を10文、作ってみよう。
 すぐに頭に浮かばない場合は、一番、簡単な文型、すなわち、主語+形容詞だけでもいい。それが物足りないと思うならば、最後に副詞をつけてみよう。。
 例)การเรียนสนุก → การเรียนภาษาไทยสนุกมาก
 もっと長い文章を書きたいのであれば、比較級の文型にすればいいだけだ。
 例)การเรียนภาษาไทยสนุกกว่าการเรียนภาษาจีน

映画鑑賞

 昨日、久々に映画館へ行った。茶道の世界を描写した『日々是好日』が私の所属している茶道教室で話題になっているからだ。
 お茶の先生の感想=私は茶道の手前がどのようになされるか、そればかりが気になって仕方がありませんでした。映画の中のお茶は「表千家」。我々の流儀は「裏千家」。かなり違っていましたね。
 中年の生徒さんの感想=私は主人公の生き方に注目。したがって、お茶のことは二の次でした。原作者と同じ世代だから、人生のつまずきに共鳴を覚えたわ。
 一番年上の生徒さん(75歳)=画面がいちいち黒でカットされる編集の仕方が気になって仕方がなかったの。
 私=樹木希林の達観した演技がすばらしかった。彼女は茶道を一度も習ったことがない。しかし、茶道講師としての演技はもはや演技を通り越して、自分のこれまでの人生を在りのままカメラに撮らせ、映像におさまった感がする。眼光がするどかった。
 映画館を出てエレベーターに乗った時、数人が映画の中に出て来た主菓子がどこの菓匠のものかを当てっこしていた。そういう観方もあるのかな…..。
 

枯れと緑

 昨日、茶道教室に出席した。御軸は「時雨洗紅葉」。香合はたわわに実った稲穂。そして、生けられた花はすすきと小菊。茶碗は織部。茶杓は奈良公園の鹿の角を切る季節に因んで鹿の角製。銘は「千秋」。御棗は、気彫り(注:極細の鏨で微細に彫られている)。茶菓子は、私が金沢から買って来た生落雁。名前は「万葉の花」。いずれも、いや、もう見事なり。
 茶道講師が説明をしてくださった。「ものみな枯れゆく季節に入りました。ですから、葉先が枯れつつあるすすきを意図して使っております。枯れてゆくということは、色が無くなるということです。しかし、それでは寂しいですね。ですから、織部の茶碗で緑を演出しています」
 枯れの中に緑を取り入れるということ、そこに希望が有り、蘇生を感じさせる。これから寒さに向かう折柄、日常生活においても、そのような考えを取り入れていきたいものである。