父親のことを書いた本

本を読んでいると、母親のことを書いた描写がたくさん有る。感銘した文章を拾い集めれば、それだけで『母』という本が一冊、編めそうだ。
 それに引き換え、父親に対する描写は少ない。だが、『父、吉田健一』(吉田暁子 河出書房新社 2013年)という本を読んで、娘から見た父親像の描写力のすばらしさに呻った。
 著者が32歳の時に父親は亡くなったそうだから、32年間の思い出しかないわけだが、幼少期は何が何だかわからないし、著者が留学している間は一緒に暮らしているわけでもないから、そして、父親が家で執筆活動をしていたので、べたべたした関係であったわけではない。
 だが、父親の姿をしっかりと観察していた娘。そして、30数年後に静謐な文章で父と娘の関係を描写した。
 誰しもが1冊の私小説を書けると言われているが、素人の書いた作品は一人よがりで、読めたものではない。文章を書く背景には相当の観察力と耐え抜いた経験が要る。