吉川先生と習うのが一番面白い

 外国語の学習の場合、その国の人(ネイティブ)に習うのが一番いいという考え方が根強い。私もその意見に賛成だ。したがって、私はタイ人講師達に任せているが、留学生は本業が勉強することであるから、昼間の授業をお願いするわけにはいかない。そして、日本人男性と結婚しているタイ女性達も、昼間、しっかりと働いているので、これまた出講をお願いすることができない。
 というわけで、「タイ語中級 火曜日10:30」のクラスは私が担当している。昨日、嬉しいことが有った。昨年7月から退会しておられた生徒さんが、ひょっこりと現れ、即、復学してくださったことだ。
 このクラスの生徒達は、「いろいろな先生に習ったが、やっぱり吉川先生が一番! 教え方が上手!」と私をほめちぎってくださる。それを聞くと、私もまんざらでもない。タイ人講師達に遠慮して、裏方に徹しているが、生徒の気持ちや質問事項のもやもやが理解できるのは私、吉川だ。昨日はいつもにもまして発展的授業が展開でき、実に楽しかった。

フィギュアスケートのタイ語訳

 昨晩、「タイ語中級 月曜日18:00」の生徒さんが、タイ人講師のピカピカ先生に質問をした。
 「ピョンチャン・オリンピックの競技で、何に一番、関心を持ちましたか?」
 すると、彼女は「สเกตลีลา サケット・リーラー」と答えた。生徒達には、サケットがソケットに、そして、リーラーがギーラーに聞こえた。さっぱりわからない。答えは「フィギュアスケート」であった。
 タイ人の発音は、スキーがサキーに、ステーキがサテックに聞こえる。したがって、サケットはスケートになると想像しなくてはならない。
  意外であったのは、フィギュアのことを英語ではなくて、「リーラー ลีลา」というタイ語で表したことである。「リーラー」は、タイ人が好む単語で、「美しい姿態」を意味する。タイ舞踊はリーラーでなければならない。格闘技であるタイ式ボクシングも、その技に「リーラーの美」が発揮されてこそ、芸術に昇華していくとタイ人は思っている。とても優美な単語であるから、是非とも覚えてほしい。

古布で作った宝石入れ

 友人から古布で作った宝石入れを頂いた。形はマカロンのように丸い。和の趣きがある素敵なものであったので、それを写真に撮ってタイ人に送ると、彼女から質問が来た。
 「ลูกบอลนี่เป็นอะไระ この丸いボールは何ですか?」
 それに対して私は答えた。「ที่เก็บเพชรพลอยซึ่งทำด้วยผ้าคิโมโน ดิฉันไม่สนใจเพชรพลอยก็เลยเก็บแต่อากาศเท่านั้นค่ะ 着物の布で作った宝石入れです。私は宝石には関心がないので、空気だけ入れています」
すかさず返信が有った。「555 อากาศสำคัญมากกว่าค่ะ ถ้าไม่มีก็ตายค่ะ アハハ! 空気のほうがはるかに大切。もしも無ければ死んじゃうからね」
 こういった会話をラインでタイ人と交わすのは実に楽しい。

タイ女性の考え方

 昨日、「タイ語入門 土曜日16:10」のクラスで、これまでに習った形容詞、及び、新たなる形容詞を補充しながら、<暑すぎる>、<高すぎる>、<短すぎる>、等々の表現を勉強した。私が例題に挙げたのは、「泰日文化倶楽部の授業料は安すぎる」であった。生徒達がどっと笑ったので、彼らに聞き取りの力が備わったことを確認。
 ところで、<ハンサム หล่อ>という形容詞に関して、ウェーン先生がタイ女性はいつも次なる考え方をしていると言って、「ชอบคนหล่อ รักคนดี คบคนรวย」という三行の文章を白板に書いてみせてくださった。
 直訳すると、「ハンサムな人が好き。人が良い人を愛する。金持ちと付き合う。」
 意訳するならば、「目で楽しむだけならハンサムな男がそりゃいいに決まっている。だが、生涯をかけて愛することができるのは善人で、優しい男。とはいえ、富豪なる男もなかなかに捨てがたし」
 さてさて、これをいかように解釈すべきか。それはそれぞれの女性の考え方次第….。

訓練されたダルメシアン

 郷里に帰るといつも行く喫茶店がある。その店はダルメシアンが大好きな店だ。初代のダルメシアンは数年前に老衰で亡くなった。今度行ってみると、2代目がいた。夕方4時半頃になると、オーナーが犬を店に連れて来るそうだ。
 2才の雄犬は警察犬訓練所に5ヶ月預けられ、躾がきちんとなされた結果、「絶対服従」を学んで来たとのこと。
 オーナーは言った。「この犬を訓練した警察訓練所の方は、7回目でやっと試験に合格した警察犬のきな子を調教した方なので、立派に訓練してくれました」
 そういえば「きな子」がいたことを思い出した。だが、彼女は昨年3月、14才で老衰のため天国に旅立ったそうだ。ネットで調べてみると、6回も試験に落ち続けたが、訓練する指導官を変えた結果、7回目でついに合格したと書いてあった。
 2代目のダルメシアンは喫茶店(公的場所)に来ると、きりりとしているが、家に帰ると、マイペースでリラックスしているとのこと。そりゃそうだ。公私の場を分けないと、犬だって寿命を縮める。

51-314

 今日2月20日は、2018年に入ってから第51日目にあたる。残りは314日。手帳には51-314と書いてある。
 桜の枝には小さな芽が見え始めた。あと35日~40日で開花しそう…..。
 丸くなりがちな背中を伸ばし、かじかんだ手足の指を広げ、前向きの気持ちを持って、さあ、調子を上げて行こう!
 (注:私事ですが、今日から3日間、帰省します。ブログはお休みです。)

イスラエル人の茶室訪問

 昨日、茶道の稽古場として借りている千登世橋教育文化センターの茶室へ行くと、イスラエル人の男性2名がいてびっくりした。茶道講師が彼らについて説明して聞かせてくれた。
 「このお二人が茶室のドアの前で立っておられたのよ。茶道に興味がお有りだとおっしゃるので、招き入れました。英語がペラペラの生徒がもうすぐ來るので待っていてくださいねと言っておきましたから、あとは吉川さんにまかせますね」
 茶道講師はドイツで6年働いておられたからドイツ語は得意。英語もそこそこ話せるはずなのに、私にバトンタッチ。
 何故、彼らが千登世橋教育文化センターの茶道クラスを知っているのかと質問すると、彼らはこのセンターの生涯学習クラスで、英語とフランス語をそれぞれ教えているとのこと。「ヘブライ語に関心を持ってくれる日本人がいてくれると嬉しいのですが」と言った。私はそれは無理だとすぐに思った。
 彼らはイスラエルにいる時に茶道の手ほどきを受けたので、お点前の流れは分かるそうだ。語学が出来れば、海外で教えられる。非常に積極的なイスラエル人達であった。

金メダル銀メダル

 昨日、羽生君(金メダル)と宇野君(銀メダル)の試合を見てから教室へ行った。「タイ語入門 土曜日16:10」の授業に丁度間に合ってよかった。
 授業で、「勉強する เรียน rian 平声」が出て来たが、生徒達は「rian 上声」で発音する。困ったものだと思ったが、「เหรียญ rian 上声」は、「メダル」の意味を持つから、昨日に限っては、大目にみることにした。
 「金メダル เหรียญทอง」と 「銀メダル เหรียญเงิน」。この発音が正しくできればもっと嬉しい。だが、日本人にとっては、「金 ทอง」も「銀 เงิน」も発音がなかなかできない。
 理由は3つ。1)日本語に無い母音が聞き取れない。2)有気音のทが、無気音のตになってしまう。3)末子音のง(ng) と、น(n)の発音が逆になっている。だから、タイ人には通じない。とにもかくにも聞きとる訓練が必要!

春節の動画

 2月15日から16日にかけて、春節(ตรุษจีน)を祝う動画があちらこちらから送信されてきた。今年は戌年だから、ワンちゃんシリーズが多かったが、いずれも可愛い犬ばかり。春節だけに限らず、一年を通していつ見ても癒されそうだ。
 だが、やはり、中国人が考案しただけある。お金がわんさ、わんさと流れ出て来る動画も有った。
 タイ人から送られて来たものには、「สุขสันต์วันตรุษจีน ขอให้ร่ำรวย มั่งมีศรีสุข」と書いてあった。お金に恵まれ、健康にも恵まれた人生、あらためてそう願いたいものである。
 だが、100%完全に恵まれることは滅多にない。足りなめがよいのである。そして、工夫をこらしながら不足部分を補う努力と見識を磨くことこそが大切。70歳を過ぎると代謝が悪くなるから、腹八分ではなくて、腹五分で良いそうだ。欲を出し過ぎず、ゆっくりといろいろなものを吸収していくのも一考だ。
 いずれにせよ、1月の正月以降、惰性気味になっていた自分を、この旧正月で再度、明るく楽しい気分に持って行き、3月を待とう。聞くところによると、蛙はすでに産卵済みだとか。春はもうそこまで来ている。
 

今年は客人多し

 昨日、確定申告の書類がほぼ出そろい、昨年のことはほぼ終わったに等しい。2月分の講師料もすでに計上してあるので、今年の業務の6分の1が終わった気がしている。こうして毎日、事務的なことをやっていると、時間の流れが早くて早くて……。
 そこへ、今年は親戚や知人が来日、または上京を予定しているので、私の手帳は8月上旬まで埋まってしまった。こんなことは珍しい。どうやら東京オリンピックまで多忙を極めそうだ。当分、東京を離れることはできそうもない。離れるとしても、ほんの数日の旅行にとどまりそう。
 だが、私は客人の接待が大好きである。会っていろいろと話すと、実に楽しい。終活をしなければならない年齢に達しているが、エンディングノートに書き込んで行く作業よりも、久闊を叙する時間を楽しむ方向に向かって、まだまだ元気で働こう。