或るタイの山岳民族の話

某書に次なる話が書かれてあった。それは、日本人駐在員が庭の手入れをしてもらうため、ロンドンで老人を雇ったところ、非常に丁寧な仕事をしてくれたため、それを見た別の日本人一家が「我が家もお願いします」と頼んだが、老人は断った。理由は残りの人生を楽しむ時間を確保していたいから。
 この話を読んで、私は或るタイの山岳民族の話を思い出した。今から35年前、東京の某音楽大学の教授がタイの山岳民族の音楽を現地調査する際、通訳を雇った。そして、数年後、第2回目の調査に出かけた時も同じ通訳にお願いした。しかし、断られた。理由を尋ねると、「前回、先生からいただいた通訳料で家を建てることができましたから」、と彼は言ったそうだ。
 教授は私の元教え子である。山岳民族の音楽を採取したレコードを贈呈してくださったが、なんと50代であっけなく他界された。研究生活に追われていた教授の死を山岳民族の通訳は知るよしもない。